5 / 5
王太子殿下
しおりを挟む「それで、サーシャ嬢はどうした」
「はい、結婚式の翌日に列車で出国しました。翌々日には隣国の王都に到着しています」
「そうか、無事でなによりだ」
王太子殿下は、昨日一週間の地方視察を終えて王宮へもどって来た。一晩の休息をして、今日からは通常業務である。
例の祭りの結果はすでに聞いていた。その上でこの先の2人の当事者の行く末を案じたのだった。
聞かれた側近は、きちんと調査済みだった。
「上司のカーソン氏が、転職先はもちろん住まいまで世話したようです。王宮職員の独身寮のようですが」
「それは安心だな」
「実家の子爵家はどうしている?」
「だいぶあわてているようですが、カーソン氏が行方を知っていますから、ひとまず安心はしているようですよ」
ただし、と側近は言い添えた。
「サーシャ嬢はご実家にはかなりご立腹のようで」
でなければ、出奔などしないだろうな。と殿下は思う。
「連絡を拒絶しています。カーソン氏も行く先を教えていないようですね」
「これは雪解けを待つしかないだろうな」
王太子殿下は胃のあたりをさすりながら言った。
地方への視察に、胃もたれは付きものだ。行く先々でごちそうが用意される。迎える側は、ここぞとばかりに名産や名物料理を用意する。
たいていが、手の込んだ、こってりした料理である。それが朝昼晩。晩にいたっては、その地の名士が集まっての宴会だ。こってりがマシマシ。次々に注がれる酒。
胃が悲鳴をあげる。が、王太子たるもの、それを顔に出すことはゆるされない。頃合いを見計らって部屋に戻り、胃薬を飲む。
それが視察の間中続く。
領民が王太子殿下のためにはりきって用意するのである。残すわけにはいかない。「おいしい。すばらしい」と称えながら、前の食事を消化しきれていない胃袋に詰め込んでいく。
視察が終わるころには、殿下の胃袋は三倍に伸びている。
帰って来てからは、調子がもどるまで粗食に徹する。
スプーンでくずれるほど、やわらかーく煮込んだ野菜とチキンのスープ。オートミールのゆるゆるのおかゆ。フルーツ。そして胃薬。
もどるまであと何日かかるだろうか。
殿下は腹をさすりながら考える。
「それでイアンの方は」
「例の恋人のところに転がり込みました」
「しょうがないやつだな」
「はい、家を追い出されはしましたが、籍まで抜かれたわけじゃありませんので」
「そうか」
「兄が連絡を取っているようです」
「まあ、そちらは心配ないだろう。例のドンのところだしな」
「そうですね。いいパイプ役になってくれるといいのですが」
「期待しよう」
王太子殿下が「祭り」のことを耳にしたのは三週間ほど前のことだった。王宮内で賭け事なんてとんでもない。急いで調査したら、胴元が当事者のサーシャというなんだかおかしな状況だった。
どういうことだ?
不思議に思ってさらに調査を進めると「なんやかんやの事情」とやらが出てきた。どうやら両家が関わる事業のことらしいが、そんなもの契約をかわせば済む話だろう。と殿下は思った。
いまだに婚姻を事業の契約代わりにしよう、というのはまったくもって悪しき風習である。
サーシャにもイアンにも、関係のない話だ。契約代わりに好きでもない相手と結婚させられるなど、同情を禁じ得ない。
列車が走り、大型の蒸気船に乗れば誰でも新大陸へも行ける時代に。たとえ王太子殿下が物申したところで「いやいや、殿下はお若いからそうおっしゃるのです。貴族の社会はそうやって連綿と続いてきたのですよ」などと老害どもがニヤニヤしながら言い返してくる。
非常にムカつく。
時代は変わりつつあるんだよ。追いつけないあんたらはもはや化石だ。
殿下の悪態は、表に出ることはない。
この一件が、時代錯誤に一石を投じることになればいい。
そんな思いで賭けることにした。もし、この賭けが咎められるようなことがあっても、王太子までもが賭けていたのなら大目に見られるだろうし。
掛け金は一口1000ベル。最大10口まで。
「ならば10口。いや、8口にしようか」
なぜ微妙に減らすのだ。側近は首をかしげた。
「いやー、最大賭けるとな、金満っぽいだろう」
なんの心配だ。
賭けたのはイアン。仮にも自分の部下である。信用しないわけにはいかない。
毎日図書館の掲示板に、オッズが張り出される。口コミでは圧倒的に「言った」が先行しているのに、オッズは拮抗している。
なぜだ。
賭けがうまく回るように、サーシャが情報操作しているらしい。
「騎士がそんな不誠実なことをするわけがない」
「家の面子を潰すことはさすがにしないんじゃない?」
等々。
なんだ、おもしろいじゃないか。サーシャが悲痛なことになっているのなら、手を差しのべようかとも思ったが、そんな必要はなさそうだった。
結果サーシャはそこそこの小金を手にして、隣国へと旅立った。
向こうでの幸運を祈ろう。
それから王太子殿下は、騎士団に通達を出した。
騎士の名に恥じぬ行動をするように。
おしまい
43
お気に入りに追加
11
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
旦那様、愛人を作ってもいいですか?
ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。
「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」
これ、旦那様から、初夜での言葉です。
んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと?
’18/10/21…おまけ小話追加
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。
有川カナデ
恋愛
憧れのお義姉様と本当の家族になるまであと少し。だというのに当の兄がお義姉様の卒業パーティでまさかの断罪イベント!?その隣にいる下品な女性は誰です!?えぇわかりました、わたくしがぶっ飛ばしてさしあげます!……と思ったら、そうでした。お兄様はお義姉様にべた惚れなのでした。
微ざまぁあり、諸々ご都合主義。短文なのでさくっと読めます。
カクヨム、なろうにも投稿しております。
最悪なお見合いと、執念の再会
当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。
しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。
それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。
相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。
最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる