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ハミルトン伯2
しおりを挟む階段をのぼりながら、ハミルトン伯は考える。
まずこの騒動の全貌を知りたいが、知らないことが多すぎる。
もしかしたらアメリアのほうがくわしいかもしれない。
ええい、めんどうだ。
カーソン公に会えば、なんとかなるだろう。
三階まで駆けあがると、いったん立ちどまって息を整える。階段を駆けあがるなど、何年振り、何十年ぶりだろう。
思ったより自分の体力が落ちていて、愕然とした。
まずいな、すこし鍛えないと。
三階の高官の執務室など、何度か来たことがある程度だ。だがカーソン公の部屋はわかる。
一歩踏みだしたとき唐突に声をかけられた。
「あ、あの」
ふりむくと、ひとりの青年が身を縮こませて立っていた。青年というよりまだ少年に近い。あどけなさの残る顔には、焦燥が浮かんでいた。
だれだ。
「きみは?」
「ウッドヴィル伯爵家のアランです」
ウッドヴィル伯爵。……ああ。
「メアリ嬢の兄弟か」
「は、はい。弟です」
「なにか?」
さあ、突撃しよう。とした気を削がれて、ハミルトン伯はちょっと眉をひそめた。
「わ、わたしのせいなんです」
なにが?
「姉は仕方なくやったのです。わたしのせいで脅されて……」
「なんだって?」
おだやかではない話だ。
見張りに見つからないように、ハミルトン伯はアランの腕をひっぱって、階段の隅に連れていった。
「メアリ嬢がなにをしたのだ。毒のことか」
アランは震えながら、小さくうなずいた。
「わ、わたしの、しゃ、借金を帳消しにしてやると言われて」
「借金?」
「と、賭博で……」
「その借金を、だれが帳消しにすると?」
アランは口ごもってしまった。もごもごと口を動かすばかりで、なかなか話そうとしない。
「言いなさい」
ハミルトン伯はきつく言った。
「……ブ、ブライス公に」
なんということだ。
「ブライス公が脅して、メアリに毒を盛らせたのか」
ハミルトン伯は、だれにも聞かれないようにごく小さな声で言った。
アランは、はっきりとうなずいた。
「それをカーソン公に伝えに来たのか」
「はい。でも見張りがいて行けなくて……。姉を助けてください。悪いのはわたしなのです」
ハミルトン伯は、小さくため息をつくと、アランの背を押した。
「いっしょに来なさい」
さて、いま見張りの衛兵がふたり立っている。なんと言ってごまかそうか。
バークレーは、ブライス公一この陰謀の一味は二階の応接室にいると言った。ならばいま、カーソン公はひとり放置されているはず。
だいじょうぶ。
何気ないふりをして見張りに近づく。
「なにかご用ですか」
見張りが立ちはだかった。
「ブライス公からの伝言を持ってきた。通してくれ」
ふたりの見張りは顔を見あわせると「うん」とうなずき、扉をたたいた。返事を待たずに扉を開ける。
ハミルトン伯は、急く気持ちを隠し、急ぐでもない風を装って部屋の中に入った。
こんなに簡単に通していいのか。だいじょうぶか、王宮の警備。
「……ハミルトン伯」
カーソン公はひとりでソファに腰掛けていた。従者も官吏もいなかった。
「おひとりなのですか」
カーソン公は「ああ」と返事をしたきり、頭を抱えた。
「この者は」
ハミルトン伯はアランを見やった。
「メアリ・ウッドヴィル嬢の弟です」
カーソン公はぼんやりと顔を上げた。
「メアリの?」
「メアリはブライス公に脅されて毒を盛ったそうです」
カーソン公は勢いよく立ちあがった。ハミルトン伯は、アランから聞いた話をカーソン公に伝えた。
「賭博場とは?……」
アランは気まずそうに言った。
「……闇賭博です」
「なんだって?」
これにはカーソン公もハミルトン伯も声を荒げた。
「そんなものがこの王都に?」
まさか、とハミルトン伯は驚きを隠せない。
「いや、噂はあったのだ」
カーソン公は苦々しげに言った。
「なかなかしっぽがつかめなくて、摘発できていないのだが」
「そうだったのですか?」
「ブライス公が噛んでいるのか?」
「きみ、その賭博場はどうして知ったんだ」
カーソン公がアランに聞いた。
「友人に連れられて行ったのです。賭博なんてするつもりはまったくありませんでした。それにただのポーカーゲームだって言ったんです。酒の席での話でしたし、安心してしまって」
アランの声は次第に小さくなっていく。
「ポーカーならいいかと思ったのに、行ってみたら金を賭けていて、話がちがうって言ったんです。そうしたら小心者だとバカにされて。男なら賭博くらい経験しておけよ、と言われて引くに引けなくなってしまって」
酔っていたら気が大きくなってもしかたあるまい。
「その日は大勝ちしたんです。ほんの小銭くらいだったのに十倍にもなってしまって」
これはもしかしたら……。
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