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それくらい言えなくてどうしますか

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 なんかこいつ、へらへらしてるんだよな。王子の従者なんだから、それなりのスペックを持っているはずなんだけど。
 そうは見えないのは、わざとなのか?
「あんまり抑えつけようとすると、火に油を注ぐっていうか、余計ひどくなるんだよね」
 むううっとわたしは口をつぐんでしまった。
 わからなくもない。

「沈静化を待つってことですか」
 ジョージ・クラークは「むむ」とあごをなでた。
「噂になっているように、ふたりで会ったことはないんだし、目撃した人もいないだろ。だったらそのうち落ち着くだろうと殿下は言っているよ」

「やあ、ジョージ。アメリア」
 ひそひそと話していたら、後ろから声がかかってふたりともぴょんっと跳ねてしまった。
 声の主は王太子殿下。もうひとりの渦中の人物である。
 ジョージ・クラークとわたしはあわてて臣下の礼をとった。
「うん、ごくろうさま。アメリア」
「はい」
「ルイーズとシャーロットはどんな様子?」
 王太子殿下はちょっと声を潜めた。

「おふたりとも沈痛なご様子です」
 殿下の斜め後ろにいた従者のヘンリー・パウエル卿がびくっとした。露骨に言うと思わなかったのかもしれない。

 ……この人カッコいいのよね。
 背も高いし、足長いし、適度に筋肉質だし。ちょっとハスキーめの声もステキ。
 いやいや、いまはそこじゃない。

 お嬢さまのためなら、わたし不敬と言われても言いますよ。
 こんなくだらない噂、王家の威光でなんとかしなさいよ。

「そうか」
 さすがに王太子殿下も眉根をよせる。
「気にするな、とは言っているのだがなぁ」
 そんなことはわかっているんですよ、みんな!
 そういうことじゃないのよ。もう、これだからボンボンは!

「お父上もお母上もそうおっしゃいます。ルイーズさまもシャーロットさまもわかっているのです。それでもやはり傷つくのです」
 王太子殿下ははっとした。
「悪意は人を蝕みます。善良な人ほど傷は深いのです」

 王太子殿下の眉間のしわがぎゅっと深くなった。
「はあ……。いったいどうしたらルイーズをなぐさめてやれるだろう」
 
「ルイーズを傷つけるやつは、おれがやっつけてやる!」
 そう言ったら、目の前の男三人は飛び上がった。
「な、なんだって?」
「それくらい言って差し上げたらいかがですか」
「そんな乱暴な……」
「殿下よろしいですか」
 わたしは心持ち胸をはった。男たちは居住まいをただす。

「いまのお嬢さまたちに必要なのは、それくらい強いことばなのです。もちろんそんなことができないのはお嬢さまたちもご存じです。ただ嘘でもいいからそう言っていただくと安心できるのですよ」

「……なぜ」
 王太子殿下は首をかしげた。
「嘘をつくほうが不実ではないか」
「嘘も方便です」
「そ、そうか?」
「降りそそぐ悪意という名の毒矢からお嬢さまたちを守るには、それくらいの気概は必要なんですよ。御身を挺してルイーズさまを守る盾になる。それくらいできなくて、どうするのですか!」
「そ、そうか。そういうものか」
「はい!」

「うん、わかった。検討してみよう」
 王太子殿下はそう言うと、片手をあげて「では」と立ち去った。
 去り際にヘンリー卿にじっと見つめられた。
 わ! にらまれた? でもその目はちょっと笑っていた気がする。
 ……言いすぎたかな。でもお嬢さまのためだもの。

「ルーク殿下にもか・な・ら・ず! お伝えくださいね」
 ジョージ・クラークは「も、もちろん」と言った。ちょっと腰が引け気味だったのは目をつぶろう。

 そんな中、事態は急変した。
 国王陛下、落馬事故により重体。

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