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ドラゴンと独立宣言の章

ザンナルのあれこれ

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翌朝、ザンナル帝国の首都の跡地ではアルトリアが会場のセッティングを行っていた。降伏文書に調印するという大役を任された彼女にとって初めての公務であり、そして最後の公務になるはずであった。

(な、なぜ私はこんな事をしているのでしょうか・・・)

「王女様、この綺麗な机は此処に置いとくのか?」
「ええ、そうです、サマル王国の王女様が御使用になるのでちゃんと純白のテーブルクロスも用意してください」
「わかりました、この花瓶ってどうするんすか?」
「お花を生けてください、私の国では相手国と我が国の花を二つの花瓶に生けて机に並べるのがマナーですから」

自分の配下の騎士以外が全て獣人という異様な光景の中で何故か自分があれこれと指示を出す立場にいるのだ。そして彼らはそれを疑う事無く指示に従って人員や物の配置を決めていく。

「あ、あの!」
「王女様、どうしたんですか?」
「えっと、私達って・・・敵国だったと思うんですが・・・」
「でも降伏するんですよね?」
「えっ?!ま、まあそうですけど・・・」
「ならいいじゃないですか、サマルの事はしらないけどウチの大将はそんな細かい事まで責任は問わないだろうし・・・そんな事よりこれから復興作業に向けての大事な取り決めなんだから頑張ってくださいよ」

あっけらかんと、そう言い捨てて歩き去っていく獣人達。私って一体・・・?ザンナル帝国皇帝の跡継ぎ?・・・最後の王族?

(あれ・・・王族ってこんな軽い扱いだったっけ?)

アイデンティティーが崩れそうです。お父様、私の精神は調印までもつのでしょうか?しかも私が王女って広まってるみたいだし・・・。

「えっと、もう一つだけ・・・」
「なんだよ、俺なんかがわかることでいいなら答えるけど」
「私一応性別を偽ってるんで調印式が終わるまで王子ってことでお願いしてたんですが」
「えっ!そうなの?匂いとかが女だから皆王女って・・・隠してたのか」

そうだったの?といわんばかりの彼らの対応に頭が痛くなってきました。元より彼らはこんな感じの人々だったのでしょうか。大らかで、陽気で、勤勉で・・・そう考えるとやはり我が国のやってきた事は間違っていたのでしょうか・・・。

「とりあえず仲間内に留めるようにはしておくけど・・・獣人には誤魔化せないからな・・・」
「ではなぜ今まで大丈夫だったのでしょうか・・・」
「建物や香水があればある程度は誤魔化せるだろうけど流石に首都を脱出してからはそんな余裕もなかったんじゃないかな?いまは汗とかの匂いしかしないからな」
「えっ?臭いますか?」
「獣人の嗅覚を舐めちゃいけないな、風呂上りでも個人を特定することだってできるぞ。性別やその時の感情くらいなら詳しく知らなくても察知できる。アンタが戸惑ってるのも手に取るようにな・・・いろんな事があっただろうけど挫けちゃいけないよ、王族なんだから」

そう言うと獣人の男性はさっさと作業に戻っていってしまいました。

「王族・・・か、生き残ってしまったもんね・・・私は」

とりあえず今は調印式のことだけを考えるようにしよう。問題はそれから。死刑にはならないと言っていたからそれほど悪い目にはあわないのかもしれない。けれどそれはあくまで一伯爵の予測であって公式な見解ではない。其れ相応の覚悟は必要だということになる。


「それでザンナル帝国の王子についてはどうなさるおつもりですか?」

首都を目の前にして官僚達はアレクシアを交えて会談を行う事になった。騎士達は政治的な事として席を外していたものの彼らは概ね王子に関しては好意的で皇帝が死亡し騎士団は軒並み壊滅か離散し、王子の下には十数名程度のメンバーしか残っていない事を鑑みて脅威にはならないだろうとの意見が多数であった。

「調印式を済ませて正式に領土を譲渡してもらえたら流刑にするかサマル王国に移動してもらってこの土地の所有権を証明してもらう立場になるかな」
「前者はちと危険だな、騎士団は全滅したワケでは無いし王子の人気はそんなに悪くない。死刑ではいけないのか?」
「それこそ危険だ、農村にも人気は根強い。皇帝は都市部の支配者だったが王子は母親の影響でな・・・農村では未だに彼じ・・・彼の即位式を楽しみにしている老人なんかもいるぞ」

俺がそう言うと皆は対応に困っているようだった。各地を視察し、警察隊からの報告を受けてわかったことだがやはりまだまだ皇帝一家の影響力は根強い。今回の戦争で鎮圧されてしまいグループリーダーには会えず仕舞いだが皇帝を退位させてお茶を濁そうとしていた者もいた。
彼女のカリスマというか皇帝一家のカリスマというのは非常に高い。都市部の人間が居なくなり農村部の人間に負担が無くなったので皇帝一家に対する不満が解消されてしまったのも一因だろうか。意外にも獣人にもアルトリアを擁護する意見がある。というのも彼女の母親は大地主の娘で作物の神様とまで呼ばれる農業の達人であったらしく、農村の繁栄とそれにともなう奴隷の地位向上に熱心な御仁だったという。
今俺に帰順している獣人達も都市部の人間や騎士団に反感はあれど皇帝一家、それも王子や王妃に対する恨みなどこれっぽちもないのだ。こうなるとますます皇帝が政治オンチだったのが悔やまれる。
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