上 下
197 / 316
第18章―虚ろな心―

8

しおりを挟む
 
 怪我を負った隊員達の様子を見に行ったハルバートは、リーナを連れて竜騎兵の兵舎に戻った。ハルバートは自分の部屋に戻ると椅子に座って彼女と話した。

「ウフフッ。貴方が彼らのお見舞いに行くなんて、ちょっと意外だったわ」

「お見舞い? おいおい、俺がそんなことをする奴に見えるか?」

「じゃあ、どうして見に行ったの?」

 リーナは彼の隣に座ると救急箱から包帯を取り出した。

「あのジジィに見に行けって言われたからだ。行かねえと、しつこく言ってくるからな。仕方なく見に行ったんだよ」

 ハルバートは、ぶっきらぼうな口調で彼女に話した。

「そうなの。でも、貴方の顔をみたら彼らも元気を取り戻したみたいね?」

「そうか?」

「ええ、私にはそう見えたわ」

 リーナはそう答えると、彼の左腕の包帯を外した。そして、新しい包帯にとりかえた。

「ねぇ、ハルバート。あの子、あの花を気に入ってくれたかしら?」

「ん? あの青い花か?」

「ええ、あれはブルーラグーンの花よ。花言葉は癒し。私がここで育てた花よ」

「ここで?」

「そうよ。前にあの子から花の種を貰ったの。あの子の町にはブルーラグーンの花が咲いているのね。あの花は寒い土地に咲く花と知られているからこの土地に咲いてもおかしくないわ」

 リーナは彼の隣でその事を話すと、包帯を巻き終えてニコリと笑った。

「――こんな土地で花なんて咲くのか?」

 ハルバートはその話に、しかめっ面をした。リーナは彼の質問に答えた。

「ええ、咲くわ。花も人と同じですもの。どんなに環境が悪くても生きようする意思さえあれば、どんな場所でも生きられるわ。そう言った所も、花も人と同じなのよ」

 リーナはその事を話すと、椅子から立ち上がって彼の手を引いた。

「来て! 貴方に見せたいものがあるの――」

「俺に?」

「ええ、こっちに来てハルバート」

 彼女は彼を部屋の外のテラスに導いた。広いテラスには、小さな木箱が置かれていた。彼女はその木箱のフタを開けると、彼に見せた。木箱の中には、ブルーラグーンの小さな花が咲いていた。ハルバートは指先で一輪の花に触れた。

「これは驚いたな。こんな小さい箱の中に花を育ててたのか…――?」

「ええ、ちょうど良い入れ物があったからコッソリ育ててみたの。でも、こんな小さな箱ではなかなか大きく育たないわね」

 彼女は木箱の中に入っている小さな花を愛でながら彼に話した。ハルバートは彼女の精神的な逞しさに隣で黙って見とれた。

「アンタは凄いな。女なのに逞しくて――。こんな最悪な環境に居るのに、どうしてアンタはそんな風に笑っていられるんだ? ここから逃げたしたいとか思わないのか?」

 ハルバートは隣で笑うリーナに不意に質問した。

「私が…? そうかしら? 私って逞しいかしら? 自分ではそんなことわからないわ。でも、私は従順に従ってるだけ。そうね…。たぶんきっと従うことに慣れてしまったのよ。それに私が育った環境はいつもこんなだった。今さら自由が欲しいとかそんなのを考えるのも疲れてしまうわ。だったらこのままでもいい。それで肉体が朽ち果てるならそれでも構わない。私は生に対しての執着心がないから、いつ死んでもいいのよ。きっと自分が嫌いなのね…――」

「リーナ……」

 彼女は彼の隣でフと呟くと悲しく笑った。その笑顔はどこか儚げだった。目の前にいる彼女が何故か消えてしまいそうな気がするとハルバートは黙って彼女を腕の中にギュっと抱き締めた。

「どうしたの……?」

 リーナは彼に無言で抱き締められると不意に顔を覗いた。

「ウフフッ。何だか貴方、子供みたい。でも、そんな所も可愛いわ」

「……よせよ!」

「ハルバート?」

「そうやって無理に笑うな…――!」

 リーナは彼にその事を言われると口を閉ざした。ハルバートはそのまま彼女の体をギュッと抱き締めた。

「どうしたのハルバート……? 貴方怒って…?」

「違う。怒ってるとか、そんなんじゃねー。こうしてないとアンタが俺の前から消えそうな気がしたんだ」

「あたしが…――?」

「ああ、そうだ。アンタは其処にいるんだろ?」

「ハルバート……」

「ええ、あたしはここに居るわ。貴方のそばに…――。あたしがあたしで居なくならないように、もっと抱き締めて。あたしは貴方にこうして抱き締められてる時が一番幸せなの」

「リーナ…――」

 彼女は情熱的な瞳で彼をジッと見つめた。その眼差しに心は揺れた。細い腕を首に回すとリーナは彼にキスをした。その口づけは甘く、どこか儚げな、愛の口づけだった。瞼を閉じるとハルバートは彼女からのキスを無言で受け入れた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...