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第18章―虚ろな心―

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 蒼い月が暗闇の空に不気味に浮かんでいた。静寂に包まれた中で、2人は同じベッドの中で横になって月を眺めた。リーナは一時の快楽に身を委ねると、その後から続く高揚感に浸っていた。求めあうことを止めると彼女は隣で横になっている彼の広い胸に頭を寄せて抱きついた。

「綺麗な月ね。ここでは余り、月が見れないから不思議だわ。ねえ……?」

 彼女は黙っている彼に話しかけた。

「ああ、そうだな…――。それより大丈夫か?」

「えぇ、私は大丈夫。あんなに激しく抱いてくれるとは思わなかったわ。まだ、あたしの中に貴方がいるみたい……」

 リーナはそう話すと、彼の顔を覗き込んだ。

「私はずっと自分の身体を売って生きてきたから男性に酷い事されても、激しく抱かれても平気なの……。でも、貴方だけは他の男性とは違うわ。だって私の事を抱いた後も身体を気遣ってくれるもの。貴方は優しいわ。他の男性は私の事を好きなだけオモチャにした後は優しくしてくれないもの…――」

「リーナ、俺はアンタが思ってるよりも……」

「黙って…――」

 彼女は言いかけた彼の言葉をキスで塞いだ。柔らかい唇の感触に、ハルバートは目を閉じた。

「言わなくてもいい。あたしの勘違いでいさせて……。あたしはここでは、男性を慰めるだけの奴隷でしかないけど、貴方だけにしか抱かれたくないの…――。他はどうでもいい。貴方が好きよハルバート……。でも、罪人の女にこんな事を言われても、嬉しくないかもね?」

「リーナ…――」

「貴方だけのオモチャになってもいい。それは本当よ……」

「それでアンタは幸せなのか……?」

「わからない。でも貴方とこうしている時だけが、私は幸せなの…――」

 彼女はそう話すと、彼の身体に身を寄せた。

「ねえ、さっき魘されていたけど。どんな夢をみていたの?」

「ああ、ちょっとな…――」

 ハルバートはそう答えると、ぼんやりと天井を見つめた。そして、何かを思い出すようにポツリと話した。

「そうだな……。あれは悪夢のようなものだった。でも、あの時はどうする事も出来なかった。だから俺はあの場から逃げたんだ。そして逃げて逃げて、アイツからも、現実からも逃げた。アイツに背中を向ける事でそこにある真実を見ようとしなかったんだ。それが俺の罪だ…――」

 彼は自分の胸の中に閉まっている思いをポツポツと話した。

「そう、何かとても辛い事があったのね…――? でも、貴方のその気持ちわかるわ。辛いことから逃げる事は決して悪くわないわ。だって、それに向き合う事なんて簡単じゃないもの……」

 リーナは彼の隣で話を黙って聞くと、自分が思った事を話した。

「たしかに辛いものはあった。でも、本当に辛かったのはアイツかも知れない。そうだな。俺がここに来た時、アイツを見て初めて感じた印象は、大人しい感じの子だった。そしていつも何かに怯えているような印象だった。近寄れば直ぐに逃げる様な子供で、今思い返せば"大人"が怖かったんだろうなって思う――。瞳は虚ろで、そこに居るのか、いないのかも、わからないような感じの雰囲気はあったな…――」

 ハルバートは不意に過去を口にすると、クロビスの幼い頃を話した。

「アイツはいつも体中が包帯だらけで、廊下の隅の窓辺でボーッと外を眺めてるのを何度か見た事がある。口数は少なかったけどたまに笑ったりする顔が可愛いかった。そしてガラス細工みたいに繊細で優しい子供だった。はじめはほとんどなつかなくて、遠巻きで俺の事をいつも見ていたけど徐々になついてくれたな」

 遠い過去の記憶を辿るように話した。そして時おり、やり場のない思いを噛み締めた。リーナは隣で黙って話を聞いた。

「あの頃のアイツはいつもお袋の後ろに隠れてたよ。ああ、そうだな。アイツはそんな奴だった…――」

 ハルバートはそこで何かを思い出すと、切ない思いが込み上がった。

「だから俺は思うんだ。どうしてあんな風に人が変わっちまったのか…――! 俺が知っている限り。アイツは人をいたぶったり、人を殺したりする様な奴じゃなかった。ああ、それだけはハッキリ言える。だから俺は、今のアイツと向き合う自信がないんだ。ましてやオーチスの野郎を"あんな風"に殺すなんて、俺は信じられねぇんだよ…――!」

「ハルバート……」

 リーナは思い詰めている彼を隣でジッと見つめた。

「――きっと今はお互いわかりあえなくても、きっといつかは、そのワダカマリも解けると思うわ。それが人間だもの」

 彼女はそう言って話しかけると、彼の頭を両手で優しく抱き締めて包んだ。

「もう寝ましょう。もうそろそろで夜明けになるわ。抱き締めててあげるから、眠ってハルバート……」

「リーナ……」

「お休みなさい」

「ああ、おやすみ…――」

 ハルバートは彼女の腕の中で瞼を閉じた。どこか心地良い感触は幼かった頃、母の腕の中で抱かれて眠りにつくような懐かしい感覚だった。彼はそんな彼女の優しさに心のどこかで惹かれていた――。


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