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第17章―天上の刃―
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しおりを挟むハルバートは自分の部屋に戻ると物に八つ当たりして憂さ晴らしをした。部屋の中からは、彼が怒鳴っている声が廊下に響いた。心身ともに疲れきると、死んだようにベッドの上に倒れこんだ。彼にとって敗北は、戦士としてのプライドの問題だった。もともと戦士として生きていたので、戦いに敗れることは許されることではなかった。ましてや鳥人族に自分の部隊を殲滅されかけたのが、余計に気に入らなかった。ベッドの上で仰向けに寝転がりながら天井を見つめた。頭の中に浮かぶのは、あのバンダナを巻いた男のことだった。再び敗北感を胸の中で感じると怒りで唇を噛み締めた。
「クソッタレ…――! あの鳥野郎、次会ったらぶちのめしてやる! この俺に土をつけるなんざ、ただじゃ許さねぇ! ブッ殺す!」
ハルバートは天井に向かって拳を突き上げた。やり場のない怒りは収まることもなかった。暫く考え込むとベッドから不意に立ち上がって何かを手にとった。テーブルの上に置いた魔法石のオーブを手にとるとそこでフと呟いた。
「逃げた囚人は何故こんな物を持っていたんだ? 本当にオーチスの野郎が裏で手引きしたって言うのか? くそっ…――!」
ハルバートはそんな疑問を抱え込むと、そこで突然思い出した。
「そうだ! オーチスの野郎を早くとっちめに行かねぇと! こうなったら何が何でも聞き出してやる!」
持っているオーブをテーブルの上に置くと、上着を羽織って急いで部屋から出て行こうとした。すると誰かが扉をノックした。扉の前で立ち止まると、誰かが扉を開けて入ってきた。リーゼルバーグが部屋に入ってくると、彼は急に不機嫌な顔をした。
「……何しにきた? 誰も部屋に来るなって言ったはずだぞ?」
「ハルバートよ、そうカッカするものではない。今のお前は、毛並みが逆立った猫のように見えるぞ?」
「ッテメェ、誰が猫だ! 誰が!?」
「それくらいの元気があれば、私が心配することもないな」
「あぁ!?」
「ファルクの連中に負けて、悔しがっているのじゃないかと見にきたんだ」
「ッテメェ…――! ふざけたことを言ってんじゃねぇ! 俺はあんな奴等には負けたりはしない!」
「そうか? 私にはお前が負けたようにしか、見えなかったがのう」
『何だと!?』
「それどころか、事もあろうか奴らに殲滅されかけたではないか。あれは完全にわしらの負けじゃよ――」
「リーゼルバーグ……?」
ハルバートは思い詰めた彼の何気ない表情に、そこで冷静に戻った。
「あの場合はしょうがなかった。何もお前さんが、そこまで思い詰めることではあるまい。負けを認めて強くなることと、負けを認めないで強くなろうとするのは違うぞ。負けて初めて人は成長するのだ。そして、何がいけなかったかを己の中で考えて答えを見つけようとする。だが、相手に負けを認めずに戦う事は何も変わりはせん。その分、成長すらしないだろう。それが戦いと言うものだ。お前も戦士としての自覚があるなら、今までの自分を思い返すことだ――」
ハルバートはリーゼルバーグのその話しに沈黙して黙った。
「チッ! 俺はジジィに説教される覚えわねぇ!」
そこで感情的になると、リーゼルバーグに言い返して部屋から出ようとした。すると彼の左腕を掴んだ。
「これ待たぬか! 話しはまだ終わってはいないぞ!」
「ッ…――!」
「誰にもわからいようにしているが、私にはわかる。左腕の方に、僅かにヒビが入っている。その傷で、どこに行こうとしているのだ? マトモな治療も受けてないまま、無闇に動くことは体に毒だ。今は大人しく安静にしておれ」
「チッ…! お前はイチイチ余計なんだよ!!」
掴まれた腕を振りほどくと、ベッドの方にドカッと座って子供のように不貞腐れた。リーゼルバーグはフと笑うと、隣に腰を降ろして座った。そして、持ってきた救急箱の中から包帯と湿布を取り出すとそこで治療を始めた。
「左腕を出せ、私が簡単な治療をしてやる。今は治療室は運ばれた隊員達でいっぱいだから行くのは無理だ。彼らの治療が終わったら、お前も行って左腕の傷を診てもらえ」
隣でそう話すとハルバートの左腕に湿布を貼って包帯を巻いた。彼は不貞腐れた顔をしながらも、リーゼルバーグの応急処置を黙って受けた。
「――私がお前に一つ言いたいのは、全てを一人で背負い込むなと言うことだ。確かにお前はここの竜騎兵を纏める隊長だが、時に手におえない事もある。その時にただ投げ出すのではなく、形だけでもらしくして欲しいと、私は思うのだ。お前さんはあの時、自分の立場や、部下の前からも逃げた。私はあの時に、お前さんに一言言ってもらいたかったのだ。それは隊長としてな。部下達の志しは、常にお前の所に向いている。お前が一言声かける事でも、彼らは励まされたり。苦しい状況からも乗り越える事も出来る。そして、時には彼らを変えられる事も出来るだろう。お前があの場であんな事を言ってしまえば、部下達にはどうする事も出来ない。彼らは少なくてもお前からの言葉を待ってたかも知れんだろ?」
「っ…――!」
彼のその言葉にハルバートは、そこで深く考えさせたれた。
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