上 下
174 / 316
第16章―天と地を行き来する者―

7

しおりを挟む
 
 部屋を出ると長い廊下を一人で歩いた。誰もいない宮殿は、彼には広すぎた。廊下を歩いていると不意に彼に言われた言葉が甦った。

――待っても彼は来ませんよ――

 ラジエルの何気ないその言葉に、ハラリエルは胸の奥が苦しくなった。本当に彼は来ないのか――? あれから彼は姿を見せてなかった。もしかしたら、飽きられたのかも……。少年の心の中は不安感ばかりが募った。立ち止まって小さなため息をつくと、廊下の隅っこにしゃがみこんで庭の景色を一人で眺めた。そよ風はフワリと彼の髪を靡かせた。草原に吹く風は草の音を奏でた。静寂の中で、草花は風に揺れていた。彼はその様子をジッと眺めながら観察した。

「っ…ひっく…ひっく…ラグエル……。ラグエルどこに行っちゃったの……? もう来ないのかな? ボクはきみに会いたいよ……。やっぱり彼に頼んだのが、いけなかったのかなぁ。ラグエル…――」

 ハラリエルは寂しそうにポツリと呟いた。急に胸の中が切なくなると、瞳から涙がポロポロと溢れた。

「一人は嫌だよ……。寂しいよ。誰でもいいからボクと話をして。ボクを見て。ボクのこと一人にしないで。うっ…うっ…ひっく…一人は嫌だよぉ」

 寂しい気持ちが抑えられなくなると、膝を抱えて小さく泣いた。


 一人にはしないよ――。


 風が吹く中、突然と彼の声が聞こえた。

「え……?」

 その声にハラリエルはハッとなって顔を上げた。すると目の前には彼が立っていた。そして、少しあきれたように微笑んだ。ハラリエルはラグエルの姿を目にすると、そこから立ち上がって彼の方へと走り出した。そして、そのまま両手を伸ばして彼に抱きついた。

「やあ、お待たせ。元気だったかい?」

「ラ、ラグエル…――!!」

 ハラリエルは彼に抱きつくと、瞳から涙をポロポロと流した。

「なに、どうしたの? もしかして嬉し泣き? ボクに会えて、そんなに嬉しいんだ? キミってますます、ほっとけないね」

 ラグエルはクスッと笑うと悪戯にそのことを言った。

「ひっく…ぐすっ…も、もう来ないかと思った……」

「そんなことないよ。ボクはいつでもキミに会いに来るよ?」

「ほ、ほんとうに…――?」

「ああ、もちろんさ」

 ラグエルは彼を両手で抱き上げると瞳をジッと見て、そう答えた。

「それに寂しがり屋のキミは、ボクが会いに来ないと死んじゃうだろ? キミはボクの可愛い小鳥だよ」

「ラ、ラグエル…――」

 ハラリエルは彼の何気ない言葉に頬が赤くなった。

「ねえ、下界に降りてどうだった?」

「相変わらずだったよ。天界と違って空気がよごれてた。それに人間達は、相変わらず進歩してなかったね。だからボクは下界に降りるのが好きじゃないんだ」

「ラグエルごめんね。ボクがキミに頼んだばかりに迷惑を……」

「大したことじゃないさ――。ボクはキミの頼みなら何でも聞いてあげる。他の奴らと違ってボクは心が狭くないからねぇ」

「その、ありがとうラグエル……!」

 ハラリエルはニコッと笑うと、彼の首に両手を回して抱きついた。ラグエルは彼のその無邪気なところが、可愛くて愛しく感じた。

「ふふふっ。まいったね、ますますキミに深みにハマりそうだよ。ボクの可愛い罪人ツミビトさん――」

 そう話した彼の表情は、どこか照れていた。2人はそこで暖かい抱擁を交わしたのだった。

――ラジエルは椅子の上で目を覚ますと、テーブルに置いた眼鏡を手に取った。彼はそこで小さなため息をついた。椅子から立ち上がると、彼は自分の部屋から出てハラリエルを探しに行った。宮殿の長い廊下を歩いていると近くの庭で話し声が聞こえた。目を向けると彼はそこで見てしまった。彼らが抱擁をする姿を。その瞬間、彼の中で何かが音をたてて崩れ落ちた。そして、ある感情が途端に芽生えた。親しげにしている2人を見て、ラジエルはラグエルに嫉妬を燃やした。ハラリエルは彼の腕の中で無邪気に笑っていた。その無邪気な笑顔が余計に彼の心をかき乱して苦しめた。

―――汚れた―――

 ラジエルの目には、ハラリエルが穢れた姿が映った。

 アイツといるせいでハラリエル様は汚れていく。"アイツといるせいで"彼は怒りに震えると唇を噛んだ。その表情は憎しみに支配されていた。拳を振り上げると柱を叩いた。彼は嫉妬に燃えた感情を物に八つ当たる事で気持ちを制御したのだった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

プロミネンス~~獣人だらけの世界にいるけどやっぱり炎が最強です~~

笹原うずら
ファンタジー
獣人ばかりの世界の主人公は、炎を使う人間の姿をした少年だった。 鳥人族の国、スカイルの孤児の施設で育てられた主人公、サン。彼は陽天流という剣術の師範であるハヤブサの獣人ファルに預けられ、剣術の修行に明け暮れていた。しかしある日、ライバルであるツバメの獣人スアロと手合わせをした際、獣の力を持たないサンは、敗北してしまう。 自信の才能のなさに落ち込みながらも、様々な人の励ましを経て、立ち直るサン。しかしそんなサンが施設に戻ったとき、獣人の獣の部位を売買するパーツ商人に、サンは施設の仲間を奪われてしまう。さらに、サンの事を待ち構えていたパーツ商人の一人、ハイエナのイエナに死にかけの重傷を負わされる。 傷だらけの身体を抱えながらも、みんなを守るために立ち上がり、母の形見のペンダントを握り締めるサン。するとその時、死んだはずの母がサンの前に現れ、彼の炎の力を呼び覚ますのだった。 炎の力で獣人だらけの世界を切り開く、痛快大長編異世界ファンタジーが、今ここに開幕する!!!

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

キセキ

吉野 那生
恋愛
誇り高い悪魔と、純真な天使がヒトの世で再会。 この再会がもたらしたものは…?

処理中です...