173 / 316
第16章―天と地を行き来する者―
6
しおりを挟む――天上に白い雲が行き交う。風に漂う雲は時の流れを感じさせていた。少年は一人で草原に佇みながらジッと空を見上げた。青い空はどこまでも果てしなく蒼穹の彼方には鳥達が羽ばたいて飛んでいた。その自由な姿に少年は彼を重ねて眺めた。そんな少年の姿を見守り続けている青年は、物陰からそっと見つめた。その表情はどこか切なさが滲み出ていた。彼は宮殿の外から庭に出ると、不意に話しかけた。
「待ってもあの者は来ませんよ。きっとどこかに出歩いているんでしょう。彼は貴方様には見向きもしません。それが本来の形なのですから――。彼は興味本意でハラリエル様に近づいたのです」
ラジエルは片手に本を持ちながらハラリエルに話しかけた。その言葉に、彼は寂しそうな目をした。
「わ、わからないよ…――」
「何がですか?」
「ラジエルの気持ちが、ボクにはわからない……」
「私がですか?」
「ねぇ、ラジエルはラグエルが嫌いなの…――?」
ハラリエルはその事を尋ねると、彼の顔を見つめた。
「ええ、嫌いです――。そもそもあのような者と仲良くすること自体が、本来は間違ってるのです」
「ど、どうして……? ボクはラグエルが好きだよ? ラグエルだけじゃなく、ラジエルや他の皆も好きだよ……? ラグエルはきっとラジエルや他の皆とも、本当は仲良くしたいと思ってるはずだよ」
「ハラリエル様……」
彼は呆れた様子で鼻で笑った。
「――やめましょう。そう言った会話は、私は好きではありません」
「ラ、ラジエル……」
「仮に彼がそれを望んでいても大概の者は彼とは仲良くしたくはないでしょう。貴方様は何もわかってはいないのです。今から遥か数千年前、天魔大戦であの時、何が起きて何が失われ、誰が悲しみ、誰が傷つき、その嘆きの終止符に誰が犠牲になったかを――。彼はそのうちの一人です。監視する側が、あの者に手を貸した。その大罪は烙印の如く、今も彼に付きまとっているのです。何より蔑まされていることがその証ではありませんか。我ら天使の掟の中で、もっとも重い罰は裏切りです。彼はそれを犯したことにより罰を受けている。ただそれだけのことです――」
ラジエルは淡々とその事を彼の前で話した。ハラリエルはその話しを聞くと、悲しい表情を見せた。
「だからラジエルは彼を嫌うの…――? ボクはそんなの悲しいと思う。全ての窓は閉まっていても、一つくらい窓は開いてて欲しいと思うよ。例えそれが許されないことでもボクは受け入れる側でありたい。そうじゃなきゃ悲し過ぎるよ」
「ハラリエル様…――」
彼はその言葉に心が揺れた。
「汚れなき純粋――。私は貴方様のその純粋な心が、胸に突き刺さります。私もかつては貴方様みたいに純粋だったのでしょうか…――? そうだとしたら私はもう純粋な心ではなくなったのかも知れません」
彼はそう話すと、どこか悲しげな瞳で遠くを見つめた。
「ラジエル……。どうしたのラジエル…――?」
ハラリエルは彼の手を取ると話しかけた。するとラジエルは、悲しげな表情で視線を向けた。
「私は貴方様に――」
「ラジエル……?」
「言え、何でもありません。少し気分が優れないので部屋に戻ります」
彼はそう告げると掴んできた手を振りほどいた。
「どうしたのラジエル…――?」
ハラリエルは心配した様子で話しかけた。でも、彼は振り返ることもなく無言でその場から離れると自分の部屋に戻って行った。
「ラジエル……」
部屋に戻って行く彼を目で追うと自然と体が動いた。そして気がついたら独りでに足が彼の部屋に向かっていた。扉の前に佇むとノックしようか迷った。暫く迷った末にハラリエルは恐る恐るドアをノックして叩いた。
「ラ、ラジエル……? ラジエル大丈夫?」
声をかけてみるが部屋の中からは返事がなかった。ハラリエルは心配になると部屋の中に入った。
「ラジエル…――?」
部屋の中に入ると、彼は眼鏡をはずして椅子の上で眠っていた。膝元には読みかけの本が置いてあった。ハラリエルは椅子の上で眠っている彼を黙って近くで見つめた。少し顔色が優れない彼を心配すると、傍に寄って手もとに触れた。
「ラジエルごめんなさい……」
ハラリエルは眠っている彼にヒッソリと話すと、静かに部屋を出て行った。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
皇后はじめました(笑)
ルナ
ファンタジー
OLとして働く姫川瑠璃(25)は誰かに押されて駅の階段から落ちてしまう。目覚めると異世界の皇后になっていた!
自分を見失わず、後宮生活に挑む瑠璃。
派閥との争いに巻き込まれながらも、皇后として奮闘していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる