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第15章―地に降り立つは黒い羽―
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しおりを挟むラジエルが部屋に入って来ると、少年は後ろを振り向いた。
「あっ、ラジエル……」
「こんな所にいたんですか、探しましたよ?」
ラジエルは部屋に入ると彼に話しかけた。チェスが置いてあるテーブルには、ハラリエルが一人で座っていた。ラジエルは近づくと上から覗き込んだ。
「おや、チェスですか? 一人でチェスをやられては退屈でしょう。私が一つ、お相手致します」
「え……?」
ハラリエルは彼の言葉に気がついた。パッとテーブルの方を振り返ると、いつの間にかラグエルの姿がなかった。
「あれ? ラグエル? 今ここにラグエルが……」
「ラグエル――?」
ラジエルはその名を聞くと、眼鏡の奥を光らせた。
「いけませんハラリエル様! あのような天使と2人きりで一緒にいては!」
「ラ、ラジエル……?」
「あれは不吉な堕天使です!! ハラリエル様のような高貴な方が、あのような堕天使と口をきいてはいけません――!」
「なっ、なんで……?」
「なんでもです!」
ラジエルはキツメの口調でハラリエルを叱りつけた。
「あの者は心に闇を飼う堕天使です。聖天使としてなれなかったのが、彼をあのような姿に変えたのです――!」
「ラ、ラジエル……?」
「あの翼をご覧なさい。闇に憑かれた天使は、羽が漆黒に染まるのです。漆黒の翼を持つ堕天使は、天界に不吉と災いを呼ぶと言い伝えがあるくらいです。彼は天使ですが、我々とはベツなのですよ!?」
「ちっ、違うよ……! ラグエルはそんなんじゃないよ! ラグエルは、不吉な天使なんかじゃ…――!」
「ハラリエル様、彼を庇ってはなりません! 彼は貴方を闇の底に引き込もうとしているだけです!」
「違うよ、ラグエルは優しいよ……!? ボクと一緒に遊んでくれる! それに色々な話をボクにしてくれる! ボクが一人ぼっちでもラグエルは傍に居てくれるっていったもん……! それなのにラグエルの悪口言わないでっ!!」
「ハ、ハラリエル様…――!?」
その場で抑えていた感情をぶつけると、ハラリエルは瞳から涙を流した。その純粋な涙にラジエルは言葉を失った。
「――私が不甲斐ないばかりでしょうか。貴方の心が見えません」
「ラ、ラジエル……」
「あのような者に貴方が心をいためて、涙を流すことはありません。彼は一度は同族を裏切った天使。ウリエル様の嘆きが貴方にはわからないのですか?」
「で、でも…――」
「彼の裏切りは今でも我ら天使の心に深い爪痕を残したのです。そのような者と一緒にいては貴方様の名誉にも傷がつきます。それでもいいと仰るのですか? これでは私がドミニオン様や、他の天使の方々に顔向けができません……!」
「ラジエル……」
「私は貴方の側近でしかありませんが、私は彼よりも貴方をずっと見守ってきました。彼よりも貴方のことを分かっているつもりです…――!」
ラジエルは鎮痛な表情でその事を話すと、どこか悲しげだった。ハラリエルは彼の悲しげな顔に小さな胸が痛んだ。
「ご、ごめんなさいラジエル。でもボクは、彼と一緒に……」
「ハラリエル様っ!!」
ラジエルはそこで彼を自分の両腕の中に抱き締めた。
「私がいるではありませんか……! 私がいる限り貴方を一人にはしません!」
「ラ、ラジエル…――」
「あの者がいなくても、2人でいつものように乗り越えればいいのです……! そうやって私達はいつもわかりあえたのですから…――!」
「でも、ボクは他の誰かと繋がりを求めたいんだ…――」
「それはいけません!」
「なっ、何で……?」
「貴方にとってここが唯一の安全な場所だからです…――!」
「あ、安全……?」
「そうです。このブレイザブリクの壁が貴方を守っているのです。他者と繋がりを求めることは、それは外との繋がりを求めること――。それは貴方を傷つけて攻撃します。この壁は貴方をその者達から守るためにあるのです…――!」
「でも、ボクは一人ぼっちは嫌だよ。一人ぼっちは寂しいよ……」
「だから私がいるのではありませんか……?」
ラジエルはハラリエルを両腕の中に抱き締めると切ない瞳で彼に話した。
「私がいて貴方がいる。それで十分じゃありませんか――? 大丈夫です。私が貴方をずっとお守りしますから」
彼のその言葉にハラリエルは、もどかしい気持ちを抑えられなかった。
「ラジエル、ボクは外の世界が見たいよ…――。夢の中じゃなく、本当の世界をこの目でみたいんだ。彼が言ってた。この壁の向こうにはボクの知らない世界があるんだって……」
「ハラリエル様。それはいけません。それは決して、望んではいけないのです。どうか私をこれ以上、困らせないで下さい」
彼の切実な言葉にハラリエルはそこで自分の気持ちを抑えた。ラジエルはそう話すと彼の頭を撫でた。まるで小さな子供に言い聞かせるように優しく接した。
「ラジエルごめんなさい。もう言わないよ……」
「ハラリエル様――。そうです。ここが貴方にとっての世界なのですから」
彼はそう告げると優しく笑った。その切ない表情にハラリエルは黙って口を閉ざした。ラジエルは彼に本当のことが言えなかった。その真実はあまりにも残酷で、少年に課せられた運命がどれほど重いのかも、彼の口からは言えなかった。少年は生まれながらに罰を受けていた。その罰は、彼をこの牢獄の檻の中に引き留めていた。彼はその罰を受けている少年を傍で見守ることしか出来なかった。少年は自分が受けている罰を知らずに天に広がる青い空に自由を恋い焦がれた。翼を広げて自由に飛び立つ。そんな儚い夢さえも叶わないまま、少年は心の中でその夢を描き続けたのだった――。
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