上 下
72 / 316
第7章―闇に蠢く者―

13

しおりを挟む

「確かに天使にとっては、戦いで悪魔に負けることは決して許されないことだ。ドミニオン様がお叱りになるのは無理もない。ましてや、戦う為の天使の役割を持つ以上、敗北はその者にとっての屈辱や汚名にも値することだ。一層のこと、ここで朽ち果てる方がマシかも知れん…――。おめおめと天界に帰った処で私は我が一族の恥さらし者になるのは言うまでもないだろう。それにドミニオン様やアークエンジェル様にどのような顔でお会いすればいいのかわからない。やはり私はこのまま、ここにいるべきかも知れんな…――」

 カマエルは弱気になりながらそう話すと、ひとり落胆した表情を浮かべた。


「何を言うのですか父上……! 貴方様を一族の恥さらし者だとは、誰もそんなことを思っておりません! 母上も兄達も貴方様の帰りを待っておられます! それに、こんなところで貴方様を死なせるわけにはいかないのです…――!」

 彼はそう話すと鉄格子に手をかけて前に近づいた。そして、真剣な表情で父の顔を見つめた。

「ミカエル様があのような状況で、今天界を守れるのは僅かな天使しか、いない以上、ミカエル様に代わって天界を守れるのは貴方様しかいないのです……! 貴方様の強さは誰もが知っております。それに14万5000人の天使達を従えるのは、能天使の指揮官である貴方様しか他なりません。彼が眠りから目覚めぬ今、ミカエル様の意志を貴方様が引き継ぐのです。でなければ、天界はいずれは闇に滅ぼされます。ミカエル様はそのような結末を望んではおりません。彼が今まで守ってきたものを、ここで終わらすわけにはいかないのです…――!」

「果たして私に、本当にそのような大義が出来るのであろうか……。私はひとりの天使にしか過ぎん。偉大なるミカエル様の意志を引き継ぐことは、そう容易いものではない」

「いいえ父上、貴方様はミカエル様の信頼を誰よりも勝ち取っております。それに貴方様はミカエル様の直属の部下でございます! 14万5000人の能天使達を束ねて従えるのも、指揮官である貴方様にしか出来きないことです。それに彼らもそれを望んでおられます。今天界は貴方様を必要としておられるのです、父上…――!」

 
 彼の揺るがないその言葉に、カマエルの心に僅かな変化が現れた。

「……お前は私を助けると言った。その言葉に偽りは無いな?」

「はい、父上! 私はここの門を叩いた時から覚悟は出来ております! どんな手段を使ってでも、私が必ず貴方様をここから救いだしてみせます! 今はどうか、私を信じて下さいカミーユ様…――!」

 カマエルは囚われた牢屋の中で、黙って頷くと一言呟いた。

「お前に一つ聞いておく。私を救うことを誰かに話したか?」

「いいえ、誰にも話してはおりません。それにあの方達は消極的なお考えなので、貴方様をお救いには来ません。これは言わば極秘の任務でございます」

 そう話すと、暗闇の中で瞳を怪しく光らせた。そして、彼は漆黒に紛れながら静寂のようにそこに佇んだ。彼らの紡いだ物語りは一つの点で交差する。それは今から起こるであろう、嵐の前触れにしか過ぎない。神の描いた世界の終りは、運命の歯車の音を立てながらゆっくりと回り始める――。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。※シファルルート

ハル*
ファンタジー
コミュ障気味で、中学校では友達なんか出来なくて。 胸が苦しくなるようなこともあったけれど、今度こそ友達を作りたい! って思ってた。 いよいよ明日は高校の入学式だ! と校則がゆるめの高校ということで、思いきって金髪にカラコンデビューを果たしたばかりだったのに。 ――――気づけば異世界?  金髪&淡いピンクの瞳が、聖女の色だなんて知らないよ……。 自前じゃない髪の色に、カラコンゆえの瞳の色。 本当は聖女の色じゃないってバレたら、どうなるの? 勝手に聖女だからって持ち上げておいて、聖女のあたしを護ってくれる誰かはいないの? どこにも誰にも甘えられない環境で、くじけてしまいそうだよ。 まだ、たった15才なんだから。 ここに来てから支えてくれようとしているのか、困らせようとしているのかわかりにくい男の子もいるけれど、ひとまず聖女としてやれることやりつつ、髪色とカラコンについては後で……(ごにょごにょ)。 ――なんて思っていたら、頭頂部の髪が黒くなってきたのは、脱色後の髪が伸びたから…が理由じゃなくて、問題は別にあったなんて。 浄化の瞬間は、そう遠くはない。その時あたしは、どんな表情でどんな気持ちで浄化が出来るだろう。 召喚から浄化までの約3か月のこと。 見た目はニセモノな聖女と5人の(彼女に王子だと伝えられない)王子や王子じゃない彼らのお話です。 ※残酷と思われるシーンには、タイトルに※をつけてあります。 29話以降が、シファルルートの分岐になります。 29話までは、本編・ジークムントと同じ内容になりますことをご了承ください。 本編・ジークムントルートも連載中です。

処理中です...