19 / 23
19話
しおりを挟む一人暮らしを再開させるには不安の残る健斗を自宅に引き取るつもりでいた桜宮は健斗本人の断固とした断りにあい病院の前で立ち尽くし困惑していた。
「一人暮らしの家にまたよからぬ奴が来たらどうするんだ」
薬を嗅がされ車で連れ去られたのが自宅を出てすぐの場所だと考えるとしばらく家には帰らない方がいい。そんなもっともな桜宮の言葉にも健斗は首を縦に振らない。
そして
「海のところで世話になる約束なんです!」
そう言ってあっさりと迎えに来た海と共にひらひら手を振って笑顔で行ってしまった。
「本当に大丈夫だろうか」
父親のような顔で健斗を見送る桜宮を三葉は微笑ましく思いながら大丈夫ですと伝える。
「海のお母さんは男性オメガです。本当にいい人で俺もよく遊びに行かせてもらってるので心配ないですよ」
「そうなのか・・」
「・・それに」
桜宮の耳元で三葉が囁く。
「海のお母さんオメガですけどめちゃくちゃ強くて。アルファのお父さんより大きいし筋肉もあるから安心ですよ。あ、お母さん気にしてるので内緒ですよ?」
ふふっと桜桃色の唇の前で人差し指を立てる三葉の様子に一瞬我を忘れそうになった桜宮は咳払いで意識を戻しそれならいい、と駐車場に向かって歩き出した。
もちろん車に着くまでの間に海の家の警護を部下に依頼するのも忘れない。
子供が産まれたら大変な親バカぶりを発揮しそうだなとくすりと笑った三葉はその直後にその相手は自分ではないのだと思い至り落胆する。
己を好いてくれる桜宮も流石に浩太をこの手にかけ犯罪者となってしまえば三葉の事を見捨てるだろう。彼は桜宮仁という一人の人間である前に桜宮財閥の正統な跡取りだ。その両肩には何万という従業員や家族の生活がかかっている。
それに・・
オメガのアルファ殺しは死刑が常なのだ。
酷い時は裁判にかけられるまでもなく早々に執行される。
逆の場合は時として罪にさえならない事もあるというのに。
それでも少しずつ世の中が変わりつつあるのは桜宮のように力のあるアルファが声を上げ少しずつオメガのための法を整備してくれているからだ。本当なら浩太の事も法律で罰して欲しいが、ただそれでは健斗の番解消は出来ないのだ。
早く見つけなければ・・。
そう思いながらも
桜宮の隣にいられる今が永遠に続けばいいとも思う。
そんな相反する願いを胸に三葉はハンドルを握る桜宮の横顔を見つめた。
「まずい」
三葉はカレンダーを見ながら独りごちる。
ヒートが来週に迫っている。その半月後に確か健斗もヒートになる予定だ。
捜査は遅々として進まない。浩太の居所も人身売買の影も僅かな手がかりさえ掴めない毎日に三葉は焦っていた。
絶対にこの二つは繋がっているのに!
オメガ園自体は警察が介入し今のところ不穏な動きはないようだが職員は一様に何も知らない何も変わりないの一点張りだ。
子供達に聞き込みをしようにもオメガ保護法で保護者となる園側が許可しなければ面談は成立せず、それを逆手に取られ一切の接触を禁じられていた。
三葉は以前園を訪問した時の副園長・・今は園長になっている服部の曖昧な態度がずっと心に引っかかっている。
もしかすると脅されているのかもしれない。一度きちんと話をしたい。
まだ三葉がオメガ園にいた頃、彼はとても自分たちを可愛がって大切に育ててくれたのだ。
もし卑怯な手で意に沿わぬ悪事の片棒を担がされているのなら手助けをしたい。自分に何が出来るかはわからないけど。
桜宮が仕事から帰宅したら相談してみよう。そう思いながら三葉は彼の好物であるシチューをぐるぐるとかき回していた。
「俺も行く」
オメガ園の事を伝えるなり桜宮はそう言い放った。
「勝手な行動は絶対許さない。間違っても自分だけで動くな」
初めて聞く桜宮の命令口調に三葉は面食らった。
けれど彼の視線からその言葉が心配から来ていることが分かり三葉の胸は熱くなる。
もっと早く出会いたかった。
詮無いことだが狂おしいほどそう思う。
「早い方がいいな。明日午前中の予定をずらすから一緒に行こう」
「そんな急に大丈夫ですか?」
「早く片付けたい」
「分かりました。よろしくお願いします」
ぺこと頭を下げて三葉は夕食の支度に戻った。
他に当てはない。
明日、何がなんでも
どんな僅かでもいい。
手がかりを掴まなければ・・・。
56
お気に入りに追加
1,365
あなたにおすすめの小説
捨てられオメガの幸せは
ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。
幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。
まばゆいほどに深い闇(アルファポリス版・完結済)
おにぎり1000米
BL
グラフィックアーティストの佐枝零は長年オメガであることを隠し、ベータに偽装して生活している。学生時代に世間で作品が話題になったこともあるが、今はできるだけ表に出ず、単調で平凡な毎日を送っていた。そんな彼に思ってもみない仕事の打診がもたらされる。依頼人は佐枝が十代のころ知り合った運命のアルファ、藤野谷天藍だった! ――親の世代から続く「運命」に翻弄されるアルファとオメガの物語。
*オメガバース(独自設定あり)エリート実業家(α)×アーティスト(偽装Ω)ハッピーエンド
*全3部+幕間+後日談番外編。こちらに掲載分は幕間や番外編の構成が他サイトと異なります。本編にも若干の改稿修正や加筆あり。ネップリなどであげていた番外編SSも加筆修正の上追加しています。
*同じオメガバースのシリーズに『肩甲骨に薔薇の種』『この庭では誰もが仮面をつけている』『さだめの星が紡ぐ糸』があります。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子
葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。
幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。
一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。
やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。
※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる