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賢士の運命の番?

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「おかえりー!夏姫!旅行で賢士に酷いことされなかったかー?」

そう言って俺を抱きしめようと両手を広げて走って来る浩二をさっと躱して賢士の影に隠れた。

ここは組事務所。
と言っても本当に「事務所」なので事務仕事をする人しかおらず普段は賢士と浩二だけらしい。
今日は番になった挨拶を兼ねて二人で浩二にお土産を渡しに来たのだ。

「それより賢士何なんだ?このダサいTシャツ。これがお土産かよ」

「それは夏姫が選んだ」

「さすが夏姫!俺今日からこれ制服にしよ!」

相変わらずの浩二だが組長の一人息子というのは本当で賢士とは高校からの友人だと言う。
その関係で組ぐるみで他の暴力団を追い詰める為、警察官の賢士に手を貸しているらしい。

「そうだ、賢士。この前の傷害事件の件で弁護士が来るぞ」

「翡翠か?」

「まあそうだな。お前が対応しなきゃ引き受けないって言ってるんで悪いけど頼むわ」

「・・分かった」

なに?
なんか今まで見た事ないような複雑な顔なんだけど。

「夏姫先帰ってろ。誰かに送らせるから」

「え?待ってるよ。大人しくしてるから」

なんだか無性にソワソワする。

「駄目だ。帰れ」

そんな言い方珍しい。
仕方ないと椅子から腰を上げたところで凄い勢いでドアが開いた。

「賢士!お前番作ったって本当か?!」

息を切らして飛び込んで来たのは目も覚めるような美貌の青年だった。

「ああ」

賢士は動じず無表情に答える。
この人がさっき言ってた弁護士さん?
それにしてもこんな綺麗で色っぽい人テレビでも見た事ない。

ぽーーっとその顔を眺めていた時、美貌の彼が俺に向かって指を指す。

「お前か?泥棒猫!賢士は俺の運命の番いだぞ!!」

えっ?泥棒猫って何?
俺は猫なんか盗まないけど。
あ、それは猫泥棒?
いや、そこじゃない。


今この人賢士を運命の番って言った?



「翡翠!!」

そう怒鳴って賢士は彼を睨みつけた。
そして俺の方に向き直り帰ったら説明するからと隣の部屋にいた百合さんを呼んで部屋から追い出した。

俺はパニックで何も喋れずされるがまま百合さんと車に乗る。

「夏姫ちゃん、大丈夫?心配する事は何もないからね」

「でも・・運命の番だって」

百合さんはため息をついてエンジンをかけた。

「それについては賢士が自分で説明したいだろうし夏姫ちゃんも本人に聞いた方が納得すると思うから何も言わないでおく。でも賢士を信じてればいいと思うわよ」

そんな言葉もどこか遠くで鳴ってる音のように聞こえる。

そのうち車は静かにマンションに到着し、俺は機械的にお礼を言って部屋に戻った。


Ωは番になったら一生その人しか愛せないけどαは違う。
同時に他の人とも番う事が出来るし番の解消も出来る。
そしてまた別の人と幸せにもなれる。

賢士に限ってとは思うがあの人は自分を運命の番だと言った。
運命の番は出会った瞬間お互いにわかるしその場で抗えないほど惹かれ合うと聞いた事があるから恐らく二人は番になったはずだ。

そんな人がいるのにどうして俺と番ったの。


昨日までの幸せな気持ちがしおしおと消えていく。


「あーー!駄目だー!」

俺は自分の頬をバチンと叩き気分転換にキッチンに入った。

ちゃんと賢士の口から聞くまでは賢士を信じよう。
ちゃんと俺を好きだと言ってくれた。
一生を誓ってくれた。
その言葉に嘘はなかった。

俺はボウルに卵を山ほど割り入れて無心にかき回した。







「元カレ?」

程なくして帰宅した賢士が俺をリビングのソファに呼んで翡翠と言う人の話をしてくれた。

オーブンに入れた卵グラタンが気になるがそれより番の話はもっと気になる。

「長く付き合ってたの?」

「高校一年の時に出会って大学を卒業するまでの7年。そこでスッパリ別れてそれきりだ」

7年・・
俺にとっては途方もなく長い時間だ。

「運命の番って本当なの」

「ああ多分な」

「どうして別れたの」

「色々あったんだよ」

はっきりしない賢士に徐々にイライラが募る。
7年も付き合った運命の番とそんな簡単に別れられるはずがないと思うけど。

「・・頸は噛んだの」

「・・ああ、でも」
「もういい!」
それ以上聞きたくなくて家を飛び出そうとした所を賢士に捕まる。

「落ち着け!ちゃんと聞け!」
「嫌だ!聞きたくない!」

暴れる俺を賢士は強く抱きしめて辛抱強く背中をさする。

「ちゃんと話すから取り敢えず落ち着け」

そう言われても涙は勝手に溢れるし思考はぐちゃぐちゃでどうしたらいいか分からない。

しばらくしてオーブンからグラタンが焼き上がった事を知らせる間抜けな機械音がしてやっと強張ってた体から少し力が抜けた。


「・・ご飯食べながら聞く」

そう言って俺はオーブンから出したグラタンをテーブルに乗せた。

「・・イカ墨のグラタンとは凝ってるな」

そう言う賢士に卵のグラタンだとえぐえぐ泣きながら説明する。

今回は綺麗に焼けているので黒く見えるとしたら黒胡椒だ。
分量少々の意味が分からずスパイシーな方が美味しいかとひと瓶いれたのが悪かったのだろうか。
ちなみに塩少々も同じ考えで同じ分量を投入している。
目の前で賢士が一口スプーンで掬い口に入れるたびに大量に水を飲んでいるのは出来立てで熱いからだと思いたい。


そんな事を考えていたら少し気分が落ち着いた。

「夏姫」

「なに」

「こっちおいで」

向かいの椅子に座っていた俺はノロノロと立ち上がり賢士の隣の椅子を引いた。

「違うこっち」

その手を引かれ膝の上に乗せられる。
たまらず賢士の首に抱きつきその厚い肩に顔を埋める。

「あのな、翡翠はものすごく頭が良くて野心家なんだ」

わかる。
だって学力は必要ないと言われるΩで弁護士にまでなってるんだもん。
凄いと思う。

「だからあいつは運命だからって俺と番になる気はなかった」

「え?」

「確かに付き合ってたけど俺以外の奴とも寝てたし今だって自分の利益になるなら誰とだって寝る。俺はそれが許せなかった。だから別れた」

「でも首噛んだんでしょ?」

「噛んだけど後は残らなかった。それだけあいつは俺と番う事を拒絶したんだ。だから今は仕事だけの付き合い」

でもあんなに俺のこと怒ってた。
きっとまだ賢士が好きなんだ。

「心配するな。あいつが俺から離れないのは俺が警官になったからだ。仕事上の情報が欲しいだけだ」

本当にそうかなあ・・。

肩に埋めた額をぐりぐりと擦り付けてマーキングをしてみる。

それに気付いたのか賢士は俺を膝の上に抱え直してキスをした。


「分かってるだろ。もうお前しか欲しくないんだ。俺を信じてろ」

「うん」


まだ心はモヤモヤするけど昔の事を考えても仕方ない。

だんだん深くなる何故か少し塩っぱい賢士のキスに煽られながら俺は思考を手放した。



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