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★ルート分岐(ノエルエンド編)★
これから ①
しおりを挟む国王の突然の訃報は国中を騒然とさせた。
悼む者や今後を憂う者、貴族だけではなく国民も皆一様に不安を覚えているようだった。
暴君と恐れられてはいたが民の事を一番に考え政策指揮を摂っていた彼は間違いなく賢王で皆に慕われていたのだ。
一方、同盟や従属を結んだ周辺諸国は静かなもので明日の国葬にも出席の意向は届いたものの、特に慌てている様子はない。
問題は一部の反国王派の貴族達だ。数は少ないがこれを機に皇室を乗っ取ろうと企む者からの面会希望が相次ぎ、僕は出産間もない体でそれらを処理すべく執務室と謁見室を往復する毎日を送っていた。
「ルルテラは変わりない?」
「はい、アリス様。とてもお元気でよく乳を飲み眠っておられます」
僕の立場をまだ決めていないのでひとまず皆には名前で呼んでもらう事にした。
明日の貴族会議で発表の予定だが、早速僕を利用しようとする輩が跋扈しているのをアーロンとノエルが牽制している状態だ。
「ルルテラ」
ぐっすりと眠っている娘を眺める。僕の唯一の癒しの時間だ。
黒い髪はルドルフにそっくりで瞳の色はどっちかな?二人とも赤系の目だけどピンクがかっているので僕に似たのかもしれない。
そして生まれたばかりなのにとてつもなく美しい顔をしている。
「アリスにそっくりだね」
いつの間に来ていたのか八雲が後ろに立っていた。
「そう?眉毛なんかしっかりしててルドルフじゃないかな」
そう言いながらふとすると溢れそうになる涙をぐっと喉の奥で堪える。
「先生はルルテラに何か用なの?」
「いや、来月ルルテラのお披露目をするだろう?祝福を与える役目を仰せつかったのでね、ちょっとお姫様の顔を見ようと思いまして」
「それはありがとうございます。僕は出来なくなったんで助かります」
ルルテラを産んでから僕の中から魔力はすっかり消えてしまった。彼女が全部持って行ったんだろう。ちゃっかりしてるなと柔らかい頬をそっとつつく。
「そうしているとすっかり母親だね。大人になった」
「まあ先生はしばらく姿を消して会いにも来てくれなかったからね」
「だからあれは陛下から頼まれて出産の時に備えて魔力を高めてたんだよ。でなきゃあそこまで力を出せなかったよ」
僕の嫌味に困ったような顔をする八雲。僕は冗談ですよと笑った。
いよいよ明日。
葬儀の前にまずは貴族会で決定事項を周知する。反対派はいるだろうが僕は考えを曲げるつもりはない。
しばらくしてノエルも子供部屋に顔を見せる。
「あれ?今度はノエルおじさんでしゅよー。ねえ、ルルテラ。この国の人達は本当に暇なんでしゅねー」
「……やめてくださいアリス様」
苦笑いをするノエル。
ルドルフの死後もノエルとの関係は特に変わらない。全て僕の思うようにさせてくれるノエルには頭が上がらない。
「アリス様、明日の事ですが警備を予定の二倍にして部屋にも配置したいと思うのですが」
「ちょっと威圧的になっちゃうね。外に待機させておいて欲しいな」
「でも彼らが決定内容に激昂して襲いかかる可能性も」
「その時はその時だよ」
「……承知しました」
それでなくても僕と結婚してこの国を手中に納めたいと思うものは五万といる。その証拠にまだ喪も明けて居ないのに個人的に話をしたいという内容の手紙が毎日沢山届くのだ。
国王陛下に溺愛されていた、か弱いオメガ。
悪気なく自分が守ってやると思う者も多いだろう。けれどそんな事でルドルフが苦労して進めていた理想郷への道を有耶無耶にするわけにはいかないのだ。
「ルルテラ、僕を応援してね」
聞こえているのか、いないのか。眠ったままでルルテラはくふんと笑った。
翌日、朝早くから国内の主だった貴族達が大広間に集められた。
終わったら国王の葬儀だと言うのに僕の目を意識してか、浮ついた色の孔雀みたいな格好をした若い子息もいる。
……どこの家門だ?取り潰してやろうか。
僕は呆れながら中央の席に着いた。
あまり公式行事に参加していなかった僕を珍しげに値踏みする奴もいる。
以前の僕ならそんな視線に臆してなにも出来なかったかもしれない。けれど今は違う。
僕がこいつらに屈したらルルテラの生きていく場所が無くなるんだから。
「本日は集まって頂き感謝します」
その一言でざわついていた席がシンと静まった。僕が何を言うか興味津々なんだろう。
「お聞き及びの通り、国の太陽であるルドルフ陛下が崩御されました。午後から葬儀があり、国民に向けて私が挨拶を行います。その前に貴族会の皆さんに今後の王室について決定事項を伝えます」
議論するつもりはないので敢えて決定の部分を強調し話す。隣に立つアーロンとノエルも黙って周囲を見渡していた。
「皇后様!ご結婚はいつされるのですか?」
「……結婚?」
突然入った横槍に驚いたが、顔には出さない。
「国交的にも急がれた方が良いと思うのですが。いつまでも国王が不在ですと色々面倒ですし。そこでうちの息子を……」
「黙りなさい」
先ほどの孔雀の親か。本当に碌でもない。
「結婚はしません」
「え?」
途端に議会が騒つく。そこに扉が開き十名程の貴賓が入って来た。
「皆様、どうぞお席にお座り下さい」
僕の言葉にそれぞれが用意された椅子に座る。室内は更に騒然とした。
「皇后様!大事な議会に部外者を入れるのは如何なものでしょう。まあそう言うこともご存知ないのは致し方ないですが。これから私が教えて差し上げます」
僕はため息をついた。もう限界だ。
「ルドウィン公爵、ご子息と共に退室を命じます」
「なっ?!失礼な!皇后なんて夫である陛下を亡くしたらただの……」
本当に失礼だな。
けれどそんな戯言を無視して僕は立ち上がり声を張る。
「貴族会の皆様、そして各国の皇族の皆様。本日より私が女王としてこの国を治めてまいります。若輩者ですが宜しくお願いします」
貴族達の戸惑いとは裏腹に各国の皇族達は立ち上がり一斉に拍手を送ってくれる。驚き、胸が熱くなった。
全てルドルフが事前に根回しをしてくれていたのだ。
「そして同日より大陸の全ての国は一つとなりここに帝国が誕生致します」
味方だと言わんばかりに殆どの貴族が歓声を上げた。勝ち目はないとルドウィン公爵がすごすごと退室するのが見える。
「では、今後の領地分割についての説明をします。質問は適宜手を挙げてください。まず初めに…………」
……ルドルフ
貴方はノエルと結婚して彼を王に、と言ったけど。僕が女王でもいいでしょう?
「本当にお前は言う事を聞かないな」
そんなルドルフのセリフを思い出し、今も彼が近くにいるような気がした。
「悪いけど僕は貴方の思い通りにはなりませんよ」
ルドルフがいつも座っていた、今は空っぽの椅子に向かって呟く。
「貴方の娘が貴方の残したこの国を継げるまで僕が全力で守りますから」
だからそれまであの子を見守っていて下さい。
そしていつかずっと先にルルテラと天国で会った時は、子供は嫌いなんて言わず抱きしめてやって下さいね。
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