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★本編★
アデリン
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兎に餌をやっていると次々に他の動物が寄ってきた。
リスにモルモット、それにキツネまで。
「本当にいいところだね」
「城の使用人達が餌をやっているうちにどんどん増えてきたんですよ」
「ずっと来たかったから嬉しいよ」
「良かったです。実は皇后様がいらっしゃらない間、陛下が大変荒れた時期がありまして」
「え?」
「この森を燃やそうとされたのを阻止したんです」
やはり森が焼け野原になる可能性はあったんだ。
「けれど皇后様が戻った時悲しまれるとお伝えしたところ思い止まられたんです」
……本当に良かった。
なにを考えてるんだ全く。
「皇后様、貴方が陛下の唯一の歯止めです。どうぞ末永く共にいらして下さい」
「……そうだね。あ!鹿も来たよ」
出来ない約束の気まずさに僕はわざと話題を変える。
しばらく経ったところでアデリンが僕たちを呼ぶ声がした。
「お茶の支度が出来たようです。戻りましょう」
「うん……ねえアデリンは凄く綺麗で上品だね」
「はい、男爵家のご令嬢ですから」
「やっぱり!」
「それに陛下がわざわざご自身で選ばれたノエル様の婚約者でもありますので」
「えっ」
ノエルの婚約者?
「お聞きになっておられませんでしたか?」
「聞いてなかった。僕に言うの恥ずかしかったのかな?」
ははと笑う僕に多分そうですよとアーロンは答える。
分かっていた事だ。これでいいんだ。
「本日は皇后様のお好きな桃のタルトです」
アデリンはそう言って微笑みながら僕に椅子を引いてくれた。
この人ならきっとノエルと幸せになれる。
「ありがとう」
けれど大好きなタルトはいつもより酸っぱくて上手く喉を通らなかった。
「まだ起きてたのか」
ルドルフが久しぶりに僕の寝室に顔を出した。
「はい。考え事をしていたらこんな時間になってしまいました」
「なにを考えていた?」
ルドルフがギシリとベッドを軋ませ上掛けの上に腰掛ける。僕は僅かに体を引いた。
「なにも」
「嘘をつくな。ノエルの事だろう」
僕の沈黙を肯定と受け取ったのかルドルフは言葉を続けた。
「アデリンにも会ったか?いい女だろう?人畜無害でお前に危害を加えなさそうだ」
「はあ」
「ノエルを生かしておいてやるから二度とあいつに触れるな」
恐らく花火の夜の事を言っているんだろう。
「分かってます」
僕のためにノエルを生かしてるんじゃない。僕を殺すために必要だから、それだけだ。
「大人しくしてたら森もそのままにしておいてやる」
……ああ、焼き払おうとしたのはあの時か。
「大丈夫です。どこにも行きません。ずっと陛下の側にいます」
……ルルテラを身籠るまでは。
ルドルフの指が髪に触れる。サラサラとした感触を楽しんでいると思ったらグイと引き寄せられた。
この人の体が暖かくて心臓の音がするなんて不思議だな。人間みたいだ。
そんな事をぼんやり考えながら僕はされるがままになっていた。
翌日からアーロンの代わりにメイド達が僕の身の回りの世話をしてくれることになった。アデリンを筆頭に全部で三名。
アーロンは元々の職であるルドルフ付きの宰相に戻る。心細かったけどわがままは言えない。
「皇后様、何かあればすぐ飛んできますのでいつでもお呼び下さいね」
そう言って名残惜しげに去っていくアーロン。彼にこれ以上心配をかけるわけにはいかない。しっかりしよう。
「あっ!」
そう決めた矢先、何かに躓いて派手に転んでしまった。もう少しで大きなテーブルに頭をぶつけるところだった。
「皇后様大丈夫ですか?」
アデリンが手を貸してくれる。恥ずかしい思いをしながらお礼を言って立ち上がった。
おかしいな?躓くような物なんて無いんだけど。
「皇后様お茶を淹れましたのでどうぞ」
「ありがとう」
ソファに座りいい香りのお茶を一口飲んだ。何だろう。酸味?炭酸みたいにピリピリする。
「アデリンこのお茶は?」
「今日買ってきた物なんですよ。如何です?」
「うん、まあ。変わってて面白いね」
痺れる舌を誤魔化そうとクッキーを手に取った。けれど上手く指が動かない。
「??」
「あらもう効いてきたんですね」
アデリンが僕を見下ろしてにっこり笑う。
「な……?」
「毒です。死んだ後は体内から消えるんですって。だから毒殺されたとバレないの」
何言ってるんだ?どうして?
「転んで頭を打って死んでくれたらその方が良かったけど。せっかく足を引っ掛けたのにタイミングが早すぎたわ。私ノエル様と結婚するんです。でもノエル様は二人きりになってもあなたの話しかしないの。このままじゃいつまでも彼は私のものにならない」
言ってやりたい事は沢山あるのに舌がもつれて言葉が出て来ない。
「早く居なくなって。私達の幸せの為に」
ああ目も霞んできた。こんな所で死ぬわけにいかないのに。
……薄れていく意識の中で遠く叫び声が聞こえた。アデリンの声?
「アリス様!!!」
強く揺さぶられて目を開けるとノエルが真っ青な顔で僕を抱えている。
「アリス様!すぐ医者と治癒が使える魔術師が来ますから目を閉じないで!」
治癒?そんなの僕だって使える……そんな事をぼんやり思い、ふと自分に治癒を使う事を思いついた。
お腹に力を溜めてから震える手で自分の喉から胃にかけてゆっくり撫でる。
そのうち体が暖かくなり少し意識がはっきりしてきた。
「ノエル……」
「アリス様!」
ノエルが僕を思い切り抱きしめた。爽やかな体臭が鼻をくすぐり何故だか泣きたくなった。
「アデリンが……」
「はい、捕縛してます。兵士に引き渡して裁判にかけますから」
「でもノエルの……」
「とっくに断ってます。あなたじゃ無いなら誰もいりません。もう二度と私の前からいなくならないで下さい」
「ノエル……」
止まらない涙は毒の後遺症に違いない。
治癒は聞き始めていたが僕は医者が来るまでずっとノエルの腕の中で動けないでいた。
リスにモルモット、それにキツネまで。
「本当にいいところだね」
「城の使用人達が餌をやっているうちにどんどん増えてきたんですよ」
「ずっと来たかったから嬉しいよ」
「良かったです。実は皇后様がいらっしゃらない間、陛下が大変荒れた時期がありまして」
「え?」
「この森を燃やそうとされたのを阻止したんです」
やはり森が焼け野原になる可能性はあったんだ。
「けれど皇后様が戻った時悲しまれるとお伝えしたところ思い止まられたんです」
……本当に良かった。
なにを考えてるんだ全く。
「皇后様、貴方が陛下の唯一の歯止めです。どうぞ末永く共にいらして下さい」
「……そうだね。あ!鹿も来たよ」
出来ない約束の気まずさに僕はわざと話題を変える。
しばらく経ったところでアデリンが僕たちを呼ぶ声がした。
「お茶の支度が出来たようです。戻りましょう」
「うん……ねえアデリンは凄く綺麗で上品だね」
「はい、男爵家のご令嬢ですから」
「やっぱり!」
「それに陛下がわざわざご自身で選ばれたノエル様の婚約者でもありますので」
「えっ」
ノエルの婚約者?
「お聞きになっておられませんでしたか?」
「聞いてなかった。僕に言うの恥ずかしかったのかな?」
ははと笑う僕に多分そうですよとアーロンは答える。
分かっていた事だ。これでいいんだ。
「本日は皇后様のお好きな桃のタルトです」
アデリンはそう言って微笑みながら僕に椅子を引いてくれた。
この人ならきっとノエルと幸せになれる。
「ありがとう」
けれど大好きなタルトはいつもより酸っぱくて上手く喉を通らなかった。
「まだ起きてたのか」
ルドルフが久しぶりに僕の寝室に顔を出した。
「はい。考え事をしていたらこんな時間になってしまいました」
「なにを考えていた?」
ルドルフがギシリとベッドを軋ませ上掛けの上に腰掛ける。僕は僅かに体を引いた。
「なにも」
「嘘をつくな。ノエルの事だろう」
僕の沈黙を肯定と受け取ったのかルドルフは言葉を続けた。
「アデリンにも会ったか?いい女だろう?人畜無害でお前に危害を加えなさそうだ」
「はあ」
「ノエルを生かしておいてやるから二度とあいつに触れるな」
恐らく花火の夜の事を言っているんだろう。
「分かってます」
僕のためにノエルを生かしてるんじゃない。僕を殺すために必要だから、それだけだ。
「大人しくしてたら森もそのままにしておいてやる」
……ああ、焼き払おうとしたのはあの時か。
「大丈夫です。どこにも行きません。ずっと陛下の側にいます」
……ルルテラを身籠るまでは。
ルドルフの指が髪に触れる。サラサラとした感触を楽しんでいると思ったらグイと引き寄せられた。
この人の体が暖かくて心臓の音がするなんて不思議だな。人間みたいだ。
そんな事をぼんやり考えながら僕はされるがままになっていた。
翌日からアーロンの代わりにメイド達が僕の身の回りの世話をしてくれることになった。アデリンを筆頭に全部で三名。
アーロンは元々の職であるルドルフ付きの宰相に戻る。心細かったけどわがままは言えない。
「皇后様、何かあればすぐ飛んできますのでいつでもお呼び下さいね」
そう言って名残惜しげに去っていくアーロン。彼にこれ以上心配をかけるわけにはいかない。しっかりしよう。
「あっ!」
そう決めた矢先、何かに躓いて派手に転んでしまった。もう少しで大きなテーブルに頭をぶつけるところだった。
「皇后様大丈夫ですか?」
アデリンが手を貸してくれる。恥ずかしい思いをしながらお礼を言って立ち上がった。
おかしいな?躓くような物なんて無いんだけど。
「皇后様お茶を淹れましたのでどうぞ」
「ありがとう」
ソファに座りいい香りのお茶を一口飲んだ。何だろう。酸味?炭酸みたいにピリピリする。
「アデリンこのお茶は?」
「今日買ってきた物なんですよ。如何です?」
「うん、まあ。変わってて面白いね」
痺れる舌を誤魔化そうとクッキーを手に取った。けれど上手く指が動かない。
「??」
「あらもう効いてきたんですね」
アデリンが僕を見下ろしてにっこり笑う。
「な……?」
「毒です。死んだ後は体内から消えるんですって。だから毒殺されたとバレないの」
何言ってるんだ?どうして?
「転んで頭を打って死んでくれたらその方が良かったけど。せっかく足を引っ掛けたのにタイミングが早すぎたわ。私ノエル様と結婚するんです。でもノエル様は二人きりになってもあなたの話しかしないの。このままじゃいつまでも彼は私のものにならない」
言ってやりたい事は沢山あるのに舌がもつれて言葉が出て来ない。
「早く居なくなって。私達の幸せの為に」
ああ目も霞んできた。こんな所で死ぬわけにいかないのに。
……薄れていく意識の中で遠く叫び声が聞こえた。アデリンの声?
「アリス様!!!」
強く揺さぶられて目を開けるとノエルが真っ青な顔で僕を抱えている。
「アリス様!すぐ医者と治癒が使える魔術師が来ますから目を閉じないで!」
治癒?そんなの僕だって使える……そんな事をぼんやり思い、ふと自分に治癒を使う事を思いついた。
お腹に力を溜めてから震える手で自分の喉から胃にかけてゆっくり撫でる。
そのうち体が暖かくなり少し意識がはっきりしてきた。
「ノエル……」
「アリス様!」
ノエルが僕を思い切り抱きしめた。爽やかな体臭が鼻をくすぐり何故だか泣きたくなった。
「アデリンが……」
「はい、捕縛してます。兵士に引き渡して裁判にかけますから」
「でもノエルの……」
「とっくに断ってます。あなたじゃ無いなら誰もいりません。もう二度と私の前からいなくならないで下さい」
「ノエル……」
止まらない涙は毒の後遺症に違いない。
治癒は聞き始めていたが僕は医者が来るまでずっとノエルの腕の中で動けないでいた。
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