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ある日、俺の元に一通のメールが届いた。
差出人は俺の愛する息子、圭佑からだ。
メールが届いたこと自体に特に疑問はない。
滅多にメールが送られてくることはないが、当時俺は日本におらず、遠き外国の空の下、愛する父が無事であるのか心配になったのだとその時は思ったのだ。
しかし、メールにはこう記されていた。
『少し問題があって携帯料金が払えなくなったから、悪いけど振り込みをしておいてくれないかな?というか、今携帯が使えなくなるとかなりまずいからお願いします。』
そこに父を心配する息子の想いは感じられなかった。
まぁ、恐らく思春期特有の照れ的なものだろう......そう思ったところでふと疑問が湧いた。
携帯電話の料金が払えないと言うのは一体どういう事だろうか?
日本に残った圭佑には生活費をしっかりと渡してあるし、あいつはバイトもしていたはずだ。
余程金遣いが荒くなければ金欠に陥る様な事は無い筈で、圭佑はその辺まだ高校生ながらきっちりしている。
そもそも問題とはなんだ?
それについて説明が一切ないのも腑に落ちない。
そう思いメールに再び目を落としたところ続きがあった。
『メールで詳しい事を説明するのは難しいので、ホームサーバーに動画をアップロードしてあります。番号を振ってあるので1番から順番に見て下さい。』
ホームサーバーに動画......?
随分と回りくどい事をしているものだと思ったが、親を心配させるようなことをした上で無駄な事をするような子ではない。
それはメールの最後の一文からも分かる。
『混乱させて本当に悪いと思うけど、とりあえず俺は元気です。父さんも体には気を付けて下さい。同じメールは母さんにも送っていますが、ホームサーバーへのアクセスとか母さんは分からないと思うので教えてあげて下さい。フォルダはビデオメッセージとしておきます。』
相変わらず気の回る息子だ。
これで何故彼女が出来ないのか疑問で仕方ないと思ったものだ。
俺は苦笑しながらノートパソコンで自宅のサーバーにアクセスして、圭佑の言った動画を開き......途方に暮れた。
それから三年の月日が流れ、俺は日本に帰ってきた。
圭佑のアップロードする動画は百を超えたが......俺はいつもアップロードされる動画を心待ちにしている。
いや、寧ろ同じ動画を何度も見返している......今もそうだ。
自宅へ向かうタクシーの中で、俺はケイが送って来た最初の動画を開く。
『あー、父さん、母さん。久しぶり。突然変なメールを送ってゴメン。それといきなりで本当に悪いと思うんだけど、俺、二人にもう会えないかもしれない。』
当時、この言葉を聞いた時......俺は心臓が止まるかと思った。
いや、実際数秒止まったかもしれない。
何故なら、見返してみるまでこの先の数秒、圭佑が何を言ったか全く記憶に残っていなかったからだ。
『っていきなりこんなこと言ったら不安になるよね?とりあえず俺は元気なんだけど......ちょっと色々あって今日本に居ないんだ。だから近況報告ってことで、これからサーバーに動画をアップしていくから見て欲しい。それと、物凄く突拍子もない事を話し出すけど......信じて欲しい。』
話ながら若干自信が無さそうになった圭佑だったが、最後の言葉には真剣味が感じられた。
だから俺は、どんな話を圭佑が始めたとしても信じると画面の向こうの圭佑に約束した。
『じゃぁ、まず最初に......これが一番理解しがたいと思うんだけど......俺は今、日本どころか地球にすらいないんだ。』
初めて動画を見た当時は、その言葉を聞いた瞬間、相手に聞こえていないのは百も承知で嘘をつくなと言ってしまった。
速攻で約束を破ってしまった訳だが、流石に非はないと思う。
こちらは真剣に息子の言葉を聞いていたと言うのに、第一声が地球に居ませんだ。
しかし当然ながら、圭佑はそんな俺の突っ込みに気付くことも無く話を進める。
いや、本人も信じて欲しいけど無茶苦茶言っているよなと言った感じの雰囲気を出していることから、恐らく信じてもらえないことを前提として話しているのだろう。
息子の真意が分からなかった私は、携帯を手に取り圭佑へ電話を掛けたが生憎と繋がらなかった。
電話を諦め動画の続きを見たのだが......その内容は驚くべきものだった。
日本にはいないであろう白く美しい毛並みの狼、立っている圭佑よりも大きな灰色の獣、スライムと呼ばれる半透明の何か、更に体の大きさを変化させる子犬だ。
とてもリアルさを感じさせるそれらは、間違いなく圭佑と同じ空間にいるように見えた。
もしアレが作りものだとするのなら......圭佑はその道で食っていけると思う。
そんな感じで少し信じてみようかと思った矢先に、とんでもない爆弾を落とされる。
それは......。
「......えっと......こっちの世界で彼女、恋人が出来たので紹介します。ナレアさんです。」
まず、あの息子に彼女が出来た事に一驚き。
続いて画面に登場した物凄い美少女に十驚きくらいした。
プラチナブロンドと言った感じの髪を左右に束ねた髪型は、小柄な体躯ということもあり非常に幼く見える。
圭佑の恋人と言うには不安を覚えるくらいの幼さに感じたが......話を聞くに、どうやら圭佑より年上らしく、非常にしっかりとした娘のようだった。
まぁ、圭佑には引っ張ってくれるようなタイプの方が合っていると思っていたので、そこは良かったと思う。
そんなことを想いながら動画を見ていると、スキンヘッドの大男やこれまた可愛い感じの女性を紹介してくれて最初の動画が終わる。
それにしても、恋人や友人を紹介してくれるのはいいのだが......皆が皆、写真を撮るときの様に固まっているのは......もう少し動画を撮る練習してあげた方が良かったんじゃないかと思う。
私は次の動画を開こうとして、もう家のすぐ傍まで来ていることに気付く。
動画を見ていたスマホをポケットに入れて我が家の方に視線を向けると、明かりが灯っているのが見えた。
妻も今日帰る予定だったからな、私よりも先に着いていたようだ。
家に帰って誰もいないと言う状況に、妻は心を痛めたかもしれない......徐々に近づいてくる我が家を見ながら心優しい妻の事を慮る。
早く帰らなくては!
私は逸る気持ちを抑えつつ、タクシーの後部座席で体を揺らした。
「おかえりなさい、貴方。」
「あぁ、ただいま。大丈夫だったかい?」
「何がかしら?」
私が家に入ると玄関まで妻が迎えに出て来てくれた。
お互い海外で仕事をしている間、会う事は出来なかったが、毎日電話をしていたのでお互いの状態はしっかりと把握している。
しかし、把握しているとは言え、それは昨日までの妻の事であり、家に帰った後の事は当然私も知らない。
そんな思いから妻の事を心配するような第一声が出たのだが、あまり伝わらなかったようで、キョトンとした表情を見せる妻が可愛くて仕方ない。
いかん、久しぶりに妻の顔を直接見たせいで思考がおかしなことになっている、少し落ち着かねば。
「君はいつも可愛いな。」
「貴方も常に格好いいわ。」
妻の手を取りお互いの気持ちを言い合ったことでようやく落ち着いた。
「まずお風呂に入ってきたらどうかしら?お話は人心地着いてからにしましょう?」
「そうだな。そうさせてもらおうか。」
俺は荷物を自分の部屋に置いた後、風呂へと向かう。
圭佑が家からいなくなってしまったのでハウスキーパーを雇い家の管理を頼んでいたのだが、しっかりと管理をしてくれていたようで、三年近く人が住んでいなかったと言うのに生活感が残っている。
その内お礼に行かなくてはな。
十分以上の仕事に満足しながら風呂を堪能した私は、手早く身支度を整えてリビングへと移動した。
リビングにはお酒と軽食が用意されていて私達はグラスを合わせ、一先ず再会を喜んだ。
お互いの事も色々と話はしたかったが、今はそれよりももっと大事なことがある。
「そう言えば、貴方がお風呂に入っている時に新しい動画が届きましたよ。」
「な、なんだと!?」
「ふふ、相変わらず楽しそうにしていましたよ。」
「それは楽しみだ。むむむ......。」
このまま妻との会話を楽しみたいのだが......息子の近況を一刻も早く知りたくてソワソワしてしまう。
「内容を教えましょうか?」
「ネタバレはダメだぞ!?圭佑が元気で楽しそうという事だけ分かれば問題ない!」
「そこは大丈夫よ。最初は本当に驚いたけど......圭佑が楽しそうで良かった。」
「そうだな。最初にもう会えないと言われた時は軽く心臓が止まったが。」
「ふふ、私もですよ。動画を見る時は貴方と一緒の時じゃないと駄目かもしれないと、不安に押しつぶされそうになりました。」
当時の事を思い出したのか、妻の身体が小さく震える。
しかしすぐに微笑みを浮かべた。
「でも、あの子が本当に楽しそうにしているのを見て......周りにいる人達と仲良くしている姿を見て、凄く安心した。」
「あぁ、そうだな。残念なのは周りの方々の言葉が分からないことだな。」
「そうよねぇ......ナレアさんとは是非ともお話しさせてもらいたいのだけど......。」
「全くだ。圭佑が通訳してくれているが......やはり直接話すのとは違うからな。」
「圭佑が言うには、ナレアさんはがんばって日本語を勉強しているみたいだから、その内話が聞けるかもしれないわね。」
「それも楽しみだな。しかし......日本を離れていた三年で息子に嫁が出来るとは思わなかったな。」
「そうねぇ......でも圭佑の話だともっと時間が経っているのでしょう?時間がずれているって。」
「そういえばそうだった。突拍子もない話が多いからすっかり忘れていたな。本来であればまだ大学生といったところだが......もしかしたらそう遠くない内に孫とか紹介されたりするのか?」
「それはとても楽しみだけど......会えないのは寂しいわねぇ。」
そう言った妻の顔に陰りが見える。
妻や息子の願いは全て叶えてあげたいと考えている私だが......流石に今回の件に関しては解決策が皆目見当もつかない。
妻に孫を抱かせてあげたい......勿論俺も抱きたい。
だが息子夫婦がいるのは全く異なる世界......手続きをしたり金を積めば行けたりする場所ではない。
もし息子に会いに行けるのであれば、妻と二人で移住してもいい......そのくらいの気持ちはある。
しかし、話はそう簡単な物ではなく......諦観と諦めきれない気持ちがこの三年間ずっとせめぎ合っていた。
そして、やはりそれは妻も同じだったのだろう。
「そうだ!日本に帰ってきたのだから、その事を伝える動画を撮らなくてはな!」
「......そうね。二人が揃っている動画は初めてだもの。どんなことを話すか打ち合わせをしましょう!」
このように話題を変える事しか出来ない自分を情けなく思いながら、どんな動画を撮ろうかと案を出す。
「私達は圭佑の様に派手な話題はないからな......俺達が家に帰ったことを最初に伝え......。」
「あのね、私、思うのだけど......圭佑じゃなくってナレアさんに向けて動画を作るのはどうかしら?」
「ナレアさんに向けてというと......こちらの世界に関する動画とかか?」
「それも大事だけど......圭佑の昔のアルバムとかホームビデオとか見せてあげるのはどうかな?」
「なるほど!昔の圭佑を教えてあげるという事か......!それはいい案だ!」
圭佑に近況報告をするのも大切だが、息子の嫁と仲良くなるのも大切だな。
動画でしかやり取りできない上に向こうの言葉が分からないと言うネックはあるが......仲良くしておくに越した事は無い。
「じゃぁ、まずは圭佑が生まれた時の写真をもって来よう!」
「そうね!とりあえず第一回は幼稚園くらいまでの写真がいいんじゃないかしら?」
そんな風に動画のアイディアを出しながら盛り上がっていると、玄関の方で何やら音がしていることに気付いた。
俺と妻以外に家には誰もいない......ハウスキーパーもこの時間に来たりはしないだろう。
それに......何故だろう。
非常に懐かしい気配を感じる......。
妻の顔が驚きに満ちたものに代わり......声が聞こえて来た。
「......あ、靴は脱いでくださいねー、って伝わらないか......。」
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