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最終章 狼の子
第499話 息子の愛
しおりを挟む「母は退位した後、それまで押し殺してきた我欲を解き放ったのです。」
数百年に渡る抑制の後の開放か......。
反動が凄そうだな......いや正確な年数は知らないけどさ。
「アレは......退位の日、つまり私の即位の日でもありましたが......式典が終わると同時に城を飛び出しそのまま遺跡に向かってしまいました。」
......行動が極端すぎるな。
「あの時は捜索隊が組まれる寸前でしたが、侍女が私宛の置手紙に気付いて事なきを得たのです。それに遺跡といっても発掘されつくされた場所でしたしね。」
まだ手加減していたってことだろうか?
「ですが、そこからは毎日のように城を出て行き、あちらの遺跡、こちらの遺跡と渡り歩き......段々と城に戻ってくることも稀になっていきました。」
「それだけ抑圧されていたということですよね......?」
「......そうですね。確かに母は退位したその日まで、私心を殺して魔道国に尽くしてきました。皆もそれを知っているので何も言える者はいませんでした。」
まぁ......在位していた時の話を聞く限り、ナレアさんにケチをつけられるような人はいないだろうね。
でも仕事とか大丈夫だったのだろうか?
退位したからと言って突然仕事が無くなったりはしないよね?
まぁ、王様の仕事とかよく分からないけどさ。
「母の残した功績に方針......今の魔道国はそれをなぞっているに過ぎないとも言えます。本来であれば次の時代に進んで行かなければならないのですがね。」
ルーシエルさんが困ったような表情で笑う。
優秀な人の後任って物凄く大変って聞くからな......。
「まぁ、その辺りは次代の魔王に任せます。私は極端な格差が生まれない様に均していくような方針ですしね。っと......私の話はどうでもいいですね。良ければケイ殿の話を聞かせてもらえませんか?」
ルーシエルさんにとって、ナレアさんの話をするということは魔道国の政治の話になっていくみたいだ。
滅私で国の為に働き続けるナレアさんか......ちょっと想像が難しいな。
「僕の話......うーん、難しいですね......。」
俺自身の事って話せない様な事を除くと......殆ど無いような......。
そもそも一年で都市国家から龍王国、そしてグラニダに行って今は魔道国って言う移動距離がな......時間のつじつまを合わせることが出来ない。
「ははっ!あまり難しく考えないで下さい。母からも今は話せないことが少なくないと聞いていますし......まぁ、ケイ殿の人となりについては、母やリィリ殿から色々と聞いてはいるのですがね。」
「あー、なんて言われているか若干怖いですね。」
自分の知らないところで話題にされているのを知るのは......あまり心臓に良くないな。
いや、陰口とかを言う人達ではないけど......冗談の名のもとに物凄いデマを流している可能性は否定できない。
「ははっ!まぁ、そこは本人には言わぬが華といったところですね。」
「......。」
まぁ......ルーシエルさんの様子を見る限りそこまで変なことは言われて無さそうだけど......。
「ケイ殿と戦うのは自殺行為という事だけは肝に銘じてあります。」
「まぁ......仲間内でも僕との模擬戦は嫌がられますからね......。」
「母をして、相手をするのはしんどいと言われるケイ殿の戦い方には興味がありますが......怖いもの見たさでもやめておけと言われましたね。」
「そこまで酷くは......無いと思いますよ?」
「その若干自信なさげな所に恐怖を覚えますが......そういえば、お互いの手の内を知らない状態で、母と一対一の模擬戦をやって勝利したとか?」
「あー、そう言えばそんなこともありましたね。あの時は......目つぶしをされたり落とし穴に落とされたり......大変でしたね。」
「あの厭らしい攻撃の数々をよく初見で対応出来ましたね......。」
「いやぁ......ほぼ全部見事に喰らいましたよ?」
「喰らった上で乗り越えるのも物凄い事だと思いますよ?相手を無力化するための攻撃な訳ですし、生半可な物ではないと思います。」
「まぁ、僕もそれなりに卑怯な手をつかいましたからね。」
確か......最終的に弱体魔法を使ってナレアさんを無力化したんだっけ?
ナレアさんの魔道具なんて可愛い物だろう......問答無用にも程がある勝ち方だと思う。
そんな風に初めての模擬戦の事を思い返していると、ルーシエルさんが少し雰囲気を変える。
卑怯な手を使ったと言ったのがまずかったのだろうか?
「ケイ殿。母は魔王を退位してからというもの本当にのびのびと、自分のやりたいように生きていました。」
どうやら俺の杞憂は全くの的外れだったようで、ルーシエルさんは言葉を続ける。
「遺跡の探索に魔術の研究。心配になることも多々ありましたが、本当に楽しそうに過ごしていらっしゃいました。」
そこでルーシエルさんの表情がが晴れやかな笑顔と苦々しい苦渋に満ちた顔の中間のような......何とも言いがたい複雑な表情に変わる。
「まぁ、その姿を見ていた我が娘が大いに影響を受けて、城を飛び出してしまったのは誤算でしたが......。」
お城どころか国も飛び出して行っちゃっていますよ?
「しかし、今回戻って来た時の母は......そんな奔放になられた今までと比べても明らかに違った様子でした。」
「......そうなのですか?」
「はい。そうですね......いつもよりも楽しそう......いえ、幸せそう。そんな印象を受けました。」
「幸せそう......ですか?」
俺が聞き返すと先程よりも自分の言葉に納得が行ったといった様子のルーシエルさんが頷く。
「えぇ、ケイ殿が隣に居られる時の笑顔......母のあのような笑みは初めて見ました。」
「そ、そうですか......。」
俺が知るナレアさんの笑顔は......六割くらい何か邪悪な物を湛えた笑顔だけど......残り四割は二人きりの時によく見せてくれる透明感のある笑顔だ。
恐らく後者の方の事をルーシエルさんは言っているのだろうけど......もしかしたら、俺の事を揶揄っている時の笑顔の事を言っている可能性も零ではないが。
「私が覚えている母の笑顔の中でも、一番綺麗な笑顔だと思います。最近の母は......なにやら含みのある笑顔ばかりでしたしね。」
ルーシエルさんが若干遠い目をしだした。
何となくその様子が龍王国のヘネイさんに重なった。
まぁ、二人ともナレアさんには頭が上がらない感じな上に、物凄く揶揄われているからな......。
「昔は......魔王であった頃は、民を慈しむような安心感を与える笑みをずっと浮かべておりましたが......私の即位の日に安心した様な笑みを残し......その後は、心底生を謳歌していると言った弾けるような笑顔で城に戻ってきました。それがいつの間にやら、あのような邪悪な笑みを浮かべる様になり......。」
おかしいな......?
いい話を聞いていたはずなのに愚痴っぽくなって来たぞ?
俺が微妙な笑みを浮かべているのに気付いたらしいルーシエルさんが、咳ばらいをして話を軌道修正する。
「ま、まぁそれはさておき......母があのような笑顔を見せることが出来る相手が出来たという事に驚きと......それ以上に安心を覚えました。母は......その特異性から、これから先もずっと一人で生きていくものと思っていましたので......。」
そう言って居住まいを正すルーシエルさん。
その様子を見て俺も表情を引き締める。
「だから、ケイ殿......貴方の出来る限りでいいので......母の事......どうか、よろしくお願いします。」
「はい。僕の全力を尽くして、ナレアさんを幸せにして見せます。だから安心してください。」
「......ありがとうございます、ケイ殿。」
ルーシエルさんが俺に深く頭を下げる。
ナレアさんを幸せにするのは勿論......ルーシエルさんの事も安心させられるように頑張らないといけないな。
「それにしても、この年になって弟か妹が出来るかもしれないのですね。」
頭を上げたルーシエルさんがにっこりと笑う。
「......え?」
ルーシエルさんの弟か妹って......つまり......そういうことだよね......?
「楽しみではありますが......母はあれでも相当な婆ですからね。若作りではありますが......。」
にこやかにルーシエルさんがとんでもないことを言いだしたけど......その台詞は最後まで言われる事は無かった。
何故なら......突然俺達のいた部屋のドアが吹き飛び......。
「いい度胸じゃ、ルル。あぁ、一応確認しておくが、退位の準備は済んでおるよな?」
元魔王が現れた。
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