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8章 魔道国

第395話 拳骨

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「どー言うことっスか!納得いかないっス!おかしいっス!詐欺っス!」

俺達の目の前には、子供のように床に寝転がりながら喚くクルストさんが居た。
敢えて言うまでも無いけど、勝負は俺達があっさり勝った。
昨日宣言していた通り、クルストさんは街門が閉じるまでに街に辿り着くことが出来ず、街の外で一晩明かした後街門が開くと同時にこの宿へとやって来た。
意気揚々とやって来たクルストさんは、食堂で朝食をとっている俺達の姿を見て一瞬硬直した後......現在に至る。
早朝なので人数は少ないとは言え、他のお客さんや宿の方の視線が痛い......。
無言で立ち上がったレギさんが、床に寝転んでジタバタしているクルストさんの顔を片手で掴み持ち上げる。
アイアンクローってやつだね......まぁ、クルストさんがこれをされているのはよく見る光景ではあるけど......宿にいる人たちにとってはそうではないだろう。
迷惑そうな表情から、明らかにぎょっとしたような表情に変わっているし
レギさんはそのままクルストさんを吊り下げるようなことはせず、両足で立てる様に床に降ろすと、顔を掴んでいた手とは反対の手でクルストさんの脳天に拳骨を落とした。

「申し訳ありません。お騒がせしました。」

そう言って深く頭を下げるレギさん。
席に座っていた俺達もレギさんに続いて立ち上がり軽く頭を下げる。
その後レギさんは拳骨を喰らって蹲っているクルストさんの襟首を掴んで引きずり、宿から出ていこうとする。
途中で一度、宿の受付でカウンターにいた人と二、三言話し、何かを渡した後宿から出ていく。
宿の人は何やら慌てた様子だったけど、レギさんが手を振ると収まったようだ。
食事の途中ではあったが、俺達もレギさんの後を追って出ていく。
リィリさんの顔から色が抜け落ちたような......感情という感情が一切感じられない表情がとにかく恐ろしかった。



まだ門が開いたばかりの早朝という事もあって通りにも人はあまり多くない。
そんな大通りを堅気には見えない大柄なは......特徴的な頭部の方が人一人を引きずりながら歩いていれば、数少ない人たちは遠巻きにしながらその様子を注視している。
俺達はそんな二人から少し離れた位置を着いて行く。
あくまで他人のフリだ。
他人のフリではあるけど......リィリさんがクルストさんを見る目が危険水域に達している。
いつ決壊してもおかしくない感じだけど......その横を歩くナレアさんは苦笑しているから大丈夫だろうか?
人気のいないところに行ったらザックリとかないよね?
ご飯食べられなかったくらいで......やらないよね......?
若干ひやひやしながらレギさんの後を追うと、レギさんが路地の方に入っていく。
思わず俺は辺りを見渡したが......目撃者はいない様だ。
......完全にクルストさん、口封じされる直前みたいに見えるな。
レギさんを追って路地に入るとそこは袋小路になっていたようで......これから事件が起こってしまう雰囲気がぷんぷんしている。
レギさんがクルストさんをぽいっと投げ捨てると、頭を押さえて呻いていたクルストさんが意識を取り戻したかのように辺りを見渡してあたふたとする。

「こ、こんな場所に俺を連れ込んでどうするつもりっス!?こ、殺すつもりっスか!やっちゃうつもりっスか!?ただでは死なないっスよ!大声上げるっスよ!」

......まぁ、クルストさんがそう言うのも分からないではないけど......レギさん結構怒っているみたいだからあまりいい判断ではないと思います。

「おい、クルスト。」

「あ、はい。公共の場で騒いで、すみませんでしたっス。」

理解しているし!
ならなんでやったし!

「後ろのお三方もご迷惑おかけしたっス。さっきの宿には改めて謝罪をしておくっス。」

......そういう風に考えられるならなんであんな行動とったのですか......。
いや、まぁ俺は正直もう怒っていないのだけど......レギさんともう一人ものすっごく怒っている人がいます。
その人物がゆらりとクルストさんに近づいていく。

「り、リィリさん?どうしたっスか?」

無言で近づいてくるリィリさんに、動揺を見せながら後退るクルストさん。
いや、相当な圧があるからその気持ちは分かるけど......。

「えっと......リィリさん?ちょ、ちょっと待って欲しいっス!何か怖いっス!何スか?何なんスか?」

両手でリィリさんを止める様に突き出しているクルストさんだが、背後には壁があるので逃げ場はない。
ゆっくりと近づいてくるリィリさんから少しでも離れようとするクルストさん......しかし、既にリィリさんの攻撃圏内に入ってしまっている。

「あの......り、リィリさん?」

「......。」

目の前に立っても無表情で何も言葉を発しないリィリさんに、クルストさんが恐る恐る声を掛ける。
しかし、そんなクルストさんに反応することは無く、茫洋とした様子でクルストさんを見ているリィリさん。

「「......。」」

無言で向かい合う二人だったが......クルストさんの緊張感は高まり続けている。

「......。」

「......?い、今何か言ったっスか?」

リィリさんが物凄い小声で呟く。
クルストさんには聞こえなかったみたいだけど、俺の強化した耳にはリィリさんの呟いた言葉がはっきりと聞こえた。
うん......俺は絶対に気を付けよう。

「......ショクジヲジャマスルモノニシヲ。」

「......へ?」

クルストさんの気の抜けた声が聞こえた次の瞬間、恐ろしく鈍く......ただひたすらに痛そうな音が路地に響き渡った。
先程の宿屋に続き二度目の拳骨を喰らったクルストさんは、本日何度目になるか分からないが地面との逢瀬を楽しんでいる様だった。



たっぷりと地面と仲良くした後、辛うじて再起動したクルストさんを連れて先程の宿屋に戻って来た。
クルストさんは宿の従業員に頭を下げ何やら話していたが、暫く話した後クルストさんが宿の人に深々と頭を下げてから俺達の座るテーブルへと近づいて来た。

「あー、レギさん。すんませんっス。俺が払うっスよ。」

「ん?あぁ、別に気にしなくてもいいぞ?」

「いや、それは流石に駄目っス。聞いたら金貨で払ったって、流石にそれを出してもらうわけにはいかないっス。」

そう言ってクルストさんは懐から革袋を出すとレギさんに渡す。

「流石に金貨は持ち合わせてないっス。細かくて申し訳ないっスけど、これで支払わせて欲しいっス。」

レギさんは一度ため息をつくとクルストさんの差し出した革袋を受け取る。

「お前な、そういう事をするんだったら最初からあんなことするんじゃねぇよ。」

どうやらお金のやり取りみたいだけど......何の話だろうか?

「恐らく、宿から出る時にレギ殿が迷惑料としてあの場にいた客の支払いを持ったのじゃろ。金貨と言っておったし、宿への迷惑料も含めてじゃな。」

「あぁ、そういう事ですか。」

俺が疑問に思っていると、横に座っていたナレアさんが小声で教えてくれる。
確かレギさんがクルストさんを掴んで宿を出る際にカウンターで何やら話していたけど、あれはそういうことだったのか。
そして、それをクルストさんが改めて支払ったということか。
宿の人に聞いたってことは、クルストさんも宿の人に迷惑料を払おうとしたってことだよね。
確かにレギさんの言う様にそこまで気が回るなら最初からあの態度は......ないよね。

「ほんと、申し訳ないっス。徹夜明けでちょっとおかしくなってたみたいっス。でもそれだけ衝撃的だったっス。一体どうやったっスか?俺は門が開いて真っ直ぐここに着たっス。それ以上に早い......というか暢気に飯食ってたってことは昨日の夜には既に宿に来ていたって事っスよね?」

リィリさんは食べるのに真剣、ナレアさんはクルストさんの移動手段を既に把握したのでもう興味を無くしたようだ。
レギさんは元々勝負に関してはどうでも良かったみたいだし......俺はクルストさんの勝利を阻止出来たからもうどうでも......ってそれはひど過ぎるな。
でも見た感じ、誰もクルストさんの対応をしない感じだし......俺がやるしかないか。

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