396 / 528
8章 魔道国
第395話 拳骨
しおりを挟む「どー言うことっスか!納得いかないっス!おかしいっス!詐欺っス!」
俺達の目の前には、子供のように床に寝転がりながら喚くクルストさんが居た。
敢えて言うまでも無いけど、勝負は俺達があっさり勝った。
昨日宣言していた通り、クルストさんは街門が閉じるまでに街に辿り着くことが出来ず、街の外で一晩明かした後街門が開くと同時にこの宿へとやって来た。
意気揚々とやって来たクルストさんは、食堂で朝食をとっている俺達の姿を見て一瞬硬直した後......現在に至る。
早朝なので人数は少ないとは言え、他のお客さんや宿の方の視線が痛い......。
無言で立ち上がったレギさんが、床に寝転んでジタバタしているクルストさんの顔を片手で掴み持ち上げる。
アイアンクローってやつだね......まぁ、クルストさんがこれをされているのはよく見る光景ではあるけど......宿にいる人たちにとってはそうではないだろう。
迷惑そうな表情から、明らかにぎょっとしたような表情に変わっているし
レギさんはそのままクルストさんを吊り下げるようなことはせず、両足で立てる様に床に降ろすと、顔を掴んでいた手とは反対の手でクルストさんの脳天に拳骨を落とした。
「申し訳ありません。お騒がせしました。」
そう言って深く頭を下げるレギさん。
席に座っていた俺達もレギさんに続いて立ち上がり軽く頭を下げる。
その後レギさんは拳骨を喰らって蹲っているクルストさんの襟首を掴んで引きずり、宿から出ていこうとする。
途中で一度、宿の受付でカウンターにいた人と二、三言話し、何かを渡した後宿から出ていく。
宿の人は何やら慌てた様子だったけど、レギさんが手を振ると収まったようだ。
食事の途中ではあったが、俺達もレギさんの後を追って出ていく。
リィリさんの顔から色が抜け落ちたような......感情という感情が一切感じられない表情がとにかく恐ろしかった。
まだ門が開いたばかりの早朝という事もあって通りにも人はあまり多くない。
そんな大通りを堅気には見えない大柄なは......特徴的な頭部の方が人一人を引きずりながら歩いていれば、数少ない人たちは遠巻きにしながらその様子を注視している。
俺達はそんな二人から少し離れた位置を着いて行く。
あくまで他人のフリだ。
他人のフリではあるけど......リィリさんがクルストさんを見る目が危険水域に達している。
いつ決壊してもおかしくない感じだけど......その横を歩くナレアさんは苦笑しているから大丈夫だろうか?
人気のいないところに行ったらザックリとかないよね?
ご飯食べられなかったくらいで......やらないよね......?
若干ひやひやしながらレギさんの後を追うと、レギさんが路地の方に入っていく。
思わず俺は辺りを見渡したが......目撃者はいない様だ。
......完全にクルストさん、口封じされる直前みたいに見えるな。
レギさんを追って路地に入るとそこは袋小路になっていたようで......これから事件が起こってしまう雰囲気がぷんぷんしている。
レギさんがクルストさんをぽいっと投げ捨てると、頭を押さえて呻いていたクルストさんが意識を取り戻したかのように辺りを見渡してあたふたとする。
「こ、こんな場所に俺を連れ込んでどうするつもりっス!?こ、殺すつもりっスか!やっちゃうつもりっスか!?ただでは死なないっスよ!大声上げるっスよ!」
......まぁ、クルストさんがそう言うのも分からないではないけど......レギさん結構怒っているみたいだからあまりいい判断ではないと思います。
「おい、クルスト。」
「あ、はい。公共の場で騒いで、すみませんでしたっス。」
理解しているし!
ならなんでやったし!
「後ろのお三方もご迷惑おかけしたっス。さっきの宿には改めて謝罪をしておくっス。」
......そういう風に考えられるならなんであんな行動とったのですか......。
いや、まぁ俺は正直もう怒っていないのだけど......レギさんともう一人ものすっごく怒っている人がいます。
その人物がゆらりとクルストさんに近づいていく。
「り、リィリさん?どうしたっスか?」
無言で近づいてくるリィリさんに、動揺を見せながら後退るクルストさん。
いや、相当な圧があるからその気持ちは分かるけど......。
「えっと......リィリさん?ちょ、ちょっと待って欲しいっス!何か怖いっス!何スか?何なんスか?」
両手でリィリさんを止める様に突き出しているクルストさんだが、背後には壁があるので逃げ場はない。
ゆっくりと近づいてくるリィリさんから少しでも離れようとするクルストさん......しかし、既にリィリさんの攻撃圏内に入ってしまっている。
「あの......り、リィリさん?」
「......。」
目の前に立っても無表情で何も言葉を発しないリィリさんに、クルストさんが恐る恐る声を掛ける。
しかし、そんなクルストさんに反応することは無く、茫洋とした様子でクルストさんを見ているリィリさん。
「「......。」」
無言で向かい合う二人だったが......クルストさんの緊張感は高まり続けている。
「......。」
「......?い、今何か言ったっスか?」
リィリさんが物凄い小声で呟く。
クルストさんには聞こえなかったみたいだけど、俺の強化した耳にはリィリさんの呟いた言葉がはっきりと聞こえた。
うん......俺は絶対に気を付けよう。
「......ショクジヲジャマスルモノニシヲ。」
「......へ?」
クルストさんの気の抜けた声が聞こえた次の瞬間、恐ろしく鈍く......ただひたすらに痛そうな音が路地に響き渡った。
先程の宿屋に続き二度目の拳骨を喰らったクルストさんは、本日何度目になるか分からないが地面との逢瀬を楽しんでいる様だった。
たっぷりと地面と仲良くした後、辛うじて再起動したクルストさんを連れて先程の宿屋に戻って来た。
クルストさんは宿の従業員に頭を下げ何やら話していたが、暫く話した後クルストさんが宿の人に深々と頭を下げてから俺達の座るテーブルへと近づいて来た。
「あー、レギさん。すんませんっス。俺が払うっスよ。」
「ん?あぁ、別に気にしなくてもいいぞ?」
「いや、それは流石に駄目っス。聞いたら金貨で払ったって、流石にそれを出してもらうわけにはいかないっス。」
そう言ってクルストさんは懐から革袋を出すとレギさんに渡す。
「流石に金貨は持ち合わせてないっス。細かくて申し訳ないっスけど、これで支払わせて欲しいっス。」
レギさんは一度ため息をつくとクルストさんの差し出した革袋を受け取る。
「お前な、そういう事をするんだったら最初からあんなことするんじゃねぇよ。」
どうやらお金のやり取りみたいだけど......何の話だろうか?
「恐らく、宿から出る時にレギ殿が迷惑料としてあの場にいた客の支払いを持ったのじゃろ。金貨と言っておったし、宿への迷惑料も含めてじゃな。」
「あぁ、そういう事ですか。」
俺が疑問に思っていると、横に座っていたナレアさんが小声で教えてくれる。
確かレギさんがクルストさんを掴んで宿を出る際にカウンターで何やら話していたけど、あれはそういうことだったのか。
そして、それをクルストさんが改めて支払ったということか。
宿の人に聞いたってことは、クルストさんも宿の人に迷惑料を払おうとしたってことだよね。
確かにレギさんの言う様にそこまで気が回るなら最初からあの態度は......ないよね。
「ほんと、申し訳ないっス。徹夜明けでちょっとおかしくなってたみたいっス。でもそれだけ衝撃的だったっス。一体どうやったっスか?俺は門が開いて真っ直ぐここに着たっス。それ以上に早い......というか暢気に飯食ってたってことは昨日の夜には既に宿に来ていたって事っスよね?」
リィリさんは食べるのに真剣、ナレアさんはクルストさんの移動手段を既に把握したのでもう興味を無くしたようだ。
レギさんは元々勝負に関してはどうでも良かったみたいだし......俺はクルストさんの勝利を阻止出来たからもうどうでも......ってそれはひど過ぎるな。
でも見た感じ、誰もクルストさんの対応をしない感じだし......俺がやるしかないか。
2
お気に入りに追加
1,717
あなたにおすすめの小説
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
異世界転生!俺はここで生きていく
おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。
同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。
今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。
だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。
意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった!
魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。
俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。
それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ!
小説家になろうでも投稿しています。
メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。
宜しくお願いします。
外れスキル持ちの天才錬金術師 神獣に気に入られたのでレア素材探しの旅に出かけます
蒼井美紗
ファンタジー
旧題:外れスキルだと思っていた素材変質は、レア素材を量産させる神スキルでした〜錬金術師の俺、幻の治癒薬を作り出します〜
誰もが二十歳までにスキルを発現する世界で、エリクが手に入れたのは「素材変質」というスキルだった。
スキル一覧にも載っていないレアスキルに喜んだのも束の間、それはどんな素材も劣化させてしまう外れスキルだと気づく。
そのスキルによって働いていた錬金工房をクビになり、生活費を稼ぐために仕方なく冒険者になったエリクは、街の外で採取前の素材に触れたことでスキルの真価に気づいた。
「素材変質スキル」とは、採取前の素材に触れると、その素材をより良いものに変化させるというものだったのだ。
スキルの真の力に気づいたエリクは、その力によって激レア素材も手に入れられるようになり、冒険者として、さらに錬金術師としても頭角を表していく。
また、エリクのスキルを気に入った存在が仲間になり――。
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる