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7章 西への旅路

第342話 ケイの告白

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「何故連絡を取りたいかは分かったのじゃ。じゃが......帰りたくはないのかの?両親の事が気がかりで連絡を取りたいと言うのは分かる......じゃが、両親が一番喜ぶのは、ケイ自身が顔を見せて無事を伝えることでは無いかの?連絡などとは言わず、帰りたい、帰る方法を探すと言うのが普通ではないかの?」

俺の話を真剣な表情で聞いた後、ナレアさんが問いかけてくる。

「確かに、ナレアさんのおっしゃる通り、直接会って話すに越したことはないと思いますが......元の世界へ帰る......。」

......帰りたい......だろうか?

「......どうでしょうか?考えたことが無いとは言いませんが......諦めていた気がします。」

「諦めていた......?それは鳳凰が既に死んでおり、召喚魔法が使えないからかの?」

「いえ、その話を聞く以前からですね......うーん、改めて聞かれると......困るというか......特に深く考えていなかったと言いますか......。」

ただ漠然と、帰ることは出来ないのではないかと感じていた気がする。
始めはなんとなく、でもこの世界の事を知ることで......そして俺がこの世界に来た原因を知ることでその漠然と感じていた物はほぼ確信に近い物になった気がする。

「ケイよ。自分の事をちゃんと考え、悩んだ事はあるかの?」

「え?それはまぁ、よくあると思いますけど......以前も......うん、丁度龍王国の神殿で、ナレアさんに諭されたというか......助言をいただいたというか......あの時は色々悩みましたよ?」

「あれは、想像が足りなかったという話だったじゃろ?そういった類の物ではなく......自分自身が何をやりたいか、自身の幸せについて考えた事はあるのかということじゃ。」

「幸せですか......。」

幸せってなんだっけ?
難しい......不幸じゃない状態を幸せと言うのであれば俺はずっと幸せだと思うけど......いや、突然元居た場所から召喚されたのなら不幸と考えるべきだろうか?
いや、でもこっちに来て楽しい事は沢山あったし、いい人達とも沢山知り合えた。
プラスかマイナスかで考えるのならプラスに違いない。
正直マイナス要素で思いつくのは両親の事くらい?
大学への進学は決まっていたけど......別に大学に行って何かをしっかり勉強したかったわけでもないし......他に何かやりたいことがあったわけじゃないから、猶予期間として行くことにしただけだ。
高校の友人はいるけど......どうせ卒業して大学に進学すればそこそこ疎遠になるだろうし......特に思うようなことは無い。
っていうかもうこっちに来て三年程度経っているし......今更って気もする。
うん、こっちにいる限り就職の心配もないし......ダンジョン攻略のお陰でお金にも不自由していない。
っていうか向こうで一人暮らししていた経験から考えると、こっちでは殆どお金を使わずに生活出来る。
まぁ、この世界は娯楽関係がちょっと弱いかもしれないけど......そもそも暇を持て余したことがないからな......。
電気があれば......と思うことも以前はあったけど、ナレアさんと知り合ってからは魔道具で明かりも冷暖房も作ってもらえたからなぁ......不自由らしい不自由って......紙関係くらいかな?
メモはともかくトイレットペーパーだけは今でも非常に欲しい気がする。
お風呂は寧ろ今の方が充実している気もするし、ご飯も美味しい。
うん、向こうかこっちか選べるのであれば、こちらを選ぶ気がする。

「そうですね......幸せかどうかって言うのは考えた事が無かったですけど......それは今が充実しているからじゃないかなと思います。」

「......。」

ナレアさんはゆっくりと歩きながら俺の話を聞いている。
俺はその横を歩きながら言葉を続けた。

「じっくり考えてみましたが、向こうの世界での心残りは両親の事しかないみたいです。」

「両親に会いたくはないのかの?」

「会いたいかどうかでいうなら勿論会いたいです......ですが、こちらの世界にも一緒に居たいと思う人達はいますしね。選ぶのは難しい......いや、どちらかというと気持ちはこちらの世界よりですかね。」

「......それは戻ることが出来ないという諦めからではないのかの?」

「それはないです。自分のやりたい事、好きな事を一つ一つ考えた上でのことです。」

俺が言いきるとナレアさんが足を止めた。
唐突だったので俺は何歩か前に進んでから立ち止まる。
振り返ると少し視線を逸らしたナレアさんが、落ち込んだような表情で言葉を発する。
ナレアさんにしては珍しい表情のような気がする。

「......花火の時。」

「はい?」

少しだけ距離が開いたせいか、ナレアさんの言葉がよく聞き取れなかった。
ゆっくりと俺に近づいて来たナレアさんが俺の服のすそを軽く握る。
しかしその顔は伏せられ、距離が縮まった分表情は見えなくなった。

「ノーラ達の館で花火の幻を作った時......あの時、何を見ておったのじゃ?」

「何を......?皆と一緒に花火を見ていましたが......。」

「花火を見上げながら、ケイは別の物を見ていたように感じたのじゃ。あの花火は幻......記憶の中から再現された花火じゃろ?」

「え、えぇ......。」

俯いたまま言葉を続けるナレアさんは少し震えているようにも見えて、普段なら絶対に見せない姿だ。
ナレアさんが一体何を怖がっているのか分からなかったけど、不安を取り除いてあげたい一心で俺は手を伸ばしてナレアさんの頭を撫でた。

「そう......ですね。確かにあの時の花火は僕が昔見た物......子供の頃に家族で行ったお祭りで見たものです。そのことを思い出していました。」

「......。」

いつものナレアさんであれば怒りそうなものだけど......今は何も言わずに頭を撫でられている。

「小さい頃の記憶ってあまり覚えていないのですが......あの花火の事だけは鮮明に覚えています。肝心のお祭りの事は覚えていないのですけどね。」

何故か頭を撫でているナレアさんの俯きが、大きくなっているような気がする......。

「確かに、あの花火の幻を作った時......少し郷愁というか寂しさを覚えましたが......だからと言って向こうに帰りたいと考えたことはないです。」

ナレアさんがゆっくりと顔を上げてこちらを見つめてくる。
俺はナレアさんの頭から手を退けて自分の頬を掻いた。

「両親に何とか連絡をしたいという気持ちは変わりませんし、もう一度会いたいという気持ちも勿論あります。でも僕が居たい世界はここ、僕の意思とは関係なく突然召喚されてしまっただけですが、それでも僕自身の確固たる意志を持ってこの世界に居たいです。皆と......ナレアさんと一緒に居たいと思っています。だから僕はこの世界で生きていきます。」

そう。
偶然来てしまった世界ではあるけれど、俺はこの世界が......この世界に住む大切な人達が好きだ。
この想いを残して元の世界に帰りたいとは全く思えない。
......自分のやりたいことを最優先でやろうとするところは両親譲りなのかなとふと思う。

「ケイ......。」

「......一緒に居てくれますか?」

「う、うむ。け、ケイを一人で放り出す訳にはいかぬからの。ま、まぁ、努力はするといったところかの......うむ。い、いや、やぶさかではないとも言えなくもないような......。」

俺から顔を逸らしナレアさんの声が尻すぼみになっていく。
そんなナレアさんを見ていると肩に掴まっていたシャルが俺の頬に顔を擦り付けて来た。

「うん。勿論シャルやマナスもね。」

シャルに声を掛けながら両肩に乗っている二人を撫でると、シャルが軽く俺の頬を舐めた。
なんか最近シャルによく舐められているな。
何故か顔を逸らしていたナレアさんが物凄い目でシャルを睨んでいる気がするけど......。
睨まれたシャルは鼻を鳴らしてナレアさんを見下ろしている。
先程までの雰囲気とは一変......何故か途轍もない緊張感に包まれているのだけど......。
異様な空気に俺が内心冷や汗をかいていると、ナレアさんの目がシャルから外れてこちらに向けられた。

「......ケイよ。どうもシャルと少し話をせねばならぬようじゃ......。」

「そ、そうですか。」

物凄い圧を感じるのだけど......喧嘩とかしないよね......?
ナレアさんの幻惑魔法の腕前はかなり上がっているし、仙狐様の神域でシャルと霧狐さんが模擬戦をやった時みたいな戦闘になってもおかしくはない。
っていうかなんで突然こんな空気に......?

『ケイ様。申し訳ありません、少しの間だけお傍を離れることをお許しください。』

「えっと......離れるのは問題ないけど......話をするだけだよね?」

『勿論私はそのつもりです。ナレアが攻撃を仕掛けてきたら軽くあしらわせていただきますが。』

「なんか物騒な事言ってない?」

「ケイよ、心配いらぬのじゃ。少し、話をするだけなのじゃ。」

そう言ってナレアさんが俺の肩に乗っているシャルを抱えて俺から離れていく。
残された俺とマナスは、その後ろ姿を見送りながら何事も無い様に祈った。

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