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5章 東の地

第262話 本棚の向こう側

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カザン君が鍵穴にそっと鍵を差し込む。
お父さんからの手紙に書いてあったのなら鍵が合わないってことはないだろうけど......鍵が回ってカチリと音が聞こえた瞬間、俺達の間に感嘆のため息が漏れる。
しかし随分と長い鍵だったけどそこまで奥まで差し込まないのだね。

「開きました......ね。」

「ちょっと安心したよ。」

カザン君の呟きに俺も思わず考えていたことをぽろっと口に出してしまう。

「鍵が開いて良かったのです。開かなかったらケイ兄様が家を吹き飛ばしていたかもしれなかったのです。」

覚えていたのか......ノーラちゃん。

「いやー流石にケイ君でも、鍵が開かないからって家を吹き飛ばすまではしないと思うよ?」

「でもケイ兄様がこの前言っていたのです。」

「そんなこと言ったのケイ君?」

深刻そうなノーラちゃんの表情を見て、リィリさんが半眼になりながらこちらに問いかけてくる
そういえば、ノーラちゃんの口止めを忘れていた......。

「あー、いえ、相当な誤解です。」

「ふむ......恐らく、部屋をひっくり返して......みたいなことを言ったのじゃろうな。それを中途半端にノーラに聞かれたとかそんな感じじゃろ。」

「寸分違わずそんな感じです。」

ナレアさんの興味が俺を揶揄うことよりも本棚の奥に向いていることで、弄られることがなくこの話題を終えることが出来そうだ。

「大丈夫だよ、ノーラちゃん。ケイ君がそんなことしようとしたら私がしっかり怒ってあげるからね。」

「リィリ姉様!ありがとうなのです!」

とりあえず、ノーラちゃんから信用されていないことだけは完璧に理解した。

「ところでカザン君。そこ、開きそう?」

「......それが......鍵が回った感じはあったのですが......押しても開く感じがないですね。」

扉にはなっていないのだろうか?
カザン君のお父さんの手紙では、隠し部屋みたいなものがあるって雰囲気だったみたいだけど。

「ふむ、カザンよ。鍵を借りてもいいかの?」

カザン君が本棚の背板を押したり叩いたりしているのを見てナレアさんが声を掛ける。

「あ、はい。どうぞ。」

鍵を受け取ったナレアさんがカザン君と入れ替わるように本棚を調べ始める。
レギさんとリィリさんもその様子を見ているが......こういった調査は遺跡で色々な仕掛けを見ているナレアさんに一日の長があるみたいだ。

「ふむ......これは......。」

ナレアさんが本棚とその周り、そしてカザン君から受け取った鍵をつぶさに調べて行く。

「なるほどのう......嫌いではないが、これを作った者は性格が悪いのう。」

本棚の下の方を調べていたナレアさんが立ち上がり、今度は天井を見ながら面白いと言った感じで呟く。

「何か分かりましたか?」

ナレアさんの調査を傍で見ていたカザン君が問いかける。

「うむ......中々面白い仕掛けじゃな。それにここの開け方を教えなかったお父君も......確かにレーア殿の言う様にお茶目と言うか、面白い御仁だったようじゃな。」

そう言ったナレアさんが辺りを見渡す。

「ふむ......恐らくあの辺りの物を使うのじゃな。とは言え、妾達の場合は......レギ殿、ケイ。少し手を貸してほしいのじゃ。」

「なんですか?」

「そんなに重くは無い筈なのじゃが、この本棚を二人で持ち上げて欲しいのじゃ。あまり力を込めずにゆっくりと床と平行になるように持ち上げてくれるかの?」

「了解です。」

俺とレギさんが本棚をゆっくりと持ち上げる。
中身を全て取り出しているからか、ナレアさんの言う様に見た目に比べてかなり軽いな。

「......っと、あれ?」

ほんの少し......十センチ程上げた所で引っかかりを感じる。

「引っかかったのならその場で止めておいてくれるかの?すぐに終わるのじゃ......多分。」

「重くはないのですが、結構しんどい体勢なので早くしてくれると助かりますけど......これでいいのですか?」

身体強化しているとは言え本棚を十センチほど持ち上げた姿勢ってかなりしんどい。
本棚の下の方を持つんじゃなくて、上の方を持てばよかったな......。

「うむ、恐らくこれでいい筈じゃ。そのまま安定させておいてくれ。」

そう言ってナレアさんは鍵穴に鍵を差し込んでいく。
先程カザン君が差し込んだ時よりも奥まで鍵が突っ込まれていくな......。
もしかして本棚を貫通して後ろの壁にも鍵穴が?
本棚をずらしたことでそこに差し込めたってことかな?

「よし、回ったのじゃ。レギ殿、ケイ、助かったのじゃ。もう下ろしてもらって大丈夫じゃ。」

ナレアさんの許可が出たので俺とレギさんは本棚をそっと下ろす。
おや?
持ち上げる前よりも少しだけ本棚が浮いているような気がするな。

「後は恐らく本棚自体を手前に引けば動くはずじゃ。」

俺は本棚を軽く引っ張ってみる。
そうすると抵抗なく手前に本棚が動き出した......底にキャスターでもついていたのだろうか?
二回目のカギでそれが少し飛び出したから少し浮いたようにみえたのかな?
そんなことを考えながら本棚を動かすと、壁にはぽっかりと穴が広がり......階段か。

「......一応警戒しながら行きましょう。」

カザン君が階段へと足を踏み出す。

「まぁ、カザンの家ではあるが......お前が先頭でいいのか?」

「いくらなんでも自宅に即死級の罠は仕掛けないと思います。」

「ふむ......じゃぁ先頭はカザンに任せるとして、ノーラは一応ここで待ってもらった方が良いんじゃねぇか?」

「それもそう......。」

「レギ兄様!ノーラも行きたいのです!」

カザン君の台詞を最後まで言わせずにノーラちゃんが声を上げる。
まぁ自分の家の......しかも目の前でこんなものを開かれたら行きたくなるのは当然だよね。
とは言え、レギさんの言う様に何があるか分からないから警戒はしておいた方が良いだろう。

「うーん、ノーラちゃん。ちょっとこの先は暗いし階段も急みたいだから何かあった時私達もすぐに動けないかもしれないから、先にレギにぃ達に安全かどうか下まで調べて貰ってからにしよう?」

「わ、わかりましたです。」

しょぼんと言った感じのノーラちゃんがリィリさんの説得に応じる。
いつもは味方をしてくれるリィリさんが危ないから我慢してと言ったことで自制出来たのだろう。

「私も一緒にノーラちゃんとここでお留守番するから。皆お土産よろしくねー。」

ノーラちゃんと手を繋ぎ、反対側の手を振ってくるリィリさん。
その姿を見たからか、ノーラちゃんも笑顔を見せる。

「皆さん、くれぐれも気を付けて行ってきてください!」

「うん、ありがとうノーラ。行ってくるね。」

そう言ってカザン君は階段を慎重な足取りで降りていき、俺達も続いて階段へと向かう。
俺が階段を降りる直前に振り返ると、ノーラちゃんが小さく手を振っていた。
俺は手を軽く振り返して慎重に階段に足を踏み出す。
そこそこ狭い上に結構急な階段って怖いね。
それにしてもナレアさんはよくあの仕掛けが分かったな。
よく物語とかであるような、床に傷があって引き出せることに気付いたと言う訳ではなさそうだし。
引きずり出すっていうよりキャスターみたいなもので転がした感じだったし、床に傷は無かった。

「何か聞きたいことがありそうじゃな。」

「えぇ......どうやってこの仕掛けに気付いたのかなぁと思いまして。」

「ふむ......まぁ勘みたいなものじゃが。」

そう言いながらナレアさんは手に持っていた魔道具に光をともす。

「......まず最初に気になったのはあの鍵じゃな。」

「あぁ、長すぎましたね。」

「うむ。しかもカザンが鍵穴に差した時、半分も差し込んでいなかったのじゃ。他にも使い道があると考える方が自然じゃろ?」

「なるほど......。」

確かに、不自然な点を不自然なままにしておくよりも理由を探したほうが合理的、いや、謎解きってそういう物なのだろうね。

「後は天井に設置された魔道具を設置する引掛け、あの本棚の真上にあったものじゃが、他の本棚の真上には設置されておらなんだ。そして本棚の天板の真ん中に飾りに見せかけた、何かを引っ掛けるような物もあったしの。恐らく本を束ねる紐を何本か繋いで引っ張り上げるような仕掛けじゃろうな。」

「あの本棚が妙に軽かったのって......一人で開けられるようにですかね?」

「うむ、そうじゃろうな。隠し扉を開くのに人を呼ぶ訳にはいかぬからのう。」

それはそうか......隠す意味がなくなっちゃうもんな。
でもこれだけ凝った開け方を一人で開けるためには色々と仕掛けが必要で、それを不自然に見せないために色々と臭い消しをしているんだろうな。
まぁ、鍵の長さは違和感あったけど......二回の鍵のうちどちらのタイミングでどの仕掛けが動いたのかは分からないけど、あそこまで極端な鍵の長さにする必要は無かったと思うけど......。

「そこは、手がかりじゃろうな。何かの事故で隠し部屋の事を次代に伝えられなかった時の保険じゃ。」

「なるべく分かりにくいようにしつつ、絶対に分からないようにはしないってことですか。」

「遺跡にはその手の仕掛けが多いからのう。自分一人だけで使うことを考えた仕掛けは解きにくいが、誰かと一緒に使う為の物は何かしら保険が掛かっていることが多いからのう。その保険が不自然さとして妾に答えを教えてくれるわけじゃ。」

前を歩くナレアさんが振り返りながら無邪気な笑みを浮かべる。
遺跡、魔道具、そして本。
本当に知識の探求が好きな人だ。
晴れやかな笑みを浮かべるナレアさんを見ていると、何故かこちらも嬉しくなってくる気がした。

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