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5章 東の地
第248話 暇だけど周りは働いている
しおりを挟むゆっくりと領都に向かって行軍してくるカザン君達が到着まであと三日程の距離まで近づいてきた。
今の所問題は起きていないようで順調な行軍といった所らしい。
ちなみにナレアさん達はノーラちゃん、レーアさんと共に軍の後方を付いて来ているいるようだ。
そちらも特に問題はないようで、のんびりと魔道具の解析をしながら向かって来ているらしい。
俺はと言うと......特にやることもなくぼーっと宿の窓から街を見下ろしていた。
トールキン衛士長が領都に来た日に出かけて以降、部屋でぼーっとするか街をブラブラするかしかしていない気がする。
そんな中、領都の食糧の高騰は未だ収まる所を見せていない。
しかし、センザの街で前領主の息子が声明を発表し領都への帰還を始めたことは噂になっていて、前領主の人柄をある程度知っている領都民としては歓迎ムードが流れている。
トールキン衛士長の情報操作が上手く行っているのかもしれないけど......俺の立場からでは分からないね。
色々と上手くいっていない時......人はその閉塞感を新しいものが打破してくれることを期待するものだから......カザン君が戻ってくることにより、現状が改善されることを期待するのは仕方ないことだろう。
現在の食糧問題は一日二日で改善出来るものではないけど......早期解決が必要な問題ではある......その辺は多分何かしら考えているのだろうけど......。
しかし食料か......領都に送られてくるルートが使えないってことみたいだから、治安回復に努めれば何とかなる感じなのだろうか?
俺がぼけーっと考え事をしていると、通りの向こうからレギさんが歩いてくるのが見えた。
天気も良く、良い反射具合だから遠くてもよく分か......いや、何が反射とか光っているとかそういうアレではないですよ?
何故かまだ数十メートルは離れているレギさんがこちらを睨んでいた。
「おかえりなさい、レギさん。」
「おう。ついでに飯買ってきたが、食うか?」
「あ、すみません、ありがとうございます。頂きます。」
レギさんが手に持っていた包みをこちらに渡してくる。
これは......肉でも魚でも野菜でもないな......粉物?
ホットケーキみたいな感じかな?
「肉なんかはかなり買いにくくなっているな。まだ小麦関係は保存が利くからか量は十分にあるみたいだが、とっとと改善してもらいたいところだな。」
「ご飯は大事ですからねぇ......。」
「領都は元々食料が豊富に流れ込んで来ていたらしいからな、ある程度余裕はあったんだろうが......流石に日持ちしない物は減ったな。」
俺は包みから取り出したホットケーキっぽいものにかぶりつく。
塩味のみか......。
リィリさんがいればこの状況でも美味しい物を見つけてくれるのだろうなぁ。
「カザン君達が来ていきなり改善されることはないでしょうけど......領都の人達の期待は膨らんでいるのでしょうね。」
「そうだな。まぁ何かしら、その場凌ぎの対策はあるんだろうな。折角の人気取りの機会だしな」
「そういうものですか。」
「そりゃな、即物的なもんだよ。人気なんて物はな。」
まぁ自分達を良い目に合わせてくれる人を支持するのは当然か。
「ところで、トールキン衛士長の方がどうでした?」
「相変わらずだんまりだそうだ。アザルに限らず、その部下もな。」
「最初の日にちらっとだけ見ましたけど......トールキン衛士長の尋問もかなりキツそうでしたね......。」
「まぁ、楽な尋問なんかねぇだろうがな。」
そりゃそうか......肉体的苦痛、精神的苦痛を駆使して相手の心を折っていくんだからな。
「ファラの尋問も恐ろしい物でしたし、尋問って絶対に味わいたくないですね。」
「ケイは秘密が多いからな。変な組織やら、国やらなにやら......捕まればきっと素敵な経験ができるだろうよ。」
「......。」
魔晶石、魔法、神域、神獣様、他にもあるだろうか?
こういう物を見たからだろうが......もっと慎重に動く必要があるように思えてきた......。
魔法は今の人達では魔力が足りずに使えないみたいだけど......神域産の魔晶石は別だ。
それだけでも人が神域を目指す理由になり得る。
それによって様々な神獣様に迷惑がかかることは、絶対に避けないといけない。
「もしそのような事態になったら我慢できるとは思えないですし......全てを吹き飛ばす勢いで暴れるかもしれませんね。」
絶対に情報を漏らしたくはないし、死ぬのも痛いのも遠慮したい。
そんな目に合うくらいなら辺り一帯を吹き飛ばしてでも逃げようと思う。
「まぁそういう強硬手段に出る前にお前の事を調べ上げているだろうからな......ケイが暴れられない様な状況を作るわけだ。」
「僕が暴れられない状況......人質とかですか?」
「そうだな、ケイには有効な手だろ?」
「まぁ......そうですね。」
「そうやって動けなくさせてから......ってのは考えつく一番簡単な手段だ。」
「......でも、人質ってことは僕の知人ですよね?僕の知人ってことは当然皆の知人ってわけで......僕一人抑えたからってどうにかなるものでもないと思いますよ?」
「......じゃぁこういうのはどうだ?俺達が西方に戻った後、グラニダの人間が人質になった。その場合、当然俺達もケイと一緒に西方にいるぜ?」
「う......。」
流石にそれだけの距離があったら......いくらシャル達であっても数日はかかるだろう。
実際に人質となっていなくても、簡単に確認できる距離ではない。
少なくとも安全が確認できるまで、俺は迂闊な行動は取れないだろう。
「まぁ、そういうわけだ。自分の秘密で周りを傷つけるわけにはいかないだろう?言動には気を付けろよ。」
「はい......。」
神域の外に出て、最初の頃は自分の安全の為に気を付けるだけで良かったけど......知人の増えた今、俺だけの危険では済まないってわけか......。
「まぁ、昔に比べれば俺達も安心して見ていられるがな。偶に気を引き締めるのは......老婆心みたいなものだ。」
「少しはマシになっているなら良かったです。」
俺の台詞にレギさんがニカっと笑う。
苦笑ではなかった分少しは安心してもいいのだろうか。
「そういえば、色々とカザンの噂が街に出回っている様だぞ。」
レギさんが話題を変えてくる。
それにしてもカザン君の噂か......どんなのだろう?
トールキン衛士長の部下の方が流布しているのかな?
「どんな噂ですか?」
「基本的には英雄的な話だな。父を陰謀によって殺された息子が色々と悪化していく領地に心を痛め、領民の為に命を狙われながらも再起を図ったって話だ。」
「間違ってはいないですねぇ。」
俺がこの前考えたのと同じようなストーリーが流布されているようだね。
「だが、まだアザルの話は伏せられているようだな。領都でカザンがやる声明で発表するのかもな。」
内々で職を解いただけってことだろうか?
「でもアザルが反旗を翻したって話は広く知れ渡っているんじゃないですか?この場合カザン君の敵になるのはアザル以外いなくないですか?」
「アザルはあくまで悪逆を行う領主を討った英雄って立ち位置だからな。立場は微妙な所だが......表立って敵対しているという感じにはしていないようだな。」
「何故でしょう?アザルはもう捕らえているので早い所発表してもいいのでは?」
「まぁ、そうだな......セラン卿達にとって一番いい展開は、アザルが黒幕ではないことだったはずだ。」
アザルが黒幕じゃない方が良かった......?
「何故でしょうか?」
「アザルには英雄のまま、カザンの元に降ってもらった方が良かったんだ。そうすればアザルの名声はそっくりそのままカザンの物。それが一番都合のいい話だ。アザルの下に着いた軍をそのまま取り込めるしな。」
「......なるほど。」
「そうなった場合は民衆の為に立ち上がったアザル、そして政治力に長けるカザンっていう二枚看板で統治をしていくって流れだな。勿論アザルに実権は渡さないだろうがな。」
「アザルが黒幕じゃなければそんな展開になったのですか......。」
「ははっ。それは分からないけどな。あくまで俺が思いついた展開だ。セラン卿達ならもっといい利用方法を考えていたかもな。とは言え、現実はそうじゃない。英雄は偽物でカザンが本物の英雄となるしかない。」
「......それで何故アザルが黒幕だと公表しないって話になるのですか?」
「今はアザルを貶めるよりもカザンの名声を上げる方が先だ。」
「あぁ、そういうことですか......。」
領民はアザルがやってきたことを知らないわけで......カザン君が実はアザルが黒幕でしたと言っても、権力者の息子が自分に逆らった英雄を貶めているようにしか見えないってことか。
確かにネガキャンは聞いている方がうんざりすることも多いしな......例え真実であったとしても権力者の流すネガキャンは、お前が言うな感が拭えないもんね。
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