236 / 528
5章 東の地
第235話 混乱と冷静
しおりを挟む鳩尾に叩き込んだ回し蹴りは結構手加減......足加減?していたので、派手に吹き飛んでいったものの死にはしていないはずだ。
勿論悶絶してもらうつもりではあったので、そこそこ苦しんでもらう予定だけど。
「うん、ちょっと予定より一発多く入れちゃったけど......とりあえず俺はすっきりしたから次はマナスに任せるよ。」
俺は後ろの方でシャルと一緒に控えていたマナスに声を掛ける。
俺が後ろの方に下がると入れ替わるようにマナスが前に......というかそのままアザル兵士長に近づいていく。
肝心のアザル兵士長は......うん、流石に倒れて......あぁ、胃の中身を逆流させているな。
しかし......マナスはそもそも現時点で存在を気づかれていないと思うけど、どうするのだろうか?
いつものように奇襲で窒息させるって感じではないと思うのだけど。
基本的にマナスは鬼ごっこをする時、体を伸ばして変形したりと変則的な動きをして俺達を翻弄してくる......そして模擬戦の相手をしてもらう場合でも、体を伸ばしたり縮めたりして隙を狙いながらこちらの顔を狙ってくることが多い。
基本的に捕まってしまうと引きはがすことが出来ないのでその場で降参するのだけど......やっぱり窒息作戦かなぁ?
「て......てめぇ......一体......何を......考えて......いやがる。」
流石に苦し気ながら立ち上がったアザル兵士長が、息も絶え絶えと言った感じで問いかけてくる。
「......檻の事、話す気になりました?」
「拷問の......つもりか......?だとしたら......随分......ぬるいな......。」
「いえ?ただの仕返しと言うか......うっぷん晴らしと言うか......まぁそんな感じです。多少痛めつけたくらいで情報を吐いてくれるなら、もう少しやりますけど......吐きませんよね?」
我ながら中々最低の言い様のような気がする。
それを聞いたアザル兵士長がなんとも言えない表情でこちらを見る。
イラついているような、呆気にとられたような......理解できないものを見るような......複雑怪奇な物を見るような目と言った感じだな。
「本当に......てめぇとは、会話にならねぇな。クソ猿。」
いや、ちゃんと返答したと思うけどな......。
全部ちゃんと包み隠さず説明しているし、相手の意志もちゃんと理解しているはずだ。
それはそうと、アザル兵士長はダメージから回復したみたいだね。
View of アザル
意味が分からない。
いや......狙いが分からない。
カラリトの手の者と思ったが......自分は西方の人間だとこの男は言った。
本当の事を言っているとは思えないが......狙いが読めない。
恨まれる覚えはいくらでもあるが、それは西方だろうとグラニダだろうと関係ない。
だが......目の前の男は、単純な戦闘能力が俺よりも高いことが問題だ。
ここまでの手練れがグラニダにいると言う話は聞いたことがない。
最初の作戦時にグラニダの戦力の事は隅々まで調べてある。
このような強力な個を見逃すはずがない。
そう考えれば外から来た人間と言うことに納得は出来るが......グラニダとは関係ない人間?
私の事を檻の構成員と知っていたのは何故だ?
このグラニダで檻の事を知っているのはカラリトだけのはずだ。
カラリトが檻の事を外部に漏らしていることも考え、ずっと調べていたがその痕跡は見つけることが出来なかった。
現にこの者が現れるまで、檻の事を嗅ぎまわっているような奴は誰もいなかった。
だからこそ、この者が現れた時にカラリトの手の者と疑ったのだが......いや、今はそれはいい。
それよりも、この場をどうする......?
この者を捕らえて情報を得ることはかなり難しい。
しかし、檻の事を知っている人間を放置することは出来ない......だが部下を集めたとしてもこれほどの手練れを相手取れるとは思えない。
引くという選択肢はない......が、正攻法では勝てないだろう。
情報を得ることは諦めて脅威を排除する......しかないな。
幸い相手はこちらの事を舐めているようだ、背後関係を調べられないのは痛手ではあるが殺すしかあるまい。
私は落としていた剣を拾い構える。
恐ろしく速く、鋭い一撃だったが......不思議と後に引くような痛みはなく動きに支障はない。
それにしても、何故あの男は構えを解いて寛いだ様子を見せているのだろうか?
戦闘中に見せるような表情ではない......先ほどまで私の演技、挑発を続ける態度に反応して怒気や殺気を感じさせていたのだが......今はすっきりしたと言うような表情をしている。
仕返しと言っていたが......数発殴る程度の恨みだったということか?
我がことながら、その程度で許されるような所業をしてきたとは思えない......覚えは全くないが、一体この男とどのような関わりがあったのだろうか?
緊張感の全くない顔でこちらを見ている男は......いや、私を見ていない?
少し手前を......あれはなんだ?
男の視線を追って前方を見てみると、何かが地面を這いながら私に向かって近づいてくるのが見えた。
あれは......スライムか?
なぜこんな場所にスライムが......?
状況からしてこの男が使役しているのか......?
わざわざこの状況で前に出してくるのだ......油断は出来ない......。
「なんだぁ?こんな下等な魔物をけしかけてくるのか?」
私はあざけるような笑みを浮かべながら言い放つ。
正直かなりまずい状況だ。
あの男に近づかないことには命を取ることも出来ない。
それにスライムは下等な魔物ではあるが......あの男が使役するスライムがただのスライムとは思えない。
もともと斬撃や刺突でスライムを倒すのは困難だ。
私は懐から油の入った小瓶を取り出しスライムの進行方向に投げつける。
火計用の特殊油なので範囲内を一気に燃やすことが出来る......近づかれる前にこれで焼き尽くすのがいいだろう。
そう思い投げた小瓶であったが......割れることはなく......体を伸ばしたスライムに受け止められていた。
やはり普通のスライムではないようだな。
あの男だけでも手が付けられないというのに......厄介な事極まりない。
「ちっ!クソスライムが!手癖のわりぃ野郎だな!」
瓶の中身が自分を焼き尽くす油と分かっていたわけでは無いだろうが、自分を目掛けて投げつけられたわけでもない飛来物を受け止めるような機転が普通のスライムにあるとは思えない。
悪態をついて様子を見ようとも......相手がスライムでは何を考えているのか一欠けらも読み取ることは出来ない......いや、そもそも知能があるのかどうか怪しいものだが......。
私は再び懐から取り出した小瓶を足元に叩きつけてから少し後ろに下がる。
予備の油なので手持ちはこれが最後だ。
しかし、このスライムが真っ直ぐ油の元まで来てくれるだろうか?
私のそんな懸念を他所に真っ直ぐに近づいてきたスライムが油が撒かれた位置に足を踏み入れる。
それと同時に割れた瓶の底に仕掛けてあった着火用の魔道具が起動し、一瞬でスライムが炎の中に消える。
そこまで警戒する必要は無かったか?
思っていたよりも簡単にスライムを片付けることが出来たが......特殊油はもったいなかったか?
そう思ったのも一瞬の事、炎に包まれたスライムが一瞬膨張したかと思うと炎が吹き散らされた。
火が効かないのか?
しかし......そうなるとこのスライムを殺すのはかなり難しくなる。
手持ちの装備では打つ手がない......幸いスライムの動きは大した速度ではない、スライムを迂回して主人であるあの男を殺すほうがいいだろう。
スライムを無視して動き出そうとした瞬間、少し離れた位置にいたスライムが一瞬で私の目の前に現れる。
「なっ!?」
思わず驚きの声を上げてしまったが幸い体制は崩れていない、横に飛び予定通り後ろに控える男の元に......そう考えた次の瞬間、突然目の前が白く光る。
次いで頬に衝撃が走り体が宙を舞う。
横面を殴られ吹き飛ばされたのか?
急ぎ体制を立て直した私は殴った相手の姿を求め辺りを見渡すが......あの男は先ほどの位置から一歩たりとも動いていない様に見える。
他には誰もいない......ただ一匹。
ゆっくりと近づいてくるスライムを除いて。
2
お気に入りに追加
1,717
あなたにおすすめの小説
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
異世界転生!俺はここで生きていく
おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。
同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。
今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。
だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。
意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった!
魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。
俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。
それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ!
小説家になろうでも投稿しています。
メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。
宜しくお願いします。
外れスキル持ちの天才錬金術師 神獣に気に入られたのでレア素材探しの旅に出かけます
蒼井美紗
ファンタジー
旧題:外れスキルだと思っていた素材変質は、レア素材を量産させる神スキルでした〜錬金術師の俺、幻の治癒薬を作り出します〜
誰もが二十歳までにスキルを発現する世界で、エリクが手に入れたのは「素材変質」というスキルだった。
スキル一覧にも載っていないレアスキルに喜んだのも束の間、それはどんな素材も劣化させてしまう外れスキルだと気づく。
そのスキルによって働いていた錬金工房をクビになり、生活費を稼ぐために仕方なく冒険者になったエリクは、街の外で採取前の素材に触れたことでスキルの真価に気づいた。
「素材変質スキル」とは、採取前の素材に触れると、その素材をより良いものに変化させるというものだったのだ。
スキルの真の力に気づいたエリクは、その力によって激レア素材も手に入れられるようになり、冒険者として、さらに錬金術師としても頭角を表していく。
また、エリクのスキルを気に入った存在が仲間になり――。
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる