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5章 東の地

第235話 混乱と冷静

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鳩尾に叩き込んだ回し蹴りは結構手加減......足加減?していたので、派手に吹き飛んでいったものの死にはしていないはずだ。
勿論悶絶してもらうつもりではあったので、そこそこ苦しんでもらう予定だけど。

「うん、ちょっと予定より一発多く入れちゃったけど......とりあえず俺はすっきりしたから次はマナスに任せるよ。」

俺は後ろの方でシャルと一緒に控えていたマナスに声を掛ける。
俺が後ろの方に下がると入れ替わるようにマナスが前に......というかそのままアザル兵士長に近づいていく。
肝心のアザル兵士長は......うん、流石に倒れて......あぁ、胃の中身を逆流させているな。
しかし......マナスはそもそも現時点で存在を気づかれていないと思うけど、どうするのだろうか?
いつものように奇襲で窒息させるって感じではないと思うのだけど。
基本的にマナスは鬼ごっこをする時、体を伸ばして変形したりと変則的な動きをして俺達を翻弄してくる......そして模擬戦の相手をしてもらう場合でも、体を伸ばしたり縮めたりして隙を狙いながらこちらの顔を狙ってくることが多い。
基本的に捕まってしまうと引きはがすことが出来ないのでその場で降参するのだけど......やっぱり窒息作戦かなぁ?

「て......てめぇ......一体......何を......考えて......いやがる。」

流石に苦し気ながら立ち上がったアザル兵士長が、息も絶え絶えと言った感じで問いかけてくる。

「......檻の事、話す気になりました?」

「拷問の......つもりか......?だとしたら......随分......ぬるいな......。」

「いえ?ただの仕返しと言うか......うっぷん晴らしと言うか......まぁそんな感じです。多少痛めつけたくらいで情報を吐いてくれるなら、もう少しやりますけど......吐きませんよね?」

我ながら中々最低の言い様のような気がする。
それを聞いたアザル兵士長がなんとも言えない表情でこちらを見る。
イラついているような、呆気にとられたような......理解できないものを見るような......複雑怪奇な物を見るような目と言った感じだな。

「本当に......てめぇとは、会話にならねぇな。クソ猿。」

いや、ちゃんと返答したと思うけどな......。
全部ちゃんと包み隠さず説明しているし、相手の意志もちゃんと理解しているはずだ。
それはそうと、アザル兵士長はダメージから回復したみたいだね。



View of アザル

意味が分からない。
いや......狙いが分からない。
カラリトの手の者と思ったが......自分は西方の人間だとこの男は言った。
本当の事を言っているとは思えないが......狙いが読めない。
恨まれる覚えはいくらでもあるが、それは西方だろうとグラニダだろうと関係ない。
だが......目の前の男は、単純な戦闘能力が俺よりも高いことが問題だ。
ここまでの手練れがグラニダにいると言う話は聞いたことがない。
最初の作戦時にグラニダの戦力の事は隅々まで調べてある。
このような強力な個を見逃すはずがない。
そう考えれば外から来た人間と言うことに納得は出来るが......グラニダとは関係ない人間?
私の事を檻の構成員と知っていたのは何故だ?
このグラニダで檻の事を知っているのはカラリトだけのはずだ。
カラリトが檻の事を外部に漏らしていることも考え、ずっと調べていたがその痕跡は見つけることが出来なかった。
現にこの者が現れるまで、檻の事を嗅ぎまわっているような奴は誰もいなかった。
だからこそ、この者が現れた時にカラリトの手の者と疑ったのだが......いや、今はそれはいい。
それよりも、この場をどうする......?
この者を捕らえて情報を得ることはかなり難しい。
しかし、檻の事を知っている人間を放置することは出来ない......だが部下を集めたとしてもこれほどの手練れを相手取れるとは思えない。
引くという選択肢はない......が、正攻法では勝てないだろう。
情報を得ることは諦めて脅威を排除する......しかないな。
幸い相手はこちらの事を舐めているようだ、背後関係を調べられないのは痛手ではあるが殺すしかあるまい。
私は落としていた剣を拾い構える。
恐ろしく速く、鋭い一撃だったが......不思議と後に引くような痛みはなく動きに支障はない。
それにしても、何故あの男は構えを解いて寛いだ様子を見せているのだろうか?
戦闘中に見せるような表情ではない......先ほどまで私の演技、挑発を続ける態度に反応して怒気や殺気を感じさせていたのだが......今はすっきりしたと言うような表情をしている。
仕返しと言っていたが......数発殴る程度の恨みだったということか?
我がことながら、その程度で許されるような所業をしてきたとは思えない......覚えは全くないが、一体この男とどのような関わりがあったのだろうか?
緊張感の全くない顔でこちらを見ている男は......いや、私を見ていない?
少し手前を......あれはなんだ?
男の視線を追って前方を見てみると、何かが地面を這いながら私に向かって近づいてくるのが見えた。
あれは......スライムか?
なぜこんな場所にスライムが......?
状況からしてこの男が使役しているのか......?
わざわざこの状況で前に出してくるのだ......油断は出来ない......。

「なんだぁ?こんな下等な魔物をけしかけてくるのか?」

私はあざけるような笑みを浮かべながら言い放つ。
正直かなりまずい状況だ。
あの男に近づかないことには命を取ることも出来ない。
それにスライムは下等な魔物ではあるが......あの男が使役するスライムがただのスライムとは思えない。
もともと斬撃や刺突でスライムを倒すのは困難だ。
私は懐から油の入った小瓶を取り出しスライムの進行方向に投げつける。
火計用の特殊油なので範囲内を一気に燃やすことが出来る......近づかれる前にこれで焼き尽くすのがいいだろう。
そう思い投げた小瓶であったが......割れることはなく......体を伸ばしたスライムに受け止められていた。
やはり普通のスライムではないようだな。
あの男だけでも手が付けられないというのに......厄介な事極まりない。

「ちっ!クソスライムが!手癖のわりぃ野郎だな!」

瓶の中身が自分を焼き尽くす油と分かっていたわけでは無いだろうが、自分を目掛けて投げつけられたわけでもない飛来物を受け止めるような機転が普通のスライムにあるとは思えない。
悪態をついて様子を見ようとも......相手がスライムでは何を考えているのか一欠けらも読み取ることは出来ない......いや、そもそも知能があるのかどうか怪しいものだが......。
私は再び懐から取り出した小瓶を足元に叩きつけてから少し後ろに下がる。
予備の油なので手持ちはこれが最後だ。
しかし、このスライムが真っ直ぐ油の元まで来てくれるだろうか?
私のそんな懸念を他所に真っ直ぐに近づいてきたスライムが油が撒かれた位置に足を踏み入れる。
それと同時に割れた瓶の底に仕掛けてあった着火用の魔道具が起動し、一瞬でスライムが炎の中に消える。
そこまで警戒する必要は無かったか?
思っていたよりも簡単にスライムを片付けることが出来たが......特殊油はもったいなかったか?
そう思ったのも一瞬の事、炎に包まれたスライムが一瞬膨張したかと思うと炎が吹き散らされた。
火が効かないのか?
しかし......そうなるとこのスライムを殺すのはかなり難しくなる。
手持ちの装備では打つ手がない......幸いスライムの動きは大した速度ではない、スライムを迂回して主人であるあの男を殺すほうがいいだろう。
スライムを無視して動き出そうとした瞬間、少し離れた位置にいたスライムが一瞬で私の目の前に現れる。

「なっ!?」

思わず驚きの声を上げてしまったが幸い体制は崩れていない、横に飛び予定通り後ろに控える男の元に......そう考えた次の瞬間、突然目の前が白く光る。
次いで頬に衝撃が走り体が宙を舞う。
横面を殴られ吹き飛ばされたのか?
急ぎ体制を立て直した私は殴った相手の姿を求め辺りを見渡すが......あの男は先ほどの位置から一歩たりとも動いていない様に見える。
他には誰もいない......ただ一匹。
ゆっくりと近づいてくるスライムを除いて。

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