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5章 東の地

第167話 初体験

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遂にこの時がやってきた。
俺は目の前にある物に目を向ける。
問題は......無いようだな。
魔道具も仕様通りに作動しているように見える。

「どうじゃ?ケイ。」

俺はナレアさんの問いかけに無言で手を伸ばし......。

「......いい感じ、いや完璧です。」

俺がそう答えるとナレアさんの顔が綻ぶ。
俺はお湯からそっと手を抜く。
そうお湯である。
俺はついにたどり着いてしまったのですよ!

「これでお風呂の完成です!」

俺は天高く拳を突き上げる!

「う、うむ。相変わらず風呂が関わると感情が突き抜けるのう。」

「これでいつでもお風呂に入れると思うと......どうしてもテンションが上がってしまいますね!」

「......いや、同意を求められてもな......妾はそうでもないのじゃ。」

「くっ......リィリさんもレギさんも......皆かなりドライな反応なんですよね......。」

「まぁ、身体を綺麗にするというのは大事だと思うのじゃが......そこまで興奮することかのう?」

「......ナレアさんはお風呂に入ったことはありますか?」

俺の問いにナレアさんは半眼になりながら答える。

「妾を何だと思っておるのじゃ。風呂くらい入ったことある。じゃが正直面倒じゃ。」

......子供みたいなこと言いだしましたよ?

「面倒ですか?」

「うむ、用意するのに時間がかかるしのう......それに体を洗うだけならここまで大量に湯を用意する必要はないのじゃ。まぁ冬場は冷たい水で体を拭くよりはマシじゃがな。」

......これは一度このお風呂に入ってもらった方がいいかもしれない。
ナレアさんの言うお風呂と俺の知っているお風呂は違う気がする......。

「ナレアさん......このお風呂に入ってみませんか?」

「む?しかしこれはケイが入りたくて作ったのじゃろ?」

「えぇ、とは言えナレアさんのお陰で完成したわけですし。用意するのも簡単ですからね。折角ですから成果をナレアさんに試してもらいたいのです。」

「ふむ?」

「先に外で体を洗ってから湯に浸かってください。」

「うん?体を洗い流すだけではないのかの?」

「......お風呂は体を洗ってからが本番ですよ。」

「妾の知っている風呂とは違うようじゃな。お湯を体に掛けるのではないのかの?」

「ちょっとやり方が違うようですね。もしかしてお風呂の形も違いますか?」

「そうじゃな。上の方に沸かした湯を入れて浴びるようにするのじゃ。」

シャワーみたいな感じだったってことかな?

「なるほど......僕たちも体を洗う時はそんな感じですね。ですがその後にお湯に浸かるのですよ。」

「それはまた随分と大量にお湯を使うのじゃな。」

確かにシャワーとお風呂で相当な量の水を使うよな......普段何気なく使っていたけど......。

「冷静に考えるとそうですね......まぁ僕たちの場合は水を魔法で出せるのでその辺は問題ないと思いますが......ナレアさんの魔道具のお陰でお湯の温度は一定になっているので体を洗った後に浸かってみてください。」

「うむ、了解じゃ。ケイのお勧めじゃし、試してみるとするかの。」

そう言ったナレアさんは少し考えこむような素振りを見せると笑みを浮かべる。

「では一緒に......。」

「入りません。」

「......。」

流石にナレアさんが次に言う台詞は読めたので、台詞を被せるように断ってからナレアさんから距離を取る。

「適当に周りに壁作って下さいね。あ、あまり長く入っているとのぼせたりすることがあるので気を付けてください。温泉ではないので湯あたりはないと思いますが......。」

「......待つのじゃ、湯あたりとはなんじゃ?」

「温泉に含まれる成分によって体調が悪くなることがあるのですよ。魔法で作った水なので余計な成分は入っていないと思いますが......。」

「ふむ......そのようなことがあるのじゃな。つまり......妾を先に入れるということは、実験台かの?」

......確かに。

「すみません。確かにそうなりますね......基本的に何回か入り続けることで体調が悪くなるみたいですが......まず自分で試すべきでしたね。一応体質として個人差があるようですが......。」

「ほほ、冗談じゃ。別に死ぬわけではあるまい?それに個人差があるようならケイが先だろうが後だろうが関係ないじゃろ。」

そう言ったナレアさんは徐に服を脱ぎ始める。

「っ!」

俺は応龍様の魔法を使い急いで壁を作る。
土がむき出しでお風呂に入っていても非常に景色が悪いだろうが......まぁその辺は自分で何とかしてもらいたい。

「なんじゃ......一緒に入ればよかろうに。」

「何一ついいことありませんね。」

「......こんな美少女の裸を見られるという最高の幸運に見舞われるじゃろう?」

「......一時の欲望の為に今後の全てを犠牲にするつもりはありませんね。」

「意気地がないのう。」

......何と言われようと突撃するつもりはないが......まぁ反撃くらいはしておこう。

「全く......このような美少女の裸を見られるのであれば、身命を賭して覗きにかかってもおかしくないじゃろうに......。」

何やらぶつぶつと言っているナレアさんを後ろに、俺は気配を殺しながら距離を取っていく。
......ナレアさんの声が微妙に聞こえるくらいの距離まで来たかな?
俺はそのまま振り返らずに歩を進めながら土壁を一気に崩した。

「のわぁぁぁぁぁぁぁ!ま、待つのじゃケイ!見るのは無しじゃーーー!」

俺はナレアさんの悲鳴を背中に聞きながらその場を後にする。
物凄く久しぶりにナレアさんの慌てる声が聞けたし満足だ。
まぁ......この後数時間に渡ってリィリさんと母さんに説教されましたが。



『人としての意識を残したままアンデッドに、ですか......アンデッドが意志を持つことは稀にあることですが......私の知る限り、その時は全く新しい存在として自意識を得るようです。』

俺たちは母さんにリィリさんの事を相談していたのだがその答えはあまり芳しいものではなかった。
それにしてもアースさんは生前の事覚えていないって言っていたけど......そもそもなかったってことか。

「母さんはリィリさんのような状態はご存じなかったと言うことですか......。」

『そうですね......私は過分にして聞いたことがありません。ごめんなさい、リィリさん。』

「いえ、大丈夫です。気にならないと言えば嘘になりますが、皆で旅をして縁があれば分かるんじゃないかなーって思っていますから。」

それを聞いた母さんは微笑んだようだ。

『リィリさんは少しケイみたいな考え方をしていますね。』

「流石にケイ君程大らかではないつもりですけどー。」

『......そうですね。ケイは少し大らか過ぎますね。』

「うむ、ご母堂の言う通りじゃ。流石のリィリもそこまでではないのじゃ。それにケイは助平じゃしな。」

......それはもう許してやってください。
あんなに厳しい母さんは初めてでした......あまり使わないって言っていた弱体魔法を俺にかけてまで正座で説教されたのだ......。
正直後半の方は足のしびれがきつ過ぎて殆ど説教の内容は聞こえてなかった。
正座殺されるかと思いました。
ちょっとした仕返しのつもりだったのだが......代償がでかすぎた。
いや、冷静に考えてみれば当然の報いのような気もするな。
日本でやっていたらお縄についていただろうし......。

『その節はナレアさんには大変ご迷惑をおかけしました。』

......あの時ナレアさんの悲鳴を聞いた母さんが飛び込んできたんだよね。
おかげで逃げる暇もなく捕まって......俺はあの後、お風呂に入ることが出来なかったのだ......。
ついでにそのことが原因でナレアさんにお風呂の感想も聞けていない......というか聞けるわけがない。
やはり、後先考えずに仕返しなんてすると碌な目に合わないな。

「いやいや、気にしなくていいのじゃ。しっかりと説教もされておったしの。それにケイの年頃では興味を持っても仕方ないこと......寧ろ健全と言えるのじゃ。」

ここぞとばかりにナレアさんがニマニマしながら言っている。
しかし俺はそんな挑発には乗らない......少なくともこの神域にいる間は乗らないのだ。

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