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3章 龍王国
第72話 大勝利、とは言いにくく
しおりを挟む「ありがとう、シャル。助かったよ。」
大型犬くらいのサイズになったシャルがバケツに入れた水を持ってきてくれたので目を洗い流すことが出来た。
九死に一生を得た気分だ。
『いえ、助けが遅くなって申し訳ありません。もう大丈夫でしょうか?』
シャルが心配そうに顔を覗き込んでくる。
恐らく俺の目は真っ赤になっているんだろうね。
「うん、もう大丈夫だよ。目、赤い?」
『はい、真っ赤になっています。申し訳ありません。』
シャルが苦々しい表情を浮かべる。
スラッジリザードのガスについて忠告が足りなかったと悔いているのだと思う。
「問題ないよ。最近油断が過ぎているみたいだったからね......このくらいの痛い目は見ておいた方がいいんだと思う。」
魔法を使えるようになってからこの世界に対する危機感が少し足りなくなっている自覚はあったけれど、神域を出たばかりの俺だったらそもそもここまで好戦的じゃなかったはずだ。
今の状態が悪いってわけじゃないけれど......慎重さについてはもう少し最初の頃を思い出したほうがいいかもしれないね......。
ここ数日同じことばっかり考えているような......。
流石に間抜け過ぎるので本気で気を付けよう。
「よし、気を引き締めなおしていこう。そろそろレギさん達も村に到着してもいい頃だと思うけど、合流するより索敵を優先したほうがいいと思うんだけどどうかな?」
『そうですね......この襲撃が始まってからどのくらい時間が経過しているかはわかりませんが、急いだほうがいいかと思います。被害は少なくないようですから。』
ちらりとシャルの視線が先ほどのスラッジリザードの食べられていた遺体に向けられる。
「そうだね、今は速さを優先しよう。シャル、感知範囲内にいる魔物は後何匹?」
『後三匹ですが、全てバラバラの場所にいます。近くにいるものから案内します。』
シャルは子犬サイズに身体を変化させながら索敵結果を伝えてくれる。
これも調子に乗っていたということだろう......索敵はシャルにしてもらった方が安全で確実なのだから。
そして俺は不意を突いて仕留めていけばいいんだ。
「うん、ありがとう。それでいこう、よろしくね。」
俺は一度だけ、亡くなられた方に黙祷を捧げるとシャルの後を追って走り出した。
シャルに魔物の位置を探ってもらった為、残っていた魔物は手早く片付けることが出来た。
シャルの探知範囲外に二匹のスラッジリザードがいたらしいのだが、後から駆け付けたレギさん達によって討伐されている。
安全が確保が出来たので今は村長さん宅に集まり話をしている所だ。
「村の者たちを代表してお礼を言わせていただきます。この度は本当にありがとうございまいした。」
「そう畏まらないでください。我々は偶々通りかかっただけですから。」
村長さんの言葉にレギさんが返事をする。
こういう場ではレギさんに任せるのが一番だ。
リィリさんも同じ意見のようで一歩引いた位置で見ているようだ。
「あなた方が通りがかってくれなければ、被害はこの程度では済まなかったと思います。」
「それは確かにそうかもしれません。ですが、少なからず犠牲が出てしまったことを残念に思います。」
そう、犠牲は出てしまった。
俺が見た一人以外にも数人亡くなられた方がいる。
他にも命には別条がないものの怪我をしている人が多数。
その姿を見た時、とっさに治療しようとしたのだが合流したレギさんに止められた。
前に話した回復魔法を巡って戦争が起きるって話を思い出させてくれたのだ。
大勢が見ている中で回復魔法の行使なんかしてしまえば確実に噂になるだろう。
これから龍王国に入国するというのに余計な火種は抱えるべきじゃない......。
まぁ一人だけ治療したけど、あの人は放っておけば確実に亡くなっていたと思うし、意識もなかった。
見られたのも子供一人だけだしセーフということにしておこう......。
いや、レギさんに止められていなかったら、さっき怪我していた人たちに思いっきり回復魔法かけていたと思うけど......。
怪我をしていた人たちには軽い治癒力向上をこそっとかけたけど、これもセーフだよね?
「犠牲については本当に残念です。判断が遅すぎました。」
村長さんが何かを悔いるように呟く。
「判断、ですか?」
「あぁ、すみません。実はこの付近で魔物の群れを見たという話が少し前から上がっていたのです。」
「そうでしたか......では冒険者ギルドに依頼を?」
「いえ、この村は元々どの国にも属しておらず、戦力と呼べるようなものは無かったのですが、今回のように山の方から魔物が来る事も少なくありません。その度に冒険者ギルドに依頼を出していたのですが、冒険者が派遣されてくるまでに被害が出ることも少なくなく......ですので、この機会に龍王国に庇護を求めたのです。」
「なるほど。ということはここはもう龍王国の領内という事ですか?」
「はい。とはいえ、まだ税の徴収も受けてはおりませんが。近々魔物の討伐隊と常駐の兵を派遣してもらえることになっていました。」
「それで判断が遅すぎたと......。」
「えぇ、もっと話を早く纏めていれば......討伐隊が来るまでの間、冒険者を雇っていれば......。」
「村長、それは悔やんでも仕方がない事です。今は余計なことは考えずに村の復興に力を入れるほうがいいでしょう。」
「そう、ですね。本当にレギ殿には頭が上がりませんな。」
そういうと村長さんは初めて笑みを浮かべた。
「それでレギ殿、お礼の件なのですが......。」
「あぁ、それはお気になさらず。こちらが勝手に首を突っ込んだのですから。」
そういうとレギさんはこちらを見る。
もちろん俺に異論はないので軽く頷いておく。
「それではこちらの気がすみません。あなた方は間違いなく、この村に住む皆の命の恩人なのですから。」
「......そういう事でしたら、今日の宿と食事の世話をしてもらえたら嬉しいですね。それ以上は必要ありません。」
「そんなことでよければいくらでもご用意させていただきますが......冒険者の方々はもう少し金銭や契約に煩いものだと思っていました......。」
「契約が大事だからこそ契約外の働きについては報酬を求めないのですよ。押し売りはしない主義ですしね。」
レギさんが笑いかけると村長さんは深く頭を下げた。
それと同時に家の外からざわざわと喧騒が聞こえてきた。
同時に男の人が部屋に飛び込んでくる。
「村長!騎士団が来ました!」
「......なんだと!?今来たのか......。」
村長さんががっくりと項垂れる。
それはそうだよね......後半日でも早く騎士団がここについていたら被害は出なかったのかもしれない。
そう考えると辛いものがあるだろうけど......村の人たちの気持ちを考えると、早く騎士団の所に村長さんは行った方がいいんじゃないかな?
レギさんも難しそうな顔をしている。
「村長、早い所あなたが騎士団の所に行った方がいいのではないでしょうか?」
レギさんがそう言うと村長さんは弾かれたように顔を上げる。
「そ、そうですな!すみません、失礼します。」
村長さんは慌てて先ほど来た男の人と一緒に外に出て行った。
「僕たちはどうしますか?」
「そうだな......魔物の事について話を求められるかもしれないし遠巻きに様子を見ておくか。極力前には出ないぞ。」
「了解です。」
「騎士団かぁ。初めて見るけど、変な話にならないといいね。」
レギさんはため息をつきながら頷くと村長さんを追って家の外に出て行った。
騎士団か......何となく偉そうなイメージがあるけど......何もないといいなぁ。
あ、これ言っちゃいけない奴だ。
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