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3章 召喚魔法使い、同郷を見つける
第119話 のんびり馬車の旅
しおりを挟むゴトゴトと馬車が街道をゆっくりと進んでいく。
一般的に箱馬車と呼ばれるそれは、主に裕福な人間が乗る物で……街壁から一歩でも外に出ればほぼ間違いなく厄介事に巻き込まれると言われているこの世界では、護衛を着けずに走っている事はない馬車だ。
当然この馬車にも、馬に乗り並走する武装した兵が護衛として着いているのだが、その数は非常に少ない。
馬車には麗美な装飾が施され、中に乗る人物がそれなりの地位にある人物だと伺えるのだが、護衛の数が騎兵三騎しかいないというのは異常とも言える。
例え、目的地が半日もかからない距離であったとしても、このグレードの馬車であれば最低でも護衛に十人と言わず着くのが普通だ。
そんな普通ではありえない馬車はハルキアの王都を出発してから五日、幸運にも魔物に襲われることは一度もなかった。
しかしながら、街道で遭遇する危険は魔物だけではない。
寧ろ襲い掛かって来るのは、同じ人であることの方が多いと言えるだろう。
豪華な馬車、そしてなにより少ない護衛で移動する馬車は、野盗の類には絶好のカモに見えた。
現に王都を出て五日、既にこの馬車は一度野盗による襲撃にあっている。
王都から馬車で五日以内の距離で襲撃があったのだ、街の外の治安の悪さは推して知るべきだろう。
「長閑ですねー」
「ははっ、馬車の旅を長閑と言えるのは貴女のお陰ですよ、ナツキ殿。本来であればもっと物々しい護衛が着きますから」
馬車の中から外を見ながらのんびりとした口調で喋る女性……ナツキは視線を馬車にいるもう一人の人物へと向ける。
その人物は柔和な笑みを浮かべた男性。恐らく三十代後半か四十代前半といった年頃で華美とまではいかないまでも、非常に品の良い仕立ての服に身を包んでいる。
彼の名はエンリケ。
魔法王国ハルキア、大陸でも有数の大国である国でも一握りの権力者、登城を許されている上級貴族の一人だ。
「そうなんですか?でも初めてエンリケさんに会った時もこのくらいの人数で移動していませんでしたか?」
「あの時は、一度襲われ逃げている最中でしたからね。私を逃がすために護衛の大半は離れた場所で戦ってくれていたのですよ。二段構えで待ち伏せされているとは思いませんでしたが」
「護衛の方々は大丈夫だったんですか?」
「えぇ、怪我をした者は多かったですが、幸い命に別状はありませんでした」
「それは良かったです」
ナツキの質問に、眉尻を下げながら少しだけ笑顔を見せて答えるエンリケは、ナツキの目から見て悪い人物には見えなかった。
だが、センが調べハルカから聞いた話では、目の前に居る人物は信用できない人物だ。
強引な方法で自らの利益を求め、従わない相手には権力や暴力を使って屈服させるのだという。
正直、ナツキはセンの事はあまり好きではない。ことある毎に自分を馬鹿にするし、何かと偉そうに指示を出してくるからだ。
エンリケとセンのどちらを信じるかと聞かれたら、迷わずエンリケを選ぶだろう。
しかし、妹であるハルカは別だ。
自分よりも賢く慎重なハルカがセンの事を信じている。
セン自身は非常にいけ好かないし、ハルカと仲良くしている事はこれ以上無いくらいに気に入らないが、変な嘘をつく様な人間でないとも思っている。
その二人が、慎重に事を進めるべきだと言い、色々と準備を整えてくれた。
ならば自分はその指示に従い、二人に迷惑を掛けない様に行動するのが最善……ナツキはそう考えている。
「昨日立ち寄った街で用事は全部終わりなんですよね?」
「えぇ。ナツキさんには本当に感謝しています。護衛として仕事に付き合ってもらって」
「いえ、最初お話を聞いた時は、私に護衛なんて務まるのか不安でしたけど……無事に終わりそうで良かったです」
「ははっ!ナツキさんであれば問題ないと思ったので声を掛けさせてもらいましたが、予想以上の大活躍でしたよ」
「あはは……」
ナツキは二日前に野盗に襲われた時の事を思い出す。
馬車を十人程の武器を持った男たちに囲まれ、予定と違うと心の中で悪態をつきながら魔法で蹴散らした。
襲い掛かってきた野盗の半数は如何にもといった感じの体格をして凶悪な顔をしていたが、残りの半数は体つきも貧弱で、武器を持つ様もぎこちなく、表情にも怯えがあったようにナツキには感じられた。
因みに、体格のいいものは根っからの野盗であり、貧弱な者達は彼らに捕まり強制的に従わされているに過ぎない一般人でもあった。
襲い掛かった相手が強い護衛を従えていたりして、手に負えないと判断した際は囮として使い捨てにされるのだ。
しかし、相手の内情がどうあれ襲い掛かって来ることには違いなく、ナツキの魔法で本職もそうでない物も等しくぶっ飛ばされ、近くの街の衛兵に引き渡されている。
そして……ナツキは知る由もないことではあるが、貴族の馬車を襲った彼らの行く末は決して明るい物ではないだろう。
「とは言え、帰りにも五日程かかりますからね。引き続きお願いしますね?」
「あ、はい。頑張ります」
邪気の無さそうな笑顔を見せながら言うエンリケに、ナツキは若干引き攣った笑み浮かべながら返事をする。
(って言っても、もうすぐ襲撃があって……私はそれでいなくなっちゃうんだけどね。帰り道大丈夫かなぁ?)
もうすぐセンの計画した襲撃があり、ナツキはその中で自爆することになっている。自分がいなくなった後、エンリケ達が無事に帰ることが出来るかを心配するあたり、ナツキは相当にお人好しであると言えた。
(エンリケさんの依頼を利用して怪しまれないように死んだ振りをするって……あくどいこと考えるよねぇ)
ナツキがエンリケに呼び出されたのはもう十日以上前になる。
その間、外部の人間と接触することを許されなかったナツキではあったが、呼び出された初日の夜に、センから依頼されたクリスフォードに会って以降、センやハルカと手紙でのやり取りは行っていた。
その中で、エンリケから護衛の依頼をされたと伝え、断った方がいいかを手紙で確認したところ、その仕事は受けるべきだとセンから言われたのだ。
最初はなるべくエンリケに関わらない方が良いと聞かされていたナツキではあったが、センに指示されるまま日程や目的地を確認した後、依頼を受ける旨をエンリケに伝えた。
(結局計画について細かく教えてくれたのは昨日だったし……随分と大がかりな計画なのかと思ったら……なんか意外としょぼかったんだよね)
昨日泊った宿で、ナツキはセンと顔を合わせていた。
といっても、エンリケ達にお手洗いと称して部屋を抜け出した数分だけの事ではあるが。
そこで襲撃の計画と立ち回りについて説明されたナツキではあったが、そのあまりのシンプルな内容に驚いた物だった。
その事をセンに伝えると。
「計画というのは入念な準備が物を言う。そして実行に当たってはなるべくシンプルな方が失敗は起きにくい。それとも滅茶苦茶複雑な動きを求めた方が良かったか?」
その言葉にナツキは力強く首を横に振った。
(確かに、覚えておかないといけないことが殆ど無いのは楽でいいよね)
そう考えたナツキが窓の外に顔を向けた瞬間、護衛の騎兵が叫んだ。
「襲撃だ!」
(普通の襲撃じゃなくって計画してたやつだよね……?)
一瞬そんなことを考えたナツキだったが、センから聞いていた襲撃ポイントにほど近いし間違いないだろうと考えなおす。
「出ます!」
短く叫んだナツキは馬車の扉を開け、外へと飛び出した。
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