召喚魔法の正しいつかいかた

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3章 召喚魔法使い、同郷を見つける

第97話 監視、のようなもの

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「なんか最近忙しそうにしているな?」

 センの向かいに座っているレイフェットが、頭の上の犬耳をぴくぴくさせながらセンに語り掛ける。

「まぁ、少しな」

 先日、同郷であるナツキとハルカの姉妹と会合をして数日。センは王都とシアレンの街を頻繁に行き来しつつ打ち合わせを方々と続けていた。

「またライオネル商会と組んで何かやるのか?」

 レイフェットはセンの召喚魔法の事を知らないが、センがエミリの所に入り浸ってなにやら忙しそうにしている事だけは知っていた。

「まぁ、概ねそんな感じだが……この街にも利益が出るから楽しみにしておいてくれよ。っていうか、なんで俺が忙しそうにしている事を知っているんだ?アルフィンにも話してはいなかったんだが」

 センは忙しい合間を縫って、ちゃんとアルフィンの家庭教師として勉強を教えていた。その際に色々な話をするのだが、最近の忙しさについては特に何も話した覚えはない。

「あー、まぁいい加減いいか。ちょっと待ってくれ、セン」

 そう言って立ち上がったレイフェットがソファから離れ、机に置いてあった鈴を手に取る。

(ライオネル殿の所もそうだったが、誰かを呼ぶ時は鈴を鳴らすよな……確か隣の部屋とかに待機しているんだったか?)

 センがそんなことを考えながらレイフェットの事を見ていると、澄んだ音が響き、その余韻が消える前に部屋の扉がノックされた。

「お呼びでしょうか?」

「あぁ、クリスフォードを呼んでくれ」

「畏まりました」

 使用人に誰かを呼ぶように伝えたレイフェットがソファに戻ってくるのを見ながら、センは先程のレイフェットの台詞を反芻する。

(クリスフォード……ね。もしかして、そういうことか……?)

 レイフェットの呼んだ人物に心当たりのあったセンは、色々とこの街に来てからの事を思い出して納得する。
 センの考えの答え合わせをするように部屋の扉がノックされ、予想していた人物の声が聞こえてくる。

「失礼します、旦那様」

「あぁ、入れクリスフォード」

 扉を開いて入って来た人物はいつも街で会っていた時とは違い、ライオネルの執事であるハウエンの様にパリっとした服装に身を包んだクリスであった。
 部屋に入って来たクリス……クリスフォードはセンの姿を見て微笑を浮かべると綺麗な一礼をしてみせる。

「改めまして……初めまして、セン様。私、レイフェット様に仕えております執事、クリスフォードと申します」

「初めましてクリスフォード殿。私の事はよくご存じの様ですし、自己紹介は必要ありませんよね?」

 センの言葉に頭を上げたクリスフォードがにっこりと笑う。

「驚いたか?驚いただろ!?」

 やってやったみたいな顔をしたレイフェットが声を上げ、その顔を見たセンが嫌そうな顔をした後ため息をつく。

「驚いたかどうかはさておき……お前、クリスフォード殿に俺を調べさせていただろ?」

「そんな事しろなんて指示は……」

「えぇ、その通りです。旦那様の指示によりセン様の事を監視しておりました」

 何故かレイフェットではなくクリスフォードがセンの問いに答える。

「いや!何でばらすんだよ!」

「誤魔化す様な内容ではないと思いまして」

 気色ばむレイフェットを平然とした表情でいなすクリスフォード。

(ライオネル殿とハウエン殿の関係とはかなり違うような感じがするな)

「ついでに言うと、バレていない訳がないと思いますが?」

「形式美ってもんがあるだろうがよ……もう少し引っ張ってだな……」

 不満気にするレイフェットを無視して、センに話しかけるクリスフォード。

「ふぅ……申し訳ありません、セン様。旦那様の命とは言え、長きに渡り騙していたことを謝罪させて下さい」

「いえ……私が素性不確かな怪しい人物だと言う自覚はありますから……治安を預かる領主が警戒するのは当然でしょうし、クリスフォード殿はその命令を受けて仕事をしていただけですから、お気になさらないで下さい。まぁ領主の方には色々と文句はありますが」

 そう言ってセンが肩を竦めるとクリスフォードが一礼をする。

「最初はともかく、すぐに旦那様は目的が変わっていたようですがね……」

 そう言って自らの主人をジト目で見つめるクリスフォード。センと街中で話をしていた時は好々爺といった雰囲気のクリスフォードだったが、今は背筋を伸ばし非常に堅物な印象を受ける。
 しかし、どこか茶目っ気の様な物があるのは……レイフェットとの関係から来るものだろう。

「どんな目的で俺の事を探っていたんだ?」

「そりゃ秘密だ」

「……どうせ、なんか面白いネタか弱みでも見つけようとしたんだろ?」

「その通りでございます」

「だから、なんであっさり白状するんだよ!」

 主人の企みをあっさりとばらすクリスフォードは全く悪びれた様子は無いが、レイフェットは愕然としている。余程企みをばらされたのが痛手だったらしい。

「既にバレている以上、取るべき対応というものがあります」

「だからって主人を売るなよ!?」

 レイフェットの言葉にクリスフォードは少しだけ考えるそぶりを見せた後、笑顔をセンに向ける。

「……実は私の独断でした」

「おせぇ!」

 レイフェットが立ち上がり相当な勢いでクリスフォードに拳を放つが、クリスフォードは涼しい顔をしてそれを避ける。

(……今の攻撃、傍から見ているにも拘らず殆ど動きが見えなかった……いや、ニャルの動きも全然見えなかったし、今更かもしれないが……俺は良く今日まで生きて来られたな……)

 本人達にとっては冗談のようなやり取りなのだろうが、その動きにセンが戦慄していると、大きくため息をついたレイフェットがソファに乱暴に座る。

「セン。改めて紹介するが、コイツはクリスフォード。一応俺の執事だが、性格はかなり悪い。後、以前話した俺が探索者をやっていた時の仲間の一人だ」

「旦那様に性格云々を言われるのは非常に心外ですね」

「……こいつ自身実力はかなりあるが、主に斥候をやっていたこともあって、今も諜報関係の仕事もやって貰っている。覗きが趣味だから適任だろ?」

 そう言って話しかけたレイフェットに向けて、今度はクリスフォードが手刀を放つ。しかしそれを読んでいたのか、レイフェットはクリスフォードの攻撃をあっさりと受け止める。

「まぁ、そういうわけで、クリスフォードの報告である程度、センの動向を知っていたって訳だ」

「そのこと自体に文句はないさ。余すことなく全てを監視していたって訳じゃないだろ?」

「えぇ、少しばかり街で出会いやすかったりする程度のものですね」

「なるほど……確かに少しクリスフォード殿に会う回数は多かったかな?」

 監視されていると言うほどではない。本当に会う機会や姿を見かける事が多かった程度のもので、クリスフォードもレイフェットも本気でなかったことが伺える。

「まぁ、もういいじゃねぇか!それよりセン、今日はこの後用事ないよな?」

「……お前は一回謝るべきじゃないか?」

 センが半眼で告げると、レイフェットは目を逸らしたままアレを用意してくれと言ってクリスフォードを部屋から追い出す。

「よし、吞もうぜ!な!?な!?」

「……なんでそんなに必死なんだよ?まぁ、用事は無いから構わないが……子供達がいるからあまり遅くまでは無理だぞ?夕飯を作らないといけないしな」

「所帯じみてるな……」

「文句があるなら帰るぞ?」

「まぁ、待てよ。いい酒が手に入ったんだ。呑まないと後悔するぜ?」

「……仕方ないな。少しくらいは付き合ってやるか」

 何やら必死に誘ってくるレイフェットを見て、センは仕方ないと言った様子で受け入れる。
 そして、折よく台車を押したクリスフォードが部屋に戻ってきた。

「お待たせいたしました。セン様、こちらをどうぞ」

「ありがとうございます。クリスフォード殿」

 センはクリスフォードからショットグラスサイズの小さな器を受け取る。対するレイフェットはジョッキサイズの器を受け取り、その中に酒をなみなみと注ぐ。
 台車の上に置かれている十個程のジョッキにセンは視線を向けた後、自分の器に注がれている酒に口をつける。

「相変わらずというか……これもキツい酒だな」

「なんだ……この前より軽い筈だけどな?まぁ、じっくり味わって呑めよ!」

 やけに機嫌のいいレイフェットがセンに笑顔で酒を進める。その様子を見てセンは軽くため息をついた後、ゆっくりと酒に口をつけた。

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