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3章 召喚魔法使い、同郷を見つける
第83話 最近の家の風景
しおりを挟むセン達の住む家の庭に、木剣を打ち合う音が響く。
打ち合っているのはニコルとニャルサーナル。以前はその辺に落ちていた木の棒を使っていたのだが、先日ニャルサーナルの勧めで練習用の木剣を街で買って来たのだ。
そんな二人が訓練している姿を、センとラーニャとトリスは並んで見ている。
「ニコル凄い……」
「あぁ……ほんの数日前とは動きが全然違うな」
ラーニャがやや茫然とした表情で呟いた言葉にセンも同意する。
先日、ニコルの練習を見た時は基本的にニコルが攻撃を仕掛け、ニャルサーナルがそれを受ける。そしてニコルの攻めの良くない部分を指摘しながら、軽く当てるだけと言った攻撃をニャルサーナルはしていた。
それが今では打ち合いと言った感じで、二人とも攻撃も防御もしっかりとやっているようにセンには見える。
勿論ニャルサーナルにはまだまだ余裕と言った様子であり、対するニコルは全力と言った様子ではあるが。
「……ニコルは……強い?」
「どうなんだろうな?俺はそういう所はからきしだから、ニコルの成長が早いのかどうなのかも分からない……ただ、俺からすれば物凄い成長だと思うが」
トリスの問いにセンは畑が違い過ぎて答えることが出来ない。しかし、少なくともセンがニコルとあんな風に打ち合えば、数合も持たずに木剣を弾き飛ばされてしまうだろう。
「ニャルさんも凄いですね」
「そうだな……エミリさんの所で模擬戦を見た時はかなり驚いたよ」
小柄なニャルサーナルが、自分の一回りも二回りも体格の良い相手を簡単にあしらう様は非常に現実離れして見えた。
「ふっ!」
ニコルが力の入った息吹と共に鋭くニャルの脇腹辺りを狙って突きを放つ。しかしそんな気合の入った一撃もニャルサーナルは軽い様子で打ち払い、開いている方の手でニコルの頭にチョップを入れた。
「そんな中途半端な位置を突いたらダメにゃ。というか、刺突はあまりお勧めしないにゃ。武器を失う可能性が高いにゃ」
「はい!」
「まぁ、色々考えて試すのは良い事にゃ!そういったしこうさくごがお前を強くするにゃ。ん?しごくさくご?」
「……はい」
(ニコル……師匠相手でも突っ込んであげた方が本人の為だぞ?)
首を傾げながらニコルに教示するニャルサーナルは、先程まであった頼もしい雰囲気は一欠けらも残っていない。
(それはそうと……ここ数日、ニコル達に体力テストをしてもらったり、訓練を見ていて分かったことがある。レベルと強さは直結していない。身体能力もレベル11だからと俺の十一倍と言う訳でもない)
自分も含めた体力テストの結果を思い出しつつ、暫く思索に耽る。
(まぁ、このこと自体はあの女も言っていたことではあるが……レベルはあくまで保有している魔力量が俺と比べてどのくらいあるかという事の目安……とは言え魔力によって身体能力に補正が掛かるからレベルが高ければ、俺より遥かに強いのだが……しかし、飛んだり走ったりするのも異次元レベルと言った感じではない。少なくともニコルは垂直飛びで家の屋根まで飛べたりはしない……ニャルも無理だった。まぁ、ニャルの奴はなんか壁を蹴ったりして屋根まで駆け上がってはいたが)
ニコルに協力してもらって身体能力を調べていた際、それを見ていたニャルサーナルがこれ見よがしに自分の身体能力を見せつけてきたのだ。
センとしてはサンプルが増えるのでありがたいと思わないでもなかったのだが、ニャルサーナルとしては、弟子であるニコルに己の凄さを見せつけたかっただけだろう。しかし、ドヤ顔が非常にうざかった。
(だが……体を動かすのが上手くなったのか、身体能力が向上したのか分からないが……ニャルと打ち合うニコルは、最初に身体能力を調べた時よりもかなり強くなっている気がする。レベルは……変わっていないようだが、今度もう一度体力テストをしてみるか)
思考を続けるセンの前で、再び武器を構えた二人が打ち合いを始める。
ニコルの使っている木剣は体に合わせてあまり長い物ではないが、ニャルサーナルの持っている木剣も同じくらいの長さだ。
(そういえば、ニャルの武器もあまり長いものじゃなかったな。刃渡り、三十か四十センチってところだったかな?)
ニャルサーナルの武器は今も腰の後ろに二本あるが、どちらも同じくらいの長さであまり長くはない。
長くは無いが殺傷能力は十分であるし、センとしてはそれをずっと持たれているのは落中々落ち着かないものがあった。勿論、意味もなく武器を振り回したりするタイプではないのは分かっているし、護衛として雇っているのだから武器を持つなとは言えない。
(ニコルもその内、武器を欲しがるのだろうか……?うぅむ、色々心配になるな……いや、この世界では武器を携帯している者は珍しくないのだが……誰かに後ろを歩かれるとかなり怖いんだよな……)
そうそう意味もなく斬りかかられたりはしないと分かっているセンではあるが、それでもどこで恨みを買うか分からないし、通り魔的なものに出会えば一発アウトと思うと全く安心出来ない。
(ニコルなら武器を持っても大丈夫だとは思うが……まだ子供だからな。気が大きくなってしまう可能性は否定できない。子供の事を信用するのと、しっかりとそういった話をするとい
うのは別問題だ。しっかりと意思の疎通は計らないとな……その内、うざいとか言われたりするのだろうか……?ニコル達にそんなことを言われたら相当ショックだぞ……)
新米保護者に苦悩は絶えない。
だが、やらなければならないことが多いセンは一度伸びをした後、横にいるラーニャに話しかけた。
「さて……そろそろ俺は出かけるとするか。ラーニャ、皆の事よろしくな?」
「はい!センさん、いってらっしゃい!」
「……兄様……気を付けてね」
「あぁ、ありがとう、トリス。明日もエミリさんの店は休みだからゆっくりしておくと良い。明日の昼頃には帰ると思うが……明日の夜、何か食べたいものはあるか?」
「……おにく」
(毎晩ご飯を考える立場としては、食べたいものを言ってくれるのは非常に助かるが……いつ聞いても肉と答えられると……何も答えてくれていないのと同じだな)
センは苦笑しながらトリスに尋ねる。
「……肉率が高すぎじゃないだろうか?」
「……ニャルも喜ぶ」
「いや、それはそうだろうが……ちょっと野菜が不足しているんじゃないかと思うんだが」
「……お腹はいっぱいになる」
「野菜が少ないと病気になるんだ。それにバランスの良い食事は健康的に成長するぞ?」
「……おっぱいも大きくなる?」
「……多分な?」
(トリスはそういう所を気にするのか……だが豊胸に効く食材ってのはあまり分らんが……確か大豆とかだったか?大豆料理ってあまりレパートリーにないな……後は野菜と肉類……結局肉か。まぁバランスを心掛けていればいいか。大豆と言えば豆腐はみたことがないな……探してもらう食材の中に入れておくか)
「まぁ、王都で面白そうな食材が無いか探してくるか」
センはそう言ってトリスの頭を軽く撫でた後、丁度決着のついたニコル達の方を見る。
「ニコル、ニャル。俺はそろそろ出かける。戻るのは明日だから色々頼んだぞ」
「はい、兄さん。気を付けて」
「任せるにゃ。ニャルがいれば心配ごむよーにゃ」
そこはかとなく心配を覚えさせるニャルサーナルの返事ではあったが、問題ないだろうと思いセンはもう一度頼むと言った後、敷地の外に向けて歩き出す。
今日はこれから王都のライオネル邸に行って、各地に配置されている箱を呼び出す日だ。今回からは一拠点で用意する箱も最大三個まで増えているので、いつもより時間はかかるだろう。
(まぁ、それでも一分もかからないが……)
センはそう考えるが、必要な時間が大して変わらないのはセンの作業だけで、箱の中身を入れ替える作業は相当時間がかかるだろう。
日程的には今まで通り、初日にセンが箱を呼び出す、翌日に中身の入れ替え作業、三日目に中身の入れ替えた箱を送り返す手筈になっている。
作業自体は問題ないが、今日は少しライオネルと今後の事について話をする予定なのでそのまま今夜はライオネル邸に泊ることになっている。
(一か所の輸送量を増やすのはライオネル商会にとってはプラスだが、俺的にはそこまで旨みが無いからな。これまで数回やって来たことだし、そろそろ規模を拡充していってもいいだろう。他国に手を伸ばした時の税金やらの調整は必要だろうが……その辺は俺が気にするところじゃないしな。元々他国まで手を伸ばすって話はライオネル殿から聞いている話だし、問題ないのだろう)
情報網としての物流システムの本格稼働を早めたいセンは、そろそろ次の段階に進めようとライオネルに提案するつもりであった。
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