召喚魔法の正しいつかいかた

一片

文字の大きさ
上 下
60 / 160
2章 召喚魔法使い、ダンジョンの街へ行く

第60話 かかりつけ医

しおりを挟む


「こんにちは、ハーケル殿」

「セン殿、お待ちしておりましたよ」

 センはストリクの街に移動して、早速ハーケルの店にやって来た。
 シアレンの街の薬屋と違い、ハーケルの店は時間が止まっているかのような静けさが漂っている。

(だが、しっかりと稼げているようだし……雰囲気はハーケル殿の店の方がいいな)

 引っ切り無しに探索者が訪れるシアレンの街の薬屋は慌ただしく、落ち着いて店内で商品を見ることが出来ない為、買う物が決まっている状態で店に行かないと使いにくそうであった。
 とは言え、薬屋でじっくり商品を選ぶことはあまりないかもしれないが、センはハーケルとゆっくりと話が出来るこちらの店の静けさが好きだった。

「今日の分の納品ですが、今大丈夫ですか?」

「えぇ、勿論ですよ。見ての通り誰もいませんしね」

 いつもと変わらぬ柔和な笑みを浮かべながら冗談めかした口調でハーケルが言い、カウンターの裏にある部屋へとセンを案内する。
 センも慣れたもので、部屋に入るとすぐに脇に置かれていたテーブルを部屋の中央へと持って来る。

「では、召喚しますね。今回は少し多いので確認が大変かもしれませんが……」

「私が依頼した物ですから。私は気になりませんが、セン殿をお待たせして申し訳ありません」

「いえ、私も問題ありません。ですが、もしお邪魔でなければ、確認作業中に少し相談させて頂きたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

 センがそう言うと勿論構いませんよとハーケルが頷き、それを確認したセンは召喚魔法を起動し自分の家に用意しておいた納品用素材を召喚していく。
 召喚は一瞬で終わり、テーブルの上には一抱え程の革袋が六個並べられている。

(召喚の速度もかなり早くなったが……まだまだ早くする必要がある。物資を運ぶ程度であれば今のままでも問題はないが……今後はもっと別の使い方が必要になるからな)

 センは召喚した革袋の中身を取り出しながら、召喚魔法の更なる改良を考える。

(構想はもう出来ている。後は……仕様書を纏めるか。出来れば開発は手伝いが欲しい所だが……そう言えばハーケル殿の弟子の話はどうなったのだろうか?)

 考え事をしながら素材を召喚終えたセンは、ハーケルの邪魔にならないようにテーブルから一歩離れる。

「最近忙しさはどうですか?」

「そうですな……セン殿に素材を納品してもらう回数は減りましたが、納品量自体は減っておりませんし、調合の方は相変わらず順調ですね。販売の方も作れば作っただけ売れると言った状態ですね」

「以前話していた弟子を取ると言う件はどうしたのですか?」

「あぁ、そちらはまだ……ライオネル殿から聞いているかもしれませんが、長い事仕事に誘われていまして……ですが、私はこの店を離れることが出来ないので、ライオネル殿の紹介される方を弟子に取る方向で話を進めているのですよ」

「そうだったのですか。これはタダの興味ですが……何故ライオネル殿の誘いを受けないのでしょうか?ライオネル殿の入れ込み具合からして、かなりいい条件を提示されていると思うのですが……」

 センが尋ねると、ハーケルは検品の手を止めてゆっくりと室内を見渡しながら口を開いた。

「この店は私の父が残してくれたものでして……せめて私が死ぬまでは残しておきたいのです。私には子供がいないので、次の世代まで残すことは出来ないと思いますが……ふふ、こういった時は親不孝をしている気になってしまいますね」

「私にも子供がいないので、まだ親の気持ちは分かりませんが……自分の息子が一生懸命自分の残した店を守ってくれているのは、きっと嬉しいと思いますよ」

「……そうですね。いつになるか分かりませんが、胸を張って報告したいと思います」

 ハーケルは作業を再開しながら満足気に語る。
 センには元の世界に肉親と呼べる者は残っていない。祖父母も両親も既に鬼籍に入っており墓の管理はセンがしていた。その墓の管理が出来なくなってしまった事だけはセンにとって心残りと言えた。
 どことなくしんみりした空気になってしまっていたが、その空気を破ったのはハーケルだった。

「そう言えば、セン殿。相談したい事があるとおっしゃっていませんでしたか?」

「あぁ、はい。実は、今私達はダンジョンの街シアレンに居を構えていまして」

「ほう。もう向かわれていたのですね。まぁ、そんな遠くにいる方が十日に一度顔を出してくれると言うのはとても不思議な感じがしますが……」

「意外と近いですよ?ハーケル殿も今度シアレンまで行ってみますか?」

 センが冗談めかして言うと、ハーケルは検品作業を再開しながら笑い声を上げる。

「ははっ。いいですね、珍しいポーションの素材もありそうですし、今度連れて行ってもらってもいいですか?」

「えぇ、お安い御用です」

 センが笑みを浮かべたまま頷くと、お礼を言ったハーケルが先を促す。

「話の腰を折ってすみません。続きをお聞かせください」

「ありがとうございます。今の所向こうでの生活に問題は無いのですが、今後の事を考えると腕の経つ薬師の方に往診をして貰いたいのです」

「ふむ、往診ですか」

「はい。勿論通常時はこちらに来て診てもらうつもりですが……問題は緊急時です。患者を動かせない、または一刻を争うと言った時にハーケル殿のお力を貸して頂きたいのです」

「なるほど……確かに、セン殿のお力であれば、緊急時は私が現地に行く方が早い事の方が多いでしょう。しかし、流石に緊急時に突然呼ばれてしまうと……私にも生活がありますからね……」

「はい。おっしゃる通りだと思います。なので、こちらを用意させていただきました」

 そう言ってセンは肩から下げていたカバンを開け、手のひらサイズの箱を取り出す。

「これはライオネル商会に依頼して作ってもらった呼出し鈴です。緊急時、私がこの鈴を自分の手元に呼び出し、鳴らしてからハーケル殿の所へと送り戻します」

 センは箱の中に入っていたゼンマイ仕掛けの鈴を鳴らす。
 鈴の音は、煩いと言った程ではないが、箱を閉めていても気づくレベルの物だった。

「鳴りだした鈴は、箱の中のボタンで止めることが出来ます。その際にこちらの緑色のボタンを押して頂いたら『緊急対応可能』こちらの赤いボタンを押して頂いたら『緊急対応不可能』どちらも押さずに五分放置されたら『不在』。そのようにこちらで判断出来る道具です」

「なるほど……少し触らせて貰ってもいいですか?」

 検品の手を止め、興味深そうにセンが持ってきた箱を見つめるハーケル。センが箱を手渡すとゼンマイを回して音を鳴らしたり、ボタンを押下して音を止めたりと少し楽しそうにしている。

「不躾なことを言っているのはよく理解しているつもりですが、ハーケル殿以上に信頼の置ける薬師がいないので……どうか、緊急時の往診を受け付けてもらえないでしょうか?

 センが深々とハーケルに頭を下げる。その様子を見たハーケルは手にしていた箱をテーブルの上に置き、センの頭を上げさせた後、普段通りの柔和な笑みを浮かべて頷く。

「えぇ。私で助けられることがあるのであればお力になります。勿論、私程度では救う事の出来ない命は沢山ありますが……全力は尽くします。お気軽に声をかけて下さい。セン殿の所以外にも往診はしていますし、それと同じですよ。行き方が特別なだけでね」

 そう言って笑みを深めるハーケルにセンは再び頭を下げる。

「ありがとうございます、ハーケル殿」

「お役に立てるようなら何よりです」

 そう言ってハーケルは素材のチェックを再開した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

運命の魔法使い / トゥ・ルース戦記

天柳 辰水
ファンタジー
 異世界《パラレルトゥ・ルース》に迷い混んだ中年おじさんと女子大生。現実世界とかけ離れた異世界から、現実世界へと戻るための手段を探すために、仲間と共に旅を始める。  しかし、その為にはこの世界で新たに名前を登録し、何かしらの仕事に就かなければいけないというルールが。おじさんは魔法使い見習いに、女子大生は僧侶に決まったが、魔法使いの師匠は幽霊となった大魔導士、僧侶の彼女は無所属と波乱が待ち受ける。  果たして、二人は現実世界へ無事に戻れるのか?  そんな彼らを戦いに引き込む闇の魔法使いが現れる・・・。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

冷酷魔法騎士と見習い学士

枝浬菰
ファンタジー
一人の少年がドラゴンを従え国では最少年でトップクラスになった。 ドラゴンは決して人には馴れないと伝えられていて、住処は「絶海」と呼ばれる無の世界にあった。 だが、周りからの視線は冷たく貴族は彼のことを認めなかった。 それからも国を救うが称賛の声は上がらずいまや冷酷魔法騎士と呼ばれるようになってしまった。 そんなある日、女神のお遊びで冷酷魔法騎士は少女の姿になってしまった。 そんな姿を皆はどう感じるのか…。 そして暗黒世界との闘いの終末は訪れるのか…。 ※こちらの内容はpixiv、フォレストページにて展開している小説になります。 画像の二次加工、保存はご遠慮ください。

仔猫殿下と、はつ江ばあさん

鯨井イルカ
ファンタジー
魔界に召喚されてしまった彼女とシマシマな彼の日常ストーリー 2022年6月9日に完結いたしました。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

魔帝戦記

愛山雄町
ファンタジー
 魔帝。それは八人の魔を司る王、すなわち魔王を統べる至高の存在。  強靭な肉体、卓越した武術、他を圧倒する魔力、絶対的な防御力……神の祝福を受けた勇者以外に傷つけることはできず、人族からは最強の魔族として恐れられている。  派遣社員、真柄(まつか)嵐人(らんと)はその魔帝として、グレン大陸の中央に位置するグラント帝国の帝都に召喚された。  しかし、ラントに与えられた能力は歴代の魔帝が持っていた能力のごく一部、それも個人の戦闘力に全く関与しない“情報閲覧”と“自動翻訳”のみ。  あまりの弱さに部下の中にはあからさまに侮蔑する者もいる。  その頃、勇者を有する人族側も神の啓示を受け、“人類の敵”、魔帝を討つための軍を興していた。  チート能力もなく、日本人のごく平均的な肉体しか持たない彼は、自身の知識と魔帝の権威を最大限に利用し、生き残るために足掻くことを決意する。  しかし、帝国は個々の戦士の能力は高いものの、組織としての体を成していなかった。  危機的な状況に絶望しそうになるが、彼は前線で指揮を執ると宣言。そして、勇者率いる大軍勢に果敢にも挑んでいく……。 ■■■  異世界転移物です。  配下の能力を上げることもできませんし、途中で能力が覚醒して最強に至ることもありません。最後まで自分の持っていた知識と能力だけで戦っていきます。  ヒロインはいますが、戦争と内政が主となる予定です。  お酒の話はちょっとだけ出てくる予定ですが、ドリーム・ライフほど酒に依存はしない予定です。(あくまで予定です) ■■■  小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも公開しています。 ■■■  2022.2.14 タイトル変更しました。 「魔帝戦記~常勝無敗の最弱皇帝(仮)~」→「魔帝戦記」

処理中です...