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2章 召喚魔法使い、ダンジョンの街へ行く
第54話 領主
しおりを挟む「レイフェット様、こちらがセン殿です。先日お話しさせていただいた通り、セン殿自身はライオネル商会の者ではありませんが、セン殿のお陰で今回の件を進められたと言っても過言ではありません」
サリエナの紹介と共にいつもの営業スマイルを浮かべるセン。
「セン様、こちらがシアレンの街の領主、レイフェット様です。肩書に比べてとても気さくな方ですよ」
サリエナの言葉に苦笑を浮かべながらレイフェットがセンに向かって手を伸ばす。
「よろしく、セン殿。そして、ようこそ、シアレンの街へ」
「よろしくお願いします、レイフェット様」
がっしりとした手で力強く握手をしたレイフェットがソファに座るのを見届けてから、センは対面に腰掛け、レイフェットの姿を不躾にならない程度に観察する。
ハーケルや、先日街であったクリスよりも若干若そうではあるが、既に老境に入っていると言っていい年齢のようだが、その存在感はこの世界でセンが出会った誰よりも圧倒的だった。
それは、立場や立ち居振る舞い……そしてライオネルのそれとは異なる体つきの良さから来るものでもある。
鍛え上げられた肉体に動作……素人であるセンの目から見ても、ライオネルの体格の良さとは一線を画す肉体。
しかし、それ以上にセンの目を引いた物は……頭の上に生えた二つの三角な耳。
決して作り物ではないその耳は、周囲の音に反応してぴくぴくと動き音を拾っているのが分かる。
レイフェットは獣人の中でも半獣人と呼ばれる犬人族であった。
半獣人とは、センが街で出会った蜥蜴人族のルデルゼンの様に二足歩行する獣と言った姿ではなく、人の姿に獣の特徴が現れる種族である。どの程度獣の特徴が出るかは個人差があるが、レイフェットは耳や尻尾、それから二の腕から指先にかけて獣寄りの特徴が出ていた。
(掌に肉球があったな……)
センが先程握手した時の感触を思い出していると、レイフェットが口を開いた。
「セン殿はライオネル商会と業務提携をされているとか?」
「業務提携というよりも業務委託……ですかね?ライオネル商会内の業務を一部代わりに請け負っているだけです。コストカットが主な役割ですね」
軽い様子でセンが答えると隣に座っているサリエナが苦笑する。
そんなサリエナの苦笑に気付いたレイフェットが口を開く。
「どうもサリエナ殿はそれだけではないと思われているようですが?」
「過分な評価を頂いているとは存じております」
表情を一切変えることなくセンが答えるとレイフェットが苦笑する。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。詳しい話を聞き出そうとは思っておりませんからな。ただ、ライオネル商会にそれだけ絶賛されるセン殿に興味があるだけです。警戒させてしまって申し訳ない」
そう言って軽く頭を下げるレイフェット。
「いえ、私の方こそ失礼いたしました」
レイフェットに続きセンも頭を下げるとサリエナがクスリと笑う。
「どうかしましたかな?」
「いえ……お二人が、腫れものでも触るかのように警戒しつつ対応なさっているのが面白くて」
サリエナが声を上げて笑い、部屋の中にあった張りつめた空気が弛緩する。
(気を使わたせしまったようだな)
センは知らず知らずの内に緊張していたことに気付く。
この世界で初めて相対する権力者に対し、センは普段以上に警戒していたようだ。
とはいえ、それも無理のない事だろう。
権力とはつまり暴力の事だ。権力無き暴力はあれども、暴力無き権力はあり得ない。
暴力無き権力に従う人間はおらず、弱き権力は強き暴力によって倒される。
それを防ぐために権力者は暴力を有する。兵力しかり財力しかり……それら他者よりも強力な暴力を使い、合法的に他者を従わせることが出来るのが権力者だ。
日本であってもそれは変わらないが……この世界においては、権力者の気分一つで命を落とす可能性を否定できない。
しかし、その上でセンは肩の力を一つ抜く。
「申し訳ありません、レイフェット様。少し緊張し過ぎていたようです」
「うふふ、セン様でも緊張することがあるのですね」
「私は小心者ですから」
センが肩をすくめて答えるとサリエナがにっこりと笑顔を浮かべる。その顔は一ミリも信じていませんよとでも言いたげだ。
「随分と気安い関係のようだが、付き合いは長いのですかな?」
「いえ、サリエナ殿とは……半月ほどですかね?」
「えぇ、そうですわね」
二人の返答を聞きレイフェットが少し驚く。
「サリエナ殿の様な女傑がそのように心を許されるとは……ライオネル殿も心配でしょうな」
レイフェットが冗談めかして言うとサリエナが微笑を浮かべる。その表情を見たセンの背に冷たい物が流れる。
「うふふ、面白い冗談ですわ」
「くはは、うむ。私の知っているサリエナ殿はこんな感じなのだよ?」
そう言ってレイフェットがセンに話を振る。
「はは、私も覚えがありますよ。男である以上逆らえないタイプの女傑ですね」
「くはは!その通りだ!ライオネル殿の苦労が目に浮かぶようだよ」
ご機嫌な様子で笑うレイフェットだが、その頭の上にある耳は警戒しているようにサリエナ方に向いている。
「うふふふふふ……とても面白いお話ですわ」
とても綺麗な笑顔で笑っているが、迫力が物凄い。レイフェットに乗っかり少し悪ノリをしたセンだったが、既に後悔し始めている。
「……因みに、セン様と最初に話を始めたのはライオネルですわ。まぁ、そのライオネルも一月少々の付き合いみたいですけど」
すんとした様子のサリエナがそう言うと、レイフェットの耳の向きが変わった。もう特定人物を警戒する必要は無くなったようだ。
「ほう……ということは、セン殿の事はお二人が保証されるということですな。随分と気に入られているようですな」
「我が商会にとってはかけがえのない方ですわ。先日紹介させていただいた娘もとても懐いているみたいですし」
「エミリ嬢でしたな……随分と面白い子でしたが……ふむ。セン殿は随分と守備範囲が広いみたいですな」
「レイフェット様……物凄い勘違いをしていらっしゃるようですが……」
センが嘆息しながら言うとレイフェットが豪快に笑いだす。しかし、センはそれよりも隣でにっこりと笑いながら自分を見るサリエナの視線が気になった。
「……あら、セン様はエミリがお嫌いですか?」
「嫌いと言うか……その質問はズルくありませんか?」
「セン様がエミリと結婚してくださったらとても嬉しいのですが……」
本日一番の笑顔を見せながらサリエナが言う。
(サリエナ殿を見る限り、エミリさんが将来美人になるのは疑いようもないが……娘でもおかしくない年齢の子をそう言う目で見るのは無理だ)
「エミリさんと私では流石に年齢が違い過ぎますよ」
「あら?セン様は確か十八歳だったかと、エミリはもうすぐ十歳ですし大した年齢差ではありませんわ。ねぇ?レイフェット様?」
「うむ。私の妻の一人は私よりも十五程年若であったな。今現在はともかく、五年もすれば大して気にするような年齢差でもあるまい?」
レイフェットがにやにやしながらサリエナ側に加勢する。
センはその様子を見ながら少し真剣に考える。勿論エミリとのことを考えているわけでは無い。
レイフェットは当然こちらのことを揶揄っているだけだが……どうもサリエナは本気で言っている節がある。
(少なくとも領主を訪問しておいてするような話ではないと思うのだが……いや、領主邸じゃなくても出先でするような話じゃない……)
心の中でため息をつきつつ、いつもの笑顔でにっこりとサリエナに伝える。
「エミリさんは今でもとても素敵ですが、まだお若いですし、これから良い出会いが沢山あるでしょう。わざわざ私の様な怪しい人物を勧めることもないと思いますよ」
センの言葉にほんの少しだけ頬を膨らませたサリエナの表情はエミリにそっくりであった。
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