召喚魔法の正しいつかいかた

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2章 召喚魔法使い、ダンジョンの街へ行く

第45話 はじめてのしょうだん

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「私ですか?」

「はい。是非お力をお借りしたいのです」

 突然エミリに話を向けられたセンだったが、動じることなくいつもの笑顔でエミリに問いかける。

「なるほど。二つ目のお願いは、ライオネル殿にではなく私にでしたか。別の契約ということは、物流システムの契約ではないということですね?」

「はい、おっしゃる通りです。物流システムについては、拡充が必要な場合はライオネル商会を通して契約を更新すれば良いので。私がセン様に個人的にお願いしたいのは、色々なアドバイスをしていただきたいという事ですわ」

「それは……新しい商売や商品開発といったものですか?」

「それだけではなく、他にも様々なことをですわ」

「やや漠然としていますね……」

「そうですわね……ですが、商売上のことであればお父様やお母様からアドバイスはいただけますわ。セン様にお願いしたいのはそれ以外の……何と申せばいいのでしょう……色々な知識と言いますか、発想力と言いますか……考え方?」

 エミリ自身もはっきりした形で言い表せないようで、顎に指を当てつつ首をひねっている。
 そんな娘の様子を愛おし気に見るライオネルとサリエナの二人だが、手助けをするつもりはないようだ。交渉事は自分の力で何とかするべきだと考えているのだろう。

「例えば……セン様の考えられた玩具やゲーム。シンプルでありながら非常に楽しかったです。あれならどんな人でも、どんな相手とでも五分の条件で遊べると思います」

「あれは私が考えた遊びではありませんよ。私の故郷で広く知られている遊びです」

 エミリが言っているのは、センが子供たちに教えた神経衰弱やババ抜きといった数人で遊ぶものと、一人で遊ぶナンバークロスやタングラムパズル。
 日本であれば広く知られている遊びであり、遊んだ事は無くてもなんとなく目にしたことはあるものだろう。

「そうなのですか?では、あの遊びを販売する場合の権利関係は……」

(著作権やら特許権みたいなものがあるのだろうか?)

「権利関係は問題ない筈ですが……販売したいのですか?」

「はい、是非とも!」

 勢い込んで頷くエミリを見ながらセンは少しだけ考えるそぶりを見せた。
 そのセンの様子をみたライオネルがこの会話が始まって初めて口を挟む。恐らく、センに何か秘するべきことがあると取ったのだろう。

「エミリ、あまり無理を言ってはいけないよ?」

「あぁ、ライオネル殿大丈夫ですよ。そうですね、玩具を販売することは問題ないですよ」

 気を使ってくれたライオネルにお礼を言った後、再びエミリに向き直るセン。

「まぁ!ありがとうございます!セン様!どうしましょう……セン様の故郷で広く知られているのであれば、権利の買い取りは難しいですね……販売利益の何割かをお支払いするという契約の方が良さそうですわ」

「私としては特に利益は必要ありませんが……」

「それはダメですわ。多少なりとも支払いをしなければ、こちらの気が収まりませんもの。純利益の一割でどうでしょうか?」

「分かりました、もう少し少なくても大丈夫ですが」

「え……?」

 センが二つ返事で答えると鳩が豆鉄砲を食らったような表情になったエミリが固まった。
 エミリと同じくサリエナも目を丸くしていたのだが、そんな二人の様子を見たライオネルが愉快気に笑う。

「はっはっは!エミリ!セン殿は利益の分配は必要ないと言っていたが、それは遠慮などではなく本心からだぞ?低めに提示すればあっさりと頷いてしまうさ」

 愉快気に笑うライオネルの言葉にセンは苦笑する。
 恐らくライオネルは先日の値上げ交渉の時の事を思い出しているのだろう。

「すみません、エミリさん」

「いいえ、私が悪いのですわ」

 センの謝罪に不満げに頬を膨らませたエミリが応える。
 子供のような態度をとっているエミリではあったが、内心では冷や汗をかいていた。
 エミリは値段交渉があることを前提としていたので、金額をかなり低く提示していた。落としどころとしては三割を目安にして、二割前後なら大勝利、三割以下なら御の字、三割を少し越す程度であればやや負けぐらいに考えていた。
 それが交渉にすらならず、提示した金額をあっさりと呑まれてしまったのだ。普通の商売であれば儲けが多くて大喜び、若しくは相手の裏を考えるのに大忙しいといった所だが……相手がセンとなると少し勝手が違う。
 これは以前、ライオネルから少しだけ聞かされていたことだったが、エミリは自分が直接センと交渉して初めて理解した。
 センはそもそも金銭的な利益を求めていない。商人として立ち回ろうとしたエミリにとっては、理解の範疇にない部分を求めているのだ。そしてそれこそが怖いとエミリは聞かされていた。
 センと交渉する機会があるのなら、その事を注意するようにとライオネルに言われていたことを、今更ながらエミリは思い出していた。
 商売人が交渉する相手は、必ず金銭的な利益を求めてやってくる。それが即時的な物なのか後から利益を回収するものなのかと言った違いはある物の、結局は金だ。
 しかしセンは違う。
 意図が読めないから怖い、何を求められるか想像もつかないから怖い。
 未知は恐怖だ。
 エミリは普段通りの笑みを浮かべているセンの事が非常に怖かった。
 そんなエミリの内心に気付いたらしいセンが、少し苦笑しながら口を開く。

「エミリさん。そんなに警戒しないで下さい。支払ってもらう金額を少なめにしたのは、少しお手間を取らせるからです」

「手間とおっしゃりますと……どのようなことでしょうか?」

 内心をあっさりと見破られ、少し悔しかったエミリだが、そのお手間とやらを聞かずにはいられない。未知の恐怖に対抗する手段はそれを既知にしてしまう事だ。知ってしまえば怖くない……知ってしまうことで絶望してしまう事はあるかも知れないが、知らないよりはマシだろう。
 知らなければ対策の取りようが無いのだから。

「少し面倒なお願いなのですが……まず一つ、玩具の考案者、つまり私の事を絶対に漏らさないで下さい」

「承知いたしました。セン様に関する情報を漏らさないという事ではなく、玩具の考案者とセン様を結び付けさせない、という事でよろしいですか?」

「それで構いません。それからもう一つ、販売する玩具に関して、その考案者の事を気にする人間がいたら調査して私に教えて頂きたいのです」

「調査……ですか?」

 センの出した条件にエミリが首を傾げる。

「はい。と言ってもどこの誰、程度の簡単な物で構いません。名前や容姿が分かると助かります」

「それは……店舗で販売した際に店員に聞いてきた、と言ったものも含めてですか?」

「難しいとは思いますが、そのレベルからお願いします」

「……なるほど」

「簡単な調査でいいとは言え……経費は掛かるでしょうし、お手間もかかると思います。なので、調査が発生した場合の経費は私の取り分から使ってください。お手間の方は……契約金を安めに設定した分で相殺して頂けると助かります」

 センの条件を聞いてエミリは考える。

(セン様は恐らく誰かを探してらっしゃる。でも、それを相手に悟られたくない……若しくは先に見つけたいと考えていらっしゃる。その為の撒き餌として玩具を、そしてライオネル商会を利用するとおっしゃっている。調査と言っても簡単な物ですし……そもそも考案者を知りたがるような人物は商人が殆ど……難しいことではないでしょう。そもそも経費を自分の取り分から払うとおっしゃっている以上、セン様の隠れ蓑以上の負担はこちらにはないと言えますね)

「もし、この条件を飲んでいただけるのでしたら、先程のエミリさんの契約と言う訳ではありませんが……他にもいくつかの玩具を提案させて頂きますよ。子供だけじゃなく大人も楽しめるようなものを含め……とりあえず追加で五種類程」

「分かりました。セン様の条件を全て受けさせていただきたいと思います」

(こんな条件を提示されて、飛びつかない商人なんていませんわ)

 エミリがにっこりと笑いながら差し出した手をセンが笑顔で握る。

「ありがとうございます、エミリさん」

「こちらこそ、ありがとうございます。セン様」

(……交渉が纏まったのは嬉しいのですが……いつの間にか主導権を全て奪われていて、少し悔しいですわ)

 エミリは、突発的に始まった初めての商談が上手くいったことを喜ぶ半面、全てセンの思い通りに進められたことを悔しく思い、いつかリベンジをしようと心に誓った。

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