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2章 召喚魔法使い、ダンジョンの街へ行く
第42話 疑心
しおりを挟む「本当にライオネル商会の本店でいいのですか?折角王都に来たのですから色々と見た方が良いと存じますが……」
センの向かい側に座っているエミリが首を傾げながらセンに尋ねる。
「えぇ。ライオネル殿ご自慢の店舗ですので。それにこの子達も大店に行くのは初めてですし……きっと楽しめると思います」
センとエミリ、そしてラーニャ達三人は馬車で移動している最中だ。
ここは魔法王国ハルキアの王都。観光と言う名目でエミリがセン達に王都案内をしてくれている最中だ。
「後は、私は書店に行きたいですね」
「書店ですか?」
「はい。書物を取り扱っている店舗はないでしょうか?」
「書物を専門に扱っている店というのは寡聞にして存じません。店に行った時に確認いたしますわ」
「すみません、お手数おかけします。皆は何か見てみたいものはあるか?」
センはエミリに頭を下げた後、エミリを挟んで座るラーニャやトリスに聞いてみる。
二人ともセン達の会話には参加せず、それぞれの側の窓から王都の街並みを興味深そうに見ていた。
(まぁ、俺の隣に座っているニコルもそれは同じだが)
外を見ることに夢中な三人は、センの問いかけに気付かず非常に楽しそうにしている。折角楽しそうなのに邪魔をする必要もないかと考えたセンは、苦笑しながらエミリの方に視線を戻す。
エミリも三人の様子に気付いたようで、口元に手を当ててくすりと笑った後センに笑顔を見せながら口を開く。
「お店に行った後でまた聞いてみましょうか」
「そうですね。それにしても何か面白い物が見えるのでしょうか?」
「ニコルさんやトリスさんが見ている方には遠くにお城が見えていると思いますわ。ラーニャさん側は……うーん、特に珍しい物はなかったような……」
「なるほど……綺麗な街並みですから、それが珍しいのかもしれませんね」
「確かに、王都の街並みとストリクの街は随分と趣が異なりますからね」
そう言ってラーニャの見ている方の窓へと視線を向けるエミリ。つられてセンも王都の街並みへと視線を向けた。
(魔法王国って割に普通な感じの街並みだな。ストリクは木造が多かったが、こっちは石造りやレンガ造りの街並みみたいだ。道が石畳になっているのは流石王都といったところか)
ゆっくりと流れていく街並みを見ながら、センはふと思い出したことを訪ねてみる。
「そういえば、王都には学府があるのですよね?エミリさんは通われていないのですか?」
「ふふ、学府に入学出来るのは十二歳からですわ。ですが、私は十二歳になっても学府にはいきませんが」
「そうなのですか?エミリさんでしたら学業でも優れた成績を残しそうですが」
「買いかぶり過ぎですわ。それに学府に入ってしまいますと、最低でも八年程は動けなくなってしまいます。私はお父様たちの様に商人になりたいので、勉学は家庭教師で十分ですわ」
(ふむ……箔付けやコネづくりに行くという事は無いのか?箔は分からないがコネづくりに学校というのは悪くない場所だと思うが……それにしても八年も通わないといけないのか。日本の教育課程から考えれば短いが……スタートが十二歳と考えれば中々長い気がする。この世界の成人は十五だったよな?)
センが学府について思いを馳せていると、その事に気付いたらしいエミリが更に言葉を続ける。
「学府に入学すると三年の教育課程の後、そのまま学府に残って研究員になるか兵になるかの二択しか選べませんの……研究員になるには在学中に相応の成績と成果を上げなくてはいけませんし、兵になった場合退役出来るのは最短でも五年後ですわ」
「なるほど……それで最低八年と言う訳ですか」
「私は既に将来の道を決めておりますから。学府での勉強が必要ないとは言いませんが、その後の兵役は無駄ですわ。それが無ければ学府に行くことも考えたのですが」
相変わらず、年相応には全く見えない苦笑を浮かべながらエミリが言う。
「エミリさんは凄いですね。失礼ながら……まだ幼いと言ってもいい年齢なのに、しっかりと将来を見据えて行動されておられる」
(学校で学べるのは勉強だけではないし、色々と学ぶのも大事だとは思うけどな。だが、エミリさんの言う通り、兵役が課せられるのは無駄だ。)
「ふふっ、幼いことは否定致しませんわ。因みに学府には入学の際に試験があります。その試験の成績によってその後の進路がほぼ決まってしまうのですわ」
「自分の希望ではなく、入学時の成績によって決まってしまうのですか……」
「えぇ。と言ってもそこで決まるのは大まかなものでありますが。士官か一般兵もしくは文官と言った感じですね」
「文官にも兵役が課せられるのですか?」
「なんでも、従軍経験のない文官と武官の軋轢を減らす為という名目らしいのですが……文官系に進んだ人が戦場に立つ事は殆どないようですわ」
「軍を動かすには事務処理をする人材も必要ですからね。そういった裏方に文官系の人達は回されるのではないですか?」
「御明察の通りですわ。セン様は軍についてもお詳しいのですね。驚きましたわ」
(いや、俺の方が驚いているよ……エミリさんが実は成人していると言われても納得してしまいそうだ)
センは子供相手にする会話じゃないよなと思いながらも、結構エミリとの会話を楽しんでいた。
「さて、そろそろ説明してもらえるかしら?」
「ふむ?何をだ?」
セン達がエミリの案内で王都観光をしている頃、ライオネルは執務室で一人の女性と会話をしていた。
女性の名はサリエナ。
エミリの母にしてライオネルの妻であるその女性は、ライオネルの妻にしては非常に若々しく見えるが、その年齢はライオネルとほぼ同じであった。
書類仕事の邪魔にならないように纏められた長い髪は少しくすんだ金色で、娘のエミリの髪と全く同じもの……ライオネルはその絹の様な艶やかな髪が密かなお気に入りだった。
二人とも自分の商売を優先して生きていた為、この世界の人間としては結構な高齢婚であった。そのせいで娘であるエミリはまだ幼いのだ。
「昔から言っているでしょ?貴方の分かり切っている事を惚けるところが嫌いだって」
「そういうお前はせっかち過ぎだな。あと一歩踏み留まることが出来れば、私に勝てたかもしれないのに」
「あら?もうボケたのかしら?私はいつも貴方に勝っていたわよ?」
「はっはっは!」
「うふふ」
実にギスギスした夫婦の会話であるが、長年二人の傍に居たハウエンに言わせれば、じゃれ合っているだけといったところだろう。
そんなハウエンは部屋の中に居るが、入り口の傍で完全に気配を殺している。
「でも、実際……本当にボケたのではないかと心配しているのよ?突然何に使うのか分からない木箱を作らせたかと思ったら、連絡も無しに突然……しかもあんな若い子達を連れて帰って来て、大商いだと言い出すのだから。大体、あの街には薬師ハーケルを口説きに行っていたのではなかったかしら?」
「うむ。エミリにも同じようなことを言われた気がするが……ハーケル殿以上に、我らの商会に利益をもたらす御仁に出会ってしまったのだよ」
「あの若い子がハーケル以上の薬師なのかしら?」
「いや、そういうわけではない。セン殿は薬師でもなんでもない」
サリエナの言葉にライオネルはゆっくりと首を振る。
その勿体つけるような態度にサリエナはより一層目を吊り上げるが、ライオネルは妻のそんな様子もどこ吹く風といった様子だ。
「薬部門の拡大は一時保留だ。ハーケル殿以上の薬師は在野ではそうそういないだろうし、彼を何としても口説き落としたいがまだ時間がかかりそうだ」
サリエナはソファの肘置きを指で叩きながら、訝しげにライオネルに問いかける。
「どういう事かしら?今後に備えて薬部門の強化を最優先するのではなかったかしら?」
「うむ、薬部門の強化は絶対に必要だ。だがそれ以上にセン殿の存在は私達の商会にとって大きい……大きすぎるとも言える」
その大仰な物言いに、サリエナの表情が訝しげな物から不安を滲ませたものへと変わる。
「セン殿のお力添えがあればライオネル商会は近隣諸国でも有数の商会から、随一の商会になれる。本格的に動き出すのはまだ少し先だが、この成功は約束されたも同然だ」
恐ろしく怪しい事を言いだすライオネルを見て、サリエナは少し冷静になる。ライオネルの悪ノリに気付いたのだろう。
しかしその上で……言葉としては悪ふざけをしているものの、ライオネルがセンの事をかなり重要視しているのが伝わって来ている。
「一体出先でどんなことがあったのか知らないけど……まずは何が出来て、何をしようとしているのか教えてくれるかしら?」
「ふぅむ……しかしなぁ、契約上軽々に漏らすことは出来ないのだよなぁ」
微妙ににやにやした様子のライオネルを見て、サリエナは苛立ちを覚えたもののぐっと堪えて口を開く。
「いいでしょう。直接、あのセンと言う若者と話をします。貴方の手腕は認めていますが、お人好しな部分に付け込まれていないとも言い切れません」
「それは構わんが、くれぐれも失礼のないようにな?」
「商人として、それは当然の事です」
ニヤニヤしているライオネルを睨みつける様に見たサリエナは、一人闘志を燃やす。
そんな二人の様子を見つつ気配を殺しているハウエンは、心の中でため息をついていた。
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