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第31話 毛刈りと食欲と本能

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 もはや歩く毛玉だろってくらい真ん丸でふわふわのヒツジを前に、俺はハサミを握った。
 隣のミルが不安そうな顔で言う。

「だ、だいじょうぶなんですかね……。ヒツジさんのけ、かっちゃって……」
「大丈夫だ。毛が再生することは、他のぬいぐるみたちで実証されてるからな」

 俺は一番近くにいたヒツジのぬいぐるみを抱えると、まずは優しく撫でて安心させた。
 それからゆっくりと、ハサミを入れて毛を刈り取っていく。
 正直、毛刈り体験はしたことがないので、これに関しては完璧に勘だ。
 抱きかかえているだけで、ヒツジの毛独特のもふもふ感に癒される。
 仕事しながら癒されるとか、もはや永久機関だろ、これ。

「あったかそう」
「リルの言う通り、ヒツジの毛ってすごく暖かいんだ。冬の寒さをしのぐには、もってこいだぞ」
「ふむふむ。いろいろじっけんしてみたい」
「そのためには、自分で素材を集めなきゃな」

 俺は1頭分の毛を刈ったところで、リルにハサミを渡した。
 そしてもう1本用意していたやつを、ミルに手渡す。

「続き、やってみな」

 2人はこくこく頷くと、それぞれヒツジを抱きかかえて作業を始める。
 心配していた割りに、ミルは大胆に刈り進めているようだ。
 対してリルの方が慎重で、ペースも妹より遅い。
 ウマに乗った時もそうだったけど、ミルの方が案外思いっきりが良いというか度胸があるんだよな。

「ほわぁ~。ふかふかで、たまらないです……」
「ねれる……」
「寝るな~」

 時おり交替しながら、3人で作業を進めていく。
 ぬいぐるみたちから産物を回収するのはもちろん、どうしても土埃などは入ってきてしまうので、ちょっとした掃除は必要だ。
 それから彼らのエサやりも。
 そんなこんなで作業開始から2時間。
 ひとまず、ぬいぐるみハウス内でのあらかたの仕事が完了した。

「つかれた……」
「でも、たのしかったです!」
「これからは基本、毎朝この仕事をしないとな」
「うへぇ……」
「がんばります!」

 明らかに嫌そうな顔をするリル。
 でも何だかんだで、明日からもここへ来てくれるだろう。
 今日もちゃんと来てくれたわけだし。
 ミルの方は心配ないな。

「そしたら回収した牛乳に卵、毛なんかを運ぶぞ。それで本当に終わりだ」
「あ、わたし、だいしゃをもってきます!」
「お、それは助かる」

 ミルは勢いよく、ハウスを飛び出して行く。
 こちらが一段落したのが分かったのか、ぬいぐるみたちも再びのんびりモードに戻った。
 寝るものは寝るし、散歩に行くものは行く。
 ぬぁ~、平和な世界。

「おなかすいた」

 ぼそっと、リルが呟いた。
 朝起きてから、すぐに働き始めて2時間だからな。
 俺もお腹はぺこぺこだ。

「よく働いたから、朝ごはんは作ってやるよ。ここで取れた卵とか使ってな」
「ホットケーキ!?」
「そんなにハマったのか? ホットケーキでもいいけど、本当はまた別のものを考えてたんだけど」
「んー、じゃあ、べつのがいい。あたらしいの、たべたい」
「任せとけ」

 ホットケーキは、バターを作るのが大変なんだよなぁ。
 めちゃくちゃシェイクしなきゃいけなくて、あの工程だけで腕がめちゃくちゃ疲れる。

「ちなみにリル、俺がこないだやってたみたいなバターを作れる装置ないのか?」
「あの、バカみたいにめっちゃぶんぶんしてたやつ?」
「バカみたい言うな。でもそう、それ」
「かんがえてみる。そんなにふくざつじゃなさそうだし」
「バターが楽に作れれば、ホットケーキとかそれ以外のものもだいぶ作りやすくなるんだよな」
「それはがんばる」

 なるほど。よく分かった。
 リルを動かすには、食べ物で釣るのが一番良いらしい。
 寝るだけ寝て、食べたいもの食べて……本能のままか。

「おまたせしました!」
「お疲れ、ありがとう」

 ミルが持ってきてくれた台車に、あれこれ全部乗せてゆっくり出発した。
 牛乳などの保管場所は、リルの研究所にある地下室に決定している。
 夏場でもかなり涼しく、それなりの期間は保存できそうだからだ。
 そんなわけでリルの研究所に荷物を降ろすと、3人で朝ごはんを食べるべく、今度は俺の家へと向かうのだった。
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