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三章 エイヴィの翼 後編(前期休暇旅行編)
293、翼を取り戻す方法 25(帰路のレース)
しおりを挟む聖域での治療が終わり、眠りに落ちたピリも彼女の父により運び出され。アルベラは癒しの聖女がテントへ戻ってくると居住まいを正した。
「後日改めてお礼を。……何かご要望等があれば何なりと……」
「じゃあピビン・ファンのドレスをお願いしようかしら。合わせて髪飾りとネックレスと……あと耳飾りとブレスレットと靴と扇子とバッグと……あぁ、あとパーティー用の手袋も欲しいわね」
ピビン・ファンとは王都でも指折りのドレスショップだ。
『あの人の喜びそうなものな……。キラキラした鞄とか靴とか装飾品とか、とりあえずキラキラしてれば大概喜ぶと思うんだけど』
(んなまさか、カラスじゃないんだから)
アルベラの脳裏にジーンから聞いた聖女様の好みとやらが掠めた。
「あ、そうそうあとちょうど欲しいと思ってたブルーダイヤマンデの指輪もあったんだった。央海(センター)を守護する聖獣の恵石のブローチもいいわね。あと……あ、フラワクインのジュエルブーケも……」
すらすら出てくる遠慮のない要望にアルベラだけでなく騎士達も言葉を失う。
(なんとも……清々しい程に世俗的な……)
「聖女様、じゃあその恵石とブルーダイヤは僕から送らせていただいても?」とラツィラスが彼女の前で片膝をつき彼女の手を両手で包み込む。
「欲しいもの全部を贈ってしまうと今後のお祝いで贈る品がなくなってしまうので今回はこの二つで」
「あら、大本命はドレスだったのだけど口にしてみるものね。貴方からプレゼントしてもらったら喜びも一入(ひとしお)だわ」
片膝をついた王子様は「それは良かった」と言わんばかりに人を蕩けさせる微笑みを向ける。聖女のそばにいたシスター達は沈黙して姿勢良く控えているが、あれがそこらの人であったならだらしなく顔を惚けさせていた事だろう。あれも鍛錬の結果かもしれない、とアルベラはシスター達に感心する。
「ではピビン・ファンの方は私から。ドレスに合わせた装飾品も合わせディオール家へご請求くださいませ」
「あら嬉しい。よろしくね」
ローブをドレスのようにつまみ頭を下げたアルベラは、聖女の顔を覆う布の下から自分へ向けられた視線を感じた。
「じゃあ私たちはこれで」と言い聖女はシスター二人を連れてテント外の馬車へと向かって歩き出す。
アルベラたちと席を共にしていたファーズも静かに席を立ち、同席の礼を言って癒しの聖女のあとを追って行った。
(少しはご機嫌とりになったかな)
聖女の背を眺めながらアルベラはそんな事を考える。
「―――みんな分かってるとは思うけど今日ここで見聞きした事は口外無用だ」
普段と何ら変わらないのに、普段より強制力を感じるラツィラスの声。
「今日は僕なりに口の固い人員を集めたつもりなんだ。どうかこの信頼を裏切るような事はしないでね」
「は!」と騎士達の号令が返った。
***
テントの後片付けを任されている騎士達を残し一行は王都への帰路に着く。
馬車の中、メイクは悶々と窓の外通り過ぎていく風景を眺めていた。
意識は視覚よりも思考へと向けられており、ピリという少女と彼女の治療を依頼した公爵のご令嬢の事を考えていた。
(なんで……)
メイクはピリという少女があの令嬢に随分懐き心を許していたことを思い出す。そして、そんな彼女へあの令嬢も相応の態度と気持ちを返していた。他国のしかも他人種の「平民」に、だ。
「ファーズ」
「はい」
「公爵様のご令嬢は、エイヴィのお友達と仲良くしてた?」
「はい。お二人とも翼が治って喜んでおりました」
「そう。あの二人、仲は良さそうだった?」
「ええ。私が見た限りでは」
「そう」
他人種がヌーダを腕力や感覚で劣っている劣等種族と馬鹿にするのと同様、ヌーダの中にも他人種を「野蛮な獣」と蔑む価値観は存在する。そして、蔑んだり攻撃的な目で見なくとも、自分たちと同じ知能や知性のある他人種を動物よろしく可愛いペットのように側に置く者達もいる。もちろん彼なのそんな行動は、他人種を自分と同等の人間などと思って無いことがベースとなっている。
(あの子の両親は、いい大人の彼等(ピリの両親)は自分達をペットのようにしか見ない相手との関りは断とうとするはず。けどあの子達は自分の娘にヌーダの貴族であるあの子との接触を許していた)
ならなぜ、とメイクは眉を寄せる。
(―――何であの子は同じ種族の平民を虐めるの)
ユリの事、それ以外に小耳に挟んだ学園での事。
ラツィラスやジーン、恵みの聖女の令嬢や他の貴族とは仲良くしているようだという話を聞き、メイクはディオールの令嬢は立場や地位で人を計っているのだろうかと思っていた。しかし今日の感じではそれは違うようだ。
(単に嫌いな相手を弾いてるだ? だとしたら基準は? ユリもあの子も種族違いの平民。けどそれを言えばジーンだって騎士になる前から仲良くしていたようだし……もしかして聖職者が嫌い? そうなるとスカートンちゃんと仲良くしてるつじつまが合わない。―――物の好き嫌いって事? 何それ、ユリだってあんなにいい子なのに。余計に腹立つわね)
「……? 聖女様、どうかなさいましたか?」
自分に質問をするだけして黙り込んでしまったメイクにファーズが不思議そうに尋ねる。
「貴女から見てあのご令嬢はどうだった?」
「……どうとは?」
「いいか悪いか、好きか嫌いか。そういう気軽な意見でも良いわ。今日あの子と話してみてどうだった? 貴女への態度や対応はどうだった? 感想を聞かせて。―――気にしないで。良くない噂も少なくない御令嬢だから、本質を測ってるところなの」
「良く無い噂ですか?」
「あら、貴女は貴人方の噂にあまり興味はない?」
「はい、あまり……私の周りでは貴族間の噂をする者達が少ないので。癒しの聖女様は殿下とも親しいですし、清めよりもそういう話が集まり易いのでしょうね」
「まあそういうことにしておきましょう」とメイクは笑う。
「それで?」という問いに「そうですね……」とファーズはテントでのやり取りを思い出しながら口を開いた。
「緊張か警戒かはされているようでしたが礼儀正しい方でしたよ。貴族のお嬢様と関わることはあまりないのでわかりませんが、年の割にしっかりしている印象でした」
「そう。続けて」
「はい……お茶をしながら話している時はどんな方なのか掴みかねていましたが―――お友達がいらっしゃった時は……ふふ、人間らしかったですね」
ファーズの口元が思い出して綻ぶ。
「抱き着いてお礼を言うご友人に戸惑って、騎士の方が『こういう時は素直に』と助言をされて……。その時は年相応に見えました。あと、不器用な子なのかなと」
「そう……。少なくともあなたの印象は悪くはないのね」
「そうですね。貴族のご令嬢に他人種のご友人……。一方的にペットやコレクションのように見ているのかとも思っていましたがそうでもないようですし」
「……そう」
「聖女様?」
ファーズが不思議そうに問いかけると、メイクはメイの姿の時のように頬を膨らませる。しかしその幼い動作も顔の前に垂れ下がった布に隠されているため、ファーズや他のシスター達にはばれていない。
(根っからの悪人ではない、か……。『何はともあれ』よね……)
―――罪誘いの匂い
―――不吉の匂い
エイヴィ達の間からたまに聞こえた自国では聞かない不吉な単語。その言葉がどんなものか知っているメイクは警戒は無いに越したことはないのだと考える。
(……あの体質だし、咎人の痕まで付いちゃってるし。立場上はいはいと見過ごすわけには―――)
「―――まぁ、」
隣のシスターが馬車の外を見て驚いた声を上げた。
彼女が見た窓というのは馬車の進行方向、御者席側につけられた窓だ。
彼女の反応に釣られ他の三人もそちらの窓に目を向ける。開かれたカーテンの隙間から細く見える車外、御者席を背にして座っているシスターが窓にかかったカーテンを閉じ外の景色を見えやすくした。
「まぁ」とファーズもこぼす。
一団の前方、六頭の馬がスピードを飛ばし一団から離れていくのが見えた。
「レースでも始めたのかしらね」
(あの子達らしい……)
とメイクはあの二人に付き合っている騎士達が誰なのか望遠の魔術で眺め姿を捉える。
メイクが見たのは整備されていない道の上、馬を飛ばす私服姿の二人の騎士だ。その前にはあのお嬢様。その前には距離を空けずにラツィラスとジーン。さらにその前方に馬5頭分ほどの余裕の距離を空けて駆ける金髪の美女。後方の三人の上に翼を広げた人間の影が一瞬かかり、魔族が上空を飛んでいるのが偶然にもわかった。
グングン小さくなっていく六つの背に、メイクは呆れのため息とともに「望遠」を解いた。
(乗馬の腕は引けを取らないってわけ)
今まで見てきた物事を合わせ、彼らの関係はお嬢様のあの容姿を持って媚びただけで手に入れたものではないと十分にわかった。
(―――どうかあの子達を悲しませるような事はしないでよね、アルベラ・ディオール様)
別に今すぐどうするという事はない。恵みの聖女との約束もある。自はただ、もしもの時に備えるだけだとメイクは個人的な感情の広がりは抑える。
「殿下も年相応でいらっしゃるのですね。十五歳でしたか」と外を見ながらファーズ。
「ええ。今年で十六ね」
「難しいお年頃ですが、真っ直ぐにお育ちになってられますね。お噂の通りしっかりしている方で安心しました。神の寵愛もとても深いようで……次の代もこの国は安泰ですね」
「……だといいのだけど」
「……?」
「そういえば」と彼女の声は悪戯っぽい笑みを乗せて別の話題を引っ張り出す。
「ファーズ。貴女、清めの聖女様からのお使いは果たせたの?」
「はい、無事に」
「ねえ、用も終わったのだし貴女が預かったお使いって言うのが何だったのか話してみる気はない?」
「いいえ。聖女様から他言無用だと仰せつかっておりますので」
「もう、いけづね」
「申し訳ございません」とファーズは苦笑し頭を下げた。
***
「―――っしゅん!」
アルベラのくしゃみに「風邪かい?」と馬のペースを落として下がってきたラツィラスが訪ねる。
「いえ……」
(突然来たな、アレルギー……?)
鼻に手を当て寒気や鼻奥のむず痒さがないことを確認しアルベラは首を傾げる。
「そういえば癒しの聖女様とは直接話したんでしょ? 仲良くなれた?」
「あの人とは気があわなそうです」
そっけなく答えたアルベラにラツィラスは「え!?」と声を上げた。
「なんです? そんな以外ですか?」
「うーん……僕的には絶対仲良くなると思ったんだけどなー」
「何でそう思えたのか疑問ですね。色々あって酷くお叱りも受けましたし、私の印象最悪ですよ」
「ああ、もしかしてユリ嬢の件? そういえば君、何で彼女に水を掛けたの? この間の教会の前の階段」
「見てたんですか」
「偶然ね」
「―――……ただ、ちょっと気に入らなかっただけです」
アルベラは目を逸らしツンと答えた。
「ふふ、意地悪はダメだよ……なんて、言わなくたってそんな事君も分かってるでしょ?」
「意地悪がダメだなんて知りませんでした。一体誰が決めたルール、かしら……」
胸に手を当ててアルベラは自分の体を見下ろした。
(今……少しピリッとした)
足先から頭のてっぺんにかけて、小さな電流が走るような感覚があったがそれも一瞬だった。
ラツィラスのクスクスという笑い声が聞こえ、アルベラの意識は現実に引き戻される。
「確かにそれを聖女様の前で言ったなら印象最悪だね」
「……、お説教は勘弁してくださいね。散々聖女様から頂きました」
「説教なんてしないよ。ただ色々聞きたくはなるよね」
「話すことなんてありません。本当にちょっとした意地悪だったんです。あの時は偶然気が立ってて八つ当たりをしただけです」
「君はそういう人間だったかな?」
「ええ、そういう人間です」
競うように煌びやかな笑顔を披露し合う二人の元へジーンが馬を寄せ合流した。だが二人のただならぬ笑顔の競い合い……二人から同時に眩い笑みを向けられた彼は胸焼けしたような顔で言葉無く距離を取り直す。
「―――競争? いいね。じゃあびりっけつには勝者から罰ゲーム! フライで王都と隣町を往復!」
空気を改めジーンが合流し、彼が提案した事にラツィラスはノリノリでそう言った。
「下ります」
「罰ゲームになってないだろ」
アルベラとジーンの返答に「えぇー」とラツィラスが不満の声をあげた。
「……そっか」
「どうかしたか?」
アルベラが呆然と視線を落としているのをみてジーンが尋ねる。
「なんでも」
「……?」
「―――じゃあ中期の授業で薬学では笑い薬を作るらしいから、それを飲むっていうのは?」
「内容関係なく罰ゲームがあるなら下ります」
「なんで? アルベラが勝てば問題ないじゃない」
「煽っても無駄ですよ」
「俺たちにも負けない自信があるって言ってたよな」
ジーンの言葉にラツィラスが「本当に?」と楽しげに笑い、「根に持ってたわけ!?」とアルベラが噛み付くように返す。
「じゃあ泣き薬にする? 笑い薬と泣き薬は選択制らしいから、その気になればどちらも手に入りそうだよね。どっちも毒じゃないし、ストレス解消の薬として扱われるものだし飲んでも損はないよ。―――ていうか、僕は率先して飲んでみたいとは思うんだけど。前にカザリットと飲んで凄い楽しかったんだよね……死にかけたけど」
「死……!?」
「じゃあ笑い薬も泣き薬も飲みたいやつで飲むってことでいいだろ」
「ははは。それでいいかも」
「ちょっと死にかけたって何。ていうかもう罰ゲームでも何でもないじゃないですか」
そんなやり取りを経て三人+エリーがレースに興じるに至った。
ちなみに勝負は一位からラツィラス、ジーン、エリー、アルベラとなり、やはり城で育てられ鍛えられた馬は伊達ではない事をアルベラは実感する。後日この話は、ディオール家の専属の御者であり騎獣の世話も担当しているヴォンルペの闘士に火をつけ、騎獣の質をさらに上げる切っ掛けとなったのだった。
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