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三章 エイヴィの翼 後編(前期休暇旅行編)

232、 初の前期休暇 12(八郎と水入らずにて)

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 誕生日が終わってから数日。

 アルベラは招待を受けていたご令嬢のお茶会へ行ったり、祖父から送られてきた騎士達の基礎的な訓練を受けたりとしながら旅立ちの日までを過ごしていた。

 ついに明後日は出立の日。

 前々日の今日、彼女は八郎の家を訪れていた。

 エリーとガルカ、コントンには席を外してもらい、約束の時間まで八郎と二人で話をする約束だ。





 キッチンから聞こえる物音を聞きながら、アルベラは窓へもたれかかれ腕を伸ばす。

 下に人がいない事を確認し、彼女は人一人が乗れるサイズの水の板を宙に作った。

 その下に更に同じような水の板が二枚、三枚、四枚、と等間隔で重なり、五枚目で板の生成は止まる。

 その板は一枚目から段々と、下に行くにつれ板の厚みは薄くなっている。五枚目は一枚目の半分の薄さもない。

 ―――パシャッ……

 アルベラは手を払い作った水の板を消滅させた。

(こうやって作る分には十分なんだよな)

 払った手を自分の元に引き寄せ、彼女は拳を作って見つめる。

(片道五日……あちらはまだ道中かしら。早ければ明日の朝かお昼には着くんだっけ)

 ―――『僕ら、明後日に王都を発つ事になってさ』

 ぼんやりと思い出されたのはあの第五王子様の言葉だった。





 誕生日パーティーの日、去り際にラツィラスは自分たちの予定が確定したことを告げた。

 図書館でジーンから「愚の討伐」の話を聞いた時の事を思い出し、アルベラは「捕獲、成功したんですね」と返した。

『うん。無事……とは言い難いんだけどね。けど、捕まえてからはうまく抑えられてるって。魔術でがんじがらめにしてるらしいんだけど、魔力の消耗が激しいから急いで来てくれって急かされちゃった。―――お互い、いい旅になると良いね。帰ってきたら旅の感想会でも開こうよ。君は東側、僕らは西側……きれいに真反対で、なんか“そっちは任せた!”って感じで楽しいね』

『言いたい事は何となく分かります……。ええ、そうですね。お互い良い旅にしましょう。―――お二人のご健闘をお祈りします。行ってらっしゃいませ』

『ありがとう。君の健闘も祈ってるよ。見送りもできないし、僕らの挨拶もここでね』

 ラツィラスが「行ってらっしゃい」と笑い、ジーンが「気をつけてな」と後に続く。

 これで挨拶が終わったと思ったアルベラだったが、王子様がニコニコとほほ笑み、拳を持ち上げているのを見て表情を苦そうに歪めた。他の貴族が見れば、きっと「殿下になんて顔を向けるのだ」と後ろ指を指されかねないが、幸い彼女のそれを見ている者はいなかった。この挨拶の場を偶然にも目撃していたご令嬢やご婦人はいたが、その視線は麗しの王子様と騎士様へ向けられている。そして男性陣の目は見事にエリーが、意図せずとも引き付けていたからだ。

『はい、拳上げて。命令』

 「命令」と言う言葉にアルベラの頬が引きつる。

(この子……あの盟約の魔術の事覚えてて言ってる? それとも忘れて………………あ、これ忘れてるな……)

 第三王子様の誕生日から変わらず、今のアルベラは王族の言葉は絶対だ。

 王子様のご希望に応え、彼女はおずおずと拳を上げた。

 その拳にラツィラスとジーンがこつんと拳を当てる。

『ご加護を』

『ご加護を』

 アルベラは体の内側がこそばゆくなるような、背中がそわそわする感覚に耐えながら、二人の拳をこつりこつりと小突き返した。

『ご、ご加護を……』

『ははは。なんでそんな恥ずかしがるかな』とラツィラスが揶揄うように笑う。

『ね、根が捻くれてる人間にはこういうのは敷居が高いんですよ……。ちゃんとやっただけ多めに見てください……』

『捻くれてるって自覚あるんだな』とジーンもくつくつと笑った。





 「じゃあね! ばいばーい!」と幼い挨拶を残して馬車に乗り、帰って行った王子様。

 アルベラは握った拳を解いて、あの時の記憶と共に沸き上がる恥ずかしさに息をついた。

 水の板を崩したところを見ていた八郎が「練習熱心でござるなぁ」と言い戻ってくる。

「……ん? どうしたでござる? アルベラ氏顔が赤いでござるよ」

「ちょっと青春にあてられて……」

「ほう、青春……ぴちぴちの十代でござるもんな! 拙者もぴちぴちの三十歳でござるが!」

「立派なおじさんじゃない」

「五十六に比べたら体も心もピッチピチでござるよ! あ、心は今も昔もずっと変わらず少年でござった!」

 彼はでぷりと突き出た腹を揺らして笑う。そして持って来たケーキとお菓子、コーヒーをテーブルに並べ椅子に座った。

 そして真面目な表情になり、くいっと眼鏡をかけ直す。

「で、思い出して顔を赤らめるとはどんな男でござるか? お兄ちゃんこれでも人を見る目は厳しいでござるよ……」

「どういう立ち位置で言ってるわけ?」





 同時刻、目的の地に向け走る馬車ーーーアルスーヴィという足の速い馬が引く『特速馬車』の中。

 ラツィラスはくしゃみをし、そして「あ、」とバツが悪そうに零した。

(命令……すっかり忘れてた……。アルベラ、嫌々でもあれやってくれたのって、もしかして盟約の魔術があったからじゃ……)

 頬杖をついて窓の外を眺めていた彼は、自分が頬を乗せていた緩く握った拳を見つめる。

 やがて、彼は小さく吹き出すと笑いながら「いやぁ、悪いことしたな」と、全く悪く思っていなさそうな様子で呟く。

 共に馬車に乗っていた今回の旅の補佐が、「殿下?」と不思議そうな目をラツィラスへ向けた。





 アルベラと八郎は行儀が悪いことも承知でコーヒーカップをぶつけあい、「カチン!」と軽快な音を上げる。

「ハッピーバースデーでござる!」

「ありがとー」

 八郎なりのちょっとした誕生日会のつもりらしい。そしてこれは「兼アルベラが王都を不在にしている間の対策会」または「打ち合わせ会」なのだ。

「じゃあ、まず拙者がパーティーで見たご令嬢方のいびり事件についてでござるが―――」

 途中からアルベラの誕生日パーティーに参加していた八郎は、いつの間にか皿に乗せた二つ目のケーキをフォークで半分に切り分ける。それをポイっと口に入れ、液体のごとく喉に流し込んだ。そしてコーヒーは上品に香りを楽しみながら、ゆっくりと口に運ぶ。その小指がピンと立っておりアルベラの目を引いた。

 彼の挙動一つ一つにどうにも気分が煽られてしまう。

(我慢よ……私、我慢……ケーキやコーヒーをどう飲もうと人の好き好き……)

 そんな事をアルベラが考えていると、八郎は満足したようにカップをテーブルに置いて口を開いた。

 彼は、パーティーの際アルベラそっちのけでずっと見守っていた―――もといストーカーしていた「彼女」の話を始める。

「では、アルベラ氏の指示で生意気な特待生に制裁を与えていたというご令嬢方についてでござるが」

「ほう……」

 アルベラはニコニコと両手でカップを握ったまま八郎を見つめる。

 その笑みがご機嫌な笑みではない事は八郎にはすぐ分かった。

「……続けるでござるよ?」

「ええ、どうぞ」

「で、では。アルベラ氏がラビ氏から声を掛けられる少し前の事でござった―――」



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