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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)

194、冒険者と顔合わせ 4(メンバー紹介 2/2)

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「ほらほら、まだ紹介は終わってないよ」

 皆がスーに気を取られていた所、アンナがスナクスとゴヤを示した。

 前に一度アルベラと顔を合わせている彼らは、そういえばあの時もあっさり終わってちゃんとした自己紹介はしていなかったな、と思い出した。

 二人がどちらから行くかアイコンタクトを取っていると、アンナが「そっちがゴヤ、そっちがスナクス。どっちもバランス型の戦闘員。以上!」とあっさり紹介を終わらせた。

「せめてフルネームで紹介しろ!」「お前初めから紹介する気ねぇだろ」とスナクスとゴヤから野次が飛んだ。

 アンナは当然とそれを流し、フードを被った臨時メンバーへ親指を向ける。

「んで、ミミロウはさっき言った通り。他のパーティーから借りた臨時メンバー。そいつも戦闘員だ。結構なパワーだよ。安心して守られな」

 ミミロウはぐっと親指を立てた。

「うちも私がいない間は皆好き勝手行ったり来たりしてるからね。あってないようなパーティーだけど、一応これでも固定の顔ぶれだ。他に二人、良く出入りする奴がいるんだけど、今回は護衛の数を切り良く十にしようと思ってね。ここにいる八人と、伯爵さんのとこの騎士二人で十だ。改めてよろしくな、嬢ちゃん」

「ええ。ありがとう、アンナのお姉様。皆さん、どうぞよろしくお願いいたします」

 アルベラが頭を下げ、紹介も無事終わったかと思われた……のだが。

 「で、」とアンナがニヤニヤと切り出す。

「ほら嬢ちゃん。コントンだよコントン。出しなって」

 ひょいひょい、と上向きの手のひらが招くように振られる。

 アルベラは「うっ」という顔をし、小さくたじろいだ。

「コントン……って何の事かしら……?」

 ビオが引きつった表情で尋ねる。

 一階での会話の際居なかったナームとスナクス何の話かとアンナに目を向けていた。

 アンナは三人を見て、ニッと笑う。

「良いから見てなよ。私らもまだよく知らないんだ。……なあ嬢ちゃん?」

 アルベラはちらりと右に座るエリーを見た。

 彼女はやんわりと微笑み、「良いんじゃないかしら?」と頬に手を当てた。

 反対側のガルカも、「なんの問題がある。口留めだけしておけばいいだろう」とまともな意見を言う。

(確かに……)

 アルベラは冒険者たちを見た。

 彼女が口を開きかけた時、静かな室内に、「……ちっ。ミズコウモリにコントン……金持ちのコレクション披露かよ」とナールが小声で毒づいた。

 緊迫しかけの空気にひびが入る。

 ―――パンッ!

 と破裂音のような音が上がる。

「はい! 今のは無しで!」

 カスピが皆の注意を逸らすべく手を叩いたのだ。

「すみませんアルベラ様。どうぞこんな男の言葉はお気にせず。存在もろとも忘れてください。お申し付けくだされば、旅の間はお目につかないようにいたします」とビオ。

 ゴヤがもう余計なことを言わないようにと、ナールの口を手で押さえていた。

「安心しろよ嬢ちゃん。確かに魔族やら超美人の使用人やら、珍しいペットやら、『金持ちって感じだな』って思いはしたが、別に悪い意味でじゃねーから! 金があれば物が集まる。当然だ!」

 と、スナクスも謎のフォローを入れる。

(実際金持ちですけども……)

 でなくてもコントンを出してどうしていいのか分からなかったというのに、気づきもしなかった一部の本音に触れてしまい余計にやりずらさが増してしまった。

 もうこの空気で出すしかないんだろうけど、とアンナを見れば、彼女は彼女で全く周りの様子など気にしてはいなかった。

 膝立ちをし、ソファのひじ掛けに腕を組み、顎を乗せて燥いだ子供のような声を上げている。

「ほらほら嬢ちゃーん。さっさと見せろよー! コーンートーンー! コーーントォーオーン!」

(本当ぶれないなあの人)

 アルベラは息をつく。

 「じゃあ……」と呟けば、影の外からやたらと人が自分を呼んでいる事に気付いていたコントンが、空気を察してぬっと姿を現した。

 冒険者たちの目には、突然アルベラの背後に真っ黒な霧が発生したかのように見えた。

 霧は奥の扉が見えない位の濃さになり、あっという間に闇のような空間が出来上がった。

 その空間に一本、横に赤い筋が入ったかと思うと、べろりと大きな舌が垂れ下がる。

 「はっはっ」と呼吸に合わせて揺れる真っ赤なそれを見ているうちに、闇だと思っていたその空間が大きな犬の体である事にようやく気付いた。

 「ひっ」と誰かが小さく悲鳴を上げる。

 ビオだ。

 他の冒険者たちも、声こそ上げなかったが滅多なことでは目にすることのない化け物を前に、息を飲んでいた。

『イイニオイ……』

 コントンは真っ黒な鼻を小さく動かす。

 ここにある「恐怖」を嗅いでいるのだ。

 冒険者たちの体がぞくりと総毛立った。

『タベル?』

 コントンの問いに、ガルカがニタリと笑う。

「いいぞ」

「……!!」

「……っ!」

 反応したのはカスピとスナクスだ。彼らは武器に手を掛け腰を浮かせた。

 ゴヤに口を塞がれているナールも、素早く指を動かしていた。

「食べません!」

 アルベラは立ち上がり、コントンを背にきっぱりと言い切る。

 彼女は冒険者たちを見渡し、「食べません」ともう一度、落ち着いた声音で繰り返した。

 腰を浮かせた二人が警戒を解くのを見て、アルベラもソファに座り直す。

 ナールは舌を打つと、手元に描いた陣を払って消した。

「ガルカ、余計なこと言わないで」

 ガルカは何も言わず、笑みを浮かべたままただ視線を逸らした。

 コントンは「はっはっ」と舌を揺らしたまま首を傾げる。

「この魔族はただ人を揶揄いたいだけなんです。本当に貴方達を食べさせる気なんてありません」

 という言葉の後ろに「多分……」と心の中で付け足し、「驚かせてしまい申し訳ありません」アルベラは頭を下げた。

「これがコントンか。初めて見たよ……いいね…………結構デカいじゃん」

 アンナはコントンの横に立ち、その大きな体を見上げていた。コクリと唾を飲み、嬉しそうに目を輝かせている。

 コントンはアンナを見つめ首を傾げる。

『タベル?』

 「コントン」とアルベラが呆れた声で呼ぶ。

 ―――バウ!

「食べない。ここに居る人たち皆。いい?」 

 コントンは首を傾ぎ、「バウ!」と鳴いた。

「うわぁ……ひやっとする。けどちゃんと体もある。体温もある……。へぇ。変な感じ」

 警戒しつつもアンナはコントンの体に触れ始めた。

(強いなぁ……)

 そんな彼女へ、アルベラは感心と呆れの入り混じった視線を向ける。

「なあお嬢様」

「何かしら?」

 静かな呼びかけに、アルベラはナールへ目を向ける。

 いつの間にかゴヤから解放されていた彼は、この世の何もかもを疑っているかのような瞳をアルベラへ向けていた。

「それ……今のやり取りに何の保証がある?」

「どういう意味かしら?」

「そいつ、使役してないだろ。あのコウモリと同じ。魔術で縛っているわけでも、魔術具を仕込んでいるわけでもない」

「ええ」

 他の冒険者たちは、二人の会話に静かに耳を傾ける。

「普通の動物だって同じだ。わかるよな? 奴らが全くの自然体の時、どんなに人に懐いてたって100%人の言葉に従ってくれるとは限らない。……それが負の化身だの、災厄の化身だのともいわれる魔獣だ。誠実さなんて、そこらの動物程度あるのかさえ疑わしい」

「ええ……確かに。さっきの私の言葉は『お願い』でしかない。彼の気分次第でどうにでもなる」

 棘のあるナールの空気に、アルベラは歴然とした態度と姿勢で返した。

「……つまりどういうお話かしら?」

 幾つかの、不安や疑念の籠った視線が向けられているのを感じたが、アルベラは背筋を伸ばし堂々と微笑む。

 ナールの示す不安ならよく理解できた。

 猛獣を放し飼いの状態なのだ。共に行動するのに気にならない筈がない。

 彼を縛れとでもいうのだろうか。

 それとも、事が起きる前に狩らせろとでもいうだろうか。

 互いの気分で繋がっている今の関係を心地よく思っているアルベラにとって、前者はごめんだった。

 コントンが自分の言葉の言いなりに……、と想像すると少し寂しい。

 ただ「寂しい」。

 アルベラがコントンを縛らないでいた理由はたったそれだけだ。

 自分が彼を野放しにしている事で、何か起きてしまうかもしれない。そう葛藤した時もあった。だが、結局彼女はコントンを縛る決断をできずにきたのだ。

 だから今このも時コントンは好きにアルベラの傍を離れられるし、どこでどんな命を奪おうともそれを理由に誰かに罰せられることは無い。

 これから何かおきて手遅れになった時がきてようやく、自分は彼を使役したいと思うのだろうとアルベラは考えていた。そして、その考えがこの上なく身勝手な物だとも、彼女は理解していた。

 そして後者だが、―――これは更にあり得ない。

 絶対に人を襲わない自信がある……わけではないのだが―――要は嫌なのだ。単純な感情の問題だ。

 アルベラはこれも自分のわがままだと自覚していた。

(コントンは人や動物を食べてお腹を満たすわけじゃないし。今まで私の言葉を守ってくれてたわけで、大きな問題を起こしたこと無いし……。それを狩るとか縛るとか……? 絶対イヤ)

 彼には「負」があれば良いのだ。暗闇と、人間や他の生き物達の薄暗い感情や、単純な怒や哀。それらさえあれば彼の腹は膨れるし、存在も保たれる。

 聖者をいたぶって楽しんだり、魔力の強い人間を食べて自分の魔力を上げるという事もできるらしいが、アルベラと出会ってからの約二年、アルベラの目の届く範囲では確かに不要な殺生は行わずにいてくれている。

 「多分」の話になってしまうが、アルベラはコントンが自分といない間も、従順にも自分の言葉を守っていてくれてるように感じていた。

(たまに『人間で遊んだ』みたいな言葉は聞くけど、ちゃんと毎回『コロシテナイヨ』って報告してくれるし、……だ、大丈夫でしょ。うん……大丈夫、だいじょうぶ……)

 コントンとのやり取りを思い出し、アルベラは自分を納得させるように頷く。

「お嬢様さんよ。なんか誤魔化してないか?」

 「いいえ、全く」とアルベラはナールの目を見て笑い返す。





「嘘臭せぇ顔……」

 お嬢様の様子を見て、ナールは「ふー」と深く息をついた。

(何を言われても反発する気満々って感じだな……。本当、貴族ってのはガキでも可愛げのない)

「別に。貴族様にどうしろとか指図する気はありませんよ。…………ただ、縛ってないんだ。そいつが暴走して人を襲って狩られることになっても……人を襲ってないのに狩られたとしてもだ。駄々をおこねにならないでくださいませって話だ。あと、そいつが人を襲った場合、そいつを縛ってなかったあんたのせいで人が死んだ事になるんだ。そこんとこもちゃんと頭にいれといてくださいませ」

「あら、お優しいのね。ご心配ありがとうございます。勿論、もしそんな事があれば、この子が狩られても私が処罰を受けても文句はありません。―――けど、彼とは二年近く居ますが、彼は大きな問題を一度も起こしてません。あくまで個人の知見でしかありませんが、私は大丈夫だと思っています」

「ふーん……。確かに、縛りがない獣や魔獣と上手くやれてる人間ってのも普通に居るけど、こいつはそういう事が出来るのか甚だ疑問だね。……今まで会ったことが無けりゃ、それを使役した人間も知らない。前例がないんだ。十分警戒はさせてもらう」

「ええ。それはご自由に」

「旅の間、ソイツが危険と思えば俺はソイツを狩る。命に係わるような事があれば、依頼主にも手をだすぜ。……俺だけじゃない。ここに居る奴ら全員、そうするだろう」

「ええ、それでいいです。お互い必要だと思う最善の対応を、その時その時で致しましょう」

 アルベラはコントンを背に微笑む。

「どうぞ、そちらが危険と感じた時はコントンなり私なり、好きに処分してください。けど、こちらもその時は全力で抵抗させていただきます。……あ。場合によっては、コントンと私が決別することだってあり得るかもしれませんし……私がコントンの反感をかって、あなた方に助けを乞う事だってあるかもしれませんね。その時はどうぞよろしくお願い致します」

「良くもまぁぬけぬけと……」

 ナールは気に入らなそうに鼻の上に皺を寄せた。

 「クゥン」と、アルベラの背後から悲しげな犬の鳴き声が上がる。

 コントンだ。

 アルベラとガルカの横にざらついた犬の鼻が差し込まれた。コントンは鼻の頭をアルベラに摺り寄せた。

 アルベラはその大きな鼻を片手でトントンと撫でる。

『アルベラガ イヤナコト シナイ』

「ええ。ありがとう」

 地の底から響くような幾つもの低い声が重なる。

 感情の分かりずらいおどろおどろしい声に、ナールだけではない、部屋にいる誰もが半信半疑でその言葉を受け取っていた。

 ある程度冒険者をしていれば、魔獣や魔族の類に騙される経験は大抵通る道だ。

 命乞いをして隙を狙ったり、約束すると言ってすぐに約束を破ったりは、言葉を扱う魔獣や魔族の常套手段である。

 それを経験して知っている彼等には、コントンのその仕草や言葉を鵜呑みにすることはできない。

 今こうして黙って話を聞いているのは相手が公爵の娘だからだ。

 彼女の言葉を完全には否定しないが、完全に納得もしていない。

 ナール以外の冒険者たちは、ナールが疑う気持ちもよく理解できたし、きっと相手が公爵の令嬢でなければ、そこらの子共であれば、無理やりにでもあの魔獣と引きはがしていた事だろう。

「と、いう事で。コントンの紹介はこれでいいでしょうか?」

 アルベラが冒険者たちを見渡す。

 雇い主のお嬢様と目があい、ビオはこくりと頷いた。

 カスピが柔らかい笑みを浮かべ、「ええ。まさかこんな立派な魔獣が見れるとは思っていませんでした。貴重な経験をありがとうございます」と礼を述べる。

 ゴヤは表情の読めない顔で頷き、スナクスも困ったように頭を掻いて「ああ」と頷く。

 アルベラはナールに視線を向ける。

「ところでナールさん、質問なんですが」

「ああ? なんでございましょう」

「使役って、使役する生き物や魔獣より強くないといけないという前提がありますよね?」

 強いというのが魔力なのか精神力的な物を示すのか、アルベラは良く知らないがそういうものらしい。

「そもそも、私にコントンは使役できるんでしょうか? 私、弱いですもの。ここに居る人達の中でも、多分一番」

「あぁ。なるほど……」

 ナールはアルベラをしげしげと観察し目を細める。

「どうなのかしら?」

 彼は首を振る。

「あくまで『一見』だが……確かに。魔力だったり生命力だったり。傍から見ただけの体格からの技量だったり。色々総合してもあんたの器じゃコントンは縛れそうにない」

「そうですか。……ちなみにですが、貴方はコントンを狩れまして? もしもの時、彼を縛ったり手名付けたり、あなたには出来てしまうのかしら?」

「俺にできるかって……?」

 旅の合間、何かあった時この人間はコントンの脅威になるのだろうか。アルベラはそれが知りたかった。

 アンナの連れて来た仲間なのだ。人格へもそれなりの信頼があってのものか、技量重視でその人柄についてはおざなりで連れて来たのか、アルベラには分からない。

 アンナの場合、信頼がおけなくても技術があれば、性格の不一致については「面白い」の一言で済ませてしまう気もした。

(といっても……  この人ナールについては嫌味ったらしいだけで、逆に言えば馬鹿正直な人って印象でもあるんだけど)

 ナールは暫し黙っていたが、突然「ははははは!」と笑いだした。

 楽しいから笑っているのではない。

 どうやら怒りながら笑っているようだ。

「ははははは! 貴族ってのは本当、人を煽るのがお好きですよねぇ! 俺の実力探って、コケにしようっていう魂胆でしょうか? 人が下手に出てりゃぁ馬鹿にする材料探したぁ、ああ、うざいうざ……っ」

 「お前がいつ下手にでてた」とその部屋の誰もが思った。

 シンプルな暴言が出始めそうになったのを察し、ゴヤがナールの口を押えた。

「すまねぇ、嬢ちゃん。『できない』って言うのが悔しんだろう」

「あらそうでしたの。ナールさんはそんなにお強くはないんですのね」

 アルベラはわざとらしく、残念そうな表情を作り息をつく。

「あんた様よりは強ふがぁ……! むぐあぁぁ……!!」

 ナールが何か声を上げているが、ゴヤに抑え込まれてそれが言葉となって発せられることは無かった。





「と、いう事ですので」

 エリーが明るい声で切り出す。

 そちらへの注意がすっかり抜けていたアルベラはびくりと肩を揺らした。

「この魔獣の事は他言無用でお願いいたします。屋敷の者も、お嬢様のご両親も、お嬢様がこっそり魔獣をお飼いになっていることは知りません。旅の道中を共にし、命を預ける貴方方だからこうしてお話し致しました次第ですので」

 もう用は済んだのだろうか、とコントンは首を傾げると、音もなく影の中に身を潜めた。

 影の中から、コントンはアルベラへこっそりと『アイツ ジャマ?』と尋ねる。「あいつ」とはナールの事だろう。

 アルベラは「いいえ」と答え目を据わらせた。

(物騒だな……)

「ふがー……!!」

 多分だが「狩るぞこらぁ!!」とでも言っているのだろう。抑え込まれたナールが声を荒げていた。

「なーなー」

 アルベラの後ろからアンナがのしかかる。

 お嬢様の首へ腕を絡めると、彼女は悪だくみをする時のような低めの声で尋ねた。

「嬢ちゃんどこでそいつ見つけたんだ? どうやって手に入れた? ていうか嬢ちゃん………………あれがどんな人間を好むか、一緒にいるんだから知らないはずがないよな? なあ、嬢ちゃん……?」

 ぞくりと、アルベラだけが寒気を感じた。

 アンナは絡めた腕を解くと、両手でアルベラの頬を包み込み、自分を見るように顔を上げさせる。

 その目はいつものアンナからは想像できない位に暗く冷たい。

 アルベラは大蛇に睨みつけられているかのような気分になる。

「………………あんた……『私ら』が知らないうちに、何かしたかい?」

 つい先ほどまでコントンの姿に喜んでいた彼女は、がらりと空気を転じ、「怒り」の空気を漂わせていた。

 暗い瞳が貫くようにアルベラを見下ろす。

「ねえ、さん……」

 アルベラはアンナの手を掴んで引き剥がした。

 笑みを浮かべようとし、頬が引きつる。

「姐さん、私、コントンに好かれるような『悪事』をした覚えは無くてよ?」

「本当かい? ……あの馬鹿どもに聞いた『オシゴト』に、好奇心や遊び半分で手を染めて無いだろうね……?」

「してない。本当に。……コントンと出会ったのも、彼が一緒にいる事になったのも、『悪事』とは関係ないの」

 「宝玉を窃盗しようとはしましたが……」という言葉は飲み込む。

 アルベラは真っすぐにアンナを見上げた。

「信じられないなら横の二人に聞いて。自白剤をお貸ししてもいいわ」

 アルベラの左隣から「やるならそっちにそろ」というガルカの声が聞こえる。

 アルベラの右隣りから「ああ゛ん……?」とどすの効いた低い唸り声が返った。

「へぇ……。自白剤……」

 アンナは目を細めた。

 そのまま「……ぷっ」と吹き出し、「くくく……」と笑いだす。

「そうかいそうかい。なら良かったよ! あんたがアタシらの真似事を、こっそりしていたんじゃないかってちょっと心配しただけさ。悪かったね、怖い顔して」

 彼女の声がいつものはつらつとした明るい物に戻る。

 アルベラは空気の切り替えについていけず、未だ背筋に寒気を感じていた。

「そうそう。自白剤は折角だから貸してもらおうか。他に何もって来たかも教えなよ」

 カラカラと笑うアンナに、「自白剤はもう必要ないじゃない」とアルベラはむすりと小さく頬を膨らます。





 ひと段落済んだ様子にナールが「もういいか?」と手を上げた。

「なんだい? 空腹も限界かい?」とアンナ。

「いや。腹も減ってるけど、さっきここ来る前に仕事うけちって」

「はぁ……?! この狩り馬鹿! ……なんだい? 珍しい魔獣でも出たのかい?」

「ああ……。ここらの地域で出るのは五年ぶりなんだ。騒がしい中で人の唾被った飯食うよりも、俺にはそいつを狩りに行く時間の方がよっぽど有意義に思え、んぐぎぃ……」

「ああ、ああ。はいはい。そうでちゅねそうでちゅねぇ……」

 ナールの首に腕を回し、アンナが遠慮なしに締め付ける。

「じゃ、じゃあ私もちょっといいかしら?」

 手をあげたのはカスピだった。

「ビオを少し借りたいの。お昼抜けさせちゃって悪いんだけど……うちのパーティー、今日急遽、大口から依頼が入っちゃって……。出向かないといけないところが二つあってね。二手に分かれて調査に行く事になったの。もしもの時のため、彼女が居たらとっても安心できるんだけど。……あ、多分夕食時までにはお返しできわ」

「なにそれ?! 初耳なんだけど?!」とビオが声を上げる。

 カスピが申し訳ななそうに顔の前で両手を合わせた。

 アンナが「はぁ」と息をつく。

「ったくぅ……分かった。じゃあ嬢ちゃんが良ければ夕食の方に同席してもらうか。狩り馬鹿もそれでどうだい?」

 アンナの腕の中で、顔色を悪くしたナールがコクコクと頷いた。

 「夕食……」とアルベラは呟く。

 確か自分が昼食を一緒した後は、近々このメンバーでこなす仕事があり、その打ち合わせをすると聞いていた。

「皆さんが良いなら喜んで」

 けど仕事の場に部外者が居て本当にいいのだろうか? というアルベラの心配をよそに、アンナは「じゃあ決定!」と両腕を広げてナールを開放した。

 ゲホゲホと咳き込む彼の背を「さっさと狩ってこい!」とアンナは容赦なく叩く。





「じゃあ、ミミロウをよろしくね。―――ミミロウ、夕食食べたら一緒に帰りましょう」

 ミミロウがこくりと頷く。

 カスピは今日、ミミロウの保護者として同伴するだけでなく、依頼主との相性を見極める役目も任されていた。

 自分の貸し出したメンバーが、どういう面子と旅に行くのか、雇い主がどういう人物なのか、ミミロウの反応はどうか、彼女のパーティーのリーダーから見てくるように言われてきたのだ。

 そして、ある程度様子を見た彼女は、一旦自分が離れてみても問題は無いだろうと判断した。

 もし駄目だと感じたなら、このタイミングでミミロウも連れて引き上げ、アンナの話は断る予定だったのだ。

「ああ。任せな。そっちもビオをよろしくね」

「はーい」

 今までの付き合いでカスピの役目を理解していたアンナは、嬉しそうにミミロウの頭をポンポンと撫でる。

(よっしゃ。ミミロウもらい♪)

「こんな急になんて……クリフの奴、報酬はしっかり弾んでもらうんだから……」

 ビオはカスピの隣で不満を零している。

 ナールは部屋から出ると共にそそくさと離れていったのでもう姿は無い。

 女性陣二人を見送ると、アンナ、スナクス、ゴヤ、ミミロウと共に、アルベラ達は適当な食事処で昼食を済まし、旅に備えて道具類の店を見て回ることになった。

 冒険者や騎士達が良く訪れるという通りへ連れて行ってもらい、アンナは長旅の、移動の際のアルベラの格好に不足が無いかを確かめる。

 アルベラの今日の格好は、アンナが「旅の際着る予定の、動きやすい恰好でこい」と言われての物だ。

 悪天候になった際や逸れた際のもしもの時の備えを中心に店を見つつ、アルベラは彼等との店回りを楽しんだ。





 そしてその後、アルベラはニコーラやスタッフィングと出会い、彼等とのあれこれを済ませ、夕方になり集まり直した旅の仲間達との親睦会に至る。



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