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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)

177、学園の日々 7(悪役への苦悩)

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 化学の時間。担当教員のよく通る声が教室に響き渡る。

「皆さんがよく目にする陣では、結晶の生成は単純に濃度、密度です。魔力さえあれば、後は慣れの問題ですね。自分の体内から魔力をひねり出すでも、祈りから得た魔力を使用するでも、大気中の魔力をかき集めるでもいいです。要は一点に集め、それを固めるという事が大事なので。この方法だと、一度成功して感覚を掴めば後は鍛錬です。熟練した者は機材や陣を必要とせず、手のひらで簡単に作り出せますよ。あと、生き物や魔獣には結晶を作り出す習性のあるものや、体の内や部分に自然と生成してしまうものなんかもいます。その器官や構造についてはまた今度、軽く触れる事にしましょう……さて、出来てる人が何人か出てきたようですね……」

 この国の化学の授業は魔力や魔法に関する事にも触れる。環境と魔力の相互作用や、それらの事象やそうなるに至ったメカニズム等を学ぶ。

 アルベラは配布された二枚のプリントの内の一枚に視線を落とし息をついた。

 どちらのプリントにも陣が描かれているが、それを描くインクの質や陣の構造自体は異なる。

 片方は草の汁のような茶色とも緑ともとれる線や、黄土色、赤茶色、黒など、ところどころで色が違う。そちらの上には砂粒と砂利の間位のサイズの透明の結晶が乗っていた。

 もう片方のプリントの陣は普通の黒いインクだ。色味や濃淡がこちらより富んだもう一枚のプリントの陣と比べると、線が多く複雑で密度がある。

 アルベラが息をついたのは後者のプリントだ。

(何となく感覚は分かるけど、あと一息って所で散って弾けちゃうな……)

 前一枚のプリントの時はどの生徒も結晶化が成功したのだが、今試している方のプリントでは成功者は三分の一以下と言ったところだろう。

 色味に富んだ方の陣は自然界で魔力が結晶化する条件と言うのを補ってくれるものだ。今回の授業テーマが「自然界で魔力が結晶化される仕組み」なため、それに沿った陣が配布された。

 この陣は時間さえかければ自然の法則に乗っ取って結晶を作ってくれるので失敗が少ない。しかし時間がかかる。結晶化に反応しきれる魔力量が決まっており、変化速度が一定のためだ。どんなに大量に魔力を流し込もうと勢いをつけようと、陣の作り出した環境下で処理しきれなかった魔力はあぶれて散ってしまうので放出し損になる。

 そして今やっているもう一枚。

 こちらは結晶化の陣の中でも広く好まれている物だ。

「いいですか。二枚目は魔力量と皆さんの魔力の制御次第で質やサイズが調節できます。そのため非常に脆くもなりやすい。生成できた人は比べて良く観察してみてください。色味や角の立ち方なんかも違うはずです。自然化で時間をかけて着実に生成されているものの方が密度が高く硬く、丸みを帯びている事と思います。環境に寄りますが不純物も少ないです。この陣ではそういった不純物は出ませんが。……ちなみに、脆く作れることには利点もあります。柔らかい結晶を生成し印や陣を描くと―――」

 教員が説明をしながら席間の通路を歩いて教室を回る。

 アルベラの隣の席ではルーラが両手をプリントの上にかざし、光の灯った髪を揺らめかせていた。その手元には光として視認できるくらいに魔力が凝縮されていた。

 ―――コツ

「おお」

「……っはぁ」

 大きく息を吸って、ルーラは肩から力を抜いく。陣の上には生成に成功した第一関節サイズの結晶が転がっている。

 結晶の生成に成功したのだ。

「凄いじゃない」

「ありがとうございます。けど私はもう、これでカラカラです」

 ルーラは結晶を指でつついて苦笑した。

「この小さな石ころが、私の今の精一杯の魔力です」

「できたことが凄いわよ。私は……どうしても霧散しちゃうもの」

 結晶の崩れ方も人それぞれで、消える瞬間に火が付いたり、水のように流れ落ちてしまったり、弾けてしまったりとしている。 

「特待生は流石ね」

 アルベラは成功している数人の生徒達へ視線を向け、三~四センチほどの結晶を手に取る女生徒で目を止める。

(あら……あの子、こないだ学食でユリといた)

 金髪の可愛らしい少女。アルベラは名前を知らないが、三年の先輩からストーカー被害を受けていたイチル・ニコーラだ。

 イチルは、隣りの席のナナー・ヤッツに「見せて」と言われ結晶を渡していた。

 科学の授業はレイニークラスのメンバーで行っており、十人の特待生達は四クラスに二人と三人で振り分けられているので、このクラスには他に二人の特待生がいる。

(あの金髪のかわいこちゃんは魔法学でも同じクラス。あと、同席のあの男子生徒は二級のクラスね。後ろの席のあの子も多分特待生か。何か落ち着く外見してるなぁ……)

 焦げ茶のような黒髪、方眼鏡で塩顔の少年が視線を感じたのかアルベラを見てさっと顔を背けた。

 見るからに冷や汗を掻いている。

「アルベラ様。あんまり見ると怯えちゃいますよ?」

 隣でルーラがほほ笑んだ。

「ええと、確か……イチル・ニコーラ、ナナー・ヤッツ、トミタ・トシオさんですね」

「え、なんて?」

「あの三人です。特待生の方々を見ていたんですよね? 私、この間全員名前を覚えたんですよ」

 ルーラが「ふふっ」と笑う。

「そ、そう。凄いわね。ところでもう一度お名前伺っていいかしら?」

「イチル・ニコーラ、ナナー・ヤッツ、トミタ・トシオさんです」

「トミタ・トシオ……?」

「はい。あの方眼鏡の彼ですね」

「……え? 何で和名?」

「え?」

「え?」





 呆然とするアルベラに、彼女がなぜ呆然としているのかよく分からないながらも、ルーラは説明してくれた。

 イチル・ニコーラはミーヴァと同じく中等部から上がってきた特待生だそうだ。特待生はもう一人、トゥイッツ・ジュロという男子生徒が中等部から上がってきているらしい。

 トミタ・トシオは高等学園からの入学で、魔法より魔術の方が得意の典型らしく授業の組み合わせなのか、ルーラはミーヴァと彼が魔術の話で盛り上がっている姿をよく目にするらしい。

「へぇ……随分と、その……お名前が個性的ね」

 ルーラはキョトンと首を傾げる。

「そうでしょうか?」





「トシオ君どうかした?」

 イチルが振り返る。ナナーも「どうしたー?」と顔を向ける。

「あ、えと。今、公爵のご令嬢に凄い睨まれて……」

「えぇ? まさかお前まで目をつけられたとか言わないよな?」

「え……?! そ、そんな……僕何もしてないし……」

「ユーリィが言ってたけど、あの噂デマだってよ? ちょっと目が合っただけじゃない?」

「そ、そうだと良いな……」

「お前ミーヴァの言葉気にしすぎなんじゃないか? 何も悪いことしてないんだし堂々としてろって」

「う、うん……」





 ***





(リドに教えてもらったお店のおすすめの焼き菓子とチョコレート。ちゃんと買えたし。後はこの腕輪をタイミングを見つけて渡すだけ!)

 ユリは移動用の鞄に入れた包みを思い浮かべ笑みを浮かべる。

 うきうきした彼女の様子に、ヒフマスが「ユーリィご機嫌だねぇー」と嬉しそうに笑った。

「うん。私、今日こそはちゃんとお礼言うの」

「あー。ディオールのお嬢様? うーん。私としては怖いから関わらない方がって思うけど……ユリがそうしたいなら。……頑張って!」

「うん!」





 がやがやと周りの生徒達の声が賑やかな食堂。

「アルベラ、お疲れ様」

 ユリが彼女を見つけたのは昼食を終え食堂を出るタイミングだった。椅子に座っている彼女を見つけ「今だ」と思った。

 鮮やかな緑の瞳が自分へ向けられ、ふと細められた。

「ユリ、お疲れ様。どうしたの?」

「これ、ありがとう! 返すの遅くなってごめんなさい」

 ユリが差し出した両手には、あの保温効果の腕輪とともに、可愛らしいリボンのついた小さな包みが乗っていた。リボンにあしらわれた模様はアルベラの見覚えのあるものだった。学園の近くにある、貴族も愛用するお菓子屋の物だ。

「これ、お礼。凄い美味しいお店だって友達が教えてくれたの。口に合うか分からないけど、良ければ」

「そう……。いいわ」

「え?」

「いらない」

 スカートンとルーラの視線を感じつつ、アルベラは「逃げるな」と自分に言い聞かせる。

「その腕輪はあなたにあげたのよ。返してもらうつもり何てもともとなかったの。だからどうぞ、お気にせず」

「……そんな。こんな高価な物、なり行きで貰えないよ」

「気にしないで。私も拾ったようなもんだから。……何なら売り払って生活の足しにでもしてもいいのよ?」

(あれ……なんだろう。今の言い方、すごい嫌な感じが……)

 ユリの瞳が不安げに揺れる。

「そ、そっか……。じゃあ、今度代りに何かお礼を……。あ、そうだった。こんなお菓子じゃ代わりにもなんないけど、せめて今日はこれを受け取ってもらえると」

 アルベラは「ハァ?」と人を小馬鹿にした笑みを浮かべる。

 その表情にユリは血の気を引くのを感じた。「これは本当にアルベラだろうか」という思いと、「もしかして本当に嫌われているのかも」という不安が過る。

 スカートンとルーラも、アルベラが一方的に醸し出す威圧的な空気を感じ取っていた。

 ルーラはただ不思議そうに、スカートンは分かりやすくハラハラしていた。彼女たちも嫌味な人間と言うのはよく知っている。今の公爵ご令嬢様の態度は、彼女らから見てもまさにそれだった。

 スカートンは胸の前で手を握りしめる。

 気のせいであってほしいと、祈るような気分でもあった。

 大事な友人が何を考えているのか、何を言おうとしているのかと彼女の口元をじっと見つめていた。

 アルベラの口端が嬉しそうに小さく持ち上がるのが見えた。それが動き、嫌な波を避けるように周囲の精霊たちが揺らめく。

「こんな小汚―――」

 だめ。

 言わせちゃ駄目。

 聞かせちゃ駄目。

 スカートンの周囲の精霊がざわめいた。

 彼女は身をのりだし、何とかしなければと口を開いた。

 しかしそれよりもさらに早く風が動いていた。

「アルベラ―――!」

「……んくっ?!」

 アルベラは目を丸くする。

 言葉が発せられない。

 呼吸ができない。

 口や鼻の辺りに「空気」というものが全く見つからない。

 口をつぐみ、喉に手を当てて苦し気にスカートンを見上げる。

 「え」とユリが、「あら」とルーラが呟いた。

「アルベ……ラ……? あ……!」

 スカートンは自分が立ち上がっている事に気が付きハッとした。浮遊する自分の髪と、周囲で慌ただしく舞う精霊が目に入る。興奮したような攻撃的な動きだ。

 苦しそうに顔を歪めるアルベラの周囲では小さく風が渦巻いていた。

「ご、ごめんなさい!」

 無自覚に発動していた魔法を、スカートンは慌てて解いた。

「……っはあ! はぁ、はぁ、はぁ……」

 アルベラは片手をテーブルについて体を支え呼吸を整える。

(スカートンさんの魔法……?)

 ユリは呆然とアルベラらとスカートンを見つめた。その手元をつんつんと突かれ、アルベラの正面に座る彼女へ視線を移す。

「ジャスティーアさん、そちら私が受け取っておきますわ」

 ルーラはニコリとほほ笑み、ユリの手から包みだけを摘まみ上げる。

「私達今取込み中ですの。すみませんが席を外していただいてもよろしいかしら?」

「は、はい……」

 アルベラの背を撫でながらスカートンもユリを見上げた。

「アルベラが、前にそこのお菓子屋さん美味しいって言ってたわ。……ユリさん有難う。また聖堂で」

 隣りから聞こえた優しい声に、アルベラは呼吸を整えながら目を据わらせる。

(ス、スカートン……人を殺しかけておきながらこの子……なんて恐ろしい……)

「皆さん、お忙しい時に失礼しました。では……あの、また……」

 困惑した空気を漂わせながらユリその場を立ち去っていった。





 呼吸が整い、疲れたような顔でアルベラは深いため息をつく。

「私わたくし達、スカートン様の『首絞刑仲間』ですわね」

「……絞首刑……本当ね」

 いつかの王子の誕生日会で、先ほどのアルベラと同じ目にあった事のあるルーラは悪戯な笑みを浮かべた。

「ご、ごめんなさい……」

 スカートンが縮こまる。

「それで、あの子とは何かありまして?」

 不思議そうにするルーラから、アルベラは素っ気なく顔を逸らした。

「いいえ。何も……」

「そうですの」

 ルーラは首を傾げる。

 スカートンは露骨に困惑の空気を滲み出していた。ふと見た彼女はとても悲し気な目をしていて、罪悪感を誘うその表情にアルベラは耐え切れず彼女からも顔を背ける。

 アルベラはコクリと唾を飲むと「よし……」と心の中呟いた。気持ちを整え、口元に弧を描き微笑みの表情を張り付ける。

「ごめんなさいね二人共。空気を濁してしまって。……私、先に失礼するわ」

「待って」

 席を立つ彼女を、スカートンが袖を掴み引き留める。

「これ、アルベラが持って行って。美味しいって言ってたよね?」

 差し出されたのはユリからの品だ。

 美味しいと言った。スカートンの言葉は事実だ。二人で前にこの店を訪れ、二人共この店のお菓子を気に入った。高等学園に入学したらまた行こうとも話した。

 アルベラは、瞳を潤ませ必死に訴えかけてくるような友人からそれを受け取る。

「ええ……ありがとう」

 張り付けた笑みに僅かに困ったような表情が混ざった。





 食堂から出てた廊下の隅。

 アルベラはスカートンの顔を思い出し深いため息をついた。

(……しくったな。あの子の前でやるんじゃなかった。…………っく、うう……あんな顔、反則では……)

 周囲の人の視線など気にもせず、ぐりぐりと壁に額を押し付ける。

(ああもう! ……仕方ないじゃない! 心構えがあったって耐性が無いんだもの! あんな顔どう受け止めたら良いか分かんない!)

 ユリに関してはとても薄情な話、悲しませたり傷ついたりは遠慮せずに行うべきものと思っている。

 原作との都合もあり、自分の事をあっさり倒してしまえる将来性があると知っているので尚更大丈夫だと思っていた。傷つけても絶対立ち直れる精神。寧ろそれを踏み台にして更に強くなっていけるポテンシャル。踏みつければ踏みつけるだけ強くなるのだろうという勝手な信頼。

 アルベラの中には、「どうせ自分の嫌がらせは全て乗り越えられてしまうのだ」という安心感があったのだ。

(なのに……あんな怯えた顔……。やり辛いったらないじゃない……)

 そしてその周囲や自分の周囲も。嫌うなら嫌え。私は意地悪なご令嬢様だぞ、という気を十分に備えてきたつもりだった。

(まだまだ『つもりだったっだけ』か……。はあ……情けない)





 壁に額をつけ暗い空気を纏うご令嬢に、周囲は不審な目を向け関わらないように距離を取っていた。

 そんな中、一人の青年が全く空気を読まない明るい声を彼女に投げかける。

「よ。お嬢様。お前さっきの何だ?」

 アルベラが顔を上げると明るい茶色と透明な赤い瞳が微笑んでいた。

「あらルー、ごきげんよう」

「っくく。ああ。随分『ごきげん』みたいだな」

 アルベラはムッと目を逸らす。

「煩いわね。女の子にはいろんな周期があるのよ」

「お嬢様がなんてこと言ってんだ。それより、人のプレゼントを人にあげといて『拾った』は無いだろ。せめて『大事な人から貰った』くらいはちゃんと言ってくれないと俺が報われないんだが」

「……どこから見てたの?」

「一通りな。近くの席にいたもんで」

「はぁ……。そう。悪かったわね、勝手に人にあげちゃって」

「ははは。まあいいけどな。それより来週の放課後どっか空いてないか? 俺の部屋来いよ」

 ―――ざわっ

 周りの生徒達が急に音量を下げる。

「馬鹿なの?」

 アルベラは眉を寄せた。

(ていうかさっきの食堂の事とかは気にならないわけ? どんだけマイペースなの)

 ルーは呆れた笑みを浮かべる。

「おいおい。茶の誘いにその返答はないだろ」

「はいはい。ワザとね。分かりましたわ。それに付いてはエリーにお返事を持たせます事よ。あのお庭での話かしら?」

「まあそういうのもな。けど単に公爵家同士友好をってのも悪くないだろ?」

「そうです」

 「わね」、と言い終わる前に「あら。サールード様」という女性の声が割って入った。

 ルーが視線を向け「これはこれは」と女誑しの優しい笑みを浮かべる。

 ラツィラスが浮かべる物とどこか似てる気がして、「血筋か」とアルベラは目を据わらせた。

「次の授業同じですわね。ご一緒によろしいかしら?」

「ええ。勿論ですとも、クラリス嬢」

 クラリスという名に心当たりがあり、アルベラは表情を整えてそちらへ目を向ける。

 明るい水色のストレート髪が、小首をかしげてさらりと揺れた。

(クラリス・エイプリル……)

 西の辺境伯のご令嬢だ。

 入学して早々、アルベラは彼女が「水の妖精」に例えられているのを耳にした。二年の先輩だ。

 「あら?」とクラリスはアルベラの存在に気付いたように声を上げた。

「ディオール様ですね。お久しぶりです」

 彼女は恭しく頭を下げる。

「エイプリル様、お久しぶりです。学園で会うのは初めてですね。これからどうぞよろしくお願いいたします」

「ええ。よろしくお願いいたします。頼りになるかはわかりませんが、学園生活で困ったことがありましたら気軽に声をかけてくださいませ。精一杯力にならせて頂きますわ」

 柔らかく微笑む彼女の横、ルーがどこか楽し気に笑っているのが目に入った。

 何となくだが、「ご令嬢二人が自分を取り合っている図」とでも脳内変換して楽しんでいるような気がした。

 アルベラは「おいこの野郎」という言葉を飲み込み、「サールード様」と微笑みかける。

「授業のお時間でしょう? このままではエイプリル様も遅刻させてしまいますわよ」

(『サールード様』か。流石だな)

 彼は小さく笑う。

「そうだな。それではまた、『ディオール嬢』。……では参りましょうか、クラリス嬢」

 立ち去っていく彼らから目を逸らし、アルベラは自分の次の授業を思い出す。

 次は選択科目の基礎植物学だ。温室へと足を進める。

(二年と三年で同じ授業って事は中級の選択科目か。二年じゃ上級取れないもんな。……ん? 中等部の方で上級まで選択してたら、高等部では一年時から中級が取れる授業もあるんだっけ。……まあ、今はそんな事どうでも良いや)

 クラリス・エイプリル。

 彼女はディオール家嫌いの一家の長女だ。ラツィラスの誕生日会で目にすることもあったが、前にも何度かお茶会に招待され出向いたことがある。

 彼女の領土は西の国境。滅多に会うことは無いのだが、王都内に別荘を持っているため、たまにそこに訪れてはお茶会を開催しているのだ。

 ディオール家嫌い、とは母から聞いた話だ。

 アルベラも彼女のお茶会に何度か招待され行ったことがあるが、彼女やその母や周囲からは全くその気配を感じられたことが無かった。

(本当に我が家を嫌っているんだとしたら、隠すの凄いうまいんだよな……)

 見習いたいものだ。

 クラリスの事で意識が逸れたアルベラだったが、温室に向かうまでに淡い緑髪の生徒を目にし、スカートンの表情を思い出してしまう。

(くそう! 私! しっかりしろ! くそう!!)

 彼女はそうやって何度か足を止め、壁に向き合いを繰り返し、気づけば授業に十分ほど遅刻していた。



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