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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)

170、お爺様の試験 10(帰宅)

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 夕暮れの中、大きな鳥が二羽、城の三階に設けられた広場へと降り立つ。

 のこぎり型狭間に囲われたその広場は、足元にタイルで模様が描かれている他は殺風景なもので、奥には城壁に半分埋め込んだような、又は城壁から生やしたかのように、豪勢な館が構えられていた。

 第一妃の館だ。

 今回二人の用があるのはその館ではない。城内の魔術具を管理している区画へと向かうため、そこに比較的近い場所を選んで着地したのだ。

 不幸を巻き起こすボクルの実に効果封じをするためである。

 ウォーフとの食事はその後だ。

 実はギャッジに頼んで、自分達はそのまま食事に行っても良かったのだが。そうしなかったのは気分だ。

 城になら様々な呪具や魔術具がそろっている。そこには、それらを管理する魔術師や魔術具師も常に待機しているので、彼らに物を見せて頼めば、それに合った道具か、魔術を施してくれるだろうと思った。運が良ければ鑑定出来る者もいるはずだ。そうだった場合、そのまま彼へ預ければ良い。





 広場に降り立つ前から、ラツィラスとジーンには第一妃の館の入り口の前に一人の騎士が待機しているのが見えていた。幾つかの鉢植えしかない広場の中、彼の夕日に輝く鋼の甲冑は嫌でも目に付く。

「やあベイリラン」

 ラツィラスはその人物の元へ行き笑いかける。

 ガーロン・ベイリラン。第四王子ルーディンの護衛騎士だ。

 ガーロンは目元に一瞬嫌悪の色を示し、すぐに頭を下げる。

 「君がいるって事は」とラツィラスが言うのとほぼ同時、館の扉が開き、丁度噂をしようとしていた二人が現れた。

 スチュートとルーディンだ。

「……ん? よう、偽物」

「やあ、ラツ」

 先に出てきたスチュートは、「偽物」と言い、その視線はラツィラスに向けられていた。

「やっぱり君達か。結構頻繁に出入りしているのかい?」

「は? たり前だろ。子供が親の顔見に来て何が悪い」

 スチュートは苛立たし気に応える。

「悪くなんてないよ。羨ましいなと思って。僕も気軽にお義母様おかあさまと面会できればいいのに」

 ラツィラスの体ががくりと揺れる。スチュートが彼の胸倉をつかみ上げたのだ。

 「兄さん、」とルーディンが声を上げる。

「……何が『おかあさま』だ。虫唾がはしんだよ。二度と口にすんな」

「ごめんごめん。義母ぎぼって意味で言ってるんだよ。誰も本当の母として口にしてないって」

 スチュートは舌打ちをし、乱暴にラツィラスを離した。

「で? でめぇはここで何してる。下から第一妃さまを手にかける算段でもしてたか?」

 スチュートの言葉に、ガーロンが剣の柄を握りラツィラスを睨む。

 嫌悪感むき出しの彼らへ、ラツはくすくすと笑った。それは至っていつもの通りの表情で、友人たちと和やかに話している時に浮かべる物と全く変わらない空気を保っていた。

「物騒だな。違うよ。僕らは別に用があってね。……物騒と言えばさ」

 透明な赤い瞳が、自分より少し上にある義兄弟の目を見据える。

「この間、さっそく処刑したって聞いたよ? 怖いなぁ」

「はは? ゴミ処分してお国を綺麗にしたんだよ……文句あんのか、偽物」

「いや。ただ程々にねって。悪人の首跳ねて楽しむのは多めに見るよ。けどあんまり小さい事にも処刑処刑ってなるとさ、色々と空気が悪くなっちゃうでしょ? 君の対象って、平民の人達に偏りすぎるし。……あ、けど貴族を率先して処刑してって事じゃないよ」

「ああ゛……?」

 スチュートはぎりりと歯を食いしばった。憎々しい相手を前に、何とか堪えるように全身に力が入ってるのがわかる。

「……この国は、まだテメェの物じゃねぇんだよ」

「分かってるよ」

 絞り出すような彼の声に、ラツィラスは微笑みながらあっさりと頷いた。

 彼らの間にルーディンが割って入り、スチュートの体を押す。

「兄さん。そろそろ行こう」 

「……んあ? ああ、分かってるっての!!」

 スチュートは控えるジーンに目を向け、「はっ」とバカにするように笑う。

「本当、偽物同士お似合いだな」

 広場の出口へと向かい目の前を通り過ぎる彼へ、ジーンは黙って頭を下げた。

 その姿にスチュートは舌打ちをする。

「相変わらずつまんねー奴」

 彼は片手をひらりと振る。同時に、お辞儀をしたままのジーンの頭の上に大量の水が流れ落ちた。スチュートはそのまま城の中へと去っていく。

 ジーンはポタポタと髪を伝って落ちる水滴を見ながら「つめたい……」と他人事のように頭の中でつぶやく。

 そんなに頻繁に顔を合わすわけではないが、スチュートと会うと大体こんな感じなのでいちいち立てる腹もない。

「ごめんね」

 視界にブーツが入り込み、声がかけられた。

 ジーンが頭を上げると、ルーディンが正面へやってきていた。ラツィラスに似た相貌が、自分へ心配そうな目を向けている。

「ガーロン」

「はっ」

 名を呼ばれ、待機していたガーロンは承知したとばかりに片手を動かす。宙に描き始めたのは乾燥の魔術印だ。

「お気にせず」

 ジーンの言葉に、あと数手で印が描き終わる手をガーロンはゆっくりと止める。指先に魔力を込めたまま、ルーディンに尋ねるような視線を向けた。

「自分で致します」

 ジーンはいつも通りの無表情で彼を見る。

 ルーディンは首を傾げ、一呼吸置いて微笑んだ。

「そう?」

「はい。お二人のお手を煩わせるほどではありません。どうぞお気になさらず」

「―――そうだね」

 ルーディンの後ろから、ラツィラスが静かに頷いた。

 印を途中まで描き手を止めていたガーロンは、ラツィラスの言葉に手を払う。宙に描かれた印が掻き消える。

「乾かすのは僕がやっとくよ。二人は早くスチュートを追うと良い。また彼、癇癪起こしちゃうんじゃない?」

 腹違いの弟がにこやかに歩いてきて、ルーディンは「ラツ……」と呟いた。

 ガーロンは舌を打つ。

「ルーディン様。行きましょう。その方がそうおっしゃるなら大丈夫でしょう」

「……うん、そうだね。……ラツは僕と違って何でも出来ちゃうもの。自慢の弟だよ」

 ニコリと笑う主の言葉に、ガーロンは痛まし気に眉を寄せた。

「じゃあ後はよろしく」

 ルーディンは朗らかにそう言い残し、兄の後を追っていった。

 ラツィラスは去っていく彼らの背を視線で追う。広場から室内へと繋がる通路、二人の影はその奥へと消えていった。

「ほら、万能王子」

 ぶっきらぼうなジーンの声に、「ん?」とラツィラスは振り向く。

「いい加減さっさと乾かしてくれるか?」

 ぞんざいな態度にラツィラスは苦笑した。

「君、自分でもできるよね」

「お前がやってくれるとか言ってなかったか? 魔力有り余ってんだろ。兄貴の後始末さっさとやれ」

「こんな魔術、大した消費でもないじゃない」

 ラツィラスは笑いながら指揮棒を振るうような仕草で、二度ほど片手を払う。それは印を描く動作ではなく、どちらかと言うとなにかを集める仕草に近かった。

 彼らの間に小さく光のシールドのようなものが現れ、ラツィラスはその中心を「トン」と小突くと、光の粒子をのせたそよ風がジーンへ流れた。

 風に包まれ、びしょ濡れだった上半身が数秒で乾燥する。

 だがその威力が必要以上の物だったのか、ジーンの赤毛が見事に膨張していた。

 ラツィラスが「ぷっ」と噴き出す。

 「おい」とジーンは髪の毛を手櫛で整える。

「ごめんごめん」

「ベイリランにさせた方が上手かったか?」

「そうかな? これは気持ちだよ、込めすぎちゃって」

「どんな気持ちだ」

「ごめんごめん。さ、その実どうにかして早く行こうか。お腹すいたなー」

 ラツィラスは何事もなかったように歩き出す。





 在中している魔術師のなかに鑑定出来る者がおり、ラツィラスは彼へ実を預けた。先ほどの広場へ向かい城内を歩いていると、前方から一人分の足音が聞こえてきた。T字状の廊下。すぐにその人物が右手から姿を現す。

「おや、ラツ。帰っていたか」 

 ラツィラスの父、ニベネント王だ。

 姿や足音は一つだが、視線や気配が数人分。ご丁寧に「察せられる程度」に気配を出してくれているのをジーンは感じた。

「はい。今日はすぐ出て、また寮に戻るんですが」

 ラツィラスは微笑む。

「そうかそうか。訓練、ご苦労だったな。ザリアスから連絡が来たぞ。谷に落ちてただの、雪崩に巻き込まれただの」

 父は苦笑を漏らす。

「お前の魔力ならある程度の事は自分で対処できてしまうとは思うが……ちゃんと見極めるようにな」

「はい、お父様。……ところで、」

 ラツィラスが浮かべていた微笑みが僅かに冷たい物となり、空気が重くなった。

 王は察した様に息をつく。

 悲し気に目を伏せると、彼は歳を重ね筋が目立つようになった手でさらさらと宙に印を描く。

 三人の周囲に一瞬光のドームが現れ、すぐに消えた。辺りから音が消え、わずかに感じられた空気の流れも止まった。

 魔術が施されたタイミングで、ラツィラスが口を開く。

「彼らと、第一妃様の館前で会いました」

「……そうか」

「お父様は、いつご決断されますか? 彼らのためと、このままずっと無理な延命をつづける気で?」

「全てが彼らのため……とは言えないな。私の情が大きいのは分かっているよ。そうだな……。なによりもそれがでかい……」

「―――僕の意見は変わっていませんよ。貴方が決断できないなら僕が彼女を殺します」

 王は皺を深くして目を細めた。ゆっくりと首を振る。

「だめだ。それはお前の仕事じゃない。そんな事は……。……そうだな。そうならないために、お前より早く心を決めよう」

 ジーンは二人の会話を静かに眺める。このやり取りは以前にも数回見ていた。始めは十一の頃。その後は年に一度の頻度で、似たような、それを匂わせるやり取りだった。

「すまないな。愛おしいのだよ……皆。お前も、彼らも、彼女も……」

 己の不甲斐なさを悔いているように、ニベネント王は声を潜めた。

「こうしている間に、何か新しい手立てが見つかるとでも?」

「……そうだ。情けないものだろう? すまないな」

「ええ。本当に」

 父である彼を見上げるラツィラスの目は冷たい。先ほどの義兄弟達と話していた時が嘘のように、素の感情を露わにしていた。

 王はその目を受け止めてほほ笑む。息子の頭に優しく手を置き、辺りに張った魔術を解く。

「すぐに出るのだろう。気を付けて行っておいで。頼んだぞ、ジェイシ」

「はい」

 ジーンは去っていく王に敬礼する。

「『王の器』……。笑えない位哀れだよね」

 ラツィラスは冷めた表情のまま小さく呟いた。





 部屋に飾った母の写真を手に取り、ルーディンはソファーに寝転がっていた。

 スチュートとルーディンは寮生ではない。城の宮殿から学園へ通っているのだ。飛べる騎獣を使い、十五分前後。通学には何ら苦はなかった。

 うつ伏せになり、ご機嫌に両足を交互に振っている主へガーロンはつい笑みを浮かべる。

「ルーディン様、嬉しそうですね」

「うん。お母様、随分元気になってたよ。お兄様たちの努力のたまものだね」

 ガーロンは自分の事のように、柔らかく目を細める。

「良かったですね」





 ***





(OK……もらってしまったなぁ)

 早めにストーレムの町に帰っていたアルベラは、自室で机に突っ伏していた。

 今日はこの後、祖父と叔父を交えて夕食を取り、その後屋敷の馬車にて学園まで送ってもらう事となっている。御者は屋敷専属のヴォンルペ。連れてきたハイパーホースは、エリーとガルカが乗って連れていく。

(八郎曰く、原作一年時の初めの長期休暇中は、ユリと『アルベラ』が関わることは無いから大丈夫だって言い張ってたけど……急に不安になってきたな。……まあ、ぎりぎりまで様子を見るか)

「……っと、それまで。……ん?」

 身を起こし、アルベラは何となく思い浮かべたボクリの実に関してのクエストを思い浮かべて動きをとめる。

 そのクエストが丸々消えていたのだ。

 奪う必要も、破壊の必要も無くなったと言うことだろうかと、暫し考える。

(……ま、仕事が無くなったのは良いことか)

 引き出しを開け、そこから便箋を取り出す。ティーチへ報告の手紙を書くのだ。

 行くのは月頭の誕生日会が済んだ後。二人騎士が付く事。代わりに伯爵から報酬の上乗せがある事。

 諸々書き終えたころ、夕食を知らせるノックの音が聞こえてきた。





 夕食が済み、使用人と両親、伯父と祖父に見送られアルベラは出立しようとしていた。

 祖父伯父は明日の早朝に発つようで、今晩もまたネロイは連れてきた騎士や兵達と野宿するようだ。

「アルベラ、お前にはまだまだ体力も魔力も足りていない。だが、それを補うためにもあの遠出はいい経験になるだろう。お前は私の予想よりも能動的だった。その姿勢は評価している。だから、もっと知見を広げなさい」

「はい。ありがとうございます」

「いいか、アルベラよ。守る側がどんなに努力しようとも、守られる側が浅はかで軽率で馬鹿な行動をとれば、守る側の努力は容易く無駄となる」

(うん? どこかで聞いたセリフだな)

「人は容易く愚かになれる。今日は大丈夫でも、明日には緩みが生じているかもしれん。常に自分を律しつづけなさい」

「は、い……」

 祖父の相変わらずのストイックぶりに、アルベラは受け止めきれない重みを感じて圧されてしまう。

 言いたいことを言い終わった祖父は、ぎんっと眼光を鋭くして孫を黙って睨みつけた。

 「またこの間だ」と、アルベラは無言で見上げる。

 ネロイが「アルベラちゃん」と横から顔をのぞかせる。

「親父、久しぶりに会った上、君が予想より立派に育ってて、どう褒めたらいいかわかんなくて悩んでるんだよ。怖がらないでやってくれな」

「え?」

「ふんっ。あくまでマシだった程度だ。……気を付けて帰れ」

「はい……」

「いやあ。頑張った頑張った。でさ、アルベラちゃんは野宿したことあるかい?」

 「突然何を」と思いつつ、アルベラは首を振る。

(そういえばない気が……)

「じゃあさ、旅でプランが崩れる事ってあるもんだし、旅立ちの前に一度経験しておきなよ」

「確かに、そうですね。野営の道具について、あまり詳しく知りませんし」

「アルベラ、そんな事できる者に任せておけば……んぐ」

 伯父の後ろで口を開いた父が、母と祖父に黙らせられた。

「学校の屋上とか校庭の端とか使って、まずは軽く外で寝てみるといいよ」

「誰かに見つかったらそれ公爵家のご令嬢としてどうなんです?」

「はっはっは、そんなの地位でねじ伏せて黙らせなよ」

(こういう思考、お母様に似てる。お母様はこんな直接的に言わないけど)

「じゃあ、まあ、俺からはそれくらいかな。今度ブルガリー領地に遊びにおいでよ。ベルルッティ家との合同訓練とか、ウォーフ君帰郷するだろうし、それに同乗させてもらったりすれば楽だろうし」

「は、い」

「良し! 気を付けて。勉学も頑張ってな」

「はい。ネロイの伯父さまも、お元気で」





 馬車が去っていくのを見届け、ネロイは嬉しそうに笑う。

「いやあ。上手い感じに二人に似たなぁ。レミリアスそっくりなのに、空気はラーゼン君寄りだよね、あの子」

 ネロイの言葉に、ブルガリー伯爵は少しイラついた表情を浮かべる。「ラーゼンにも似た」という言葉が癪に障ったのだ。

「そうですか? 私にはまったくもって……レミリアスにしか似ていないと思うのですのが……」

「お兄様、私わたくし、ちゃんと子育てできましてよ?」

 くすりと笑うレミリアスだが、その目は笑っていなかった。

 ネロイは表情を引きつらせる。

(レミリアス……アルベラちゃんが生まれたころ、『お前に子育てなんてできんのか』って言ったの根に持ってるな……。ちゃんと冗談で言ったはずなんだが……)





 ***





 学園寮へ戻ったアルベラは、自室に話に聞いていた手紙が落ちているのを見つけ、就寝前に封を切る。

 中に書かれていたのは、訓練時に聞いた内容と大体は同じだった。

 自分たち側と、あちらの王子様方とかかわりを持つことで、兄弟喧嘩に巻き込んでしまうかもしれない事。あちらもラツィラス側の動向を探るのに、アルベラを使おうとする可能性がある事。

 だが、簡潔にまとめられたこちらより、訓練時の時の方が色々と気になることを漏らしていた気がする。

 アルベラは「んー……」と小さく呻きながら、ベッドに倒れ込んだ。

(なーんか情報が断片的ですっきりし無いなぁ。関わらるなら気を付けて、とか言ってたけど、気を付けるタイミングってのがあるわけで。何をどう兄弟喧嘩しようとしてるわけ……? それがわからないと何とも……ていうかこっちでも喧嘩? 皆もっと平和的に生きなさいよ)

 賢者様と神様とやらの喧嘩の話を思い出し「あれに比べたら平和な範囲か」と思う。

 しかし、思い出してみれば彼らはこの国の王子様方なのだ。

 そして「あいつが王様に成れたらの話……」というルーの言葉。

 そうなると「王権をめぐっての潰し合い」「派閥争い」「暗殺」等の言葉が浮かび上がる。

 この国の公爵家は、一応定め上は皆王位継承権を持っているのだ。勿論優先順位というものは存在し、公爵家の中でも王族の公爵家の方がその優先順位は高い。

 公爵家である以上、成り上がりとはいえ、優先度が最低辺とはいえ、ディオール家も一応は王位継承権を持っているのだ。

 それはあくまで保険であり、王族が絶えて国を引く者が居なくなった際に機能すべきものだと、前にアルベラは父から聞いたことがあった。

 王族が徹底的に潰れて消え失せない以上、父はその王権とやらは無いものと考えているらしい。

(お父様の考え方は最も。けど、あるものはあるわけで……。ルーの家も、ウォーフの家も。あと、この学園の理事長様も……)

「なんか……物騒な事にならなきゃいいけど……」

 暫し寝具の天井を見つめ、「よし」とアルベラは身を起こす。

(まずは聞こう。聞いて駄目なら探ればいい)

 エリーやガルカには今もそこそこ探ってもらっているため、生徒間で最近聞いた話や、過去に貴族間で聞いたことのある話、民間で流れている噂など、幾つか教えてもらいはした。

 今まで知りもしようとしなかった第二妃についての話や、第三第四妃や、妾の話など。

 ラツィラスが第二妃の息子である事。母を失って城に来た事。そこまでは割と民間の中でも知られている話だったし、アルベラも何となくは知っていた。だが、それ以上の細かな内容と言うのは全く知ることが出来ず、兄弟間の関係についても「仲が良いらしい」という噂が多い。エリーの話では

具体的な言葉では耳にできなかったが、一部の貴族の間では「第三王子が第五王子を嫌っている」という認識がある様に感じる、とは聞いていた。

 それらの話をどう判断したらいいのか、できればもっとちゃんとした裏付けが欲しい。

(本人の口から聞ければ、多少の嘘はガルカが聞き分けられるし。他に私にできる事は……)

 ぼふっとベットに背を預け、「……それくらいだよな」と呟く。

『だよな』

 ベッドの隣に飛んできていたスーがコピーした言葉を返す。

 アルベラは微笑み、ふわふわサラサラな彼女の毛並みに手を伸ばした。





 ***





 翌日の朝、伯爵たち一行は二手に分かれ、空のと地上からブルガリー領への帰路についていた。

「全く……見ない間にでかくなりおって……」

 伯爵の頬に一筋の涙が伝い、朝日に輝く。

 伯爵の右、控えて飛んでいた騎士は彼を見てぎょっとする。

「は、伯爵。どうされました?!」

「気にするな。欠伸だ」





(親父、今頃感極まって泣いてるんだろうなぁ)

 空を見上げ、ネロイは笑みを浮かべる。

(……いかつい顔して、あの人すーぐ泣くんだから。俺もいつかあれほど涙もろくなんのかねぇ)

 自分の頬をつねり苦笑する彼へ、隣の騎士が首を傾げた。

「お前、今見てただろ?」

「……え? あ、はい」

「良し。じゃあお前今日昼食抜きだ」

「え?! なんでですか、待ってください! ……あー、ええと、……隊長可愛い!! めちゃくちゃ可愛いっす!! 今日も最高です!!!」

「頭大丈夫か?」

「なんなんですか、あなた!」

 若手弄りを楽しみつつ、彼らは無事領地へと帰っていった。



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