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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)

151、寮入り 7(彼の正体、彼女の意味)

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 ガルカは拗ねたような顔で窓の桟に肘をつき、庭を眺めていた。

 それを、食堂の入り口辺りに待機したエリーが見張る。ガルカは忌々しそうに彼女を睨みつけた。

「あらエリー。ただいま」

「お帰りなさいませ。お庭は楽しめましたか?」

 アルベラは考えるような間を置き、「そこそこ」と返した。

 そして、社交的な笑みを浮かべ「それではルー様。またご都合の良いときに」と、スカートを摘みお辞儀をして去っていく。

 どんな話をしたのか、どんな雰囲気なのか、彼女の様子からは全く探ることが出来ず、エリーはルーへ視線を移す。二人の、同じ位の高さの視線がぶつかり合い、ルーは苦笑で返した。

「エリーさん、ありがとな。……けど、いろいろと恨むぜ」

「あら? お話し、ゆっくりできませんでした?」

「いいや、お陰様で。話自体はゆっくりできた……けど、一本食わされたかな。アレ、エリーさんの入れ知恵だろ」

「あらぁ、流石お嬢様。それで、何を食わされまして?」

「それを言わせるか? 意地悪な『お嬢様方』だなぁ」

 ルーは頭を掻いた。近くを飲み物を持ったスタッフが通ったのでグラスを二つ貰う。

「……じゃあまあそれは、俺の傷が癒えてから話すよ。エリーさん、喉は乾いてない?」

「嬉しいわ。丁度カラカラで」

 ルーが飲み物を渡し、エリーが笑顔でそれを受け取る。





 アルベラが戻ると、キリエ達と談笑するミーヴァとユリとリドの姿があった。ミーヴァが、戻ってきたアルベラに気づき「あ」という顔をし、ユリとリドを引っ張って去っていく。

 「アルベラが来たからミーヴァが逃げちゃったよ」と笑うラツィラスの横では、猛烈な睡魔に襲われているのか、ジーンが眠たげに目を据わらせていた。

 ラビィはルーラの陰に隠れて、スカートンの目を恐れるのと、ラツィラスに話しかけたいという思いとで落ち着かなそうにしている。

 彼等と話しつつ他の生徒との挨拶も挟みつつ、二十一時になる頃にはアルベラは満足し、同じタイミングで帰ろうとしていたスカートンと共に女子寮へと戻っていった。





 ***





 深い眠りについた頃、アルベラは突然目を覚ました。

 目を開けても暗い視界。本当に自分が起きたのかどうか疑わしかった。

 意識はやけにはっきりしているくせに、体が妙に軽く、自分が立っているのか横になっているのかも分からない。



「久しぶり! ついに始まったね!」



「―――?!」

 嬉しそうな少年の声に驚いたのと同時。真っ暗だった辺りに明かりが灯り、見覚えのある空間が目の前に広がる。

 そう。「アスタッテ様」とやらの空間だ。

 アルベラは慌てて首に手をやった。

「ハハハ。大丈夫大丈夫、死んでない」

 空中に腰かけた少年の形をした白いシルエットが、手をひらひらと振る。

「そう、死んでな……」

 自分の声が出た。聞こえた。それに気づいたアルベラは、静止し、咄嗟に少年を見上げる。

「ぁ……あ、」

「どうしたの? 何か言いたそうだね」

 アルベラは自分を落ち着かせようと一呼吸置く。

「一つ、質問をいい?」

 「うん。どうぞ」と、少年はにこやかに片手を差し出した。

 了承を得たアルベラは、すうっと息を吸う。

「―――あなた何? 人なの人外なの? 神と喧嘩したって何? 何して今どういう状況なの? 禁止事項についてだけどもっと具体的に教えて。何ならセーフで何ならアウトなの? そもそもその禁止事項の目的は? それ教えてもらえたら大分判断が楽なんだけど、ていうか私の役目の意味とか目的って何? ただのお遊びではないんでしょ? あ、あと八郎も贄の拒否されるの?」

 一つという言葉からは随分はみ出てた。

 少年は笑いなが、「数字の数え方知ってる?」と尋ねる。

「で? 答えてくれるの?」

「まあ、五年のチュートリは無事生き残ってくれたわけだし、それなりに色々やってくれてたしね。その誠意に僕も応えたいとは思ってたんだ」

(生き残ると言われても)

 そもそも、普通に暮らしている分には、死ぬほど過酷な環境でもなかった気もするが。と思うものの、折角答えてもらえるのだからと、アルベラは口を閉じ、ぶんぶんと頭を振って頷いた。そして「さあ答えろ」とばかりに少年を見上げる。

 アルベラの様子に、少年はくすくす笑い「随分と生き生きしてるなぁ」とぼやいた。

「まず、僕が『何』か、だよね。さて、何に見える?」

 両手を広げる白い影。

「『面倒くさい女』の真似?」

「ははは。違う違う。『いくつに見える?』の奴じゃないよ」

(あ、そういうの知ってるんだ)

「で? 君の見解は?」

「まあ……話してる分には『人』かな、と」

「ふーん。その心は?」

「何となく」

「なるほど! ……味気ないけど正解!」

「へ、え……」

 自分で予想していたこととはいえアルベラは驚く。

「……人……が、神と喧嘩して閉じ込められてなんかの罰食らいながら転生作業……」

「ははは。鳩に豆鉄砲の顔だね」

「いいから、何で『人』がこんな事できるのか教えてくれる?」

「……ん? ああ、『賢者』なんだよ、僕。……君の今とも前とも『別の世界』のね。凄い賢者様だったんだ。お伽噺とぎばなしが出来たくらいの。『何でも知ってる賢者様』ってね」

「へえ。……それで、その『凄い賢者様』は一体何をされて今ここでこんなことを?」

「そうだね。そこの説明も必要だ。―――僕はね、『世界』を作ったんだ」

「世界?」

「そう。好奇心の赴くままに、ね」

 彼は見えない顔を懐かし気に綻ばせる。

「自分の生まれた世界で色んなものを研究して、長く生きて、神にも通じる力を手に入れて。それで実際、神と知り合うことが出来て……。僕が仲良くなった神は、人懐っこくて寂しがり屋でね」

 「神に性格……」とアルベラは呟き、少年は「あるんだよ、其々」と頷く。

(物語とかの人間臭い神様は、割りと絵空事でもないのか?)

「でさ、彼と時間をかけて接していくうちに、僕は世界の生み出し方を知ったんだ。半ば、少しずつ情報を盗み出していく感じでね」

 よく分からない次元の話だ。

 アルベラは絵本でも読んでもらっている感覚で、取り合えず全部聞こえたままを頭に入れる。

「教えてもらったんではなく、盗み出したのね」

「そう。長い時間をかけてね。世界の作り方は、神々の間で、人に触れさせる事は禁忌だったんだ。当然だよね。人間が世界を作るなんて『神』が神たる領域を犯すような所業だもの。けどさ、自分の生まれた世界のほとんどを知り尽くしてしまった僕の興味を、止める事は出来なかったんだ。目の前に広がる未知の領域。知りたいし、知れば試したい。でしょ?」

「『でしょ』と言われましても……」

 自分には彼ほどの知識への欲が無い。アルベラは眉を寄せ、首を傾げる。

 「全く共感できない」とう彼女の表情に、少年はクスクス笑う。

「僕は世を知る賢者だ。自分の知識欲が他より逸してるのは理解してるよ。……でさ、世界なんだけど。それが実験の末に成功しちゃったんだよね。お粗末ではあれど」

「はあ、なるほど。それで」

「神々に隠して、僕は研究を重ねて。結果、世界が七つできたんだ。凄いよね。人間にもできちゃったわけ」

「それは、『宇宙を作った』みたいな話?」

「近いけど、少し違うかな。……いや、今は分かりやすく同じってことにしよう。……『宇宙』は、君の前世の世界の『秩序』があって存在するものだ。まずは安定した『秩序』が必要で、その中に、宇宙的な存在ができて、そしてそこに命が宿るための土台が生まれる。時間や空間、エネルギー。全ての存在がうまくかみ合って、安定して、ようやく世界ができるんだよ。そもそも、その時間やら空間やらエネルギーやらを生み出すまでも一苦労なんだけど、その噛み合わせってのが大変でね。まさに『神業』ってわけ」

 うまいこと言った、と言いたげに、少年は「えへん」と胸を張る。

「なるほど。とにかくとても大変だったと。……次元が凄すぎて、何一つちゃんと汲み取れてる気はしないけど……とりあえずお疲れ様でした。同じ人間とは思えない……流石は『凄い賢者様』です」

 アルベラは大雑把に受け取り、彼をねぎらう。

 スケールに引いた棒読みの称賛ではあるが、少年の反応はアルベラにとって意外なものだった。

 感慨深げに目を細め、くすぐったそうに表情を緩めている。

 相変わらずの白いシルエットで彼の表情を視認することはできないのだが、不思議と彼の表情や感情は分かるのだ。

「同族にこの大仕事を褒めてもらえたのは初めてだなぁ。君が置いてきぼりになってるのは良く分ってるよ。けど、その一言は結構しみるな。……ありがとう」

 彼は少しの間嬉し気にクスクス笑うと、自分を落ち着かせるように息をついた。

 その後に出た、「でさ」という声は、先ほどまでのトーンよりやや下がっていた。

「僕が創った世界、神にばれちゃったんだよね。僕と仲良くしてた彼に。彼は慌てて僕の世界を二つ破壊したよ。で、僕が頭に来て喧嘩勃発。……まあ、結局一方的に僕がタコ殴りにされたようなもんなんだけど。その喧嘩の方法っていうのが、互いの世界の壊し合いだったんだ」

(喧嘩。とりあえず現状に繋がってきた)

「僕は彼の作った世界を一個も壊せなかったんだよね。あっという間に負け。……あ、あっという間って言っても、人の世で言えば百年くらいは耐えたよ。で、『体』も『自由』も奪われ、この通り幽閉ってね。……あっさり殺せば良かったのに、彼は中途半端に慈悲深い。僕に移った情が、僕を殺させなかったみたい。今も正に、ね」

「へぇ。じゃあここも、神様の監視下って事?」

「一応ね。つきっきりじゃないけど。たまに僕の進捗見に来てはいるよ」

「ほ……ほう……」

(だめだ。進捗を見に来る神が全く想像できん)

 アルベラの様子に、少年はクスリと笑う。話を続けようと口を開きかけ、何かを見つけたように、空間に散らばる光の塊の一つを引き寄せた。

 彼は光を覗き込み苦笑する。

「ああ。こっちの子は死んじゃったみたい」

 「残念」と呟くと、彼はその光の塊を傍らに置き、上に肘をついて寄っかかる。

(まさか、周りのコレ全部世界……)

 ぎょっとする彼女に、賢者様は「そうだよ」と緩く微笑み、構わず話を続ける。

「僕にはさ、神が作り出した安定した世界を直接壊すほどの力なんてないんだ。できるのは少し汚す程度。傷を付けられればいいとこなんだよね。けど安定した世界は、ちょっとした傷何て簡単に修復しちゃう。安定していたものが無理やり歪められれば、安定していた状態に戻ろうとするのなんて当然だよね」

(当然なんですか?)

「僕が喧嘩中にできた精一杯の嫌がらせは、彼の世界を、彼の愛すべき魂の手によって、内側から汚させる事だったんだ。……ぼこぼこと人の鉢植えを割っていく奴を横目に、そいつの鉢植えに害虫や毒物を撒いてたって想像してよ。僕がやった事って正にそんな感じなんだ。鉢植え自体は壊せないんだけど、せめてそこに生えてる植物を枯らせてやろうってね。自分の世界が壊されてる傍ら、何もしないなんて癪じゃない」

 視線を向けられ、アルベラは困った風に首を傾げる。

「今の話で、八郎君が何かは分かったよね」

「それは、まあ。喩で言う中の、害虫、毒物って事ね」

「そう、その通り。八郎君みたいな魂だけでなく、悪意とか、狂気とか、そういうのの種とかも撒いたわけ。本当は彼のような魂を沢山送り込みたかったんだけどね。僕にはそれができなかった。送れたのは一つの世界に一つの魂。二つ目からは弾かれちゃってさ。防衛本能かな」

 悪意や狂気の種と聞いて、アルベラの頭に数年前手に入れた「緑の玉」が思い浮かぶ。

(ああういのってことか? ……にしても、世界に防衛本能……まるで生き物ね)

「ちなみに破壊の時に僕が使っていたのは、彼等からこそねた彼等の『特にお気にの、転生予定の魂』。流石お気に入りだよね。ちょっと付加しただけで独自に凄い成長しちゃうんだ。世界を作るのに比べたら、彼等の転生なんて全然簡単な作業だったよ。だから魂一つでも破壊力は充分だったし、僕も彼らにはビックリ」

 少年はクスクス笑う。

 そんな彼を、「転生予定の魂」という言葉がひっかかり、アルベラは小さく目を見張って見上げた。

「そう。君は消滅予定の魂だった。あぁ、『君達』ね。それが愛や慈しみを謳う神の判決ってわけさ。素敵だろ?」

 その口調は明らかな嘲笑だ。アルベラに向けてではない。勿論神に向けてだ。

(そうか。消滅予定の判決)

 アルベラは何となく、胸辺りに手を当てる。別に傷ついたわけではない。どちらかと言えば、頭を過ったのは「納得」だった。

 少年はそんな彼女の様子を静かに見つめ、口を開く。

「判決に、前世の君の行いや信仰心なんかは関係ないよ。君も知る通り、君の前世は至って普通の類だ。行いや生活だけ見れば善良な一般人。輝かしい功績はなく、ちょっと捻くれててやさぐれてて、通過してきた環境とが相まって後半は投げやりになった『ごくごく一般的な生』。まさに『緩やかな自殺』を絵にかいたような人生!」

 アルベラは聞いていて目を据わらせる。

「何より、君は生に投げやりになっても、誰にも迷惑を掛けず、君の内だけに留めて完結していたのが偉いよ。死を受け入れて、それでいて死を選ばず生きてたんだもの。短い経験の中、感じなくて良い罪を感じて、それで自分を戒めて、縛って、逃げ道をふさいで。……本当、いじらしくて可愛らしい生き方じゃない」

「……あの、さっきから良く分らないんだけど。それは皮肉なの? 褒めてるの? 賢者様の言葉にはどういう感情が籠ってるのかしら? とても反応しずらいのですけど」

 賢者様は「あれ? 通じなかったか」と無い目を瞬く。

「ごめんごめん。僕は基本、皆好きだよ。だから君への前世に対して『良いね』って言いたいんだよ。『人らしくて好きだよ』って」

「全肯定って事ね。広い懐ですこと」

「ふふふ、どうも。 ……あ、そうだ。話がそれたね。えーと、……まあそういう事だよ。僕は幽閉されてて、世界に撒いた毒物や害虫の撤去中。神の許可を得て、廃棄予定の魂に手伝ってもらってるってわけ。お気に入りはもう禁止されちゃったから。……ね。分かった?」

「雑なまとめ方ね」

「だね。けど君には十分伝わってるみたいだし、良かったよ」

「そう、ですか。……ところで、お気に入りはもうだめって、廃棄の魂使う許可は下りたのね」

「うん。なんとかね」

「へぇ。なんとか」

「頑張ったよ!」

「……お、お疲れさまでした」

(神ってもしや、結構ちょろいのか?)

 自分のやっている事は分かった。けど何か腑に落ちない。「なんだろう」と考え、直ぐにその違和感に気づいて尋ねる。

「これ、転生先の『役』必要ある?」

 役:悪役令嬢。

 そしてその仕事は、一見ただの悪役令嬢としての嫌がらせ行動でしかない。

 彼は満面の笑みで即答する。

「娯楽は必要でしょ?」





 その後、アルベラと賢者である彼はさらに言葉を交わし、「八郎の様に、世界に送り出されて破壊活動をし、仕事途中で解任となった魂は他にもたくさんある」という話になった。

 彼等は八郎と同じく、最後の仕事として「回収班」として送り込まれた魂たちと合流するように指示されている。その後、どうするかは彼らの自由なわけだが、大半は八郎同様、彼がアルベラを手伝うのと同じく、後から来た転生者達を自らサポートしているそうだ。

「僕も彼らが辛かったのは知ってるからね。『手伝え』って指示してないのはせめてものお詫び」

 クスクス笑う賢者様の姿に、アルベラは息をつく。

 彼と話していて、彼が「優しい賢者様」でない事は分かった。

 思考が柔軟で無邪気で、人に広く好意があるなのは確かだが、時に極端に無情でもあるようだ。

 頭にきて色んな世界で大量殺人をしておきながら、八郎やそれと同じ境遇の魂達に罪悪感を抱いていると言っている辺りも、価値観や情緒といった類がその時々で大きく変わっていて、非常に利己的な印象を受けた。

「……まあ、その先輩も世界によっては、『魔王』だ何だとか言われて排除されちゃったり、自分の悪行に耐え切れず自害しちゃってたりもするんだけど……。そういう世界に行く子には、僕からそれなりのプレゼントをあげたりしてるかな」

 ピクリとアルベラの肩が揺れる。

「プレゼント……って、まさか……」

「そう! 特別な能力とか、運とか、センスとか、ね」

 彼は人差し指をたて、言葉に合わせて振った。

「え、じゃあ私にそれがもらえなかったのって」

「八郎君が君にとってのそれだからさ。彼、結構凄いでしょ? 百万馬力ってね」

 少年はさも楽し気だ。垂れ下がった足が愉快愉快とブラブラ揺れている。

「ぐ…………………うう……八郎め……もっと率先してこき使うべきだったか……」

 アルベラは頭を抱えて唸った。

「まあ、そこらへんは彼と上手くやってよ。あ、でも、八郎君に仕事の丸投げはしないでよ? 役割放棄、契約違反と見なされて即失格にはなるだろうし。……あと、そうそう。八郎君然り、君の集めた仲間然り、彼等に仕事を手伝わせるくらいなら全然問題ないから、そこら辺は大丈夫。けどそれもクエストによるよ? 君の手でクリアしないと意味ないのもあるから」

「それって、例えば『花壇を荒らす』ってクエストがあったとして、それを人に頼んでも良いって事?」

「そう。けど、人に頼んでやってもらっても、項目が消えないときは君自身がやらないと意味がないって事。チャンスが一度切りなのもあるし、それは人に頼むとリスキーだよね」

「そう……。それ、任せて良いかどうか、分かるようにしてくれないの?」

「だーめ。僕としては全部君にやらせたいくらいなんだ。だって、そうじゃないと処理予定の魂を使ってる意味がない」

「意味?」

「そ。あいつらが見捨てた魂をわざわざ使うんだよ? ちょっと仕返ししてる気分じゃない」

 ふふふ、と少年は笑う。

「ああ…そういう……」

(ていうかもうはっきり見捨てたって言っちゃってるんですが)

 アルベラはため息をつく。

「じゃ、残りの質問だね。……えーと。禁止事項についてだっけ?」





 一通り話を聞いて、アルベラは考えるように腕を組む。

 聞きたかった事は全部聞けた気がする。何か思い残す事は無いだろうか。

「あ、そういえば。八郎が会った時は老人だって聞いたんだけど。『白髪のご老人』って」

「ああ、あの時はまだ実態だったから……」

 少年のシルエットがくにゃりと伸びて、老人の形になる。少年の姿の時とは全く違う、現実味のある、ちゃんと認識できる顔だ。

「……さて、この姿をご所望かな?」

 見た目相応に低くざらついて、どこか陰険な印象を受ける声。

 アルベラはその姿をまじまじと観察する。

 神経質そうな、厳しそうな顔つきに、聞いていた通りの「青と茶色のオッドアイ」に「白髪」。勝手に長い髪を想像していたが、実際に見た彼の髪は短かった。なんとなくハイエナっぽい印象だ。

 彼女の視線に老人は肩をすくめた。

「なんだね。想像と違うようだな」

 口の端が小さく吊り上がる。始めの印象でもそうだったが、笑うと余計に意地悪そうだ。

「……ええ。思っていたのより……その……怖そうなおじい様だったもので。さっきまでの姿は幼少期か何か?」

 老人はゆるりと首を振る。

「いいや。あれは君の故郷の平均から適当に象ったものだ。まあ、これもあれと同じようなものだ。私の記憶から再現した幻だよ。ずいぶんと長い付き合いだったからな。その分、細部まで再現されて君の目にも認識しやすいだろう。……まあ」

 老人のこの言葉が、徐々に少年の物に代わっていく。言い終わる頃には、声も姿も、全く先ほどまでと同じシルエットへと戻っていた。

「君にはこっちの方が馴染み深くていいかな?」

 まさに変幻自在。

「お気遣いどうも。器用なものね」

「伝説になった大賢者様には容易い事さ。さて、そろそろ戻ろうか」





 アルベラを送り出し、独りになった空間。

 彼は「ふふふ」と笑った。

(……そういえば、奴らが廃棄する魂を選ぶ理由、訊かれなかったな)

 廃棄する魂は、次の転生で『負』に染まる可能性が高い。

 賢者である彼が、神である彼から聞いたのはそういった内容だった。

 危険になりうる魂を選んで処理している。それが彼らの言い分だそうだ。平穏に暮らしている「生」達を脅かす存在になりうる。だから、多勢を守るための策なのだと。

 多勢を傷つける者にならなかったとしても、処理予定の魂というのは、来世で自ら死に走る傾向も高かった。

 「ならそもそも『生まれる事自体』が彼らにとって酷だろう」と、魂の廃棄というのは、神からの慈悲でもあるらしい。

 だが、彼等は的確にそういった魂を選び出すことはできない。

 選定は大雑把なもので、誤った選定により消えていく、無害な魂達もあるようだ。

「残念だな」

 彼はぼやく。

「僕にも選定ができたら……ぜひ選び出してみたいのに」

 そもそもが「人」であり「賢者」でしかない彼には、転生か消滅かという選定さえ出来なかった。

「どれか、アタリ引けてないかな」

 周囲を見渡し、くつりと口端を持ち上げる。

「……ね? 神に選定されたにも関わらず、導しるべを逸れて僕の元に来た君達は、一体何になるだろう。……ん? あぁ、そうだ」

 彼は思い出したように、今まで自分が寄りかかっていた世界を見下ろす。 

「君の後任探さないと」





 ***





「んぐ……」

 体の感覚。暖かい布団と暗闇と息苦しさ。

 アルベラはうっすらと目を開ける。

『アスタッテ様ノ ニオイ……』

「コン、トン……」

 彼女は安心に息をつき、上体を起き上がらせる。時計を見れば零時丁度。

 ベッドの横にお座りをした黒いモップのような大きな犬が、アルベラの上に顎を乗せていた。

「あなたの大きさじゃ、ベッドが顎置きね」

 ぐるる、と穏やかに唸り、コントンはアルベラの上からほんの少し退いて重みを減らす。その額には、縦に割けた大きな目が一つ。ギョロリと動いた。

『オハヨウ』

 幾つもの人の声が重なったような、地の底から響いてくるかのようなその声は、聴く場所によってはかなりのホラーだろう。墓場で「タスケテ」と叫ばせた日には、きっと『地獄からの亡者達の叫び』に聞こえる事間違いない。

「おはよ」

 アルベラはその大きな黒い犬の鼻先を撫でる。

『アスタッテ様?』

 首を傾げるコントンに、「ええ」と返す。

『ゲンキダッタ?』

「うん? ……うーん、多分」

(体奪われて幽閉されている状態って元気といえるのか分からないけど)

 一見禍々しくも、言葉やしぐさが無邪気なコントンは、普通に接する分には犬っぽい所が多い。今も、アスタッテの残り香でもあるのか、尾っぽがご機嫌に揺れていた。

「コントンはアスタッテ様好きね」

『ウン イイニオイ。カゲ ゴチソウ 沢山ツクッテクレル』

 カゲとは、単純に「影」だろう。ゴチソウとは負の感情や魂の類だ。コントンは影に潜み、悪人を好む魔獣だ。嘘や罪も大好物だ。

 コントンにとって、アスタッテは食と住を提供してくれる存在らしい。

「あの話を聞いた後だと色々納得するわ……」

 世界を作って、魂を転生させられて、その行先の国や風習や生体なんかも弄れちゃったりなんかして……、とコントンの大好きなアスタッテ様の事を思い出す。

 『殆ど神様みたいな存在じゃない』

 あの空間に居る際、アルベラのぼやきに、彼は違うよと答えた。とても嫌そうに。

 送り出した魂を全て見ていて、娯楽にしていて、何が『違う』のか分からないが、彼は神にはなりえないそうだ。

 ならなんだろう。神に敵対して、沢山の人を苦しめて、捕まって、罰せられて……。

(もう『悪魔』という言葉しか出てこないのだけど……。うーん。悪魔落ちの人間……悪魔って天使がなるものだったような。……そういえば、一度は神様と仲良くなったんだし、そういう観点でいうと人と神を繋ぐ『天の使い』的な意味で一度天使になったって事にして……) 

「はあ……、何くだらない事を……。このままじゃ完璧に目が覚めちゃう」

 アルベラはぐっと体を伸ばし、布団にもぐり直す。

 考えるのは止めだ。

『ネルノ?』

「うん。明日は入学式だし。しっかり寝て、備えないと」

『ソウ オヤスミー』

「うん。おやすみ」

 目を閉じると、隣でコントンが暗闇に溶ける気配がした。

 明日は礼拝堂にて、聖女様方から祝福の歌がある。「コントンは連れてけないな」等と考えているうちに、アルベラはまた眠りへと落ちて行った。
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 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

S級冒険者の子どもが進む道

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【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

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