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二章 水底に沈む玉

121、玉の回収 5(目的の場所)2/2

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「無事か! 良かった! 俺ら、助けてって聞こえて………………まさかあれか?」

 ジャックがジーンの背後の火だるまを見る。

「ああ。声でおびき寄せてたんだ。兵士が一人やられた」

「そうか………。ま、まあ、お前は無事で何よりだ。流石だな」

「二人もな。その子は、」

 ジーンはヨデの背を見る。ヨデは嬉しそうに、「一人救助だ!」と背負った子を見せた。

「民家の中に居た。一応薬で魔力の補給はして、これでも少しは顔色良くなったとこだ」

「そうか」

 見た目には問題なさそうだが、少年の表情は虚ろだった。小さく口を開き何か呟いている。

 ジーンが何を言っているのだろう、と耳を澄ますと、「シネ、コロセ」と呟いているのが分かった。会話の途切れたタイミングだったために、その声がやたらと三人の間にはっきり聞こえた気がした。

 ジャックとヨデはごまかすように笑うが、その笑顔はひきつっていた。

「は、ははは………。まあ、生きててもこんな感じらしい。早く外に出してやらないとな」と、ヨデ。

「俺たちはこのまま外に出て、救護班に一旦こいつを預けてくる。もう伝わってるかもだけど、転送の事も伝えないとな」

 ジーンは頷く。

「頼んだ。気をつけてな。ここのやつら、結構気性荒いし」

「そうだな。さっき襲われたけど、敵わない相手じゃなくて助かった。ヨデなんて、中に入って早々、近くで魔族が喧嘩してたらしいぞ」

「近くって言っても、上空の話だけどな。俺は直ぐ身を隠せる所に逃げたんだけど、おかしかったぜ。片方は兵士をぶら下げてた」

 「兵士?」とジーンは訝しがる。

「ああ。しかも、もう片方の魔族が、その兵士を鎧ごと爪で、こう、真っ二つだ………………あんなもん見せられたら、なあ?」

 肩を竦めて同意を求めるヨデに、ジャックは頷く。

「誰も臆病だなんて思わないさ。………にしても、気のせいか?」

 不安げに、ジャックは視線を上に向ける。

「ここに来てやたらと、魔獣が増えた気がする。………あいつら、さっきまで俺らに見向きもしてなかったのに」

「そうなのか?」

 ジーンからすると、あまり変わってるように見えなかった。始めの民家から出たときから、ずっと魔獣は同じような量だ。

「ここ、早く移動した方が良いかもな。お前、友達のところに向かってるんだろ?」

「ああ」

「じゃあ早くそっちに」

 上空の魔獣が、大きくうねった。蛇腹が迫り、遠のく。ヨデが警戒するように身を低くし、ジャックが「うわ、勘弁してくれよ」と溢す。

「じゃ、じゃあ、俺等行くわ。気をつけろよ! 友達無事だと良いな!」

 この行き止まりから出るまで、二人とともに行こうかと足を踏み出しかける。が、直ぐに足を引き、見送ることにした。

 「二人もな! 気を付けて!」と声を上げる。

「あ、ジャック、ヨデ!」

「あ?」

「魔法はつかったか?」

「まだ特には」

「そうか。じゃあできるだけ使わない方がいい。魔力を発揮した途端、水の中みたいに動きが鈍る」

「まじか。分かった、後で少し試してみる。ありがとな!」

「ああ!」

 彼らが先の大通りに出ていくのを見届ける。

 ジーンは、頭上で行き来する魔獣たちを見上げた。大きな目玉を頭の下にも付けた魔獣が、ギョロリと目玉を動かし、ジーンを見据える。

(『ここに来てやたらと』か………)





 ***





「着いたぞ」

 猛スピードで飛ぶさなか、急停止し、ガルカの体ががくりと揺れる。

 「うぐ、」とアルベラの苦しげな声が漏れる。

 アーモンド型の黒い爪の先端が、道の先を示した。その表情はどこか楽し気だった。

 ロスした時間を取り戻すと急いでくれた訳だが、お陰で平衡感覚はブレブレだ。

「くそ…………この魔族……………………後でエリーにコテンパンにしてもらうんだから………」

 ガルカにお姫様抱っこされていたアルベラは、既に死にかけの形相で弱弱しい恨みを口にする。

(あんなに三半規管揺さぶるような飛び方を………………わざと? わざとだよな………………こいつのお姫様抱っこに、どんどんトラウマが追加されていく………)

 以前上空から落とされた記憶がよみがえる。地に下ろされ、その場でいくらかふらつきながら、アルベラは「玉を手に入れたら、真っ先にあんたに投げつけてやる」と呻く。

「………ところで貴様」

 ガルカはしばし、考えるようにして口を開いた。「なに」と、不機嫌な返事が返る。

「その肩は痛まないのか?」

 示され、自分の肩を見ると、ヂノデュに掴まれた部分が赤く染まっていた。まさかこんな事になっていたとは気づかず、アルベラはふらつくのも忘れ、目を丸くして呆ける。

「え? あ………ああ、あの時。え、こんなに血出てたの」

「それは俺が揺さぶったからだろう。見たほど大袈裟な物ではない。薬でなおる程度だ」

「分かってて怪我人を揺さぶる? 相変わらずの神経ね」

 アルベラは文句を言いつつ、その程度がどれほどの物か、肩を少し動かし確かめる。「こういうのって、気づいてから痛み出すから不思議」と冷静にぼやく彼女に、ガルカは呆れたような目を向けていた。

「まっず………八郎の奴、なんでわざわざセフジニル細粒の味再現するかな………」

 セフジニル細粒とはあれだ。子供用の、甘い味付けがされた、オレンジ色の粉薬だ。アルベラが八郎から、この薬の味見を頼まれた時、「薬と言ったらこの味でごさるよな!」と、娘の幼い頃の思い出に浸りながら作ったと聞いた。

 空き瓶を、鞄の奥にしまう彼女へ、ガルカは呆れた視線を向ける。

(いつ気づくかと言わないでいたが………まさか言うまで気づかなかったか)

 もしあれが、爪に遅効性の毒をもつ生き物だったなら。早くに手を打たないことで、薬ではどうにも出来ないほどに、毒が体を侵食してた可能性もある。

(鈍感な奴。あのブタは、あんなに敏感で機敏だと言うのに)

 同じような臭いをさせておいて、この差は何だと、ガルカはやや呆れていた。

「おい、貴様」

「ん?」

「簡単に死んでくれるなよ。自分の体に、もっと注意を払え」

「は、はい。気を付けます」

(え? 身の心配?)

「ここまで手を貸したんだ。約束は守ってもらう」

「あ、そういう………ええ、分かってる」

「それに、ヂノデュとの件」

「え?」

「あの借りを残したままというのも癪だ。いつ死んでくれてもいいが、この二つは絶対に残していくな」

 上から睨みつけてくる魔族の少年を見上げ、アルベラは暫しの間をあけ、クスリと笑った。

「はいはい。借りと約束ね。ちゃんと返してもらうし、返すから、精々死なないように気を付けてくるわ」

 ひらひらと手を振り、小麦のような植物に挟まれた道に踏み込む。後ろから、ガルカの「ふん」という声が聞こえた。

「………アレ、借りにしてたのか」

 「いつ死んでも良い」とは言うが、「無事に戻ってこい」ともとれる言葉回し。思いだし、また笑ってしまう。

(なんか、普通に可愛い所あるな)

 さもおかしいものを見た、とアルベラは笑いをこぼす。が、直ぐにその笑みは消える。ふつふつと、怒りが沸き上がるような、冷めた面差しへと変化していく。

 可愛げよりも遥かに多い、その他もろもろの恨みつらみが、「私達、まだいますから!」と頭の中に湧き出てきたのだ。

「………その他もろもろは絶対許さない」

 アルベラは拳を握り、「絶対戻って、貸しは返す」と呟いた。

 フードを被り、道の先へと小走りで向かう。





 ガルカは、前回見に来たよりも濃くなっている、玉の気配に眉を寄せる。

(この間はもっと近づけた)

 畑に挟まれた道を、一人行くアルベラを空から見下ろす。

 その影にはコントンが潜んでいた。

 人の悪意や怒り、悲しみといった感情が好物の魔獣には、他の魔族や魔獣より、玉の気との相性が良いらしい。触れはしないが、ガルカに比べれはかなり近くまで行くことができる。

(奴が居れば、大抵の魔獣も魔族も問題ないだろう………ん?)

 嫌な気を感じ、ガルカは視線を移す。

 お嬢様の向かう先へとつながる道。そこに、一つの人影があった。

「おやおや」

 そう溢す表情は、あまり歓迎している様子ではない。

(………この先に行かれたら、俺には手は出せん。………ここで止める? 殺す………後々面倒か? ん? いや、まてよ。ああ、そうか)

 事が済んだ後、事実を知ったアルベラに、喚かれる光景が頭に浮かんだ。ついでに、先ほど死にかけの兵士に、止めを指したことも思い出す。

(俺は一応殺人を禁止されているんだった。じゃあ、無理やりどこか遠くに飛ばしてやるか? ………………そこまで手を貸したらつまらないな。あの女の危険になる事もないし、そもそも必要ないか? 『あれ』が『あそこ』に近づいたら、どうなるかも気になる………)

「………ふん」

 「ふむ」と言うトーンで、ガルカは口の端を小さく持ち上げた。

 脚を組み、空から高みの見物を決め込む。





『キタヨ』

 目的の地。門の前、家を見上げていたアルベラへ、コントンが小声で伝える。

「え?」

 自分の足元へ視線を落としたアルベラの首筋に、小さな風が当たった。

「動くな」

 後ろからそう言われ、反射的にフードの端を引っ張り、深くかぶる。

「両手を上げてこっちを向け」

(ん?)

 聞き覚えのある声だ。

(………………………来たよ、か)

 「誰が」とか言ってくれてもいいものを、とアルベラは目を据わらせる。大人しく言葉に従い振り向くと、深くかぶったフード越しに、相手の首から下が見えた。

 顎の下に、剣先が構えられる。触れてないのに、冷たく感じる気がした。

「敵意がないなら、片手を上げたままフードを取れ」

 ため息をつき、「勿論ないですとも」とフードを外した。すると、十代前半の少年には似つかわしくない、したたかで鋭い光を宿した瞳と目があった。

 微動だもせず自分を注視していた騎士見習い様は、驚いたように小さく表情を動かす。
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