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二章 水底に沈む玉

112、彼の生活 3(他の住人)

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「おや」

 村の案内中、庭の畑仕事をしていた白髪の女性が手を止める。束ねられた白い髪は、根元が渋い青緑色をしており、彼女が若い頃は鮮やかなターコイズブルーだっただろう事を思わせる。

「ハテキスさんこんにちは。新しい子かい?」

「ええ。昨日来まして。訳あって、数か月だけ預かっているんです」

 「ごあいさつを」と視線で示され、ヴィオンとレーンが頭を下げる。

「ライラギから来ました、ヴィオンです。こっちは妹のレーンです」

「よろしくお願いします」

「あらあら。お行儀のいい子たち。ハデキスさんの所の子は、皆大人しくてお行儀良くて感心だわ」

「まあ。ありがとございます」

 そんな挨拶を数回繰り返し、村を回った「三人」は夕刻の時間には施設に帰った。





 一階の夕餉の匂いに腹を鳴らしながら、ホークはベッドの上天井を見上げていた。

(暇だな………)

 今日は昼から後、さんざん暇を持て余していた。部屋の中の悪戯書きを片っ端から読んでみたり。意味もなく逆立ちやブリッジをしてみたり。そうしているうちに暇をつぶすレパートリーが切れ、惰眠をむさぼるに至った。目を覚ませば、外はオレンジ色だ。

(風の魔法、音を送る奴ができれば、ジーンとラツィラスにこの鬱憤を吐き出してやるのに………)

 天井に書かれた「バカ」という文字を眺め、ホークは自分の手のひらを見つめる。

(アレ。あの場所、きっと魔法で書いたんだよな………。ここで昔寝てた奴、魔法の練習をしてたんだ)

 「バカ」から目を離し、ベッドの真上からずれた位置を見る。するとそこには、花や犬、鳥など、文字以外の簡易的な絵が描かれていた。これらは今朝見つけたものだ。昨日は明かりの行き渡らなかった位置。日が差してみれば、天井はこまごまと「悪戯彫り」だらけだった。

 その絵は少しずつ線が滑らかになり、上達している段階が見て取れた。

(『バカ』はベッドの真上。きっとあれ彫って、顔に木くずが落ちて、それからベッドの上を避けるようにしたのかな。………こんな暇なら、俺も練習し放題かも)

『———お前らはむやみやたらに魔法を使わんほうがいい。暴走したら厄介だからな』

 一瞬、初老のざらついた声が頭をよぎる。ホークは、ほんの少しだが、自分の気持ちが落ち込むのを感じた。目を伏せる。

(暴走しないよう、皆は親や学校から魔力の使い方を教えてもらう。けど、俺らみたいな根無し草は………)

 ラツィラスは、孤児の場合、魔力の最低限の扱いは施設でも教えてくれるらしい、と言っていた。又は教会で、又はご近所にそういう役の人がいたり、と。

 だがここはどうだろう。そんな話はなかった。

 あるのは「とにかく部屋に居ろ」といわんばかりのルールばかり。

(ライラギの施設が直ったら。そしたらクド達が教えてくれる。………………………………………………………けど、こうも暇じゃあな)

 ホークは身を起こし、自分の正面に手をかざす。

「たっだいま~」

「ただいま」

 扉が開く音に次いで、少々疲れた様子の二人の声。

 ホークはびくりと体を揺らし、反射的に片手をひっこめた。

「お、おう。おかえり」

(ばか俺。別に隠すことじゃないだろ)

 この世界、魔法を使える者であれば、手持無沙汰の際、誰だって魔力を使い、練習やちょっとした一人遊びはしたりする。魔法が使えない者は、どうやったら使えるかと、その感覚を探して試行錯誤してみるものだ。一人部屋で暇しているホークなら、そういった行動は一般的にも普通なことだ。人に見られて恥ずかしい事ではなかった。

 ベッドの上に胡坐をかき、身をこわばらせているホーク。その姿に、レーンは「あやしい」と腰に手を当てて見つめる。

「ホーク………、レーンもいるんだから、気い抜いて変なことしないでくれよ」

「どういう意味だ!! っていうかしねーよ!」

「ねえ、変な事って何? ホーク私たちのベッドに悪戯してないよね?」

「だからしてないって。ボーっとしてたらお前らが帰ってきて、びっくりしただけだよ。それよりそっちはどうだ? 村どんな感じだった?」

 「ああ、」と、ベッドにあおむけになったヴィオンが、つまらなそうに口を開く。

「ちゃんとできたよ。『お行儀よく』『大人しく』」

 「あんまり楽しそうな場所無かったね」と、レーンが、ぶらぶらと揺らす自分の足へ視線を落としながら言った。

「まあこんなもんじゃないか。今日回ったの、最低限の所だけだろうし。村の中心にある小さなバザール。八百屋に肉屋に、服屋、雑貨屋」

「雑貨屋、………見たかったな」

 残念そうなレーンを見て、ヴィオンは苦笑する。

「必要ない場所は中まで見れなかったんだ。外の看板指さして、店名言って終わり。月に一回買い物の日があるらしくて、その日に決まった金額以内ならなんでも好きなもの買っていいってさ。『買い物は大人同行で昼食後』って言ってたっけ」

「へー。好きなものね。俺もそん時は一緒に連れてってもらえんのかねー」

 皮肉がこもった言葉。ホークは今日、赤い目の事で「まだ、村は出回らない方が良い」とリリに言われ、留守番していたのだ。

「………その事なんだけどさ」

 音量を落としたヴィオンの言葉に、ホークとレーンが視線を向ける。

「ここ、他の子たち、どこにいるんだろうな」

 それは正直、ホークも気になっていた。日中部屋で待っている間、この家からは一切子供のはしゃぎまわる声がしていなかった。

「ここに来る前、確か十五人いるって聞いてたよな? なのに俺、出かける前も後も、誰の姿も見てない」

「私見たよ?」

 ヴィオンとホークが同時に「え?」と声を上げた。

「あ、さっきね。階段上がる時。キッチンの方に少しお姉さんの女の子が座ってるの見えた」

「本当か?」

「う、うん。だから私、きっと今日紹介するって言ってた子たちが待ってるのかなって。あと、一階の窓。私たちの部屋の、斜め下の部屋。誰かが庭を見てたよ。帰ってくる時、門から少し見えたの。………見間違いかもしれないけど」

「………なんだ。じゃあ確かに居るってことか?」と、ホークはヴィオンを見る。

『———皆大人しくてお行儀良くて感心だわ』

 ヴィオンは先ほど聞いた言葉を思い出していた。





 夕食。

 ホーク、ヴィオン、レーン。その正面にホークやヴィオンらより幾つか年上の少女一人と、レーンと同じくらいの歳の少女と少年。この施設の三人の先住民だ。

「今晩はサトゥールは外出してるの。だから食事はこの八人で。一週間に一度、こうして皆で顔を合わせてお食事します。良いかしら?」

(皆?)

 まさかこの三人で「皆」? とホークは不審に思う。

 ヴィオンもそうなのだろうが、表情には出ていなかった。ホークらは頷き、これから週一で八~九人で食事をするのだなと受け入れた。

 リリが三人の名前や歳を説明する。全ての準備が済んだローウィンが席につき、週に一度の顔を合わせた食事とやらが始まった。

 カチャカチャと食器の触れ合う音が小さく控えめに響く。

 ヴィオンがぽつぽつと三人へ話し掛けるが、返答は「うん」「そうだよ」「ううん」「あんまり」等の短いものだった。

 そのうち、リリが「お食事中は静かにね」と柔らかい声で注意し、場は更に静かなものへとなった。

「あの、」

 先ほどの注意から数分。ヴィオンがリリへ話し掛ける。

「ここ、子供たちって他にもいるんですか?」

(まじか)

 ホークはそっと顔をあげる。その際、正面の三人に目が行き、自然とそちらを眺めていた。

「ええ、もちろん」

 リリはさらりと返した。

「この子たちと、他に十二人。けど来月、一人貰い手のついた子がいて、十一人になるわ。………ヴィオン、他の子が気になる?」

「はい。どんな子たちかな、これから仲良くしていけるかなって」

「そう。でも………そうね。あなたたちには会わせるつもりはなかったんだけど。まあ、事情だけ。ここ、障害のある子が多いの。今いるこの子たちは、見た通り障害はないわ。自分たちのことは自分たちでできる。障害のある子たちのことも手伝ってくれる。だからこうして、一緒に食事をしているのよ。障害のある子たちは家の中でも迷子になっちゃうし、自分で食事ができなかったり、トイレに行けなかったりするの。だから皆にここに来てもらうなんて、大変で」

「そう………なんですか」

 ヴィオンがどう返したらいいのか分からず、作業的に食べ物を口へ運んだ。リリはその姿を見て微笑み、「そうね」と思いついたように手を合わす。

「折角だし、会っておいてもらいましょう。その方がいいわ、きっと」

「え」

 そんな簡単に他の子たちとの面会が叶うとは思っておらず、ヴィオンは目を丸くする。

「お食事が終わったら、一緒にいらっしゃい。ホークとレーンも。お片づけは、皆できるわね?」

 ヴィオン達の正面、少年少女がこくこくと頷く。





 喉の奥に張り付くような、すえた匂いにホークは顔をゆがめた。

 部屋は暗く、窓際に一人誰かが居て、外を見ているのが分かった。

 リリが扉を開いて少しすると、壁にはめられた日光石がゆっくりと淡い光を灯した。それぞれ狭い範囲を照らす明かりの中、六人の少年少女の姿が浮かび上がる。

 顔の上半分が大きく膨らんだような少年が、口の端からよだれを垂らして窓の外を見ていた。カーテンが邪魔そうに端に寄せられ、窓の外には、月に照らされた庭と生垣と門が見える。

 その隣のベッドには、目を布で覆った少年。

 さらに隣、一番手前のベッドでは、ずんぐりとして見える体形の少女が、こちらを見てニコニコとほほ笑んでいた。その正面にも三つのベッド。手前二人はヴィオン達には目もくれず、何か楽し気に会話をしていた。だがその言葉は、見た目の歳の割に拙く、舌がちゃんと回らないのか、何を言っているのか上手く聞き取れない。奥の一人はじっと天井を見て、ぶつぶつ何かを言っていた。

 彼らが、リリの言っていた「障害のある子」だ。

 ヴィオンとホークは、見慣れない光景に言葉を飲み込む。

 体の欠損とは、違う形の障害。

 レーンは口に手を当て、ヴィオンの背中に、半分隠れるようにしてその中を覗いていた。

 リリはその三人を見て満足げにほほ笑む。

「ね。こういう事なの。———とつぜんお邪魔したわね。また後で来るわ」

 扉が静かに閉めらた。

 ホークは、戸の隙間、三つ並んだベットの真ん中。目に布を巻いた少年が、こちらを見て、無表情に手を振った気がした。

「こういう事なの。他の子たちはまた別の部屋。あと六人。その子たちは、ここの部屋の子たちより、いろいろと敏感でね、あまり刺激してあげたくないの。特に今は夜だし、目が冴えて寝られなくなったら大変なの。だから紹介はできないわ」

「………はい。案内していただいてありがとうございます」

 ヴィオンの例に続き、ホークとレーンも軽く頭を下げた。





「いたな。窓の外見てる奴」

 案内後、直ぐに風呂へと促された三人は、ベッドに戻り髪をタオルで拭いていた。

「………うん」

 二人に譲られ先に風呂を済ませていたレーンは、窓際にタオルを干して頷く。

「私、なんていったらいいか分からないけど、………色んな子がいるのね。私もお兄ちゃんも、『ただの孤児』だったんだって思った」

 「なんだよそれ」とヴィオンが小さく笑う。

「けど何となく言いたいことは分かるよ。俺もレーンも、そういう面では恵まれた方だったな。比べるもんじゃないだろうけど。な、ホーク」

「まあ。そうだけど」

 ホークはあの部屋と、食事を共にした三人の子供たちの様子を思い出していた。六人の子供たち。一見隔離しているようにも見えるが、それにしてはどうぞ見てくださいと言わんばかりに案内された部屋。

 食事を共にした三人はもっとわかりやすかった。あの子供達の目。ホークはあの目を、過去に間近で見てきた。あれは奴隷が主人を見る目だ。一挙一動を監視されていると、怯えてはなかったか? ヴィオンとリリの会話に、年長の少女は一瞬身を強張らせてはいなかったか?

「なあ、ヴィオン、レーン」

 二人はホークへと視線を向ける。

「ここにいる間、余計な事せず大人しくしてような。俺、とりあえず飯と布団と風呂があればそれでいい。それで、早くライラギに戻りたい」

「何言ってんだよ。当たり前だろ」

 ヴィオンは笑って返す。

「うん」

 レーンは真面目な顔で深く頷いた。





 ***





 夕食時、村に数件あるうちの一つの酒屋。

 カウンター席で一人の男が酒をあおりつつ食事をとっていた。一見一人に見えるが、彼の前にはカウンターを挟んで、この店の看板娘が待機している。他の客の注文を取りつつ、手が空くと男の近くへ行き会話を楽しんでいるようだった。

「なぁーにー、それ?」

 薄いブルーと濃い緑の髪のポニーテールを揺らし、彼女は男の手元を覗き込む。

「コレ、宝の地図かもしれないんだ」

「ふふふ。サトゥールが宝の地図? 随分可愛らしくなったのね」

「なんだ、そいう男は嫌いか?」

 彼女は笑いながら「好きよ」と答える。

「にしてもこれ、なんて書いてあるのかしら。呪文? この国の字にも似てるけど。難解ね」

「そうだなぁ。けど、この絵だったら、なんとなく分かるぜ」

「んー。地図なのはわかるけど、大分大雑把じゃない? これだって道なのか川なのか分からないじゃない」

「そうだな。けど道なんてどうでもいいんだよ。問題は目的地だ。ほら、このへったくそなでかい何か。横に『ドラゴン』『巣』って書いてないか?」

 看板娘は「んー?」と首をひねる。

「まぁ。確かに言われてみれば、そう見えなくもないけど」 

「この辺りで『デカい』『ドラゴン』『巣』ときたら、あのデカくてうるさい大滝しかないだろ」

「けど、本物のドラゴンの巣の事だったらどうするの?」

「そしたら鱗や爪の一つでも持って帰りてえとこだな。あれはあれである意味宝だ。丁度いい。そろそろ村の外に散歩でもいきたかったんだよ」

「まぁーたそうやってふらふらと。リリにどやされるわよ」

「いいんだよ。あいつだって俺と大して変わらねぇ。あいつもあいつで、外で遊んでやがるんだからよ。手土産さえあれば文句も引っ込むさ」





 深夜一時になる頃。アルコールの匂いを濃くまとい、リリが施設へ帰宅した。

 玄関を開くと、丁度「あの部屋」からサトゥールが出てくるところだった。その横には、全て諦めきった目をした十六~七歳の少女が連れられている。

 「あら、もう帰ってたのかい」と言いかけたリリは、表情を歪ませた。

「嫌だ。これから? ………あんた、物音には気をつけなさいよ」

 顎をくいっと動かし、上の階を示す。

「大丈夫だよ。ちゃんと遮音してる。お前だっていつも気づかず寝てるだろ」

「はいはい、そうね。けど来月だろ。ちゃんと出せる状態にしておきなさいよ」

「わかってるよ。むしろそのためだ。………あと、そうだ。俺、来週二~三日出掛けるわ。シランカッタで組合の会合だと」

「へぇ、そう」

 無関心に頷く妻に、サトゥールは「業務に関心のない奴で助かる」とほくそ笑む。

「あ、そうそう」

 寝室のドアを開きかけ、声を上げたリリにサトゥールは一瞬身を強張らせた。

「『お客さん』に、あそこご案内しておいたよ」

(なんだ、そんなことか)

 一瞬寝室のブローチがバレたかと思ったが、その件じゃないことに息をつく。

「そうか。早かったな」

 鼻で笑うサトゥールに、リリは眠気優先といわんばかりに「じゃあね」と戸を閉めた。

「おう」

 何でもないことだ。

 サトゥールは下賤な笑みを浮かべる。

 補助金。領主のポイント稼ぎの手伝い。目くらまし。

 あの部屋はそのためにあるのだから。

 わざわざこんな村まで来て、一つの古びた保護施設の中を念入りに確認しに来る輩は居ない。組合の上層部も貴族ばかり。彼らの中に、報われない子供に興味がある者など、どれだけいる事か。

 大体は装いでしかない慈善活動だ。良い面をひけらかせて、さらに上の者たちから気に入られるための手段なのだ。

 だからああいった、他の施設からたらい回しにされてきた子供を受け入れることで、ここは他の施設より多く「ご慈悲」を頂けている。

(ちゃんと『育て』りゃ、こいつみたいに良い買い手もつくしな)

 少女は強く手を引かれるがまま、その部屋に入る。二人の話を聞いていた彼女は、部屋に入る際、廊下の天井を静かに見つめていた。





 ***





 ———ジュオセ、二の月。

 サトゥールは大滝にて、神父とシスターが滝の裏に入るのを偶然見つける。彼らが立ち去り後、神父の動作を真似て岩穴を発見する。祠と、その中の宝玉を見つけるも、コントンの存在に気づき出直すことにした。

 後日。ジュオセ、三の月。

 サトゥールは魔術具を揃えて大滝へと出直す。そこでコントンを閉じ込めることに成功し、祠から宝玉を盗み出すことに成功した———



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