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二章 水底に沈む玉
100、玉の行方 5 2/4(騒がしい誕生日)
しおりを挟む大きなシャンデリアを見上げていたアルベラは、ぼんやりと周囲の光景を想像していた。
会場のテーブル周りでは、既に王と王子に挨拶を済ませた客人たちが賑わっている。最近のたわいもない世間話や、久々の再会を喜ぶ声。お互いの衣装や子供を褒め合う声等、それらに紛れ、たまに自分達に向けられた視線や話題が聞こえていた。全部が全部、例の婚約者候補の話ではないようだが、自然と耳はその話題を中心に拾い上げている。婚約者候補の話題以外では、どうやら父のことを「成り上がりの変態」と目の敵にしているような話をしていたり、美人美男の使用人に向けた興味を口にしているようだった。
「………コントン。どう? 匂う?」
アルベラのドレスの傘の下、大きな影が身じろぎするのを感じた。それが低く、『ウン』と嬉し気に低い唸り声をあげる。
「お嬢様。来ましたよ」
エリーに肩を叩かれ前を見ると、前にいた貴族が今日の主役への挨拶を終えたところだった。
『アレ キライ』と尾を丸めてる姿が想像できるような声で、コントンが影の深くに潜っていくのを感じた。
前で話していた一家が、後ろで並んで待っている面々を振り返り、お辞儀をし退いていく。その数人が退くと、アルベラの前に国王とラツィラス王子の姿が現れた。
ディオール一家はラーゼンを筆頭に、王と王子の前で首を垂れる。
「よく来たな、ラーゼン」
ニベネント王はにこやかに一家を迎え入れた。その横で、ラツィラスがアルベラに向けほほ笑み、手を振る。
「ニベネント殿下、相変わらずご機嫌麗しゅう。今日はいつにもましてお元気そうで」
膝をつき首を垂れる面々へ、王は「よいよい」と頭を上げさせた。
「なに。誰かさんが余計な気を揉んでくれるお陰でな。私もまだまだ、気を抜いてはおれんらしい。目上の者に盾突く小童というのは、いつの時代にもいるものだな。どうせねじ伏せられてしまうというのに、身の程も知らずにかわいそうなものだ」
「おや。そんな小童が。私はぜひその小童とやらを応援したいものですな。いつの時代も、世間の風潮に流されない芯のある者は必要でしょう」
「ほほう。確かにな。だが今回の件はそれとは別だろう。ただの挨拶のようなものを。余裕のないやつだ。私は少し見損なった」
(ん? 何だか風向きが………)
アルベラは、和やかなノリで話していたはずの父と国王の間に、火花が散り始めたのを感じた。
「ただの挨拶とは、私の愛を随分軽んじられているようで。私も悲しいですよ。戦争をする覚悟の一つでも携えてきていただけなければ、真面目に話をする気にもなれません」
「戦争? 一介の街の領主が何を言っておる。そんなもの指の一つでひねりつぶせてやるというのに」
「おや。甘く見ていたら足元をすくわれますよ? 忘れたのですか? 私だってその気になれば他の国を率いてこの城を攻め立てることができるのですからね」
「ああ? 貴様、何なら今ここで、直ぐに戦争してもよいのだぞ。男一人が、鍛え抜かれた城の兵にどこまで対抗できるか、見守っていてやろうではないか。たかが知れているがな」
「戦争? この場で? 一方的な暴力。リンチの間違いですな。大体そんなことをして、どうなるか分かりませんか? 泣きを見ることになりますよ?」
「ほう。誰が泣くとな?」
「さあ、誰でしょうな。こちらもただ泣いてやる気はありませんから。今夜は面白い連れもいるのですしね」
ディオール家の一番後ろ。控えていたエリーが隣のガルカを見て目を据わらせた。ガルカは何故か得意げに、「ふん」と鼻を鳴らす。
「貴様のおもちゃの事なら知っておるわ。それの使用を許可したのが誰だと思っておる。奴隷一匹で私を泣かせられるとでも思っているのか?」
「ほう。なら私が泣くのでしょうか? 良いですよ? 娘を嫁に渡すくらいなら幾らでもやってやりましょう。一国の王の御前で、わんわんと。情けないですよ? 大の男が家族の前で見せる涙………。娘に縋りついて、鼻水もたらしてみせましょう」
(私縋りつかれるの?!! 鼻水たらしたお父様に?!)
「ドン引きですよ? この会場が居たたまれない空気になること間違いなしです! 良いんですね? 見たいんですね? なきますよ?! いいんですか?! 大人気もなく! わんわんと!!」
「ほうほう! 面白いではないか! 不思議と今は見たくて仕方がないなぁ! なぁ、ザリアスよ?」
「は?! は、はあ。陛下の命とあらば!」
急にフラれ、警備をしつつ我が息子の姿を探していたザリアスは、困り顔で敬礼する。
「ラツィラス様、ご無沙汰しておりました。この度はおめでとうございます」
(お母様?! このタイミングで?!)
「こ、この度は………」
母にならい、アルベラも「おめでとうございます」と首を垂れる。隣で父が何を口にしだすのか、気が気でない。
「はい。ありがとうございます。やっとまたアルベラの歳に追いつきました」
レミリアス同様、ラツィラスは隣の父二人を気にした風もなく、こちらへ挨拶を返す。なんと切り替えの早い二人だろう、とアルベラは戸惑いつつ感心する。
「殿下には、娘と仲良くしていただいているようで。深く感謝致しております」
「いえ。僕もいつもお世話になっております。早く同じ学園に通うのが楽しみです。………ところで、アルベラ」
「はい」
アルベラの斜め前で、まだ何か言いあっている父と国王が、どういう流れか「私の方が繊細なんだぞ?!」「いえ、私の方が、」という言い合いをしていた。とても気になって仕方がないが、手招きされるままラツィラス王子の元に寄る。
ラツィラスは若干顔を寄せると、声を小さく「ジーンを見てない?」と尋ねた。
「はあ? いいえ」
首を振るアルベラにラツィラスは苦笑する。
「実は、この挨拶中に逃げられちゃって。見つけたら捕まえるか、ぼくが探してた事伝えといてもらえないかな」
「逃げる………ジーンが………? 良いですが、何したんですか? 無茶言って振り回したつけでも回ってきたんですか?」
「僕が酷いの前提だね」
ラツィラスはくすくすと笑う。
(ん? 視線………あ、お母様)
アルベラは、母の視線に含まれた警告に気づき、口に手を当てる。後ろを軽く見上げれば、すました顔でほほ笑み、佇んでいる母がいた。
(す、すみません。………周りからどんないちゃもんを付けられるか分からないものね。王子は良いとして。気をつけなきゃ)
王子に誑し込まれてはいけないと構えるあまり、つい反発するような態度や発言を取ってしまう。もっとさらりと受け流せるようにならなければ、と王子の目を見る。
「………?」
ラツィラスは、改めるように姿勢を正したアルベラに、真っすぐに見つめられ、不思議そうに首を傾げた。その「無垢な美少年」としか言いようの無い彼を前に、アルベラは「あー。やっぱ無理だわー」と片手で目を覆う。先ほどの反省は一瞬で投げ捨てられた。
(よし。ちゃんと向き合うのはやめよう)
目を逸らすために、ドレスをつまみ上げお辞儀をする。
「では、見つけたら使用人に知らせに向かわせますので」
「直接言いに来てくれても良いのに。意地悪だなぁ」
「殿下に直接なんて、恐れ多いですわ」
「人を遣わすより、本人が来てくれた方が敬意を感じるけど?」
「他のご令嬢のいる前で申し訳ないですもの」
「そう? ………ところでアルベラ、いつまで頭下げてるのかな?」
「とりあえず、お話ししている間は」
「………そんな不自然な」
「恐れ多いので」
「………どうしたの急に」
「恐れ多いので」
無言で微笑むラツィラスと頭を下げ続けるアルベラとのあいだに、妙な間が流れる。そんななか、隣の父二人はいまだ笑顔でいがみ合っていた。アルベラは垂れ下がる自身の髪の間から、そんな二人の姿を覗く。どういう場でも、自身の余裕を表すために笑顔を浮かべる。まさに貴族の鏡ね、と苦笑する。
「変人すぎるがゆえに三十まで売れ残っていたわっぱが、随分家族思いになったものではないか? え? ラーゼンよ」
「陛下、ついにボケてしまわれましたかな? 私が結婚したのは二十八の頃ですぞ? 三十とはいったい誰と間違われたのですか?」
彼等の大人げない姿に、ラツィラスも苦笑を浮かべた。
後ろから、「アルベラ、お父様に声をかけて差し上げて」と、母に小声で投げかけられ、アルベラは「は、はあ」と困った返事を返す。
「ま、次の人たちも待ってるしね。また後で話そう。その時もジーンが見つかってないようなら、どっちが先に見つけるかゲームでもしようか。———そうだなぁ。勝った方のいう事を何でもきくっていう事でどう? ジーンが!」
「殿下、きっとそういう所ですよ」
頭を下げているので顔は見えないが、きっと無邪気で楽し気な笑みを浮かべているのだろう、と想像できた。
ニベネント殿下も、国王相手に反発的な発言を繰り返す父へ、今まさにアルベラが王子に言ったのと同じ言葉を放っていた。
「貴様、そういう所だぞ!」
王との挨拶を済ませたアルベラは、列から離れ、適当なテーブルへと向かっていた。
前を歩く母が、口元に開いたセンス越しに娘に視線を送る。
「アルベラ」
「はい」
「目上の方と話すときの、口調、言葉遣い、内容には、よく気を付けるのですよ?」
「………はい。すみません」
「あなた」
「………はい、すみません」
父は母の横で、娘よりも肩を落とす。
「だがな、アルベラ。お父さんは出来るだけ頑張ってみるよ」
「は、はあ」
(お父様。ほどほどにね)
「と、いう事だから。エリー、ガルカ。まずはスカートンとキリエと合流したいの。二人を見つけたらここに呼んで。で、ジーンを見つけたら、とりあえず王子が探してた事伝えてあげて」
「ジーンとは、あの赤髪のガキか」
ガルカが訪ねる。
「ええ。何があったか知らないけど、会ったら優しくしてあげなさい。わざわざ探すほどじゃないでしょうし、スカートンとキリエ優先でいいから。ジーンはお城で迷子になったりしないだろうし」
「そうか。わかった、任せろ」
「で、キリエとスカートンの特徴だけど」と、アルベラが言うのと、「ちょっとあんた!」とエリーが言うのは同時だった。
エリーがガルカの後頭部を掴むべく、伸ばした腕は空振りする。魔族の使用人は、二人が自分から目を逸らした一瞬に、ふらりとその元を離れて行ってしまった。
「お嬢様、追ってきます」
良いですね? と視線で尋ねられ、アルベラは「ええ、行って」とあきれ果てた顔で頷いた。
(まったく。名前しか知らない人間をどう探す気? ………余計なことしてくれなきゃいいけど)
あの魔族、人への危害を封じられているたはいえ、封じてる魔術にもムラがあるように感じる。そのせいだけではないのだが、どうも不安だ。
ため息をつき、テーブルの反対側をみる。両親が知り合いと挨拶を交わしている。どうしよう。とりあえずあちらへいくか? と考える。
「よう」
「あら、ルー。今年もごきげんよう」
目的の黒髪、高身長の使用人を探し、エリーは会場を歩き回る。
そこでご機嫌な声に呼びかけられ、足を止める。
「エリーさん! やあやあ、ご機嫌麗しゅう」
黄緑の髪に鼻の下に整えられた短いひげを蓄えた男性が、片手を振って歩いてきた。
「あら、バスチャラン様」
「お久しぶりです」
「お久しぶりです。キリエ様、奥様」
「エリーさんがここにいるってことは、公爵殿ももう挨拶は済んでいるって事か。エリーさん、案内していただいても良いかい?」
エリーは主ラーゼンの友人の頼みに笑みを返す。
(あらー)
「はい。喜んで」
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