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一章 10歳になって

38、ファミリーへ道連れ 5(お嬢様の交渉)

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 アルベラはぞっとしつつ、上座に座るツーとその横に控えるリュージをぎらつく瞳で睨み付けるエリーへ声をかける。

「エリー」

「あら、お嬢様!」

 パッと表情が華やぐ。いつもの笑顔に変わりアルベラはホッとするが、隣のニーニャは泡を吹き失神していた。

「も~探したんですよ~」

 そういってずかずか部屋へ入り、ニーニャの隣に腰を下ろす。

「探した? エリーが合流できるように、ここの男の人がお店の前で待っててくれたはずなんだけど」

「え?! ………あ、あら~」

 なにやらばつが悪そうだ。目を座らせ視線を逸らしている。

「私ったら、店へ戻る道すがらそこの人が仲間と話してるの聞いて………」

 そこの人、とは先ほどこのオカマが扉の外から投げ込んだ男の事だろう。

「不審者を捕まえてどうこうとか、公爵のガキも一緒でどうこうとか。あの人から色々聞き出してしまって、お店へ行く前にここへ直行してきてしまったんですよね………。おかげで道惑わせの魔術に苦戦して一人の男引きづったままずっとうろうろうろうろ………」

 額に手を当て落ち込む様子のエリー。アルベラは「お気の毒様………」と声をかける。もちろんずっと引きづられ、今は泡を吹いている男に向けてだ。

「ったく、情けねぇ………」

 そう零すと、扉の外、部屋の四隅の角で怯えてる男たちの無事を確認したリュージはツーの横へと戻る。

 ツーは神妙な面持ちでエリーへ問いかける。

「お嬢さん。うちの馬鹿どもがお世話になったみたいだね。………………………一体何人やったんだい?」

 青く澄んだツーの瞳に、怒りがあるのか読み取れない。が、その声は重い。

「一人も手にかけてないわよ。ごめんなさいね。私の早とちりでその人だけ痛い思いをすることになっちゃって………」

「そうか」

 ツーは安心したように息をつき、良かった良かったと口元で繰り返す。

「もしあんたがあの馬鹿どもを手にかけてたら、こちらも同じ人数あんたの知り合いを手にかけにゃならんかったからな。面倒な仕事が増えなくて本当に良かったよ」

「あらあら、それはそれは」

 ツーとエリーが和やかに笑う。

(全く笑えませんが)

 アルベラは知らないうちに自分の一命が取り留められていたことに腹の底が冷やされる思いだった。エリーが誰かを運悪く手にかけてた場合、手近にいる自分かニーニャが最も報復に使われる可能性が高い事だったろう。





 場はエリーを加え本題へと入る。

 まずはツーから八郎への確認だった。

 「お前があの薬の制作者か」「はいそうです」。その流れの後に続く、「どこから来た」「目的は何か」「主犯格は誰だ」「拠点はどこだの」質問。

 この話を聞く中、アルベラは頭の上に疑問符が浮かぶ。

 そういえば、だ。始めからおかしかった。

(売人のお兄さんはダン・ツーが薬を制作してる組のリーダーっぽく話していた。なのに、その薬の制作者である、身内であるはずの八郎を捕獲。自己紹介をしてからの事情聴取みたいなやり取り。あの会合にも手下を忍ばせてたって………つまり)

「あの」

 八郎が「目的は金儲けだと思う」と答えている辺りだ。アルベラは遠慮気味に手を上げる。

 ツーとリュージと、その手下たちの視線が集まり居心地が悪い。

「何だい、ディオールの嬢ちゃん」

 邪険にされるのではと一瞬心配したが、ツーはただ穏やかに聞き返してきた。穏やかにといってもお遊びや戯言を許してくれそうな生ぬるい空気ではない。

「あ、あの。『薬はダン・ツーがばらまいてる』って噂を聞いたんだけど、………もしかして、ツーのおじ様は濡れ衣なの?」

 すぐに返答はない。ツーの瞳はじっと場違いな少女に向けられる。

 これが噂の「品定め」という奴だろうか、とアルベラは見つめ返す。そして心の中で唱える。「どうか私を仲間外れにしないでください」と。

 静まり返る部屋の中、アルベラは長く感じる時間を耐えてツーへ顔を向け待ち続けた。

「おまえ」

 予想外にも初めに言葉を発したのはリュージだった。いかつい顔を更に厳つくしてアルベラを見下ろす。

「もしかしてあの晩会合にいたガキか?」

 鋭い視線。

 舐められてはいけない。ここで頼りない子供の姿を晒してはいけない、とアルベラは背筋を伸ばす。

「ええ、そうよ。あの時お世話になった老婆です」

 「この度は恩返しに参りました」と続けたくなる言葉並びだ。

 アルベラは「にこり」と笑って見せる。緊張の場面ではあるが、本人的には結構うまく笑えた気がする。

「………っち」

 イライラと胸元から煙草を取り出すリュージ。

「ああ! あの時の婆さんか! で、あんた、あの青い姉ちゃん!」

 八郎の鞄を没収し携えた、壁際の「善き小鬼おじ」が声を上げた。

「おじさん、あの時はありがとう」

 ぺこりとお辞儀をする少女に、小鬼おじさんは「すっかりだまされたなぁ」と頭を掻く。その様子に、自分の変装はやはりうまくいってたのだと、アルベラは誇らしげな表情を浮かべる。

 少女と手下たちのやり取りを聞き、大まかに理解したツーは息をつくと小さく笑みを浮かべる。そしてこの部屋を仰ぐように低くも通る声で「いいだろう」といった。

「ディオールの嬢ちゃん、いろいろ嗅ぎまわってるみたいだな。質問に答えてあげよう。その話はデマだ。そいつらは俺の名前を使って何かを企んでいる。それか、何かを確認しようとしてる」

「確認?」

「ああ。あくまで予想だがな。それで、お嬢ちゃん。あんたらは何でその薬について嗅ぎまわってる? まさか既にハマってるなんてことねぇだろうな。………まぁ、そうなったらそうなったで…………フフっ。ラーゼンの坊主の悲しむ顔が見れるってのも悪かない」

 自分の父を「坊主」呼びのツーに、エリーの「きっとお父様とも会ったことがあると思いますよ」という言葉が思い出される。

「わたしは」

(ただの興味本位? 将来への戦力強化のため? だめだ、どっちも言ったところで相手にされない)

 分かっている。これはチャンスなのだ。仲間は多いに越したことはない。傘下にいれてもらえれば、またはもう少しそちらの話を聞かせてもらえるだけでも、あの薬剤師を手に入れるための道が近くなる。

「わたし、は、………その」

 無意識に膝の上のスカートを握りしめていた。

 ちらりと、エリーの不安げな表情が視界に入った。気を失ってるニーニャも。そして正面に座る八郎が目に入る。そわそわし、時間を気にしている。例の外出可能時間がそろそろなのだろうか。

「そ、そう。八郎、を………助けると約束、………そう。そう! 助ける約束をしてるの」

「助ける? お前、こいつの事知らないとか言ってただろ?」と、訝しげにリュージ。

「え、ええ。前にあった時はスリムだったの。名前を聞いてびっくり。はは」

 もう自分の言ってる事があってるのか間違ってるのか分からない。嫌な汗をかいてきた。

「でね。八郎、時間以内に戻らないと殺されちゃうんですって。そういう魔術がかけられてるとかで、で………」

 これは渡されたメモから偶然に目が拾った情報だ。それ以上はちゃんと見なければ分からないが。だが、ちゃんと見ればすべてが書いてある。そう。これがあれば、敵の本拠地も、主犯格も。

 ああ、そうか。と、アルベラは話しながら自分の言葉に納得し始める。

 ツーも話の流れ的に何かを感じ取り始めていた。八郎の事情を知る子供の言葉に、じっと耳を傾けている。

(そうか。私はもう、十分な交渉材料を貰ってた)

 きっとうまく行く、と思えたとたん、緊張が興奮へと代わり始めた。どくどくと自分の心臓の音が鼓膜に響く。大丈夫だ。この流れ、大丈夫。

自分にはちゃんとした交渉材料がある。その情報を一方的に搾取できそうな弱者に見えてはいけない。頼りなさそうに思われてはいけない。こんな時、どんな顔をしたらいいのか、前世の記憶が教えてくれるので分かっている。

「おじ様、私は、八郎をあいつらの魔術から開放して保護してあげたい。で、ね。ツーのおじさま」

 一拍おき、自分を落ち着かせる。

 顔をあげ直すと一瞬前とは異なり、鋭い眼光のツーがいた。

 獲物を見る肉食獣のような目。前世の記憶に無い人種。

 アルベラは驚き、そして怯む。目をそらしたいのを堪え、ぐぐっと歪な笑みを浮かべた。

 そう。笑うのだ。

 自分は得意なはずだ。生意気な笑顔。人を挑発するような笑顔。自分より大きな者たちに、囲まれたからといって恐れてはいけない。弱気になってはいけない。

 特に、きっと、今自分の周りを囲む者たちは、そういう感情を読み取ることを得意としているはずなのだから。

 アルベラは、この十年、よく慣れ親しんだはずの、不敵な笑みを浮かべ耐える。余裕があるように。せめて臆病者とは思われないように。



「私たちと、手を組まない?」
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