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一章 10歳になって
12、人攫いと美女 6(ボス退治)
しおりを挟む「ねぇ、エリーって結構強いのね」
「そうかしら。さっきの男たちがなよなよしてただけよ」
「そうかもしれないけど、けどその見た目と腕っぷしのギャップ……結構便利ね……。ねえ、本当にあなた幾つ?」
「あら、女性に年を聞くだなんてはしたない子♡」
「女性……」
エリーの笑顔が深まり、アルベラはすかさず「はい。ごめんなさい」と返す。
(とりあえず家でもちょっとした護身術は学んでるけど、エリーからもう少し荒々しいのとか学べたらいいな。何かあった時、相手の意識を落とせるくらいの方が安心だよね。今日なんて正に良い例……、いつどこでどんな事件に巻き込まれるかなんてわからないものね)
(なにを一生懸命考えてるのかしら、可愛い)
アルベラもエリーも好き勝手考えながら歩く。
そこに、時計塔の広場へ向かって歩く二人を呼び止める声があった。
「お嬢様!!!」
アルベラは声の方を振り返り「あ」と零す。
屋敷から共に来た護衛の一人だ。
彼は全身に安堵の空気を漂わせ、アルベラのもとに駆け寄った。
「良かった、ご無事で……」
と彼は泣き崩れる勢いで膝をつく。
「ごめんなさい、色々あってはぐれ……えぇ……?」
「我々は、もう今日が最期の日になるかと……ああ、良かった……良かった………………」
騎士は本当に目に涙をためていた。命拾いして溜まってた感情が噴き出した様子の彼。
アルベラは慰めるように彼の肩を叩き「ほ、本当ごめんね」と謝罪した。
(公爵の娘見失ってそのまま行方不明とか……解雇どころの話じゃないよな……。本当に『死ぬ気』で……いや、『殺される気』で探してたんだろうな……)
道中、騎士はエリーの姿をチラリと見て尋ねる。
「あの……アルベラ様。その方は?」
「エリーよ。色々あって助けてもらったの」
「こんばんわぁ、素敵な騎士様」
ひらひらと手を振る彼女に騎士は頬を染める。
(隙あらば色仕掛け……タノモシイナカマガフエタナァー)
エリーについては屋敷に帰ったらいろいろ調べてもらおう。
それまではまずルミア達の捜索を手伝ってもらわなければ、とアルベラは頭を切り替える。
時計の広場に移動しルミアがいないことを確かめると、アルベラは馬車を預けた宿へ向かうことにした。
宿はこの道を更に屋敷の方へと進むだけだ。
「私はエリーが付いてるから大丈夫。貴方は他の騎士やルミアを呼んでこれない?」
騎士はためらいながらエリーを見た。
「大丈夫と言いましても……」
「大丈夫。本当に大丈夫。この言葉信じてくれたら私が『あなた達のうっかり』で『うっかり誘拐された』ことは黙っててあげるから、ね?」
「おじょ……――え!? 誘拐……?!!」
お嬢様がはぐれただけだと思っていた騎士は声をあげた。
「そう、誘拐。護衛対象を危ない目に合わせちゃったなんて……お父様が知ったらどう思うかしら。大変ね……」
「ふぅ」とわざとらしく息をつくお嬢さま。
騎士はがくがくと足を震わせ始めた。
「ね? だから言わないでいるから、貴方は他の人達集めてきてくれる? 私もできれば、今日は遊びすぎて遅くなったって事にしたいの。外出の目が厳しくなるのは嫌だもの」
「は、はい!」
「あと誘拐の事も、他の騎士に言う必要はないわ。分かった?」
「はい!」と敬礼するも、騎士は困ったように「あの」と続ける。
「騎士達との連絡は取れますが、ルミアさんは私ではどこにいるか……。もしかしたら既に屋敷に戻って捜索を手配している可能性もあります」
「そう……。分かった。じゃあルミアはいいから、貴方は他の騎士様と合流して。馬車を預けた店に来て」
「はい」
騎士と別れ、アルベラはエリーを見上げる。
「エリー、この先に多分馬車があるんだけど、まずはそこで口裏を合わせま……エリー?」
エリーは眉を寄せ、ある一点を見つめていた。
その先は店と店の間にある細い路地だ。さらにその路地の先に、店の裏手に引かれた水路のようなものが見える。
「エリー?」
「ちょっとここで待っててくださる、お嬢」
ハートの語尾は変わらずに、そう言い残すとエリーは足早にその路地へと走っていった。
(こっちの答えも聞かずに……従者にあるまじき行動じゃない)
アルベラは迷うことなくその後を追う。
(さっきあんなことがあったばかりだもの。流石に一人は抵抗あるってば)
***
あの赤いドレス。派手な金髪にくっきりとした顔だち。まさか、偶然だろうか。と男は目を凝らした。
(あの女、ちょうどいいところに……)
にたりと男の口元がゆがむ。その瞳には煌々と怒りの炎が燃え盛っていた。
大通りに並ぶ店の裏手。先ほど入手したばかりの「商品」を小舟に積んでいた手を止め、男は舟から降り地へ足をつける。
「ドグズ!!」
彼のもとへ怒りの形相を向けやって来た赤いドレスの女――エリーが男の名を呼ぶ。
「よお、エリー。会いたかったぜ」と男は両腕を広げた。
三十代前半の屈強な体躯の男。
笑みを浮かべれば野性味のある色男な彼だが、今彼が浮かべる笑顔は女性を怖がらせるような暴力性を帯びていた。
「私もよ! あれはどういう事!?」
「『あれ』? 何のことだ」
「あんたの稼ぎ口よ! 見たわよ、子供たち。私そういう男はごめんだって言ったわよね?」
その言葉にドグズと呼ばれた男は片手で顔を覆いくつくつと笑い声を上げる。
「だよなぁ。やっぱお前だったか。エリー。お前があの場所を潰したのか? ガキどもを逃がして、貴族の犬どもを呼んで」
「違うわね。逃げたのも兵士を呼んだのも全部あの子たちよ。私はそれを見てただけ。けどあんたのお仲間が情けない事をするから、恥ずかしくなってちょっと八つ当たりはしちゃったけどね」
「……は? ガキどもが自分で?」
「ええ。いい大人が情けない話でしょう?」
「んな事があるわけねぇ……――いや、あの馬鹿どもならあり得るか?」
ドグズは以前手下の一人が子供の口車に乗せられて逃げられたのを思い出す。
「そうか……まあ何でもいい。……大事なのは売り物が全部逃げちまったって事だ」
男はギラギラした目でエリーを見据える。
「今回の損害は補わにゃならん。兵士共に連れていかれた以上、あいつらももう諦らめねぇといけないしな。――エリー、俺と一緒にこの町を出ねぇか?」
ドグズは前髪をかきあげ、自信満々にエリーへ片手を差し出した。
「あら、ロマンチックな言葉」とエリーは微笑む。そして「でもごめんだわ」と瞳を好戦的に輝かせた。
「どうせ『逃がした子供の代りに女を売って少しでも元手を増やそう』とか考えてるんでしょう?」
ドグズは深く息を吐くと、片手で目元を覆ってくつくつと笑い出した。その声はだんだんと大きくなっていく。
「――分かってるなら話が早え!!!!」
開き直ったようにドグズはエリーへ敵意をぶつける。
「安心しろ、いいとこに売ってやる! おめぇならその先で上手くやるだろ」
「そうね。あんたの買い手だもの。きっと逃げるのも容易いお馬鹿さん達でしょうね」
「ほう、そりゃあいい! なら俺は売る、お前は逃げる、俺もそれを手伝う! こうやって荒稼ぎをするのはどうだ!! ……勿論、俺とお前二人きりで……なあ!? 最高だろうがクソ女!!」
ドグズはエリーへとびかかった。
(エリー!)
アルベラは物陰から二人のやり取りを見ていた。
ドグズの片手にはアルベラも見覚えのある目の粗い袋が握られてた。意識を失った時に頭にかぶせられたものだ。
「絶対ごめんよ、クソ野郎」
エリーは一歩も動かず、彼を見据える。
ドグズは単に、女が脚を竦ませ動けないでいるだけかと思った。
「痛くしねぇから安心しな!」
エリーの首を片手で掴み、彼は袋を持った腕を振りかぶる。
―――パシリ
と、ドグズとエリーの間で音が鳴った。
大きく太い男の腕を、エリーの白く細い腕が掴んで止めたのだ。
力負けするのも時間の問題だろうと思っているドグズは、余裕に口の端を持ち上げていた。
「エリー、お前の事は本当に愛してたんだ。けど自信が無かった。お前がもし本気だって言ってくれるなら、俺はお前を世界の何よりも大事にする。お前が俺を手伝ってくれるっていうなら最高の相方だって思える。……なあ、体が動くうちに稼ぐだけ稼いで、どっか遠くに家でも持とう。二人で穏やかに暮らすんだ。贅沢しなけりゃ子供だって育てられるさ。俺とお前の子だ。男でも女でもきっと可愛い子供が生まれると思うぜ。どうだ? 俺がお前をずっと幸せにしてやる。だから今から考えなおさねぇか?」
女なんてこう言って甘い言葉をささやけば簡単に揺らぐ。
そう思っていたドグズだが、エリーの反応は予想外だった。
「はぁ……?」
理解できない言葉を言われ呆れる彼女。
軽蔑し、冷めた視線を向けられドグズは目を丸くした。
「あらあら。何見惚れてるのかしら?」
エリーは自分がされているのと同じく、男の首を空いた片手で掴んだ。
(片手?)
ドグズはエリーの片手が空いていたことにようやく気付いた。
先に止めた袋を持つ男の腕はプルプルと小さく震えていた。それを受け止め抑えているのは、女性の白く細い片腕だ。その腕は微動だにもしていない。
「て、てめぇ……一体どんな手を使って」
「あら。魔法でも使って見えて? どう見ても貴方が力負けしているだけでしょう」
「く、クソが! テメェがこんな怪力女だとは思って……ぐぐっ……」
エリーの片手がドグズの首にめり込む。軽く持ち上がり始めた自身の体。ドグズの目にありありと警戒と恐怖が浮かび上がる。
「……ぐっ、くっぞぉ!!」
エリーの腹目掛け蹴りを入れようとしたが、脚を後ろへ引いた時点でそれを悟られ放り投げられた。
地面に背を打ち転がる彼を、エリーは冷めた瞳で見下ろす。
「こ、この怪力女! いいとこに売ってやろうと思ってたが、てめぇは物見商や『特殊奴隷市』に出した方が儲けられそうだな」
「まだそんな事言ってるのね。あんたに私が売れるわけないでしょう、お馬鹿さん」
「はっ! その余裕もここまでだ! 俺にだってまだ手は残ってる!!」
ドグズはズボンの尻ポケットへ手を突っ込む。
そこから出したのは皮の袋――の中から取り出した、小指の先ほどの小さな赤い丸薬だった。
「もう丁寧には扱ってやれねぇぞ。痛い思いしたく無きゃ今のうちだ。大人しく言う事を聞くか?」
「馬鹿な男」
「――! 女が調子に乗りやがって! 大人しく男に媚び売って生きてりゃいいものを!!」
(粒……? 何かの薬?)
路地に積まれた木箱の影からひょこりと顔を覗かせ、アルベラは何とか男の手元の物を視界にとらえる。
数粒を指先に摘み男はその何かを口に落とすように飲み込んだ。
「人売りに薬中って。貴方にはとことんウンザリしたわ……」
エリーは頬に手を当て、「はぁ、」と悩ましくため息をつく。
「そう言ってられんのもここまでだ」
ドグズはにたりと笑い立ち上がる。
「売り飛ばす前にぐずぐずに泣かせて可愛がってやる……楽しみにしろぉぉおおおおお゛お゛お゛お゛!!」
男の声に濁音が混ざる。呼吸ががさつき、「ひゅーひゅーと」喉で空気が引っかかるような音を上げていた。
短く太いドグズの髪が重力を無視してなびく。
(何? 薬の力? うーん。何が起きてるのか全然分からない)
アルベラは木箱の裏つま先で立つ。
もっとよく見たいが、見つかったらまずい。
(エリーの邪魔しちゃ悪いし、ここで我慢するしかないよなぁ……ちぇ……)
アルベラが残念に思い見守る先、エリーは腕を組み首を傾げた。
「ドグズ。あなた、魔法はあまり使えないって言ってたわよね?」
「あ゛あ゛。げどなあ゛、そんなお゛れらにも゛ごれぐらいは出来るようになる手っての゛ががあんだよお゛!!」
ドグズが両手を広げると、彼の体の周りが赤く発光し一点に集まった。
「……!」
エリーが危険を察知して後ろに飛び退く。
―――ごぉぉぉぉぉぉ!!!!
ドグズの前に火の玉が出現し、エリーに向けて放たれた。
一直線に放たれた炎を避けたエリーの後方。壁にぶつかって火炎が消滅し、「ボフン!」という音と熱風を上げた。
その様子を遠目に見ながら「乙女ゲーどこ行った!!!」とアルベラは小さな声で突っ込みを入れる。
一方、路地に面した建物内にいた者達がドグズとエリーの小競り合いに気付き始めていた。
窓から顔を覗かせた誰かが「喧嘩だ! 兵士をよべ!」と叫ぶ。
「火だ、障壁を」「危ないから外に出ないで」等というやり取りがアルベラの周囲の建物の中からも聞こえてきた。。
(大したことないわね)
エリーは後方で消滅した炎の熱や風からその威力を感じ取る。
「やっぱり小さい男」
「ふん! 負げおじみだろーがぁ!」
ドグズは血走った目をニタニタさせと次々に火の玉を放った。
周囲の店の者達が小窓から外を覗き、バタバタと戸締りを始める。
(あれも魔法かな)
建物が丸ごと青の淡い光で包まれた店が幾つか現れたのだ。
乱雑に放たれた火の玉が周囲の壁に当たる。
青い光に包まれていない建物の壁には焦げ跡が残っているようだが、青い光に包まれた建物に向けられた火は壁に当たる手前で、見えない壁にでもぶつかったかのように消滅していた。火がぶつかると建物を包む光は強く明滅し、その姿にアルベラは「きれいだなー」と他人事さながら呟いていた。
ドグズの狙いはでたらめだった。
いつになってもその精度が上がることは無く、その事が所詮は付け焼刃であることをエリーに感じさせた。
「な゛んで、あ゛だらねえんだ!! ぐぞがあああああ!」
「まるで子供ね。可愛くない事」
確かに魔力は上がったようだが、ドグズの視点は定まっておらず、その意識が正常とは思えない。
こんなくだらない男に付き合うのももううんざりだ。人も待たせていることだし……、とエリーは動く。
偶然自分に向かってきた火の玉を一つ、彼女は生身の脚でドグズに向けて蹴り返した。
ドグズは跳ね返ってきた火には気付かない。
目の前にそれが迫ってきてようやく気づき、両腕を前に出し身を守る。
――ぼん!
「あがっ……!」
彼の腕に火の玉が当たり消滅した。熱の塊に弾かれ、ドグズは焦げた匂いと少々の煙を立ち上らせながら仰け反った。
「ぐ、ぐぞがあああああ」
仰け反ってふらついた状態のまま彼は炎を放つ。
エリーは恐れる必要もないと自分からその火の玉の群れの中へと突っ込んだ。
「な゛、な゛ん゛だでめぇ!! な゛ん゛だでめぇぇぇぇ!!!!」
避けられるものは避け、無理そうなものは腕ではじき、エリーは一瞬で彼のもとへと詰めていた。
「貴方のもと恋人よ。一瞬だったけどね」
ドグズの懐に入ったエリーは、一拍身を沈めたかと思うと、押さえつけたバネを解放するように地面を踏み込み伸びあがる。その拳は大男の顎へめり込み、彼の体を地面から引き剥がした。
「さよなら、ドグズ」
全身を使った見事なアッパーだ。
「うっわぁ……」
アルベラは思わず自分の顎を抑える。
男の体は地面から一~二メートル吹っ飛ばされ、どさりと力なくその場に落ちた。
***
「こっちだ! 喧嘩してたっていうチンピラが倒れてるぞ!」
足早にその場を離れていたアルベラとエリーは、警備兵の駆けつける声を離れた路地から耳にした。
「誰にも顔見られてないといいんだけど……」
両親の耳に入ることを懸念する彼女に、エリーは「『お嬢様』も大変ねぇ」と返す。
「けど大丈夫? 時間的にはご両親も十分心配してるでしょ?」
「そうね……。もしかしたら使用人がもう屋敷に行って私の行方不明を親に伝えて騒ぎになってるかも……――?」
駆け足で馬車を預けてる宿に向かってる途中、アルベラは信じられない光景が視界に入った気がした。
ゆっくりと脚を止めた彼女に、エリーも合わせて脚を止めた。
アルベラはじっとその場に立ち、何かをまっすぐに見ていた。
「どうしたの、お嬢サマ?」
「あれ」
「あれ?」
アルベラが指さす先。
青緑の屋根に蔦を這わせた煉瓦作りの壁。可愛らしいデザインのカフェが、黄色い明かりを店先に灯し、扉に「オープン」のプレートを下げていた。
その店内には、窓際の席でそれはそれは幸せそうにパフェを頬張る女性の姿があった。
「あら、もしかして?」
「うん。いた」
頷く少女の表情は意外な展開に呆然としていた。だが徐々に状況を飲み込み、その表情はどす黒い満面の笑みへと変わっていく。
「あら、いい笑顔」とエリーが嬉しそうに呟く。
店内でパフェを食べる女性――ディオール家の使用人、ルミアはぞくりと身を震わせた。
視線。そして寒気。
彼女は弾かれた様に顔を上げ、明るい店内から真っ暗な外へと目を凝らした。
街灯が照らす石畳の広場。
そこに見慣れない女性と一人の少女が立っていた。
二人の姿は夜闇に溶け込んで細かくまでは見えないが、街灯に照らされ浮き上がるラベンダー色の髪に、ルミアの表情が徐々に凍り付いていく。
表情までは見えないはずなのに、ルミアにはあの少女が笑んでいるのが分かった。
「あ……」
(終わった………)
ルミアの握るスプーンの上、掬い上げていた角切りのフルーツとたっぷりのクリームが傾ぎ、ボトリとカップの中に落ちた。
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