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第一章 結婚は人生の墓場と言うが
俺たち、結婚しました
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やたらと厳つい近衛騎士グレウス・ロアにも、結婚に対する夢はあった。
それは笑顔が素敵な相手と、愛し愛されて結ばれることだ。
仕事を終えて家に帰ると、愛しい妻がおかえりなさいと出迎えてくれる。
その手を取って口づけし、愛情と尊敬を言葉にして伝え合い、いつまでも仲睦まじく暮らして、年を重ねていく。そんな光景をぼんやりと思い描いていた。
しかし――。
そんなささやかな夢は、時ならぬ嵐に吹き飛ばされてしまった。
「騎士グレウス・ロア。汝はオルガ・ユーリシスを妻とし、生涯の愛と忠誠を誓うか!」
緊張を孕んだ問いかけが、立ち尽くすグレウスに投げかけられる。
「……はい……誓います……」
大きな体に見合わない小さな声で、グレウスは誓いの言葉を述べた。
ここはグレウスが通い慣れた街の小さな教会ではなく、周りにいるのは満面の笑みを浮かべた家族でもない。
帝都の真ん中にある大聖堂の大広間で、目の前にいるのは額にびっしりと汗を浮かべた大司教だ。
そして隣にいるのは――。
「皇弟オルガ・ユーリシス殿下。貴方様は皇室を離れ、グレウス・ロアの妻となることを誓いますか」
先程よりもさらに緊張のこもった声で、大司教が問いかける。
静まり返った場内に、ごくりと唾を飲む音があちこちから聞こえた。
グレウスは恐る恐る隣に目を向けた。
そこに立っていたのは、恥ずかしそうに頬を染める町娘ではなかった。
グレウスより僅かに低いだけの長身が、美しい花嫁のベールを被って隣に並んでいた。
豪奢な飾り編みを施した純白のベールは、天窓からの光を浴びて輝き、優美な曲線を描いて床に流れる。その下に纏っているのは、裾の長い白の法衣だ。銀糸で施された装飾が神々しい。
鏡のように磨かれた白大理石の床の上に、繊細に飾られた純白のベールと白銀の法衣の裾が重なって広がるさまは、夢に見そうなほど荘厳かつ優麗な光景だった。
平民の娘なら気を失っても不思議のない、溜め息が出るほど豪華な婚礼衣装だ。
「ふ……」
俯いていた頭がかすかに揺れた。
ベールの下で髪を押さえる宝冠が光を反射し、背を覆う漆黒の髪がサラサラと流れる。
緊張で誰もが息を詰める中――。
「――誓おう。私は今日より、グレウス・ロアの妻だ」
シンと静まり返った大広間に、低く艶のある美声が放たれた。
理屈抜きの震えが背筋を走り抜け、グレウスは手に持った白い手袋を握り締めて身震いした。
高貴な生まれの花嫁が、『嫌だ』と言ってくれるのではと期待していたのだが、世の中そう甘くはなかった。まさかあんなに堂々と誓われるとは思いもしなかった。
目の前が真っ暗になり、卒倒しそうな気分になって、グレウスは足を踏みしめた。
そんなグレウスの様子を横目で見ながら、大司教は無情にも告げた。
「よろしい。では花嫁に誓いの口づけを」
この地上に、これほどの試練が他にあるだろうか。
グレウス・ロア、二十六歳。自慢ではないが近衛騎士団きっての強面で、ついたあだ名は『灰色熊』。
野獣のように厳つい自分が、衆人環視の中で口づけをする羽目になるとは。敵陣に一人で突撃しろと言われた方がよほど気が楽だ。
しかも相手は――。
血の気を引かせながら、グレウスは花嫁と向かい合った。
意を決して花嫁のベールを捲り上げると、現れたのは透き通るように白い肌だった。
そっと伏せられた瞼。頬に長く影を落とした睫毛と、やや神経質そうな細い眉。
細く通った鼻梁に、酷薄そうな薄い唇。
薄い絹の下に隠されていたのは、凄みを感じさせるほど冷たく整った顔だった。
だがどう見ても、それは嫋やかな乙女のものではなく、気品漂う男性のものだ。
――皇弟オルガ・ユーリシス。『黒の魔王』と呼ばれた年上の貴人は、潔く瞼を閉じてグレウスを待っている。
誓いの口づけは結婚式のメインだ。皇帝も貴族の重鎮たちも、聖教会の大司教たちまでもが、固唾を飲んでその瞬間を見守っている。
逃げ道はもう失われている。誓いの言葉は述べてしまった。相手だって承諾した。
もう、覚悟を決めるしかないのだ。
「……ご無礼をお許しください……!」
残念なことに、災厄避けの呪文をグレウスは知らない。
その代わりに小さな声で許しを請いながら、グレウスは顔を近づけた。
全身に冷や汗が滲み、心臓は舞台のクライマックスを告げる太鼓のように打ち鳴らされる。
グレウスはゆっくりと体を傾け、緊張して固く閉じた唇で、口づけを待つ冷たい唇に触れた――その瞬間。
「……!?」
固く握りしめたグレウスの手に、冷たい手がそっと重ねられていた。
それは笑顔が素敵な相手と、愛し愛されて結ばれることだ。
仕事を終えて家に帰ると、愛しい妻がおかえりなさいと出迎えてくれる。
その手を取って口づけし、愛情と尊敬を言葉にして伝え合い、いつまでも仲睦まじく暮らして、年を重ねていく。そんな光景をぼんやりと思い描いていた。
しかし――。
そんなささやかな夢は、時ならぬ嵐に吹き飛ばされてしまった。
「騎士グレウス・ロア。汝はオルガ・ユーリシスを妻とし、生涯の愛と忠誠を誓うか!」
緊張を孕んだ問いかけが、立ち尽くすグレウスに投げかけられる。
「……はい……誓います……」
大きな体に見合わない小さな声で、グレウスは誓いの言葉を述べた。
ここはグレウスが通い慣れた街の小さな教会ではなく、周りにいるのは満面の笑みを浮かべた家族でもない。
帝都の真ん中にある大聖堂の大広間で、目の前にいるのは額にびっしりと汗を浮かべた大司教だ。
そして隣にいるのは――。
「皇弟オルガ・ユーリシス殿下。貴方様は皇室を離れ、グレウス・ロアの妻となることを誓いますか」
先程よりもさらに緊張のこもった声で、大司教が問いかける。
静まり返った場内に、ごくりと唾を飲む音があちこちから聞こえた。
グレウスは恐る恐る隣に目を向けた。
そこに立っていたのは、恥ずかしそうに頬を染める町娘ではなかった。
グレウスより僅かに低いだけの長身が、美しい花嫁のベールを被って隣に並んでいた。
豪奢な飾り編みを施した純白のベールは、天窓からの光を浴びて輝き、優美な曲線を描いて床に流れる。その下に纏っているのは、裾の長い白の法衣だ。銀糸で施された装飾が神々しい。
鏡のように磨かれた白大理石の床の上に、繊細に飾られた純白のベールと白銀の法衣の裾が重なって広がるさまは、夢に見そうなほど荘厳かつ優麗な光景だった。
平民の娘なら気を失っても不思議のない、溜め息が出るほど豪華な婚礼衣装だ。
「ふ……」
俯いていた頭がかすかに揺れた。
ベールの下で髪を押さえる宝冠が光を反射し、背を覆う漆黒の髪がサラサラと流れる。
緊張で誰もが息を詰める中――。
「――誓おう。私は今日より、グレウス・ロアの妻だ」
シンと静まり返った大広間に、低く艶のある美声が放たれた。
理屈抜きの震えが背筋を走り抜け、グレウスは手に持った白い手袋を握り締めて身震いした。
高貴な生まれの花嫁が、『嫌だ』と言ってくれるのではと期待していたのだが、世の中そう甘くはなかった。まさかあんなに堂々と誓われるとは思いもしなかった。
目の前が真っ暗になり、卒倒しそうな気分になって、グレウスは足を踏みしめた。
そんなグレウスの様子を横目で見ながら、大司教は無情にも告げた。
「よろしい。では花嫁に誓いの口づけを」
この地上に、これほどの試練が他にあるだろうか。
グレウス・ロア、二十六歳。自慢ではないが近衛騎士団きっての強面で、ついたあだ名は『灰色熊』。
野獣のように厳つい自分が、衆人環視の中で口づけをする羽目になるとは。敵陣に一人で突撃しろと言われた方がよほど気が楽だ。
しかも相手は――。
血の気を引かせながら、グレウスは花嫁と向かい合った。
意を決して花嫁のベールを捲り上げると、現れたのは透き通るように白い肌だった。
そっと伏せられた瞼。頬に長く影を落とした睫毛と、やや神経質そうな細い眉。
細く通った鼻梁に、酷薄そうな薄い唇。
薄い絹の下に隠されていたのは、凄みを感じさせるほど冷たく整った顔だった。
だがどう見ても、それは嫋やかな乙女のものではなく、気品漂う男性のものだ。
――皇弟オルガ・ユーリシス。『黒の魔王』と呼ばれた年上の貴人は、潔く瞼を閉じてグレウスを待っている。
誓いの口づけは結婚式のメインだ。皇帝も貴族の重鎮たちも、聖教会の大司教たちまでもが、固唾を飲んでその瞬間を見守っている。
逃げ道はもう失われている。誓いの言葉は述べてしまった。相手だって承諾した。
もう、覚悟を決めるしかないのだ。
「……ご無礼をお許しください……!」
残念なことに、災厄避けの呪文をグレウスは知らない。
その代わりに小さな声で許しを請いながら、グレウスは顔を近づけた。
全身に冷や汗が滲み、心臓は舞台のクライマックスを告げる太鼓のように打ち鳴らされる。
グレウスはゆっくりと体を傾け、緊張して固く閉じた唇で、口づけを待つ冷たい唇に触れた――その瞬間。
「……!?」
固く握りしめたグレウスの手に、冷たい手がそっと重ねられていた。
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