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しおりを挟む大樹との付き合いは、先代社長の秘書になった頃から数えて二十年になる。
思春期の頃から知っているせいで、代替わりして上司と部下の関係になった今も、気を抜くとうっかり名前で呼びそうになる。
他の秘書たちの手前もあるので、間部は大樹を名前で呼ばないよう特に気を付けていた。
けれど時折、大樹の方から名前で呼ぶようにと要求してくる。
就業のチャイムが鳴ったなら、もうプライベートなのだから、昔のように『大樹さん』と呼んでくれ、と。
創業者の社長が急逝したのは、まだ大樹が一社員として入社して間もない頃だった。
何の準備も経験もないまま、突然トップに立たねばならなくなった青年を、間部は半ば父親のような気持ちで支えた。
先代社長の最も側近くにいた部下は自分だ。社長が何を考え、どういったことを信念としてきたのか。社内の人間でそれを伝えてやれるのは間部だけだった。
若すぎる新社長に、世間の風当たりは当然のように厳しかったが、秘書として長い実績を持つ間部が支えることで、周囲も若いトップを受け入れ始めた。その結果、会社はギリギリのところで業績を落とすこともなく、難しい時期を乗り切ることができた。
色々なことがやっと落ち着いたかと思った頃、今度は間部を災難が襲った。妻が突然の病に倒れたのだ。
忙しさのあまり、体調を崩していることに気づいてやることさえなかった。
病気が発見された時には満足な治療を受けさせる時間さえ残されておらず、妻はあっという間に帰らぬ人となってしまった。
連れ合いを失って悲嘆に暮れる間部を支えたのは、今度は大樹の方だ。
長めにとった忌引きにも他の秘書を立てることもなく、仕事に復帰すれば、お前がいてくれるからこの会社が成り立つのだと何度も励まされた。忙しいはずなのに、一人では碌なものを食べないだろうからと、毎日のように仕事帰りに食事に誘ってくれた。
上司と部下という垣根を越えて、大樹は家族にするように間部を支えてくれた。そのおかげで仕事に穴を開けることはなかったが、私生活の方はすっかり乱れてしまった。
強くもない酒に溺れて、無理矢理に眠る日々。
ある朝、正気を失っていた間部は、ホテルのベッドで目を覚ました。裸の間部を抱きすくめて眠っていたのは大樹だ。
下腹に心地よい気怠さがあり、間部は何があったのかを知った。
それからは、なし崩しに今の関係だ。
大樹は人肌の温もりを思い出させると同時に、男同士の情交の悦びを間部に教えた。
嫌だとか恥ずかしいと感じるよりも前に、間部はまるで罰を受けるかのように、女として組み敷かれることを受け入れた。
妻との穏やかな性交とは違う、全力で走り続けるような激しい交わり。叫んで、喘いで、涸れ果てるほど精を放って、糸が切れたように眠る。
あの時、大樹と肌を合わせた日々がなければ、間部は今頃のたれ死んでいたかもしれない。何のために起きて食事をするのかすらわからなくなっていたから、少なくとも今のように務めが続いていることはなかっただろう。
互いに身内を亡くした者同士の慰めか、それとも別の感情があったのか。
はっきりさせないまま、大樹との関係は続いている。退社するときに、今日はホテルだと言われれば、間部の方から断ることはなかった。
だが互いの年齢や立場を考えれば、そろそろ適切な距離を心がけるべきだ。
「――私は、これもお仕事の一環だと思っております」
「なんだって」
大樹は男盛りの上、企業の経営者でもある。浮いた噂も聞かないが、年齢を考えればそろそろ女性と結婚して、ちゃんとした家庭を築くべきだろう。
一方、間部は妻を亡くして子もおらず、定年までの年数を数える方が早い年齢になってしまった。
このまま関係を続ければ、どんどん自分が大樹に依存していってしまうのは明らかだ。
別れ際に捨てないでくれと取り縋るのは、若い美女でも見苦しいというのに、五十路男では笑い話にもならない。
「……だったらこれも、秘書の務めだって言うのか」
大樹が不機嫌そうな声を出したが、間部はそれを躱すようににこりと笑って見せた。
「ええ、秘書としてのサービス残業のようなものです」
そうとでも割り切らなければ、いつまでも大樹にしがみついてしまう。
自分を見失わないためにも、今のうちに一線を引いておくことは必要だった。どうせそれほど長く続く関係ではないのだから。
「サービス残業、ね……」
――そう低く言葉を発した大樹が、剣呑な表情を浮かべた。
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