王宮に咲くは神の花

ごいち

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最終章 神饌

建国秘譚2

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 この芳しい匂いを嗅ぐのも最後なら、風に揺れる白い花弁のような姿を目にするのも、これが最後。
 北の大地に根を張って、二度とこの大陸を訪れることはない。

 ――これが、最後か……。
 地を走る獣の神であるウェルディにとって、海を隔てた北の大陸はあまりに遠い。
 季節はこれからも何万回も巡るだろうに、この蕾と会うことはもう二度とないのだ。どんな花弁を開かせるのかも見ぬまま、二度と匂いを嗅ぐこともできない。
 もう、二度と――。

「花の君」

 ウェルディは立ち上がって両手を伸ばした。

 花の神は毎日やってきたが、木の枝から降りたことはなく、夜を越したこともない。
 この大陸で根付いてしまわぬよう、大地に降り立ってはならぬと言いつけられているのだろう。
 今日はその禁を破らせたかった。

「ここへ降りてこい。今日が最後ならお前の匂いを覚えておきたい」

 両手を広げて降りて来るように促す。
 ウェルディをはじめ、豹の眷属たちは草木や花々を狩ることはないので、警戒の必要はないはずだ。

 蕾が躊躇うように足をぶらつかせ、木の上の方では、青い鳥が警告するように鳴いた。
 ――黙れ、と念じながら、ウェルディは誘う笑みを浮かべる。

「もうすぐ成熟を迎えるのなら、人の子の営みについて教えてやろう」

 獲物を狩るには狡猾でなければならない。豹の神であるウェルディはそう思っている。
 ただ強いだけでも、ただ速いだけでも、用心深い獲物は逃げてしまう。
 叡智と力のあるものだけが、欲しい肉を欲しいだけ食らうことができるのだ。

 ウェルディが笑みを深めて腕を広げると、蕾の白い頬が仄かに紅色を帯びた。少し前までは青く硬いばかりだった実が、食べ頃に近づいていることを示すかのように。

「そんなに遠くては何も教えてやれぬ。今日が最後なのだろう?」

 熟れかけの果実は、父神との約束に心揺らいでいる様子だ。
 だがこれが最後という言葉が後押ししたのか、やがて蕾は鳥の警告を無視して軽やかに枝を飛び降りた。

 ウェルディは爪を伸ばし、その軽い獲物を大地の上に引き倒した。







「あ……!」

 草の上に押し倒された蕾は、一瞬不安そうな表情を浮かべた。
 ウェルディは逃さぬように上から覆いかぶさりながら、鋭い爪のついた指で白い頬を撫でる。

「いつの間にやら甘い匂いがするな。美味そうな匂いだ」

 鼻を鳴らしてウェルディは言った。
 青く清々しい香りの奥に、昨日までは気づかなかった脳髄を蕩かすような甘さが潜んでいた。
 熟しきらない青い蕾だが、たしかに花開く時は間近にきているのだろう。硬いだろうが、喰えぬこともあるまい。

 ウェルディは芳香を堪能するように、目を閉じて鼻をヒクつかせた。
 脂ののった肉を骨ごと喰らうのも悪くないが、これはこれで馳走に違いない。

「貴方がたに花の蜜は不要でしょうに」

 まだ幼く警戒心を持たぬ蕾は、不思議そうに首を傾げる。

 花の眷属たちは、自らを運ぶ鳥に蜜を分け与えてやるらしい。
 慎ましく蜜を吸う小鳥ばかりなら良いが、相手を間違えれば、牙や嘴を突き立てられて根こそぎ喰い尽くされるもの。
 それを知らずにいたのが運の尽きだ。

 柔らかな頬の味を見るように、黒豹の男神はべろりと舐めた。

「蜜を好まぬ生き物など居らぬ」

 鋭く尖った爪を喉元に滑らせる。
 ここに牙を立て、噴き出る蜜で顔中を濡らして啜ってみたい。
 ――だがそれは最後のお愉しみだ。まずは成熟間近の花の神秘を解き明かそう。

 幾重にも重なる薄物の衣を、尖った爪がピリピリと引き裂いた。

「生まれたばかりの人の赤子は……」

 淡く薄い衣はそよ風にさえ煽られて、引き裂かれた場所からふわりと左右に広がった。滑らかで白い膚が現れる。
 人間によく似て、人の子の雄でも雌でもない、なだらかな胸だ。

 ほとんど色づきのない胸元に、ウェルディは舌を這わせた。

「ここから親の蜜をもらって大きくなる。お前たちが種子を育てるときにも、ここから蜜を吸わせてやるのか……?」

「……ぁ……っ」

 音を立てて吸い上げると、戸惑いを含んだ声が上がった。

「ウェル、ディ……私たちは……」

「それとも、お前は雄だったかな」

 半ばまで裂けた衣が、もっと下まで引き裂かれていく。細い腰と下腹部が露わになった。

 人間や獣と違って、花の眷属は体毛をほとんど持たなかった。
 そのせいで、蔓花らしい細く伸びた足の間に息づくものが良く見える。
 未成熟な形をした小振りな雄蕊と、種子を収める小さな袋。
 そしてその袋の影に、まだ口を開きそうにもない淡い切れ込みが隠されていた。

「私は雌雄同株ですから……優れた花の種を貰うことも、別の花に種をつけることも……アッ!」

 生殖の仕組みなら敢えて語られるまでもない。匂いを嗅げば、どこがそうなのかは一目瞭然だ。
 それが、未成熟な雌の匂いであっても。





「や……!……なに……!?」

 悲鳴する体を押さえ込み、ウェルディは足を左右に開かせた。
 薄い割れ目を指で拡げ、発情した雄の昂ぶりをそこへ押し込んで、未通の肉を抉じ開ける。

「ヒッ……ウェルディ、苦し、ぃッ…………ぃ、ぁあああ!……」

 まだ固く、口を開くことを知らぬ場所。
 そこを強引に抉じ開けて昂ぶりを押し込んでいくのは、獣が若い雌を我が物にするときの常套手段だ。

 頼りない悲鳴が耳に心地よい。
 ウェルディは口元に獰猛な笑みを浮かべた。

 硬い肉を割って初めての場所に己を埋め込むのは、いつ味わっても気持ちがいい。
 獲物がどれだけ暴れようと、豹王の牙から逃れられるはずもない。
 死に物狂いで暴れた後に、喰われるしかないと悟った獲物の絶望を味わうのも、またいいものだ。

 ウェルディは慄く肉の感触を長く堪能するために、ゆっくりと身を沈めていった。

「……ふ、ぅ……」

 思いのほか温かい肉に包まれる。根元まで押し込んで、ウェルディは満足の息を吐いた。

 串刺しにされた獲物は、己が何をされているのかも理解できぬ顔で小さく喘ぎながら虚空を見つめていた。
 見開いたその両目から、はらはらと蜜が零れ落ちる。
 勿体ない、とウェルディはそれを舐め取った。

「これが人や獣の営みだ。どうだ、心地よいか?」

 まともに息も付けぬ体を深々と貫いたまま、ウェルディは残酷に問いかけた。
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