王宮に咲くは神の花

ごいち

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第四章 三人目のハル・ウェルディス

札付きの奴隷

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「……そろそろ、その畜生も自分の立場を分かった頃だろう。札をつけてやれ」

 五人の領兵が一巡し、一人目の男が二度目を挑んできたときだった。悦びの連続に恍惚となった頭に、老人の言葉が届く。
 取り囲む男たちに一瞬緊張が走ったのも分かった。

 一人目の男がその言葉に応えるように、ゆっくりと身を沈めてきた。
 一度目には荒っぽく腰を突き上げるばかりだった男が、今度は身を深く沈めたまま身体を小刻みに揺らし始めた。奥を優しく揺らされる感触が今まで受けた荒々しさとはまた違って、もどかしさを伴った切ない快感が呼び起こされる。

 啜り泣きを漏らしながら、男の動きに合わせて尻を振っていると、左の胸が冷たく濡らされる感触があった。
 酒精の匂いが鼻を刺し、濡れたところがすぐにカッと熱を持ち始めた。

「……ンゥ……ッ!」

 乳首を強く抓み上げられてまた果てそうになりながら、胸元に視線をやったシェイドは、信じがたい光景に目を見開いた。
 胸元を弄っているのは最初に薬瓶を扱っていた男だ。その手には、今度は太い針のようなものが握られている。
 狙いを定めるような様子に、胃の腑がぎゅっと縮み上がった。――まさか、こんな場所を針で貫こうというのか。

 冷水を浴びたように熱も冷めて老人を振り返る。
 視線で問うように見つめるシェイドに、老人は片方の口角を上げて見せた。

 その時――。





「何をしている!? ――お祖父様までいったい何を!?」

 一通りの手配を終えたらしいラナダーンが部屋に戻ってきた。寝台を囲む配下たちを睨みつけ、蹴散らさんばかりの剣幕で駆け寄る。
 だが、その眼前に椅子を離れたマクセルが立ち塞がった。

 憤るラナダーンに動じず、老将は未熟で年若い孫を軽くいなすように語りかけた。

「狼狽えるな。昔から北方人は奴隷と相場が決まっておる。牛に焼き印を押すのと同じことだ。持ち主が何者か分かるように札をつけておかねば、この畜生は誰彼構わず尻を突き出すからな」

 寝台を取り囲む男たちから失笑が漏れた。

 ラナダーンは顔を真っ赤にして睨んだが、その口から祖父を止める言葉は出なかった。
 マクセルは満足そうに頷き、作業を続けるように手で合図する。

「お前もよく見ておきなさい。これらは人ではない。首に縄をつけ、鞭で追って牛馬と同じように働かせるのが、この国での正しい使い方なのだ」

 老人の言葉を、シェイドは怒りと絶望とともに聞いた。
 北方人とは、この国ではまだそういう存在なのだ。

 王宮の中でシェイドが受けた蔑みなど、ぬる湯に浸かっているようなものだった。王宮の外では文字通り、北方人は物言う家畜にすぎない。ジハードが示してくれた温情こそが、特別なものだったのだ。
 だとするならば、この男たちは政権を握った時に、いったいこの国をどう導いていくつもりなのだろう。

 外からは隣国と無法者たちが国の四隅を切り取ろうとしており、内には北方人という今にも爆発しそうな大量の火種を抱えている。
 国防のための資金は権力争いに費やされ、二つの民族は憎しみ合い、平野からは働き手が消え、砦は廃城に畑は荒野に変わっていく――。

 シェイドはラナダーンを見つめた。次の玉座に座らんとする、自分とは似ても似つかぬ異母兄を。
 ラナダーンもまたシェイドを見つめ返してきた。明るい栗色の瞳は瞳孔がせわしなく揺れ、逡巡と動揺に襲われているのが見て取れた。

 その瞳の色は、生粋のウェルディリア人には持ち得ない、明るい褐色の――。





「……ッ!、ゥ、ヴ――――――ッ……!!」

 それ以上考えることはできなかった。左の胸に千切り取られるような激痛が走る。
 脂汗を浮かべて跳ね上がる体を、男たちが四人がかりで押さえつけた。

「ヴヴ――――ッ!……ゥグゥウウウ――ッ……ッ」

 ブツ、と皮膚を貫通した衝撃の後から、鼓動に合わせて脈打つ痛みが頭の芯まで襲ってきた。怖ろしくて見ることもできないが、乳首が倍にも腫れ上がったような感じがある。

 今まさに刃物で切り取られているのではないかと疑うほどの苦痛の中で、傷口に異物が通されていく。
 小さな丸い金属が火照った肌の熱を吸い取った。肉を貫く奴隷の証が付けられたのだ。

「どれ、もう一度身の程を教えてやるか」

 精も根も尽き果ててぐったりと四肢を投げ出したシェイドを、男たちは仕上げだと言わんばかりになおも貪ろうとする。
 力ない脚を抱え上げて再び挿入しようとした男の肩を、祖父を押しのけて近寄ったラナダーンが掴んだ。

「札が付いた以上、その北方人は私の所有物だ。――下がれ」

 王の血をひくものの威厳をもって、ラナダーンが命じた。





 マクセルが領兵を連れて部屋を出た後も頭の中を整理しきれないように、ラナダーンは暫く佇んでいた。
 迷いと苛立ちがその顔に交互に現れる。
 ジハードとよく似た顔で、ジハードがシェイドの前では見せなかった表情だ。

 やがて心が決まったらしく、ラナダーンは振り切るように息を一つ吐くと上着を脱いだ。胸の隠しに入れてあったものを抜き取り、冷えた体を投げ出したままのシェイドに脱いだ上着を被せる。吐き出す気力も失っていた口の中の布も取り除いて、縛られたままの両手も解放してくれた。
 胸の傷を確かめ、清潔そうな手巾を宛がう。男たちの指の跡がついた手足をさすり、隣の部屋から体を覆うための新しい掛布も持ってきてくれた。

 少しの迷いを見せた後、大きな手が涙の跡が残る頬を武骨そうに拭った。
 こんな風に人の頬を拭ってやるのは初めてだとわかる、ぎこちない手つきだった。





 投げ出されたままのシェイドの手を取ったラナダーンは、その掌に上着の隠しから取り出したものを握らせた。掌より少しばかり大きいだけの、古びているが装丁のしっかりしたウェルディの経典だった。

「……今日をもって北方の神への信仰は捨て、ウェルディに帰依してくれ。王となる者にはそれが最低限必要だ」

 誰かに聞かれるのを憚るように、ラナダーンが小さく囁いた。
 部屋を出ていく前に交わした契約――シェイドが王位を継ぎ、ラナダーンを王位継承者に指名する――を履行すると伝えたのだ。
 祖父の言うなりになってシェイドを奴隷として扱うことはしない、と。

 ラナダーンの囁きに、シェイドは受け入れたことを示してゆっくりと二度瞬きした。
 ほっとしたように顔を綻ばせ、後からまた手当に来ると言い置いてラナダーンは部屋を出て行った。
 安堵の汗を浮かべながら、シェイドはその背を見送る。どうやらラナダーンを唆すことには成功したようだ。
 それに――。



 ――鍵が閉まる音を聞きながら、シェイドは握らされた経典を両手で大切に包み込む。
 この状況を打破するための道具が、もう一つ手に入った、と。
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