王宮に咲くは神の花

ごいち

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第四章 三人目のハル・ウェルディス

辱めの刻

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 周りを取り囲む男たちの粘つくような視線の意味がようやく理解できた。
 まさか自分のような北方人をどうにかしようという人間は居ないはずだと思う一方で、欲望の捌け口を求める男たちには外見や年齢など何の意味もないのだとも思われた。

 アリアが手に持った扇を逆の掌に打ち付けた。

「まずは、国王陛下を惑わせた北方娼婦の体……見せて御覧なさい」

「……ッ!」

 その音を合図に四方から男たちの手が伸びてきた。
 低く笑いながらシャツを引き裂き、逃げようとする足を捕らえて長靴もズボンも剥ぎ取ってしまう。間際で布地が破られる感触に、怖ろしさと冷気の両方で肌が粟立った。
 最後に腕に残った下着の袖も引きちぎられ、シェイドは手首を縄に吊るされたままアリアの前に裸体を晒した。僅かばかり身を隠しているのは、長く豊かな白金の髪だけだ。
 男たちの一人が燭台の灯りを近づけて、シェイドの肉体を炎で照らした。白い身体が蝋燭の光にぼんやりと浮かび上がる。

「……邪教徒……」

 アリアが蔑みに満ちた低い声を漏らした。心臓の真上に残ったファラスの紋章を目にしたのだろう。
 ウェルディを篤く信仰するウェルディリアの民の中には、神々の王ファラスを憎悪する一派がある。語り継がれる神話の中で、戦の神であるウェルディを人間に堕としたのが、他でもないファラスだと言われているからだ。

 だが、周りを取り囲む男たちの関心はそれとは別のところにあった。

「昨夜も随分御愉しみだったらしいな」

 白い肌の上に残る鮮やかな痕跡を、男の指が辿った。

「……ッ」

 触れられる感触に身を捩り、凍えるような冷気と羞恥から逃れるように、シェイドは高く上げた腕に顔を押し付けて隠した。

 顔を隠しても、胸に残った痕跡までもを隠すことはできない。白い肌の上には、薄暗い地下牢でもはっきりと見て取れる愛咬の跡が、いたるところに残されていた。

「吸い跡どころか、歯形まである。噛みつかれるのが好きなのか?」

 面白半分に追ってくる手から右に左にと逃げるが、両手を天井から吊るされていては動ける範囲も知れていた。
 逃れきれず、寒さに凝った胸の突起が摘まみ上げられ、足の間にも手が滑り込んできた。
 悍ましさに声も出ず、唇を噛み締めて頭を振る仕草は男たちを悦ばせただけだ。両足が左右に開かれ、ついには秘めた場所にまで指先が入り込んできた。

「ぁ、っ!」

「!……おい……中はトロトロだぞ……!」

 指を入れた男がぐちゅぐちゅとわざとらしい音を立てて内部を掻き回し、濡れた指を掲げて仲間に見せつけた。間違えようもない雄の匂いが辺りに漂う。
 朝方まで何度も注がれ、始末しきれなかったジハードの情欲の証だ。
 乱暴に掻き回されたせいで閉じられなかった窄まりから、温かい粘液が零れ出て内腿を流れ落ちた。

「いったい何人分だ。溢れてくるじゃねぇか」

 必死で閉じようとする両足を押し広げて、何本もの指が中をまさぐる。明らかな性交の痕跡に男たちが興奮して声を高まらせていくのを、シェイドは目を閉じ、声を殺して耐えることしかできなかった。

「北のメスはすげぇ好き者だって話だからな。大方、王様一人じゃ足りなくて、護衛兵まで食っちまってたんじゃねぇのか」

「あいつら二十人はいたよな。てことは、わざわざ離宮に来たのは王宮じゃできない乱交のためか」

「男妾が自分の兵隊とヤりまくるのを、王様は見て御愉しみだったってわけか!」





 取り囲む男たちから侮蔑の言葉と哄笑が投げつけられた。
 怒りと屈辱で喉の奥が詰まり、目の前が真っ赤に染まって言葉も出ない。あの離宮でジハードが示してくれた慈悲のすべてが土足で踏みにじられるようだ。
 国王はお前たちのような品性下劣な男ではない。そう言ってやりたいが、言ったところで男たちは不敬を改めはしないだろう。

 奥歯を噛み締め、目を開いて睨みつけるシェイドの視線に、男の一人が気付いた。細い顎を握り潰さんばかりに掴んで自分の方を向けさせると、息がかかるほど近くに顔を寄せる。
 垢じみた匂いに反射的に顔を背けようとしたが、男は顎を捕らえて離さなかった。

「反抗的な目しやがって。お前のこの穴が男をしゃぶってんのは事実だろうが。それとも何か? 王様のご立派な逸物しか知らない貞淑な体だとでも言うのかよ!」

 不貞を決めつける男の言葉に、言いも知れぬ怒りと悲しみが込みあがってきた。
 王宮で育った己は常に蔑みと嫌悪の目で見られてきたが、これほどあからさまな嘲笑を浴びたことはなかった。だが王宮の外ではこれが普通の扱いなのだ。
 北方人と言えばみな奴隷で、身を売る以外に生きるすべを持たないと認識されている。何人もの相手に肉体を穢されるのが、ここでは当然の事なのだ。

「私は……穢れてなどいない」

 シェイドは感情を抑え、低く静かに反駁した。
 ウェルディリア人と同じように、一人の奥侍従としてジハードの寵愛を受けただけだ。乱暴にされたこともありはしたが、少なくとも国王はシェイドやフラウを家畜扱いしたことはない。
 穢れや恥だと思わなければならない行為をされたことは、ただの一度もなかった。

 顎を掴んだ男をシェイドは正面から見据えた。
 そうだ、恥じねばならぬことなど何もない。
 北方人であろうと、国王は人として生きる権利を与えてくれた。自分は一人の人間として、忠誠を王に捧げただけのことなのだから。

 底に金泥を含んだ青い瞳に見つめられ、男から嘲るような表情が掻き消えた。
 未知のものに遭遇したように。あるいは人ならざるものを見たかのように。――男の目が光を失い呆然と見返してくる。

 シェイドはその視線を捩じ伏せるように、見つめる目に力を籠め続けた。




「……面白いことを言うわね」

 それは時間にすればほんの短い間だった。地下牢を支配した奇妙な静寂は、毒を含んだ女の声で破られた。
 男たちは呪縛から解かれたようにハッとして、何度も瞬きを繰り返した。シェイドの青い瞳に視線を合わせるうちに、意識がそこへ吸い込まれていったような気がする。
 酩酊を振り切るように、数人が頭を振った。

「あなたが国王以外には跪かないと言うのなら、試してみましょう」

 勝ち誇った女の声に、男たちが元の顔つきを取り戻していく。狩りで捕らえた獲物を今から捌こうとでもいうような、舌なめずりせんばかりの顔つきだ。

「この男たちに触れられて快楽に堕ちずにいられたら、あなたの言葉を信じて縄を解いてあげる。この砦にいる限り、誰にも指一本触れさせないわ」

 アリアの朗々とした声が地下牢いっぱいに響いた。
 解放するという言葉に、男たちは不満もあらわに彼女を振り返る。紅を塗った真っ赤な唇が、その視線を受けて笑みの形に吊り上がった。

「その代わり、卑しい荒くれ男に触れられて快楽に堕ちたら、あなたはもう奥侍従じゃない。この砦の最下層の家畜として、私が雇った傭兵たちの詰め所で鎖に繋がれて飼われるのよ」

 残酷な笑みが赤い唇を彩る。アリアの意図を察して、男たちの間にも同じ笑みが広がった。
 思わず後ろに下がろうとして、縄に繋がった滑車が鳴る。その音が辱めの合図となった。

「――さぁ、始めなさい! 私の目の前で、国籍も持たない卑しいお前たちが国王の奥侍従に肉欲の悦びを教えてやるのよ!」

 朗々とした女王の宣言が、地下牢の壁に木霊した。
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