王宮に咲くは神の花

ごいち

文字の大きさ
上 下
25 / 138
第三章 ミスル離宮

真昼の湯殿

しおりを挟む
「陛下……陛下ッ……」

 抱え上げられたシェイドは、問答無用で湯殿に連れてこられた。
 体に巻き付けたショールを毟り取られ、裾の長い部屋着を捲り上げられる。繊細な細工物の飾り釦が千切れ飛んで、石の床を転がっていった。

「早く服を脱げ、どこに湯を被った!」

「……被って、おりません……ッ!」

 下着ごと引き裂くように服を脱がせるジハードの手を、シェイドは必死になって押し留めた。
 確かに中身の入った茶器を投げつけられはしたが、それを浴びたのはフラウであり、しかも煎れてからの時間を考えれば十分冷めていたはずだ。

「フラウが、庇ってくれましたから……!」

 息を切らしながら、シェイドは破れた部屋着をかき集めようとする。その手をジハードが掴み上げた。

「赤くなっているぞ」

「それは……!」

 透き通るような白い肌のあちこちに、鮮やかな赤みが散っていた。
 だがこれは湯を浴びせられた火傷の跡ではない。昨夜やその前、さらにその前の夜にジハードがつけた所有の印だ。

 恥じらって口籠もるシェイドの様子に、ジハードもやっと思い至ったらしい。

「……ああ。……俺がつけたものか……」

「……んっ」

 指先で触れて確かめられて、微かな痛みにシェイドは身を竦ませた。

 跡が残されているのは、どこも敏感な場所ばかりだ。そこを吸われたときに味わった深い快楽を思い出すと、自然と体の芯が火照ってしまう。
 そうとは意識しないまま、甘い吐息が鼻から漏れてしまった。

「どうか、お放しください……」

 頬を赤らめて、シェイドは懇願した。
 視線に怯えるように少し顔を背けて、伏し目がちの目は泣き出しそうに潤んでいる。閨の中で見せるのと同じ、恥じらいの表情だ。
 不意をついて匂い立った色香に、ジハードは思わず唾を飲み込んだ。

 真昼の湯殿の中で引き裂かれた部屋着をかきあわせて裸体を隠そうとしている、しどけない伴侶の姿がジハードを煽る。
 どうして躊躇する必要があるだろうか。これは誰に遠慮する必要もない、神の御前で契りを交わしたジハードの妃だ。抱きたいときに抱いて良い肉体だ。

「……怪我がないか、この目で確かめてやろう……」

 ジハードが手を振り、侍従たちに退出を命じた。





 後を追ってきていた大勢の侍従が、潮が引くように姿を消していく。
 最後にフラウが扉を閉めて出て行くと、蒸気が立ちこめる湯殿の中はジハードとシェイドの二人きりになった。

「全部脱いで、俺に見せてみろ。お前の体に一か所でも傷がついていたら、あの女を極刑に処してやる」

 強い口調に逆らうこともできずに、シェイドは体を覆う役を果たさなくなった布きれを床に落としていった。

 真冬だが、一日中出で湯が湧き零れるこの湯殿は蒸気で満たされていて、少しも寒くはない。石造りの床を溢れた湯が流れ続けているために、いっそ蒸し暑いくらいだ。
 湯船に浮かべられた香草が、今日も豊かな香りを湯殿の中に漂わせている。

「……なぜアリアと会うことになった。侍従に何か不手際があったのか」

 怒りの波はすでに去り、穏やかな口調でジハードはシェイドに問いかけた。だがここで答え方を間違えれば、フラウやこの件に関わった侍従達が後で罰を受けることは容易に想像できる。
 シェイドは慎重に言葉を選んだ。

「……お会いして話をしてみたかったのです。公爵家の姫君でありながら、在外大使まで務められたお方ですから。今の国内の情勢や隣国の様子などもお聞きしたいと思いました」

 政務の話はジハードとの食事の際に必ず出る話題だ。王族としての教育を受けていないシェイドは、その話題についていくために、空いた時間のほとんどを書斎に用意されたさまざまな政治書を読むことに費やしている。シェイドが政に興味を持つことを、ジハードは否とは言うまい。

 だが、千切れかけた留め具を外す指は、内心の緊張を表して震えていた。

 明言されたわけではなかったが、状況から考えてシェイドは外の人間と交流を持つことを禁じられている。ジハードとサラトリア以外の宮廷人が、今までここに足を踏み入れたこともない。
 アリアの来訪はジハードの意向に反するものだっただろう。ジハードはシェイドが余人に会うことを望んでいない。

 シェイドも、フラウがアリアを止められるようならば、自分が出て行くつもりはなかった。
 だがアリアの態度は思った以上に強硬で、一介の侍従長に過ぎないフラウではこれ以上の足止めはできまいと思われた。

 このまま足止めしようとすればアリアから責められ続け、押し切られて通してしまえばジハードから罰を受ける。
 それならば、叱責は自分が受ければよいと思ったのだ。侍従たちにはこの先もまだ務めがあるが、自分はもうすぐ役目から放たれる身だ。
 それにシェイドがアリアと話をしようと思った理由は、なにも侍従達のためばかりではなかった。

「アリア様は次期王妃とも謳われた姫君ですから、是非ともお会いしてみたかったのです」

 意図的に話を核心へと繋げる。声が震えないようにするのが精いっぱいだった。

「ほぅ……」

 案の定、ジハードが訝し気な声を上げた。シェイドの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。
 シェイドは意を決して最後の一枚を床の上に落とすと、隠すもののない裸体を曝け出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生主人公な僕の推しの堅物騎士は悪役令息に恋してる

ゴルゴンゾーラ安井
BL
 前世で割と苦労した僕は、異世界トラックでBLゲーム『君の望むアルカディア』の主人公マリクとして生まれ変わった!  今世こそは悠々自適な生活を……と思いきや、生まれた男爵家は超貧乏の子だくさん。  長男気質を捨てられない僕は、推しであるウィルフレッドを諦め、王太子アーネストとの玉の輿ルートを選ぶことに。    だけど、着々とアーネストとの距離を縮める僕の前に唐突に現れたウィルフレッドは、僕にアーネストに近付くなと牽制してきた。  うまく丸め込んだ僕だったけど、ウィルフレッドが恋しているのは悪役令息レニオールだと知ってしまって……!?  僕、主人公だよね!?主人公なのに――――――!!!! ※前作『俺を散々冷遇してた婚約者の王太子が断罪寸前で溺愛してきた話、聞く?』のサブキャラ、マリクのスピンオフ作品となります。 男性妊娠世界で、R18は保険です。  

悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。 俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。 舞台は、魔法学園。 悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。 なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…? ※旧タイトル『愛と死ね』

婚約破棄王子は魔獣の子を孕む〜愛でて愛でられ〜《完結》

クリム
BL
「婚約を破棄します」相手から望まれたから『婚約破棄』をし続けた王息のサリオンはわずか十歳で『婚約破棄王子』と呼ばれていた。サリオンは落実(らくじつ)故に王族の容姿をしていない。ガルド神に呪われていたからだ。 そんな中、大公の孫のアーロンと婚約をする。アーロンの明るさと自信に満ち溢れた姿に、サリオンは戸惑いつつ婚約をする。しかし、サリオンの呪いは容姿だけではなかった。離宮で晒す姿は夜になると魔獣に変幻するのである。 アーロンにはそれを告げられず、サリオンは兄に連れられ王領地の魔の森の入り口で金の獅子型の魔獣に出会う。変幻していたサリオンは魔獣に懐かれるが、二日の滞在で別れも告げられず離宮に戻る。 その後魔力の強いサリオンは兄の勧めで貴族学舎に行く前に、王領魔法学舎に行くように勧められて魔の森の中へ。そこには小さな先生を取り囲む平民の子どもたちがいた。 サリオンの魔法学舎から貴族学舎、兄セシルの王位継承問題へと向かい、サリオンの呪いと金の魔獣。そしてアーロンとの関係。そんなファンタジーな物語です。 一人称視点ですが、途中三人称視点に変化します。 R18は多分なるからつけました。 2020年10月18日、題名を変更しました。 『婚約破棄王子は魔獣に愛される』→『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』です。 前作『花嫁』とリンクしますが、前作を読まなくても大丈夫です。(前作から二十年ほど経過しています)

モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています

奈織
BL
腐男子だった僕は、大好きだったBLゲームの世界に転生した。 生まれ変わったのは『王子ルートの悪役令嬢の取り巻き、の婚約者』 ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。 顔も地味な僕が主人公たちに関わることはないだろうと思ってたのに、なぜか推しだった公爵子息から熱烈に愛されてしまって…? 自分は地味モブだと思い込んでる上品お色気お兄さん(攻)×クーデレで隠れМな武闘派後輩(受)のお話。 ※エロは後半です ※ムーンライトノベルにも掲載しています

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙
BL
ハーララ帝国第四皇子であるエルネスティ・トゥーレ・タルヴィッキ・ニコ・ハーララはある日、高熱を出して倒れた。数日間悪夢に魘され、目が覚めた彼が口にした言葉は…… 「皇帝なんて興味ねえ!俺は魔法陣究める!」 天使のような容姿に有るまじき口調で、これまでの人生を全否定するものだった。 * * * * * * * * * 母親である第二皇妃の傀儡だった皇子が前世を思い出して、我が道を行くようになるお話。主人公は研究者気質の変人皇子で、お相手は真面目な専属護衛騎士です。 ○注意◯ ・基本コメディ時折シリアス。 ・健全なBL(予定)なので、R-15は保険。 ・最初は恋愛要素が少なめ。 ・主人公を筆頭に登場人物が変人ばっかり。 ・本来の役割を見失ったルビ。 ・おおまかな話の構成はしているが、基本的に行き当たりばったり。 エロエロだったり切なかったりとBLには重い話が多いなと思ったので、ライトなBLを自家供給しようと突発的に書いたお話です。行き当たりばったりの展開が作者にもわからないお話ですが、よろしくお願いします。 2020/09/05 内容紹介及びタグを一部修正しました。

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

転生令息の飴玉達

meimei
BL
地球の日本で24歳まで生きた男が転生をして 男しかいない世界に。ん?この世界……一人っ子はハーレムを作るのが法律で決められてるの?受け攻めないの???どっちでも妊娠可能????えーー!!!てゆうか僕……一人っ子なんだけど。お父様…なぜハーレムを作って奥さん三人いるのに…僕一人っ子なのでしょうか?? この話は作者の妄想による全てフィクションです。 誤字脱字は流していただけると有り難いです!

処理中です...