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4月の愚者たち

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2025年の4月1日は
嘘をつかないでください
その嘘は、本当になってしまいます

政府からそう通達が来たのは
3月31日の事だった
どうやらエイプリルフールになって
初めてついた嘘が真実になる
そういう意味らしい

バカバカしい
そう思って僕はスマホに届いた
政府からの通達をフリックで消すと
明日、彼女にしかけるサプライズの予習をした

僕には4年付き合ってる彼女がいる
お互い仕事が忙しいが
その合間をぬって休日には2人で過ごし
半同棲生活をしていた

ただ、彼女は先日ガンを宣告されていた
進行が早く余命は残り1年
2人は悲しみに暮れたが
残りの1年を最高の時間にしたいと思い
僕はプロポーズを決めていた

そこで僕はこう言うつもりだった
「おめでとう、君の病気は治ったよ
僕と結婚してこれからもっと幸せになろう」
担当医とも相談し
嘘の診断書を作ってもらう事で
彼女に病気が治ったと思わせ
最期の1年を幸せに生きようとしていた

ガン告知には受容段階がある
ただ、彼女の精神状態は普通とは異なり
抑うつ状態があまりにも長く
このままでは精神が先に崩壊すると医者に言われていた
こうなれば更に寿命が短くなるので
あなたの提案は彼女にとっては最適かもと
担当医からもお墨付きを貰っていたのだ

苦肉の策だが
こうすることで彼女が最期まで笑っていられるなら
そう思って僕は
今回の計画を実行に移すことにした

4月1日
外出許可を取った彼女を病室まで迎えに行き
僕らは車に乗って街へ出た
「ごめんね、迎えに来てもらって」
「ううん、気にしないで
それよりこっちこそごめんね
こんな朝早くに」
「ううん、凄く楽しみだよ」

僕が彼女に告白したのは
夜通し遊んだ後、海辺で朝日を見ている時だった
僕はまた同じ場所で
今度は彼女に永遠の愛を誓おうと計画していたのだ

海につくと、朝日がゆっくりと顔を出していた
「話があるんだ」
「なに?」
「実は先生から先に診断結果を聞いていて
君の病気は寛解したらしい
それで、退院が決まったら一緒に住みたいと思ってるんだ」
「それって…」
「うん、僕と結婚してください」

彼女は涙を流していた
嘘がバレただろうか?
それとも結婚が嫌なんだろうか?
そんなふうに考えていると
「はい」
と一言だけ言って指輪を受け取ってくれた

「2人で幸せになろ」
僕は涙を浮かべる彼女を抱きしめ
狭い車内で朝日に照らされながら
永遠の愛を誓った
と、その時
世界が真っ暗になった

「え?」
さっきまで出ていた太陽は消え
街頭が慌てて再び点灯し始める
「雲かな?」
それにしては暗すぎる
まるで、太陽が消えたみたいに

スマホでネットニュースを見ると
本当に太陽が消失したと発表されていた
「嘘だろ」
「ねえ、これって」
彼女は不安そうに僕に尋ねる
「うん、政府が言ってたやつかも」

案の定、政府の通達は真実で
ネットには人が空を飛んだとか
大統領が会見の途中で不倫を告白したとか
とある国に核爆弾が落ちたとか
とても信じられないようなニュースで溢れていた

僕達はパニックになりながらも
とにかく安全な場所と食料を確保しに
急いで車を走らせる
すでに街もパニック状態で
あちこちで爆発が起き
車は衝突して炎をあげ
信号機はその存在自体を消していた

「どうしよう」
不安がる彼女の手を握り
「僕の実家にいこう
あそこは田舎だからあんまり影響ないはず」
そう言って街をあとにする

ネットを見ると次々と続報が流れていた
地球の自転は止まり
あちこちで人が消失し
各国の首相が緊急事態宣言を出し
世界中で外出禁止令が出されていた

実家に戻る道の途中で
僕達は日本の半分が海に沈んでいる事実を知る
「これじゃ父さんも母さんも…」
おそらくすでにこの世にいないだろう
道は途中で途切れ、その先は断崖絶壁
車は立ち往生し
僕らは歩くしか選択肢がなくなった

車に常備していた懐中電灯で道を照らしながら
僕達は公民館に向かっていた
そこまで行けば最低限のライフラインは確保されている
さっき会った夫婦がそんな話をしていたからだ

「なんかさ、大変な日になっちゃったね」
「うん、まさか嘘が本当になるなんて…」
そう言いかけて僕は口をつぐむ
そうか、嘘が本当になるということは
彼女の病気はもう治ったってことだ

今考えれば
彼女が普通に歩けているのも不思議だった
なんてことはない
僕がついた嘘で彼女の病気は治っていたのだ
「ははっ、そんなに悪いことばっかじゃないかも」
不意に笑みをこぼす僕に彼女は不思議がる
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」

「それよりさ、趣味キャンプで良かったでしょ?
こうやって懐中電灯もあるし
バックパックにはサバイバル用品があるから
こんな世界でも僕達は生きていけるよ」

そう、こんな世界でも生きていける
生きていきたい
なぜなら彼女の病気が治ったから
僕にとって世界平和とか
人類の未来とか
そんなことより彼女の方が
何千倍も大事だからだ

「うん、初めて君が頼もしく見えるよ」
「ひどいな、そんなふうに思ってたの」
2人で笑いながら歩いていると
突然、僕の背中に人がぶつかってきた
振り返ろうとすると
ぶつかった男は僕から懐中電灯を奪い走っていった
と、同時に彼女が叫び声を上げた
「きゃあああ」

僕は腰の当たりを見ると
包丁が刺さっているのに気づく
「え…」
背中から痛みが広がり
耐えきれなくなって僕は道端に倒れる

その衝撃でバックパックの蓋があき
ランタンや焚き火台、寝袋が道に散乱すると
通行人たちは我先にとむらがって
僕の持ち物を全て奪い取って逃げていった

「大丈夫?ねえ!
そうだ、救急車呼ばなきゃ」
彼女は慌ててスマホを取り出すが
電波は何時間も前に途絶えていることに気づく
「どうしよう…」

「多分、僕はもうダメだ」
広がる血と、輸血できない状況を見て
僕は自分の命の最期を悟る
「君は1人で公民館に向かってくれ
こんな世界でも強く生きるんだ
生きてさえいれば、必ず幸せになれるなら」

彼女は涙ながらに答える
「何言ってるの、あなたがいないと意味ないよ
そうだ…私がみんなの嘘を嘘にすれば
まだ今日嘘ついてないし
これで全部解決するよね」
彼女は閃いたような表情でそう言った

「それだけはダメだ
僕のことはいいから
君は生きてくれ」
「どうして…世界が元通りになれば
2人で幸せに生きれるじゃない…」
そう言いかけて、彼女は何かに気づく
「そっか…私の病気、本当は治ってないのね」

最悪だ、こんな状況で気づかれるなんて
でも彼女が世界の嘘を嘘にしなければ
そんなことどっちだっていい
「うん、そうだよ
君に最後まで笑って欲しくて…
ごめんね、変な嘘ついちゃって
こんな嘘つく僕なんか最低だからさ
君は生きて、もっといい人を探しな」

「違うの…私ができてなかったのは
病気と戦う覚悟じゃなくて
君と最期までいる覚悟だよ
どうしても、君に他の幸せがあるんじゃないかって
そんなことばっかり考えてて」
「もしかして…」
「うん、君がプロポーズしてくれるの
何となく気づいてたよ」

僕はバカだな
彼女はしっかりと生きる覚悟があった
ただ僕を傷つけたくないと悩んでただけなのだ
僕なんかより、よっぽど強い
こんな嘘で誤魔化して
彼女の気持ちに水を差して
まったく、何をやっているんだろう

「ありがとう
そんなふうにも思ってくれてたなんて
最後に君の気持ちが聞けて嬉しいよ
どうか、僕がいなくなっても
幸せに生きてね」
遠のく意識の中で
僕は心から彼女の幸せを願っていた

「そんなことはさせない」
待て、待ってくれて
僕なんかより、君が生きるべきだ
声にならない声をもらすと
彼女は
「心配しないで
あなたと生きる覚悟はできたから」
そう涙ながらに返事をする

そうして
彼女は天に祈るように嘘をついた
「嘘が本当になるなんて嘘」

その言葉と共に
世界は淡い光に包まれて
目を覚ますと
車も信号も太陽も崖も
全て元通りになっていた

僕の怪我も消えて
彼女は心配そうにこちらを見ていた
「なんで…どうして」
「あなたと同じことをしただけだよ
もう嘘はつかないでね」
叶わないな
そう思いつつ、僕は彼女を強く抱きしめた

数カ月経って
世界が再び元通りに動き出した頃
僕達は結婚式を挙げ
彼女のお腹には新しい命が宿っていた

「まさかここまで快復するとはね」
「君が頑張ったおかげだよ」
「ううん、あなたがいてくれたからだよ」
ただ、彼女は完全に治ったわけじゃない
常に再発のリスクがあるのだ
そうして僕は虎視眈々と
次のエイプリルフールに向けて計画を練っていた


4月1日
あなたはどんな嘘をつきますか?
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